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第三章
#55 旨味出汁を作ろう!
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いわゆるスラムである。
ホツメル市は非常に活発な経済都市である事で国内でも指折りの商会も何社も進出しており、“ひと・カネ・もの”の流動はめまぐるしい。
富める者は更に富み、常時熾烈な競争のふるいにかけられ堕ちていく者は転がるように底辺への道を進む。
搾取されることを嘆ける者はまだましだと思えるほどに、既に全てを吸い尽くされうち捨てられた最下層の者が彷徨うエリアが有る。
それが俺たちが向かっているスラムの中でも滅多に部外者が訪れることの無い区画。
とにかく悪臭が酷い。路地を曲がって或る一角に足を踏み入れた途端に空気が澱み重苦しくなる。最初こそ「臭うな」と思っても大抵は慣れてくるものだが、進んでいくほどに悪臭が強くなる。
路地には当たり前のように汚物が溜まり、湿っている。
普通に生ゴミと共に糞尿がうち捨てられている。それに脚をとられて転ぶ老人や、それら汚物の中に転がる犬の死体やそれをついばむ鴉の群れ。
胸焼けがする。
時々得体の知れない生ゴミが山を築いているところも有り、悪臭もだが蛆やハエ、Gなどが周辺一帯に飛び交っていたり蠢いたりしている。
思わずこみ上げてくるものが有るが、ここで自分までが汚物製造機になるわけにはいかない。
悪心を堪えるだけでもかなり体力は削られるらしく呼吸も乱れるし変な汗も出てくる。
でも、気をしっかり持って皆さんについて行く。
王子やデュシコス様でさえも、やんごとなき王族の一員なのにもかかわらずこういう場所に来て顔色ひとつ変えず進む姿や、うずくまるやせっぽっちの子供やお年寄りに「午後にこのエリアの共同井戸広場で炊き出しをしますよ。みんなを誘っておいでなさい。歩けますか?」「炊き出しではその場で食べても良いですが、持ち帰りたければ自分の家から鍋を持ってきても構いませんよ」と声かけをしているお姿をみると改めて尊敬の念を抱かずにはいられない。
歩を進めながら王子が時折立ち止まり浄化し治癒する。
雨天時の泥道のように足を取られるほど汚物がはびこっていた路地に、光りの粉が舞い降りてキラキラと輝きながら分解するみたいに浄化していくと、それまで見えていなかった石畳がこざっぱりと姿を現す。
その周辺にいた民達には、もし体調が悪い者が居たなら、ある一定以上の疾病で無ければ幾度か発しているヒールでだいぶ楽になったはずだ。
建物の影から我々一行の様子をうかがっている民達は次々と汚物を浄化していく王子のお姿を見ては驚愕し、震えながら手指を組み合わせ祈りを捧げるのだ。
同行している都市警吏や管理官の中にも驚嘆の声を上げる者が少なくなかった。
それまでは案の定というか、領主の教育が行き届いているらしく、王子を軽んじるように同行する任務を面倒くさそうな態度で付いてくる者ばかりだったのに、これらの王子の偉業を目にすることで次第に態度が改まってくる。
声かけしながら進む途中で、目に付く範囲にいる特に具合の悪そうな民には治癒を施す。
だがとりあえず、まずは炊き出しの声かけをしながら現状把握の視察が今は優先だから、見える範囲のごく具合の悪そうな者だけ治癒することにしているらしかった。
おそらく炊き出しに自らの脚で来ることの出来ない病人に関しては、後でソニスと共に回ったり特定の場所で施療ポイントを設置するのだろう。
今はそうやって王子が浄化してくれるから良いが一時しのぎに過ぎない。
途中すれ違う年寄りや子供達も、結構な率で毒虫にでも刺されたような赤いブツブツが肌に見える者が多かった。
明らかに衛生環境が最悪だ。
声かけしながら炊き出しの周知を行っていると、次々と軒先から民が出てきてハメルンの笛吹きのように俺たち一行のあとをゾロゾロと着いてきた。鍋やボウルを持った者も少なくない。
俺たちが共同井戸広場に到着して炊き出しのセッティングをし始めたときには「祭りか?」ってくらいの人出だった。
そこで俺が張り切ってスタンバイを開始すると都市警吏や管理官達が「召喚者様が手ずから炊き出しを?」とか言ってびっくりしていた。
ふっ、俺がやらずに誰がやるのよ。
まあ、対応する人数が半端ないから俺一人でやるんじゃ無いけどね。当然色々な人に手伝ってもらう。
俺は容赦なくあちらこちらに指示を始めた。
あらかじめ都市管理庁に頼んでおいた緊急時炊き出し用の風呂桶みたいにでかい鍋がいくつもあり、そこで湯を沸かし始める。
確か昔東北の方でこういうドでかい鍋で芋煮会やってギネス取ったのってなかったっけ?そういうヤツ。
俺は最初に団長と王子に相談して、中くらいの大きさの銅貨・・・日本円で言えば300円くらいに当たる・・・30シンクルを対価に貧民街の主婦達に食材切りのパートを呼びかけていた。その300円すら彼女たちには割の良い仕事だったらしく多くの志願者が集まった。
そのうち仕切り上手のおばちゃんが指示を出し、洗う係と皮をむく係と適当な大きさに切る係、と言う具合に役割分担が出来ていく。
彼女たちは突然降ってわいた幸運に上機嫌で互いに談笑しながらサクサクと仕事をしてくれた。
彼女たちがそれらを進めている間、俺は途中の金物屋で仕入れたかなり大きい業務用の寸胴5個に、露天のお肉屋さんから譲ってもらってきた、処分するためにまとめておいたホルモン系とぶつ切りの骨などをぶち込み、それに八百屋がやはり処分するつもりだったネギやニンニク、ニラ、セロリやショウガやら、やはり市場で廃棄されようとしていた果物の皮や芯、滋養に良いとされる香草類の切れ端を加え加熱を早めるために重いフタをして煮込む。ひたすら煮込む。途中アクを取りながらもカサがぐんぐん減っていくくらい煮込む。そして旨味出汁を作るのだ。
この旨味出汁は市場で処分されようとしていた端切ればかりを集めたからほとんど費用はかかっていない。
それと共に別に大量のゆで卵も作る。ゆで卵は煮込みが出来たらそれにぶち込むつもり。
卵は栄養も豊富だしごった煮に一緒に入れて食べるとお腹にガツンと満足感が来るから。おでんのバクダン原理だ。
この都市では鶏卵は大変安く庶民の味方だから。
風呂桶鍋の方では次々と野菜や根菜や香草、肉などを加えて煮込ませる。
ただ、ひとつだけは他のもののようにゴロゴロ野菜は入れない、主に麦やミルクに出汁を加えて煮込む流動食も作る。廻ってきたスラムの中には固形物を消化吸収するのが難しそうなお年寄りや病人、そして幼児も少なくなかったから。
当然ながら管理官達にも手伝わせる。船のオールみたいな木のヘラで鍋をかき回させる。かなりの重労働だ。
しまいには管理官達が音を上げてしまって、仕方が無いから集まってきた貧民街の男衆に主婦達同様中銅貨一枚を報酬にその重労働を依頼する。
彼らもまた大変に協力的だった。
そうやってどんどんと煮込まれていく風呂桶大の超大型鍋の食材達はだんだん良い感じに浸透してとろみが出てくる。
そこに岩塩を加えていく。ここホツメルの特産で独特の香りがある。だいぶグツグツ言ってきた。辺りに美味しそうな臭いが充満してくる。期待に満ちた子供達の喧噪がいよいよ高まってくる。味見をしている管理官達も「そろそろいいんじゃ無いかと」と合図があったから、寸胴からデカ目の鍋に旨味出汁を取り分けてそれぞれの風呂桶鍋に分け加える。
それを混ぜ混ぜしてから再び味見をした管理官が目を見開いて「何コレッ!美味っ!!めっちゃ美味いです。さっきので十分美味いと思っていたけど、うそっ、何コレ!」と大興奮。
結局この日引きも切らぬ大盛況で、食材切りや湯沸かしから始まり煮込まれた超大鍋に出汁を加えるまでのルーティンを5~6周した。
俺が管理官やパートの皆さんに指示を下しながら炊き出しをしている間、王子とソニスは護衛の団長やデュシコス様、ナーノ様、ホランド様を引き連れて傷病人の治癒に出かけていた。
辺りが暗くなり残り少なくなった鍋の中身を作業に従事してくれた皆さんにも振る舞いながら一息着いている頃には子供達の喧噪の声も次第に少なくなり集まっていた民達もそれぞれに帰宅して人影はポツリポツリになっていた。
「今日、召喚者様が作ってくださった旨味出汁のレシピを教えてもらえないかねえ」
パートのおばちゃん達を仕切っていた女性が声をかけてきた。
「あれって、処分する肉や野菜のクズを煮込んで作ったんだろ?元手がほとんどかからないんだよね?」
「勿論、お望みでしたら喜んで伝授しますよ。そうだ。そのレシピをギルドで登録してこちらの主婦の皆さんの売り物にしたらどうですか?市で売るんですよ。最初は量り売りでも良い。儲けが出てくるようなら専用の器に入れて個別に売っても良い」
「えっ、この旨味出汁、召喚者様がお発ちになった後でも手に入るようになるって事ですか?それは凄くありがたい!今日、残りを少し分けてもらいたいとさっきから言い出すタイミング計っていた所なんですよ」
「俺も。できればウチの女房にコレ、教えて作ってもらおうかと思っていたくらいで、作り方教えてもらわなきゃって思ってました。市販ので手に入るようになったら嬉しいですよ」
「もうあれを入れた途端に劇的に美味くなったもんなー。ああいう魔法もあるのかって思うくらい」
よほど、あのときの、味が変わった瞬間が衝撃だったのか管理官達は口々に言った。
一応我々一行は明日まではここホツメル市にいるつもりだけど。
我々が出立したあとまた貧民街の皆さんが同じ生活に戻ってしまうのも寂しい話だ。ひとつくらいは置き土産を残していきたい。
ただし製造する場所は、市場で作りながら売る以外はこの共同井戸広場で皆さんが集まって作るようにと指示をした。
ギルドに食品を登録すれば、ギルドは作業場の衛生環境の査察が義務づけられているから必ず衛生面での管理が行われるようになるだろう。
上手くすれば、今回王子が浄化してくれて綺麗になった路地の環境も維持してもらえるかも知れない。そうなれば劇的に貧民街での体調不良もあの変な皮膚病も改善されるはずだ。
俺は今回の炊き出し作業がきっかけで少し態度の和らいだ管理官達に「ちょっと管理官の皆さんにお願いがあるんですが」と話を振る。
「出来れば、し尿処理の設備とゴミ回収システムを貧民街にも適用してもらいたいんですが」
共同井戸の傍にはそこで使った汚水の排水口が有る。近場には洗濯場などもあるくらいだ。
つまり井戸周辺には下水処理のインフラはあるのだ。ただ、見たところ、集合住宅周辺にし尿処理の設備はなさそうだった。だから皆窓から外に投げてしまうのだ。
ゴミの回収は、貧民街の民達が持ち回りで決められた場所にゴミを集め、それを最終的に都市管理庁が指示した場所に持って行ければ良い。それは明日にでも昼間手伝ってくれた男衆に話をして考えてもらうことにして。彼らが出来る範囲の自助努力は要請するとしても、し尿処理の設備はある程度管理庁が手を貸してくれないと無理だろう。
「この貧民街のし尿処理のインフラが不十分だと、いずれまた大規模な伝染病が都市を襲うことになるかも知れません。ゲートを閉鎖してもこちらの腐敗した汚物の毒素が、万が一地下の水路に浸透してしまったら内周壁の内側の水質にも影響が出てしまいますよ。水路の向きで言ったらこちらの貧民街の方が上流に当たるんですから」
俺は地下水路の流れを管理官に説明して脅した。まあ俺はそういうことの専門家では無いから適当だけど。でもとりあえず動いてくれるならどうでもいい。
ここホツメル市は非情に水の豊かな都市で、それは地下水源の恩恵に因る。俺たちがやってきたハヌガノ渓谷や北東部に見える山脈などに起因する湿原なども途中何カ所も見られたし。
ヨーロッパの大都市などは遠い山岳地帯から水道橋などで水を運んだりもしたが、ここホツメル市は湧き出る泉とちょっと掘れば出てくる井戸で事足りているほどだ。
その恩恵を理解していない者は管理庁には居ないだろう。
出来れば管理庁の強力で衛生環境を整えたい。だがあの領主が貧民街を調えるために予算を組むだろうか。まあ、出しそうも無い。だから、やらなければ領主にとって大切な金を生む都市の繁華街の方に実害が出ると脅せば、どう出るか。
とりあえず賽は投げた。相手がどう出るかは判らないが。最悪出さないと選択したときのことも考えて、今日鍋をかき混ぜる手伝いをしてくれた男衆に明日になったら話をしてみよう。まあ、金肥という手も視野に入れつつ。
それとは別にゴミ処理は必須だし。話し合いは待ったなしだ。
風呂桶鍋に少しずつ残っていたごった煮シチューをかき集めて既に空いていた寸胴に移し替える。
本日炊き出しのために使った風呂桶大の超大鍋が空いたら、例によって銅貨の賃金で人を雇い念入りに洗ってもらう。
また明日も使うからと伝えたら男衆が張り切って清掃してくれた。
いやあこれからは路地もその位の熱さで清掃してくれよと思う。
そうこうしていたら治癒班の皆さんが戻ってきて寸胴に移し替えたごった煮シチューを温めてくれと言ってきた。
皆さん腹ぺこな上に大変な疲労困憊ぶりだった。
ホツメル市は非常に活発な経済都市である事で国内でも指折りの商会も何社も進出しており、“ひと・カネ・もの”の流動はめまぐるしい。
富める者は更に富み、常時熾烈な競争のふるいにかけられ堕ちていく者は転がるように底辺への道を進む。
搾取されることを嘆ける者はまだましだと思えるほどに、既に全てを吸い尽くされうち捨てられた最下層の者が彷徨うエリアが有る。
それが俺たちが向かっているスラムの中でも滅多に部外者が訪れることの無い区画。
とにかく悪臭が酷い。路地を曲がって或る一角に足を踏み入れた途端に空気が澱み重苦しくなる。最初こそ「臭うな」と思っても大抵は慣れてくるものだが、進んでいくほどに悪臭が強くなる。
路地には当たり前のように汚物が溜まり、湿っている。
普通に生ゴミと共に糞尿がうち捨てられている。それに脚をとられて転ぶ老人や、それら汚物の中に転がる犬の死体やそれをついばむ鴉の群れ。
胸焼けがする。
時々得体の知れない生ゴミが山を築いているところも有り、悪臭もだが蛆やハエ、Gなどが周辺一帯に飛び交っていたり蠢いたりしている。
思わずこみ上げてくるものが有るが、ここで自分までが汚物製造機になるわけにはいかない。
悪心を堪えるだけでもかなり体力は削られるらしく呼吸も乱れるし変な汗も出てくる。
でも、気をしっかり持って皆さんについて行く。
王子やデュシコス様でさえも、やんごとなき王族の一員なのにもかかわらずこういう場所に来て顔色ひとつ変えず進む姿や、うずくまるやせっぽっちの子供やお年寄りに「午後にこのエリアの共同井戸広場で炊き出しをしますよ。みんなを誘っておいでなさい。歩けますか?」「炊き出しではその場で食べても良いですが、持ち帰りたければ自分の家から鍋を持ってきても構いませんよ」と声かけをしているお姿をみると改めて尊敬の念を抱かずにはいられない。
歩を進めながら王子が時折立ち止まり浄化し治癒する。
雨天時の泥道のように足を取られるほど汚物がはびこっていた路地に、光りの粉が舞い降りてキラキラと輝きながら分解するみたいに浄化していくと、それまで見えていなかった石畳がこざっぱりと姿を現す。
その周辺にいた民達には、もし体調が悪い者が居たなら、ある一定以上の疾病で無ければ幾度か発しているヒールでだいぶ楽になったはずだ。
建物の影から我々一行の様子をうかがっている民達は次々と汚物を浄化していく王子のお姿を見ては驚愕し、震えながら手指を組み合わせ祈りを捧げるのだ。
同行している都市警吏や管理官の中にも驚嘆の声を上げる者が少なくなかった。
それまでは案の定というか、領主の教育が行き届いているらしく、王子を軽んじるように同行する任務を面倒くさそうな態度で付いてくる者ばかりだったのに、これらの王子の偉業を目にすることで次第に態度が改まってくる。
声かけしながら進む途中で、目に付く範囲にいる特に具合の悪そうな民には治癒を施す。
だがとりあえず、まずは炊き出しの声かけをしながら現状把握の視察が今は優先だから、見える範囲のごく具合の悪そうな者だけ治癒することにしているらしかった。
おそらく炊き出しに自らの脚で来ることの出来ない病人に関しては、後でソニスと共に回ったり特定の場所で施療ポイントを設置するのだろう。
今はそうやって王子が浄化してくれるから良いが一時しのぎに過ぎない。
途中すれ違う年寄りや子供達も、結構な率で毒虫にでも刺されたような赤いブツブツが肌に見える者が多かった。
明らかに衛生環境が最悪だ。
声かけしながら炊き出しの周知を行っていると、次々と軒先から民が出てきてハメルンの笛吹きのように俺たち一行のあとをゾロゾロと着いてきた。鍋やボウルを持った者も少なくない。
俺たちが共同井戸広場に到着して炊き出しのセッティングをし始めたときには「祭りか?」ってくらいの人出だった。
そこで俺が張り切ってスタンバイを開始すると都市警吏や管理官達が「召喚者様が手ずから炊き出しを?」とか言ってびっくりしていた。
ふっ、俺がやらずに誰がやるのよ。
まあ、対応する人数が半端ないから俺一人でやるんじゃ無いけどね。当然色々な人に手伝ってもらう。
俺は容赦なくあちらこちらに指示を始めた。
あらかじめ都市管理庁に頼んでおいた緊急時炊き出し用の風呂桶みたいにでかい鍋がいくつもあり、そこで湯を沸かし始める。
確か昔東北の方でこういうドでかい鍋で芋煮会やってギネス取ったのってなかったっけ?そういうヤツ。
俺は最初に団長と王子に相談して、中くらいの大きさの銅貨・・・日本円で言えば300円くらいに当たる・・・30シンクルを対価に貧民街の主婦達に食材切りのパートを呼びかけていた。その300円すら彼女たちには割の良い仕事だったらしく多くの志願者が集まった。
そのうち仕切り上手のおばちゃんが指示を出し、洗う係と皮をむく係と適当な大きさに切る係、と言う具合に役割分担が出来ていく。
彼女たちは突然降ってわいた幸運に上機嫌で互いに談笑しながらサクサクと仕事をしてくれた。
彼女たちがそれらを進めている間、俺は途中の金物屋で仕入れたかなり大きい業務用の寸胴5個に、露天のお肉屋さんから譲ってもらってきた、処分するためにまとめておいたホルモン系とぶつ切りの骨などをぶち込み、それに八百屋がやはり処分するつもりだったネギやニンニク、ニラ、セロリやショウガやら、やはり市場で廃棄されようとしていた果物の皮や芯、滋養に良いとされる香草類の切れ端を加え加熱を早めるために重いフタをして煮込む。ひたすら煮込む。途中アクを取りながらもカサがぐんぐん減っていくくらい煮込む。そして旨味出汁を作るのだ。
この旨味出汁は市場で処分されようとしていた端切ればかりを集めたからほとんど費用はかかっていない。
それと共に別に大量のゆで卵も作る。ゆで卵は煮込みが出来たらそれにぶち込むつもり。
卵は栄養も豊富だしごった煮に一緒に入れて食べるとお腹にガツンと満足感が来るから。おでんのバクダン原理だ。
この都市では鶏卵は大変安く庶民の味方だから。
風呂桶鍋の方では次々と野菜や根菜や香草、肉などを加えて煮込ませる。
ただ、ひとつだけは他のもののようにゴロゴロ野菜は入れない、主に麦やミルクに出汁を加えて煮込む流動食も作る。廻ってきたスラムの中には固形物を消化吸収するのが難しそうなお年寄りや病人、そして幼児も少なくなかったから。
当然ながら管理官達にも手伝わせる。船のオールみたいな木のヘラで鍋をかき回させる。かなりの重労働だ。
しまいには管理官達が音を上げてしまって、仕方が無いから集まってきた貧民街の男衆に主婦達同様中銅貨一枚を報酬にその重労働を依頼する。
彼らもまた大変に協力的だった。
そうやってどんどんと煮込まれていく風呂桶大の超大型鍋の食材達はだんだん良い感じに浸透してとろみが出てくる。
そこに岩塩を加えていく。ここホツメルの特産で独特の香りがある。だいぶグツグツ言ってきた。辺りに美味しそうな臭いが充満してくる。期待に満ちた子供達の喧噪がいよいよ高まってくる。味見をしている管理官達も「そろそろいいんじゃ無いかと」と合図があったから、寸胴からデカ目の鍋に旨味出汁を取り分けてそれぞれの風呂桶鍋に分け加える。
それを混ぜ混ぜしてから再び味見をした管理官が目を見開いて「何コレッ!美味っ!!めっちゃ美味いです。さっきので十分美味いと思っていたけど、うそっ、何コレ!」と大興奮。
結局この日引きも切らぬ大盛況で、食材切りや湯沸かしから始まり煮込まれた超大鍋に出汁を加えるまでのルーティンを5~6周した。
俺が管理官やパートの皆さんに指示を下しながら炊き出しをしている間、王子とソニスは護衛の団長やデュシコス様、ナーノ様、ホランド様を引き連れて傷病人の治癒に出かけていた。
辺りが暗くなり残り少なくなった鍋の中身を作業に従事してくれた皆さんにも振る舞いながら一息着いている頃には子供達の喧噪の声も次第に少なくなり集まっていた民達もそれぞれに帰宅して人影はポツリポツリになっていた。
「今日、召喚者様が作ってくださった旨味出汁のレシピを教えてもらえないかねえ」
パートのおばちゃん達を仕切っていた女性が声をかけてきた。
「あれって、処分する肉や野菜のクズを煮込んで作ったんだろ?元手がほとんどかからないんだよね?」
「勿論、お望みでしたら喜んで伝授しますよ。そうだ。そのレシピをギルドで登録してこちらの主婦の皆さんの売り物にしたらどうですか?市で売るんですよ。最初は量り売りでも良い。儲けが出てくるようなら専用の器に入れて個別に売っても良い」
「えっ、この旨味出汁、召喚者様がお発ちになった後でも手に入るようになるって事ですか?それは凄くありがたい!今日、残りを少し分けてもらいたいとさっきから言い出すタイミング計っていた所なんですよ」
「俺も。できればウチの女房にコレ、教えて作ってもらおうかと思っていたくらいで、作り方教えてもらわなきゃって思ってました。市販ので手に入るようになったら嬉しいですよ」
「もうあれを入れた途端に劇的に美味くなったもんなー。ああいう魔法もあるのかって思うくらい」
よほど、あのときの、味が変わった瞬間が衝撃だったのか管理官達は口々に言った。
一応我々一行は明日まではここホツメル市にいるつもりだけど。
我々が出立したあとまた貧民街の皆さんが同じ生活に戻ってしまうのも寂しい話だ。ひとつくらいは置き土産を残していきたい。
ただし製造する場所は、市場で作りながら売る以外はこの共同井戸広場で皆さんが集まって作るようにと指示をした。
ギルドに食品を登録すれば、ギルドは作業場の衛生環境の査察が義務づけられているから必ず衛生面での管理が行われるようになるだろう。
上手くすれば、今回王子が浄化してくれて綺麗になった路地の環境も維持してもらえるかも知れない。そうなれば劇的に貧民街での体調不良もあの変な皮膚病も改善されるはずだ。
俺は今回の炊き出し作業がきっかけで少し態度の和らいだ管理官達に「ちょっと管理官の皆さんにお願いがあるんですが」と話を振る。
「出来れば、し尿処理の設備とゴミ回収システムを貧民街にも適用してもらいたいんですが」
共同井戸の傍にはそこで使った汚水の排水口が有る。近場には洗濯場などもあるくらいだ。
つまり井戸周辺には下水処理のインフラはあるのだ。ただ、見たところ、集合住宅周辺にし尿処理の設備はなさそうだった。だから皆窓から外に投げてしまうのだ。
ゴミの回収は、貧民街の民達が持ち回りで決められた場所にゴミを集め、それを最終的に都市管理庁が指示した場所に持って行ければ良い。それは明日にでも昼間手伝ってくれた男衆に話をして考えてもらうことにして。彼らが出来る範囲の自助努力は要請するとしても、し尿処理の設備はある程度管理庁が手を貸してくれないと無理だろう。
「この貧民街のし尿処理のインフラが不十分だと、いずれまた大規模な伝染病が都市を襲うことになるかも知れません。ゲートを閉鎖してもこちらの腐敗した汚物の毒素が、万が一地下の水路に浸透してしまったら内周壁の内側の水質にも影響が出てしまいますよ。水路の向きで言ったらこちらの貧民街の方が上流に当たるんですから」
俺は地下水路の流れを管理官に説明して脅した。まあ俺はそういうことの専門家では無いから適当だけど。でもとりあえず動いてくれるならどうでもいい。
ここホツメル市は非情に水の豊かな都市で、それは地下水源の恩恵に因る。俺たちがやってきたハヌガノ渓谷や北東部に見える山脈などに起因する湿原なども途中何カ所も見られたし。
ヨーロッパの大都市などは遠い山岳地帯から水道橋などで水を運んだりもしたが、ここホツメル市は湧き出る泉とちょっと掘れば出てくる井戸で事足りているほどだ。
その恩恵を理解していない者は管理庁には居ないだろう。
出来れば管理庁の強力で衛生環境を整えたい。だがあの領主が貧民街を調えるために予算を組むだろうか。まあ、出しそうも無い。だから、やらなければ領主にとって大切な金を生む都市の繁華街の方に実害が出ると脅せば、どう出るか。
とりあえず賽は投げた。相手がどう出るかは判らないが。最悪出さないと選択したときのことも考えて、今日鍋をかき混ぜる手伝いをしてくれた男衆に明日になったら話をしてみよう。まあ、金肥という手も視野に入れつつ。
それとは別にゴミ処理は必須だし。話し合いは待ったなしだ。
風呂桶鍋に少しずつ残っていたごった煮シチューをかき集めて既に空いていた寸胴に移し替える。
本日炊き出しのために使った風呂桶大の超大鍋が空いたら、例によって銅貨の賃金で人を雇い念入りに洗ってもらう。
また明日も使うからと伝えたら男衆が張り切って清掃してくれた。
いやあこれからは路地もその位の熱さで清掃してくれよと思う。
そうこうしていたら治癒班の皆さんが戻ってきて寸胴に移し替えたごった煮シチューを温めてくれと言ってきた。
皆さん腹ぺこな上に大変な疲労困憊ぶりだった。
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