王子の宝剣

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第四章

#61 モラハラおやじと外れくじ

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 翌朝俺は普通に早起きして朝飯をかっ込み、身支度をした。

「確か討伐隊参加メンバーの皆さんには王太子殿下から三日間の休暇を言い渡されたと聞きましたが」
「ああ。その三日目の夕方に王太子様への謁見と今回の討伐隊の解隊式を行うとか聞いたっけ」
「それなのになぜこんなに早起きして出勤の身支度をなさっているのですか?」
「出勤するからだよ?だってカラダなまっちゃって。じゃ、行ってくるから」
不満げに見上げるミックの髪をかき混ぜるように頭を撫でてから手を振る。
もーっ、と言う風にほっぺを膨らませて拗ねた顔をされたから、そのほっぺをつついてご機嫌取りをしてから出かけた。

以前のように王城の裏方さん達の作業場を突っ切って走る。
「おはようございまーす」
「おぉ、おはよーさ・・・、って、えっ?ダイ?」
「おまっ、な、なんで・・・」
「えっ、遠征隊に参加してたんじゃ・・・」
「戻ってきたんです。これからまたよろしく~」
「いや、お前、召喚・・・」
薪割りしていた獣人のおじさんや椅子の脚を直していたドワーフおじさんの言葉を聞き流しながら手を振って走り去る。
洗濯物を一カ所に集めているランドリーメイドさん達も挨拶そこそこの慌てぶり。
行き交う人達があまりに驚くからなんだかちょっと可笑しくなってきて笑いながら走ったら結構腹筋鍛えられた。
そうやって通勤兼走り込みをした後にたどり着いた騎士団の詰め所は。
・・・案の定元通りの臭い部室に戻っていた。
まあ、想定内ではあったけどトホホとは思った。そしてガンガン掃除した。
さすがにまだ床がベタベタしたりカーテンが全く別の色に変わるところまで戻っては居なかったから一番最初に比べれば比較的楽だった。最後は鼻歌が出たくらいだ。

そうこうしているうちに一人また一人と先輩達が入ってきた。一様に俺の姿を見るとビックリする。まあ、そうだよね。休暇もらってる事は知っているはずだし。
「えっ、ダ、ダイ?・・・様?」
「なんでお前・・・いや、あなた様がここ・・・ちらへ?」
「なんすか?なんでそんな変なしゃべり方するんですか!」
「いや、だって・・・召喚者様だ・・・ですよね?」
「ああ、まあ・・・。でもこちらでは一番下っ端の新米騎士ですから。あっ、そうそう。俺、遠征で入団試験合格したんですよ!だから晴れて無事皆さんの後輩となれました!今後ともヨロシクお願いしまーす」
笑顔で皆さんに敬礼したら、先輩達が互いに顔見合わせてざわつき始める。
「いやっ、いくら合格しても、さすがに召喚者様を一介の新米騎士扱いは・・・」
「でも事実新入りですから。あとその召喚者がどうこうは関係ないし、こちらではソレナシで」

夕べミックから聞いたところ、もう俺が召喚者だって言うのは新聞で広報されていて、みんなが知っているらしい。
成る程ね。全然ソレを敢えて名乗ってなかったホツメル市とかでも普通に召喚者様扱いだったもんな。ハヌガノでは北岸では王子のお忍びデートのお相手だったし、南岸では最初にスケルトン騒動があって各方面に紹介されたから状況違うけど。
あと、普通の新聞よりちょっとゴシップ寄りの、日本で言えばスポーツ新聞系のでは俺と王子がデキてますという文脈で各紙一面扱いだったらしい。
いやぁ~、まさか自分がゴシップ記事の主役になる日が来るとは想像もしてなかったわ。芸能人でも無いのにね。
まあね。そもそもが“戦略的恋人”って事で、知られてなんぼだからこれはこれで成功って事だろう。それ以前に状況からいってデキてないとは言えないところも・・・。

と言うわけで、復帰初日というか、見習いでは無く正式な騎士としての初出仕は諸先輩達、教官達、副団長に色々と説明をすると共に改めてのご挨拶回りをするのに多少時間を取られたが良い感じに汗をかけてヨカッタ。
それでも副団長がちょっと気を遣ったらしく早めに切りあげるよう促されたんで、ごねる事なく従い、早めに帰宅した。
先ずは汗を流してさっぱりしてからコーヒーもどきを淹れてもらって一息ついていると、誰かが訪ねてきた。
「召喚者様に貴族院から非公式の聞き取りがございますのでご同行願いします」
使いの侍従が背筋を伸ばして告げた。
貴族院から?非公式?聞き取り?なんじゃそりゃ・・・とは思ったけど、とりあえず付いていく事に。
すぐ汗流しといてよかった。ラフなブラウスと黒いトラウザーズだけだったんだけど急いでチュニックとジャケットを着込んでベルトにカスタムナイフと魔法袋を装着して迎えの侍従に付いていった。
俺が与えられている部屋は王城の中でも端っこの方だから結構歩く。かなり歩く。
いかにもファンタージっぽいヨーロッパ風の回廊ではあるがどことなく冷淡な感じのする通称文官棟、つまり城に出仕している文官達が働くオフィスビルに当たる棟。その突き当たりに重厚な観音開きの扉があり、その前に少し広めのホールがある。
ホールの端に置かれている椅子の前にナーノ様とホランド様のお姿があった。
あれ?じゃあ、王子も中に?と思ったらその俺の考えをいつものように見抜きながらナーノ様が何かを訴えるような目で俺を見つめる。王子を託されたのだと勝手に解釈し俺は無言で頷いた。

招き入れられて俺が見たのは何ともあり得ない光景。

10人以上が席に着けるであろうでかい重厚なウォルナット材円卓に8人ほどの貴族が着席。
その円卓から少し離れた、下座側に一人王子が立っていた。
王子を取り囲むように、おそらくその場の貴族達に付き従って来たのであろう20人近い甲冑を纏った騎士がいかめしく壁を背に並列している。
その8人の貴族達が何者なのか俺はすぐに分かった。
カスタムナイフに触れるまでも無い。それほどにルネス様の似顔絵のクオリティが高かったからだ。俺が一歩入室すると背後のドアはすぐに閉じた。

「ダイ・・・」
俺が現れた事に目を見開いて困惑する王子。弱々しく名を呼ばれた。
俺は王子に対してのみ立礼をしてから王子の背後まで歩を進めた。
「失礼ながらコレはどういった趣旨の会合なのでしょうか」
「まだ貴様に発言を許してはいない」
上座の中心にいる最も偉そうな髭の初老貴族の右隣にいる眉の太い鷲鼻の中年貴族がいきなり恫喝してきた。
「発言の許可が必要なのですか?アマリガル侯爵」
いきなりの名指しに瞠目する鷲鼻。ざわめく円卓のおっさん達。
「まさか、鑑定能力があるのか?」と囁くような声を耳が拾う。
「いや」
円卓の左翼側の端に居た少しだけ髪の薄い恰幅の良い何気に若干見覚えのあるようなおっさんが「ヤツに鑑定スキルはございません」と応えた。そう。見覚えがあったように感じたのは彼の弟とよく似ていたからだ。この人物こそがゲンデソル伯爵その人だった。

「この会合の主催はダッカム公爵、あなたでいらっしゃいますか。先ずはお呼び出しの要件をお聞きしましょうか」
上座中央の髭の初老貴族、ダッカム公爵を真っ直ぐ見て話しかけると更にざわめくオジさん達。
「何という無礼な!誰にものを言っているのだ。発言を許していないと言っているだろう」更なる恫喝に俺は思わず失笑して「意味が分かりません。ご要件を教えていただけないなら失礼致します」と言いながら王子のお手を取り「参りましょう」と出口に体を向ける。即座にドアの前に移動し立ち塞がる騎士達。

「まだ話は終わっていない」
ダッカム公爵の渋い声が響いた。俺はそちらに体を向けて。
「終わっていないと言うより始まっても居ませんよね?私の方からは何のご用も有りません。呼ばれて参ったのです。ですが要件の説明を求めてもお答えいただけないなら去るのみです」
アマリガル侯爵は顔を真っ赤にして「貴様はどこまでも!何という礼儀知らずな」と激高した。
「臣下である皆様が上座に着席し、王子殿下を下座に立たせたままのこの状況で礼儀を語られるとは片腹痛いのですが。アマリガル侯爵」
「なっ、なんと・・・」
ダッカム公爵を挟み反対隣に座る、どんよりした目の老人が「まあまあ」と口先だけで窘める。
そして澱んだ目をチラリと横を流して「どうだ?ゲンデソル卿」と訊いた。
「そ、それが・・・」
ゲンデソル伯は少し狼狽している様子で「い、いや、そんなはずは」と言いながら強い視線を俺に向けた。ああ、鑑定しているんだなと思った。
「な、何も・・・、特別なスキルは・・・、いや、不自然だ、そんな馬鹿な」
つまり要件というのはソレだ。俺のスキルを確認したいんだな。でも残念な事に今の俺は何のスキルも無いし魔力はゼロを打ち出しているだろう。
いや、ひょっとするとスキル剣道4段とか、居合2段とか、珠算3級とか、漢検とか英検とかは出ているのかな?でもこちらの世界の人には意味が分からないだろう。
「魔力は?」「ゼロです・・・」「そんなはずは無いだろう」「そ、それが・・・」
そんなざわめきが途切れる事無く続く。俺たちの存在を無視して。

要件は鑑定だったという事に王子も思い至った事で、その脚は出口に向かう。俺はソレをサポートするようにドアノブに手を伸ばしかけた。
その瞬間ただ立ち塞がっていただけの騎士がドアノブに伸ばした俺の腕を捕まえようと手を出す。
その手を逆に捕まえ決め込んで小手返しで投げる。合気道の技。元々俺よりも上背も幅もあり、甲冑を纏っている事で更に大きく見える屈強な騎士が宙を舞って床に沈む。
相手の勢いを利用する合気道だからこそ。逆に相手が棒立ちだとあまりカッ飛んではくれない。
合気道は専門外だが異種の武道経験者達同士の交流の場は意外と多い。加えて俺は祖父の見栄の道具だったからあらゆる武術を一時的にでも強引に試させられた。本人の意思不在で。
ココで役に立つ事が有るなら初めてジジイに感謝するわ。

俺が抵抗するとみて、もう一人が掴みかかろうとするのを躱して今度は下段当てで押し飛ばす。甲冑の重みが床に響く。
その場に居た他の騎士達が色めき立つ。
構わずドアノブに手をかけまさしく重い扉を押し開けようとした瞬間その左右の扉の合わせ目に研ぎ澄まされたロングソードの切っ先が横合いから突き出された。
息を呑む王子の気配がする。その肩を引き寄せてロングソードの主を振り仰ぐ。
ゴーグルに隠れて相手の顔は見えないが隙間から覗く目の輝きはいやにギラギラしていた。
どうする?ココで挑発に乗って武器に触れたら・・・。
さすがに王子に刃は向けまい。向けてくれるなよ。そんな思いがよぎった瞬間。
「やめてっ!下がって!・・・お下がりなさい!」
王子が騎士達に命じる。
「彼は召喚者ですよ!こんな無礼は・・・」
王子の言葉に騎士達は怯んだが、ゲンデソル伯と澱んだ目のデオン侯爵、そして他の数人が引きつったように笑い始めた。
「ハッ、召喚者!」「特別なスキルも魔力も無いのに!」「魔力ゼロの!」「名ばかりの召喚者か!」
「これはこれは、とんだ外れくじを引きましたな!エレオノール殿下!」
「あれだけ我々がご忠告申し上げたのに、強引に召喚術に固執して、国費を投じて!」
「どう責任を取られるおつもりか拝聴したいモノだ」
そう言ってそいつらの笑いがおっさん達全員に行き渡り割としつこく嘲笑が続いた。

王子はガタガタと震えて。
「あ、あなた方は見ていないのですか?中央には、記録魔石の映像が、届いているはずです。か、彼が何をしたのか・・・ッ」
「・・・おぉ、そうでしたな。結構なご活躍で、と言いたいところですが。まあ、暗くて判然としていなかった事もありましてな。それより、・・・まあ、よほど良き魔道具が有ればあのくらいは・・・」
「あ・・・の、くらい?ほっ、本気で言っているのですか?」
王子は動揺のあまりか、つっかえながら言い返そうとするが上手くしゃべれない様子だ。
その様子から、普段からこういったモラハラもどきを受けていて萎縮しているのだと思った。それでも俺のために頑張ってくれているのだと。

俺は王子を抱き寄せて宥めるために軽く背中を撫でた。見上げる気配を感じる。
「貴族院の代表たる皆様にはご満足いただけましたか?」
俺は微笑んでおっさん達に向け問う。瞬間彼らの笑いが消える。
「国家の一大事に祈りを込めて召喚された者が私のような外れくじで大変残念でした。ですが、その深刻な状況でそのように笑っていられる皆様には心から感服致します。この国はご安泰ですね。皆様のように前向きで肝の据わった重鎮に守られているのですから。・・・参りましょう。殿下」
俺は目の前に突き出されているロングソードをちょっとつまんで避け、王子を押しながらドアを開けて振り返りもせず退室した。
つまんだ瞬間ロングソードの持ち主は僅かにビクリとした。

そのままホールに出るとナーノ様とホランド様が駆け寄った。
王子は口元を握りこぶしで押さえて肩をふるわせている。時々すすり上げる息づかいで泣いているのが分かる。急ぎ足でその場を遠ざかる。
文官棟と中央棟の途中に有る中庭をぐるりと巡る外回廊にかかったときにバラ園が見えた。
もう夕暮れ時。僅かに朱みの残る残照の陰りの中でもその芳しさに華やぎを隠せない。

その奥の白石でできた四阿に寄り、一旦そこで王子を落ち着かせる事にした。
ナーノ様がお茶の用意をしに中央棟のコンシェルジュに向かい。ホランド様はこちらに背を向けて外回廊から俺たちが見えない位置に立ってくれた。
肩を抱き、髪を撫でながらひとしきり王子が泣くに任せる。少し落ち着いてきたときに頬に手を添え覗き込み、目元にキスをする。触れている手の親指で涙の痕を拭う。
「もう大丈夫ですよ、ここには意地悪なおじさん達は居ません」
菫色の潤んだ瞳が一瞬ポカンとした。そんなお顔も愛らしくてヤバい。
「その涙が私のためなら嬉しすぎてどうにかなりそうです」
少し赤くなっているお鼻や瞼、頬や額にキスの雨を降らす。擽ったそうに身をよじって逃げながら「だって・・・」と零す。
「・・・だって、あんな・・・。あなたの事をあんな風に・・・」
そのときの事を思い出したのか再び瞳に潤みが溜まってきて肩が震えてくる。
「いやな言い方かも知れませんが、どうかお許しを。・・・あそこで殿下がお怒りになってくださった事で、彼らは完全にゲンデソル伯爵の言葉を鵜呑みにしてくれました。とても・・・助かりました。」
『聖剣召喚の儀』が成功しなかったのは事実で、そういう意味で殿下が外れくじを引いてしまったというのはその通り。
そのことが王子のお心を傷つけてしまったのは申し訳ないけれども、連中がこれで俺を侮り、アームズ同化の事を知る機会を逸したならそれでいい。
「助かった・・・?」
「はい。連中の私に対する関心は半減したでしょうから」
王子は考えても居なかったという表情で、少し気持ちを取り直してきた様子だ。

ナーノ様がお茶のトレイを持ってやって来る。
辺りはずいぶん暗くなり、点在するオブジェに取り付けられている魔石の蒼白い照明がどこまでも続くバラ園を幻想的にしている。
その香り高い暖かい飲み物がテーブルに供される頃には王子の涙も収まり、照れくさそうに俺から少し距離を取る位置に座り直して、目線をそらしながらバラの美しさを愛でる言葉をぎこちなく紡ぐ。
そんな風に逃げられると逆に捕まえたくなってしまう。胸の奥で疼く狩りの本能を抑え込みながら穏やかにお茶をいただき おかわりを注ぎ足してくれているとき俺はナーノ様に先ほどの参加者である8人の貴族院メンバーを列挙して告げた。
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