王子の宝剣

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第三章

#54 ホツメル市街視察団

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 ホツメル市は、変則的な形とは言えどちらかと言えば南北に伸びている国土の、北部方面への要衝地であり、国道が敷設されている最も北側に位置する。

そしてこれからの発展が大いに期待できるハヌガノ大橋を挟む断崖の都市や、近隣の領への整備された商道を幾筋も集めているハブ的な役割を持つ大都市だ。
北部の物流の大半はここを経由して、王都を始め他地域の都市に向かう。ゆえに人や金などの経済の流れを担う。
当然領主であるゲンデソル伯爵は貴族院の中でも爵位よりもその豊かさで発言権は高い。そして、そんなくらいだからゲンデソル伯は更に自分の地位を上げようと王都における貴族院での権力闘争サーフィンが大好きな狸親父だ。
勿論ホツメル市を含むゲンデソル伯領をここまで豊かにしたのは先代、先々代の功績が大きい。
だが引き継ぐ彼もまたしたたかに時流を読んで新たな富を引き入れている。
それには彼の持つ“鑑定”のスキルが大きく武器になっているのは否めない。

今回、ゲンデソル伯爵自身が領都に戻っていなくて幸いだったとナーノ様と団長が言っていた。
貴族は基本的に三柱女神のいずれかの加護を持っているのが普通で、その加護を下地にした何らかの属性の魔力を持つ。魔力量は人にはよるが血統の力も手伝い庶民よりは貴族、貴族の中でも王家に近ければ近いほどその純度も魔力量も高い。
まあ、そういうものらしい。
その基準からしても、伯爵は当然ソニスよりも高いレベルの鑑定眼を持つことになる。
この国における最も高い鑑定眼を持つのは魔道庁長官オーデュカ様らしいのだが。
因みにオーデュカ様自体は家柄も血統もそうお高いわけでは無い。
男爵家の次男坊が結婚前に市井の女に手を出し出来た子供だ。その後長男が子をなさずして病死したため男爵家を継ぎ、一応認知だけはして貰ったという経緯がある。だがほぼ平民だ。
幼少期から学生の頃などは、出自の卑しい下級貴族の庶子ごときが偉そうにとか散々虐められていたらしいけれど、圧倒的な能力で周りを黙らせてきた庶民や下級貴族のスーパースターらしい。
あのボサボサ頭のヲタ博士みたいなおじさんが。それはそれでカッコいいな。

ナーノ様と団長が懸念していたことと言うのは、どうやら俺のスキルのことらしい。
『アームズ同化』という謎のスキルがあって、それが具体的にどう言う能力かはまだ手探り状態だ。
今一応分かっていることと言うのは、俺の戦闘モードがONになれば魔力が発動して手持ちの武器の破壊力が増したり、通常は武器と認識して居ないものも武器化できる・・・ということ。
あと、武器を持ったときに始めて俺は魔力を漲らせることが出来るが、その魔力は攻撃にのみ特化しており防御や治癒などの力は微塵も無い。
あと、武器に触れて魔力が発動しているときに限り索敵が出来るが、その際“敵”認識した対象に関してだけある程度の鑑定データが降りてくる・・・ようだ。

現時点ではそのくらいだ。

もしかすると他にも何か出来ることもあるかも知れないが、逆にどこかに大きな落とし穴的な部分があるかも、という懸念はつきまとう。
ナーノ様も団長も、そして王子も、まだ俺のスキルの全容は分かっていないから、オーデュカ長官に会わせる前に、敵側に属するゲンデソル伯に鑑定されてしまうのはリスキーだと感じていたらしかった。
ゲンデソル弟にはどうやら幸い鑑定スキルは無かったようで、良かったけど。

さて。
中央広場に向かう。
夕べ、団長達が宿を探しに行っている間に待たされていた場所だ。
深夜に見たときとはずいぶん様相が違っていた。
夕べは宵の喧噪も遠く終焉を迎えつつ有る中、噴水に湧き出る泉の水が注ぐ音とたまに行き交うひとの靴音だけが響く静かで肌寒い石畳の広場だったが。
朝ともなれば、中央に目印のオベリスクを掲げ神話をモチーフにした彫像で装飾されている泉を中心に、広い円形のマルクト広場になっており、所狭しと露店の市場が軒を並べ賑やか。
「おぉーーっ、市だー!」
先輩達はなぜかガッツポーズで乗り込んでいった。
朝飯は食ったはずなのにどこからともなく漂ってくる香ばしい香りに、買い食いをせずに素通りするのは困難を極める環境だ。

ここからは3班に分かれたグループ行動になる。
一応散会前に団長からの注意事項とグループごとの視察エリアなどの指示を受けては居たが、先輩達のテンションの高さには団長ならずとも「大丈夫かこいつら」と思わずには居られなかった。
とは言いつつも市の賑わいは良いよなあ~、と、ついつい心惹かれてしまう。

因みに俺の入ったグループは、王子、団長、ナーノ様、ホランド様、デュシコス様、ソニス、俺。他の班は、オルタンスさんを筆頭にした第一騎士団の兄貴達。そしてルネス様とヨルントさんを加えた第2騎士団の獣人さん達、という編成だ。
それら3班が巡る視察先に行ってから更にその班の中で手分けするのは現場に行ってからの各班の判断で動くように、とのこと。

俺が市の方をチラチラ見ていたら団長が「何か買いたいもんでもあるのか?」と訊いてきたから、後ろ髪を引かれつつも「いいえっ!」とかぶりを振った。
「無理をするな。金なら出してやるから」とはデュシコス様。
ウッ、文無しだから欲しくても買えないというのをこの人には知られている。しかもやたらと俺に金銭援助をしたがる。
いや、だから、別にそんな事していただかなくても誰にも言いませんて!

「そっか、お前手持ち全然無かったもんな。どら、じゃあ、ちょこっと小遣い程度を給料の前払いとして渡してやるわ」
団長は魔法袋からコインが入った巾着袋を出してくれた。
う、嬉しい!一文無しだから市場を見て回っても何一つ買えないってホントにキツいなーと思っていたから。「ありがとうございます!」と言って受け取ったら、俺のお目当てになぜかみんな付いてきた。えっ、な、なんで?
「お前が欲しいものって何だろうかと思って。蓋付きの鉄鍋とかじゃ無いよな?」
「ひょっとして焦がし豆茶ですか?」
思わず俺は王子の方を振り返ってしまった。どどどどうしてお分かりに?
「ダイは焦がし豆茶がとても気に入っていましたよね?凄く苦いのに、とても美味しそうに飲んでいて・・・。ハヌガノ以前の街では無かったから買って帰りたかったのかなと」
実はそうなんだ。この世界ではどうやらコーヒーというのが無くて。ハーブティーは種類が豊富で、その中にはまさしく日本茶!という味と香りの物も有ったんだけど、コーヒーは無くて。ハーブティーは豊富なのに、なぜかタンポポコーヒーすら無かったんだよ。
でもやっぱり時々思い出して飲みたくなるときがあったんだよな。
「・・・はい。・・・よくお分かりで・・・」
「そんだけ殿下がお前のことを常に見つめてたってこったろ?お、あそこのテントがそうじゃねえか?煎っている香ばしい匂いがしてくるぞ」
団長の言葉に思わず目を合わせてしまった王子と俺は思わず赤面して慌てて目線をそらした。そんな反応をした俺たちをなぜか団長とナーノ様とデュシコス様に若干鼻白んだ目で見られてちょっと傷ついた。ソニスだけ暖かい目で見ていたけど、しかしそれはそれで気恥ずかしかった。ホランド様は、まあ、いつも通りで。何を考えているのか全く分からない。

本日の王子は通常モード、パールホワイトのローブで、いかにも王族の一人として我々家来を引き連れて視察に出ている形だ。
勿論当地、ホツメル市の都市警吏と管理官が相当数案内に付く。
これから行く場所は路地裏や貧民街で、この市場で仕入れた物を炊き出しして、それがてら施療院にも行けない民を治癒することも行う。
そのようにしながら貧民層の生活状況を調べるのだ。
そのためには身分を隠さない方がむしろ効果的という事だ。
夕べ、団長達の部屋へ行ったときに中央からの魔石通信が入ったのだが、それは宰相閣下からだったらしい。
ホツメルは非常に豊かな都市だが、発展した経済都市にありがちな問題、貧富の差が激しいのもまた事実。
領主で有るゲンデソル伯爵は儲ける民は大好きだが貧民には全く興味が無い。一応、庶民向けの小さな礼拝所や施療院、孤児院には一定の助成は配布しているが、何の監査機関も置かないことで、助成金目当ての庶民向け神殿や礼拝所に簡単に潜り込み、ポッケナイナイしてしまうえせ神官やえせ修道士・・・まあ要は一種の詐欺師だが、が跋扈している。
その実態を見てきて欲しいと宰相閣下を通じ王太子殿下から依頼されたらしい。

今回3班に分かれているが、それぞれに使命が有る。

魔法使いさん二人と第二騎士団の獣人さん達は、大手商会などの下請けで働く低層労働者達の労働環境を見ることになる。
ここシンクリレア王国では獣人や妖精との混血・・・俺の剣カムハラヒを売ってくれた武器屋さんもそうだが・・・いわゆる亜人種系の民を差別することは禁じられているけれども、実態は全く平等では無い。しかも王都から離れるほど旧態依然とした差別意識が色濃く残っているし、放っておけば悪化する。その傾向は領主によって歴然と違うから、そろぞれの領ではどうなのかという実態は定期的に視察を送り込まないといけない。
そして、例え視察が入ることを予期してとっさに労働環境などを整えても、獣人さん達には人間より数段優れた嗅覚や聴覚、ひとによっては鋭い直感などの超感覚が有るからごまかしがきかない。そして聞き込みの際にもし管理職側に差別意識が有って獣人さん相手に真摯に応じなかったらと言うのを想定してルネス様が率いている。ルネス様は爵位は伯爵だがファミリーネームの前に建国期からの名門の証『ノル』を持ち、それを持たない領主のゲンデソル伯爵より家格が上だ。
ヨルント様はご自身が庶民だし、しがない街のさびれた本屋の息子だったところから爪に火をともすような暮らしを送りつつ努力に努力を重ねてのし上がってきた苦労人で、労働者側に寄り添える。貴族や騎士では思いつかない下働きの苦労に気がつくひとだから。

第一騎士団の兄貴達が担当するのは教育機関や各種防衛組織の育成と訓練の実態調査だ。防衛組織の中には都市警吏や公安もだが、各エリアの自警団、救助隊や領属騎士と領主の私兵騎士団などが居る。
この際商会や自警団などに雇われて働く冒険者達はこの括りには含まない。
そして、とりあえず領主の私兵騎士団というのは領主本人の了承と立ち会いが無くては無理だから触れない。自警団は自治区域内の有志集団みたいな組織だからコレも省く。
それ以外のところを回ることになる。
それも今朝査察が入ることが領都庁に宰相から通達されたはずなので、朝からきっと各種の資料とか大慌てで整えているところだろう。後ろめたい部分に関してはごまかせる方策を緊急で模索しているはずだ。
だが、そもそもが防衛組織関連に在籍している者の多くは概ね脳筋傾向が強く、付け焼き刃のごまかしは、王立騎士学院に入学試験から卒業試験までを実技だけで無く座学でも常に首席で通したオルタンスさんやアロンさん、イグファーさんの目は欺けまいという団長のお言葉だった。
えー、そうなんだ!オルタンスさんは何か納得だけど、アロンさんとイグファーさんもそんなインテリでもあったとは!見る目が変わるわ!
因みにイグファーさんが一番年上で次がオルタンスさん、アロンさんが一番若い順で、それぞれの世代での特別優秀卒業生として記録されているらしい。カッコいいー!
特に念入りにチェックされるであろう部分は、現管理職の実力と寄付金の有無や金額などだ。
常に現場の判断力が必要な職務なのに、実家の財力や支援者等の人脈など、能力外の要因で重要な役職に就くことを取り締まるよう、現王太子の治世になってから厳命されるようになったのだという。
ただ、それが実行されているかどうかはやはり領主の性質に因るところが大きい。
特に騎士団など防衛組織は民の安全に関わるから殊更厳重に査察の必要があるが、教育機関も当然それに準ずる。教育がぬるくなれば全体の意識がぬるくなり、それが結局不正の温床になる。

それらを聞いただけで、王太子殿下は尊敬に値する為政者だと感じる。
ただ、まあ。ぬるいが故に吸える蜜に群がるような輩には煙たい存在かも知れない。

うちの班は炊き出し。
炊き出しなら俺の出番じゃん!と、かなり張り切って行きましたとも。
マルクト市場でそれはもう大量の食材を買い込んで。

しかし、豊かで治安の良い日本という場所で生まれ育った俺は、ガチの貧民街というものがどういう所なのか全く判ってなかった。
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