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第三章
#45 三柱女神の加護
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い、いや違う。多分違う。そういう意味じゃ無い。
受け取り方を間違えるな。それは勘違いだ。しっかりしろ、俺。
脳内で自分に往復ビンタをかます。う、うん。いえ、はい。恐悦に存じます。臣として可愛がっていただけるならばそれはそれで誠にありがたく・・・。
「分かっています。あなたが私に向けてくれる好意はそういう意味では無いのだと」
え・・・、ちょ・・・・・・で、殿下?
「数多の美女に迫られても揺るがなかったあなたが私ごときに靡いてくれるなんて思っても居ません。・・・でも。・・・キスしても吐かれなくて本当に嬉しかった・・・」
は?
え、それって・・・。え、ええ?どういう意味?・・・あれ?
「え、じゃ、じゃあ、あの時『大丈夫?吐き気は?』って訊かれたのって、そういう意味だったんですか?」
思わず振り返ると王子はポカンとした。それ以外に何か?みたいな表情だ。
そして俺は思い当たった。
「あ、あー・・・。そうか。・・・ソニスですね。ソニスから聞いたんですね。俺の、過去の醜態を」
「・・・?・・・醜態とは思いませんが、そう、そうです。ソニスから聞いたというのはその通りです。あなたが何人もの美女に唇を奪われたり襲われて押し倒されたときに、吐いてしまったと」
「ま、まあ、美女かどうかは・・・人それぞれの見解があると思いますが・・・」
うわ、思わずポロッと非紳士的な発言をしてしまった。動揺のあまり。いやみんな普通に可愛かったんだけど。いや、王子と比べちゃ・・・。その、次元が・・・。いやいやいや、そういう話じゃ無いんだよ。
「基本的に、女性はダメなんです。もう至近距離に来た時に、正直ニオイが無理だし。キスなんかしなくてもあのニオイが来た時点でもうウッとなってしまって」
「アハティア将軍は・・・」
「あ、ナツコ先輩は大丈夫です」
そういえばナツコ先輩とは学祭で、管弦楽部の手伝いでウインナワルツ踊らされた事があった。そのとき当然スゴい密着していたからニオイも感じていたはずだけど大丈夫だったな、と、回想した。
「やはり・・・」と何故か王子は落胆した。
「アハティア将軍との親密さは他の誰とも違いましたから。やはりそうだったのですね」
なんか誤解されているような気がする。
「あ、あの。ナツコ先輩に対しても別に尊敬とか友情とかお世話になってる感謝とか気が合うという以外の感情は有りません。その・・・恋情とかそういうのは一切有りませんので」
菫色の瞳が見開かれて真っ直ぐ見つめてくる。既に王子の腕の縛めからは解放されてお互い向き合っていた。「では・・・」王子の瞳が揺らぐ。
「未だ、あなたの心を捉えた者は居ない・・・と?」
「・・・うっ、い、いやそれは・・・」
否定の気配に王子の表情がサッと強ばった。いや、待ってください。まさかまたソニスとか考えてませんよね?あなたなんですよ。俺の心を捉えてくれてるのは。
どうすりゃいいんだと思ったが、そう思った瞬間、何故隠す必要があるのかという考えもよぎった。
俺は腰掛けていたベッドから滑り落ちるようにベッド脇に跪いて王子のお手を取り告げる。
「私の心に居るのは殿下お一人です。殿下以外が入る余地は有りません。心からお慕いしております」
「・・・・・・」
しばしの沈黙の後、王子は諦めたように苦笑しながら小さく息を吐かれた。
え、今の告白だったんですけど。
明らかに王子のそのお顔“そうやってはぐらかすんですね”的な表情じゃないですか?
違うんですよ。今までの俺のソレとは。
しかし、渾身の告白が空振ってしまった。どうすりゃいいんだ。
「少しまた眠ります」
殿下はすっかり脱力した様子でもぞもぞとシーツの間に潜り込んでいった。
お手を握ったままその動作のお手伝いをする。
位置が定まって落ち着くと、横たわったまま握っていた俺の手を握り返して、もう一方の掌で撫でながら「いいんです」と呟く。
「あなたが無事に戻って、こうして傍に居てくれるだけで。それだけで」
柔らかく微笑みをくださる。胸が締め付けられる。
いや違うんです。本当にあなたの事を恋い慕っているのに・・・。言ってんのに。ちゃんとそう言ってんのに!「いいんです」ってなんですか。
胸が苦しい。
そのまま王子が寝息を立てるまでお手を握り続けた。
規則正しい寝息が聞こえて暫くしてから俺は握っていたお手に唇で触れる。そして、そっと前髪を指先でより分けてその額にもキスを落とした。銀色のまつげが少しだけ顎に触れた気がした。そして暫く寝顔を見守った後おもむろに立ち上がり「おやすみなさい」と囁いてから退室した。
隣室に控えていたナーノ様は退室した俺の姿を見て驚愕しあからさまに失望の色を見せた。いや、ナーノ様って一体俺に何を期待しているの?
ま、まあ、分かっちゃあ居るけど。
「本当に、あなたという人は・・・」
憎悪すら含む呆れの表情で睨まれて、ビビるのと反発とで思わず口答えをしてしまった。
「ナーノ様は何をお望みなんですか?まさか俺に閨の相手をしろとでも?ナーノ様的にそれでいいのですか?俺みたいなどこの馬の骨とも知れない異世界人に王子が汚されてもいいんですか?」
「・・・ふうん・・・それが、あなたの本音ですか?」
ナーノ様はニヤリと悪い微笑みを浮かべた。
「どこの馬の骨とも知れない異世界人、ね。以前あなたの要請で異世界人保護条約についてオルタンス辺りに説明をさせたはずですが。しかもあなたは“召喚者”です。“希われし者”として同じ異世界人の中でも特に格が高い。あなたの言動を制限できる者は名目上誰も居ないのです。王族、皇族並びに国際機関の長であっても。・・・それが出来るのは唯一あなた以上の能力を持つ他の召喚者くらいですよ。・・・例えば、メーゲンカルナの魔女のような。ね。・・・つまり」
一呼吸置いて、ナーノ様は手で椅子を指し示して俺に着席を促した。俺は黙って従う。
「その理屈で言えばあなたは第四王子であるエレオノール殿下よりよほど地位が高いのです」
「いや、俺は・・・私はそもそも『聖剣』を召喚したのに失敗して出てきた『人間』ですよ?それに、そうは言ってもやはり王族は王族。国家という括りの中では血統という意味でも最も高貴とはされるでしょうし、民の目から見たら明らかな権力の頂点ですよね」
「まあ、あなたがそう思っている分にはそれで構いませんが」
そう言ってナーノ様は茶を淹れ始めた。ああ、話が長くなるんだなと覚悟をした。
「この国の守護神は、三柱の女神だというのはもう誰かから教えられましたか?」
「はい。それはこの遠征の往路でソニスから」
「ああ、そうですよね。彼は神官なのだからそこはキチンと押さえてあるでしょうね。・・・では、この国の高位貴族は皆、三柱のウチいずれかの加護を得ているというのは知っていますね」
「はい。殿下が滅多に居ない三柱全ての加護を得ているお方だとも聞きました」
馥郁たる香りに惹かれて一口二口茶をいただいた。繊細な旨味が広がり香りが鼻に抜ける。
この国では神殿を中心に三柱の女神を最高神として奉っている。
太陽や光、美や豊穣や悦びを司るアプラドフタミア。
月や影、死と再生、清浄、神秘を司るナル・ラウーナ。
星や叡智、技術や学問、コミュニケーションや裁きを司るヤスティナ・テマ。
高位貴族はこの三柱のウチいずれかの女神の加護があるのが普通である。
下位貴族や平民はこれらの女神の使徒である精霊の加護が普通であり、平民で有りながら女神の加護があるとあらゆる面で優遇され、出世が約束されたようなもの。
貴族でも一柱の加護が普通である故、たまに二柱の女神の加護を受けていたりするともうその一家は大騒ぎだし勿論あらゆる面で優遇される。
もっともそのように通常よりもランクの高い加護を持つ者は、優遇などされなくても元々身につけている能力自体も高い。要は選ばれた者なのだ。
デュシコス様は二柱の加護を得ている故に幼少期から神童との誉れが高く実際魔法使いとしては地位も高く実績もある。優遇などされなくても既に自力で出世できている。
エレオノール王子のように三柱の加護を持つ者は、女子なら即座に大聖女に奉られるレベルである。そう思うと姉君の王女はそのまま大聖女に、弟の王子も同等のレベルというのはある意味母君のお力が破格としか言いようが無い。
そして、三柱女神達は3年ごとにメインの女神が入れ替わりながら国を守護して居り、それに則って国政も教育も方針を循環させる。ずっと同じ方針を持続している国はそれに根ざした不正がはびこるから我が国のこれは良い習慣であると考えられている。
因みにそのせいでかこの国では『3』の数字は縁起が良いとされる。
エレオノール殿下がお生まれになったときは、年まわりはアプラドフタミア、月まわりはナル・ラウーナ、日はヤスティナ・テマ、が巡っているときであったらしい。
「素晴らしいです。全ての女神の加護を一身に集めて殿下というお方になっているのだと酷く納得します。この世の奇跡です・・・」
半ば恍惚として俺が呟くとナーノ様が咳払いをした。ハッと我に返って続きを聞く。
「確かに良いところばかりならば良いのです。ただ、それぞれの女神の司る事象には負の部分も有ります。例えば星の女神ヤスティナ・テマは叡智や裁きやコミュニケーションを司る故に、“嘘”や“かけひき”“謀略”“戦闘”“露呈”なども含まれます。」
ふむふむと聞き入る。
月の女神ナル・ラウーナは神秘や清浄、精神性、慈悲、慎重など・・・つまりやや内向きで観念的な事象を司る関係で“優柔不断”“我慢”“秘密”“不安”なども含む。
逆に太陽の女神であるアプラドフタミアは、美や豊穣、悦びや健康、愛、魅惑などを司る延長で“贅沢”“高慢”“欲望”“嫉妬”なども含む。
つまりは三柱の女神は互いに相容れない部分を持つ三つ巴とも言える。その要素を全部ぶっ込まれた王子はご自身の中でせめぎ合う相反する要素に常に揺れている状態で、少し不安定な部分が有ると。
そして、もっとも強く影響を受けている、年回りの守護であるアプラドフタミアの加護のせいもあり、愛情深い代わりに嫉妬深くもあるのだと。
ああ、そういえば以前「またつまらない嫉妬であなたを傷つけて」とか仰っていたなと思い出した。もし殿下が俺を好いてくださっていたとしたら、知らないうちにお心を乱していたのかなあとぼんやり思った。まあ、自意識過剰かも知れないけど。
「殿下はそれはそれは情が深くていらっしゃいます」
「はい。それはもうとても感じます。あれほど慈悲深くてお優しいお方はそうそう他にはいらっしゃいません」
ソニスも優しいし慈悲深いけど、でも現実的なぶん王子より少しシビアな気がする。
「私は殿下のお体が心配なのです」
ん?どう言う流れ?つまり慈悲深すぎて常にご無理をしてしまわれるから、て事かな?
「殿下のお体はもっともアプラドフタミア神の影響を受けていますから」
「分かります!この世の者とは思えないあの麗しさはそうとしか思えません」
「性愛の熱も人一倍お強いのです」
「・・・はひっ?」
一瞬の思考停止の後、せ、性愛の熱?と反芻して恐ろしいほど一気に顔に血が上った。鼻血が出そうだった。だって、そんな事言われたらそんなつもり無かったのに想像してしまう。王子の・・・その、アレ事情とか。
「それをずっとお一人で耐えていらっしゃるのですよ」
「えっ・・・耐えて?え、あの・・・えーと、その・・・つまり」
出さないと体に悪いってオルタンスさんは言っていたよな。つまりそういうこと?ずっと我慢して出さないで居るからナーノさんは王子のお体を心配してるってこと?
あ、でも、以前デュシコス様が王族だから精通を見た直後から閨の教育を受けてるとか言ってた。王族の方はそういう係の人が・・・って、この遠征ではどう見てもナーノ様以外にそのお役目をしている人は居なそうなんですが・・・。
「ナ、ナーノ様が・・・?」
やっと話が通じたか、みたいな少し満足げな表情でナーノ様が首を振った。
「それが出来れば私も心配はしませんが、殿下は決して他人には触れさせないのです」
「う、・・・えーと、は、恥ずかしがり屋さん・・・ということですか」
「最初の精通は第三王子と戯れていたときで、図らずも第三王子に処理していただいた状態でしたが、それ以来殿下は周囲もご自身も困惑するほど第三王子に異常に懐いてしまわれて。後で聞いた話では、それと愛の区別が付かなくなってしまったのだそうです。そういう自分が怖いとも。第三王子はからかい半分だったので逆に粘着されていると感じて次第に及び腰になられたようで、殿下は迷惑がられていると知った後は大層傷ついて泣き暮らしておられましたが・・・。まあ、最初から愛では無かったのですから比較的すぐに立ち直れました。もともと兄弟とは言っても友人より浅いくらいの付き合いでしたし」
「た、確か・・・その第三王子って・・・。王妃様に・・・」
お命を奪われた方じゃ無かったっけ?
「そうです。まあ、ウチの殿下とはすっかり疎遠になった後での事ですが」
何というか・・・。どうリアクションして良いのか俺には分からない。なんせ俺も経験値ゼロの男だから。でも、第三王子との事はとても可哀想だ。それもトラウマなんだろうか。
いっときは愛と勘違いしたと言う事は、王子にとってその記憶って・・・。
「だから!」ナーノ様が机を平手で叩いて、思考の波に呑まれていた俺の意識を引き戻す。「あなた以外には居ないのですよ。殿下を救えるのは!責任重大なんです。分かっていますか?」
えっ、今の一連の流れでいきなり俺の責任問題?いや、そりゃあ俺だって王子にそういう感情抱いている事を自覚しちゃったばかりだし。好きだし。真剣だし。お力になれる事があれば何でもして差し上げたいし。どうやら別に俺、拒まれては居ないみたいだし。でも。
「そうは言っても。私は・・・恋愛経験など全くない童貞ですから・・・。急にそんなハードルの高い要求をされても・・・。」
ふうとため息をついてナーノ様はやさぐれたように椅子の背に体を預けて足を組んだ。
「テオフィノスが言ってました。あなたの『出来ません』は当てにならないって」
「えっ?テオフィノスさんが?どう、・・・どう言う意味ですかそれ」
「ん~、彼の言うにはあなたには何かこう、“ツボ”が有って、それにハマるとこちらの想定している以上の事をしでかす、とかなんとか。まあ、要は大丈夫という事ですよ。あなたはやれば出来る子なんです。というわけで、殿下の事をお願いしますよ」
そういってナーノ様が立ち上がったのを見て慌てて俺も立ち上がった。ここで後れを取ったら負けだ。多分。
「で、では、私は今夜はコレにて失礼させていただきます」
軽く立礼をしてドアに向かって行くとき背後から荒ぶるオーラを感じた。
いや、ナーノ様、なんでそんなにヤらせようとするの?
しかもなんか酷く急いでいるように思うんだけど。一刻も早くヤれ、みたいな。
何か、のっぴきならない事情があるんだろうか。
有るならまずそれを言って欲しい。
いやまあ聞きたいかと言われたらあまり聞きたくは無いが。
そもそも、聞いてもヤれないとは思う。多分。
受け取り方を間違えるな。それは勘違いだ。しっかりしろ、俺。
脳内で自分に往復ビンタをかます。う、うん。いえ、はい。恐悦に存じます。臣として可愛がっていただけるならばそれはそれで誠にありがたく・・・。
「分かっています。あなたが私に向けてくれる好意はそういう意味では無いのだと」
え・・・、ちょ・・・・・・で、殿下?
「数多の美女に迫られても揺るがなかったあなたが私ごときに靡いてくれるなんて思っても居ません。・・・でも。・・・キスしても吐かれなくて本当に嬉しかった・・・」
は?
え、それって・・・。え、ええ?どういう意味?・・・あれ?
「え、じゃ、じゃあ、あの時『大丈夫?吐き気は?』って訊かれたのって、そういう意味だったんですか?」
思わず振り返ると王子はポカンとした。それ以外に何か?みたいな表情だ。
そして俺は思い当たった。
「あ、あー・・・。そうか。・・・ソニスですね。ソニスから聞いたんですね。俺の、過去の醜態を」
「・・・?・・・醜態とは思いませんが、そう、そうです。ソニスから聞いたというのはその通りです。あなたが何人もの美女に唇を奪われたり襲われて押し倒されたときに、吐いてしまったと」
「ま、まあ、美女かどうかは・・・人それぞれの見解があると思いますが・・・」
うわ、思わずポロッと非紳士的な発言をしてしまった。動揺のあまり。いやみんな普通に可愛かったんだけど。いや、王子と比べちゃ・・・。その、次元が・・・。いやいやいや、そういう話じゃ無いんだよ。
「基本的に、女性はダメなんです。もう至近距離に来た時に、正直ニオイが無理だし。キスなんかしなくてもあのニオイが来た時点でもうウッとなってしまって」
「アハティア将軍は・・・」
「あ、ナツコ先輩は大丈夫です」
そういえばナツコ先輩とは学祭で、管弦楽部の手伝いでウインナワルツ踊らされた事があった。そのとき当然スゴい密着していたからニオイも感じていたはずだけど大丈夫だったな、と、回想した。
「やはり・・・」と何故か王子は落胆した。
「アハティア将軍との親密さは他の誰とも違いましたから。やはりそうだったのですね」
なんか誤解されているような気がする。
「あ、あの。ナツコ先輩に対しても別に尊敬とか友情とかお世話になってる感謝とか気が合うという以外の感情は有りません。その・・・恋情とかそういうのは一切有りませんので」
菫色の瞳が見開かれて真っ直ぐ見つめてくる。既に王子の腕の縛めからは解放されてお互い向き合っていた。「では・・・」王子の瞳が揺らぐ。
「未だ、あなたの心を捉えた者は居ない・・・と?」
「・・・うっ、い、いやそれは・・・」
否定の気配に王子の表情がサッと強ばった。いや、待ってください。まさかまたソニスとか考えてませんよね?あなたなんですよ。俺の心を捉えてくれてるのは。
どうすりゃいいんだと思ったが、そう思った瞬間、何故隠す必要があるのかという考えもよぎった。
俺は腰掛けていたベッドから滑り落ちるようにベッド脇に跪いて王子のお手を取り告げる。
「私の心に居るのは殿下お一人です。殿下以外が入る余地は有りません。心からお慕いしております」
「・・・・・・」
しばしの沈黙の後、王子は諦めたように苦笑しながら小さく息を吐かれた。
え、今の告白だったんですけど。
明らかに王子のそのお顔“そうやってはぐらかすんですね”的な表情じゃないですか?
違うんですよ。今までの俺のソレとは。
しかし、渾身の告白が空振ってしまった。どうすりゃいいんだ。
「少しまた眠ります」
殿下はすっかり脱力した様子でもぞもぞとシーツの間に潜り込んでいった。
お手を握ったままその動作のお手伝いをする。
位置が定まって落ち着くと、横たわったまま握っていた俺の手を握り返して、もう一方の掌で撫でながら「いいんです」と呟く。
「あなたが無事に戻って、こうして傍に居てくれるだけで。それだけで」
柔らかく微笑みをくださる。胸が締め付けられる。
いや違うんです。本当にあなたの事を恋い慕っているのに・・・。言ってんのに。ちゃんとそう言ってんのに!「いいんです」ってなんですか。
胸が苦しい。
そのまま王子が寝息を立てるまでお手を握り続けた。
規則正しい寝息が聞こえて暫くしてから俺は握っていたお手に唇で触れる。そして、そっと前髪を指先でより分けてその額にもキスを落とした。銀色のまつげが少しだけ顎に触れた気がした。そして暫く寝顔を見守った後おもむろに立ち上がり「おやすみなさい」と囁いてから退室した。
隣室に控えていたナーノ様は退室した俺の姿を見て驚愕しあからさまに失望の色を見せた。いや、ナーノ様って一体俺に何を期待しているの?
ま、まあ、分かっちゃあ居るけど。
「本当に、あなたという人は・・・」
憎悪すら含む呆れの表情で睨まれて、ビビるのと反発とで思わず口答えをしてしまった。
「ナーノ様は何をお望みなんですか?まさか俺に閨の相手をしろとでも?ナーノ様的にそれでいいのですか?俺みたいなどこの馬の骨とも知れない異世界人に王子が汚されてもいいんですか?」
「・・・ふうん・・・それが、あなたの本音ですか?」
ナーノ様はニヤリと悪い微笑みを浮かべた。
「どこの馬の骨とも知れない異世界人、ね。以前あなたの要請で異世界人保護条約についてオルタンス辺りに説明をさせたはずですが。しかもあなたは“召喚者”です。“希われし者”として同じ異世界人の中でも特に格が高い。あなたの言動を制限できる者は名目上誰も居ないのです。王族、皇族並びに国際機関の長であっても。・・・それが出来るのは唯一あなた以上の能力を持つ他の召喚者くらいですよ。・・・例えば、メーゲンカルナの魔女のような。ね。・・・つまり」
一呼吸置いて、ナーノ様は手で椅子を指し示して俺に着席を促した。俺は黙って従う。
「その理屈で言えばあなたは第四王子であるエレオノール殿下よりよほど地位が高いのです」
「いや、俺は・・・私はそもそも『聖剣』を召喚したのに失敗して出てきた『人間』ですよ?それに、そうは言ってもやはり王族は王族。国家という括りの中では血統という意味でも最も高貴とはされるでしょうし、民の目から見たら明らかな権力の頂点ですよね」
「まあ、あなたがそう思っている分にはそれで構いませんが」
そう言ってナーノ様は茶を淹れ始めた。ああ、話が長くなるんだなと覚悟をした。
「この国の守護神は、三柱の女神だというのはもう誰かから教えられましたか?」
「はい。それはこの遠征の往路でソニスから」
「ああ、そうですよね。彼は神官なのだからそこはキチンと押さえてあるでしょうね。・・・では、この国の高位貴族は皆、三柱のウチいずれかの加護を得ているというのは知っていますね」
「はい。殿下が滅多に居ない三柱全ての加護を得ているお方だとも聞きました」
馥郁たる香りに惹かれて一口二口茶をいただいた。繊細な旨味が広がり香りが鼻に抜ける。
この国では神殿を中心に三柱の女神を最高神として奉っている。
太陽や光、美や豊穣や悦びを司るアプラドフタミア。
月や影、死と再生、清浄、神秘を司るナル・ラウーナ。
星や叡智、技術や学問、コミュニケーションや裁きを司るヤスティナ・テマ。
高位貴族はこの三柱のウチいずれかの女神の加護があるのが普通である。
下位貴族や平民はこれらの女神の使徒である精霊の加護が普通であり、平民で有りながら女神の加護があるとあらゆる面で優遇され、出世が約束されたようなもの。
貴族でも一柱の加護が普通である故、たまに二柱の女神の加護を受けていたりするともうその一家は大騒ぎだし勿論あらゆる面で優遇される。
もっともそのように通常よりもランクの高い加護を持つ者は、優遇などされなくても元々身につけている能力自体も高い。要は選ばれた者なのだ。
デュシコス様は二柱の加護を得ている故に幼少期から神童との誉れが高く実際魔法使いとしては地位も高く実績もある。優遇などされなくても既に自力で出世できている。
エレオノール王子のように三柱の加護を持つ者は、女子なら即座に大聖女に奉られるレベルである。そう思うと姉君の王女はそのまま大聖女に、弟の王子も同等のレベルというのはある意味母君のお力が破格としか言いようが無い。
そして、三柱女神達は3年ごとにメインの女神が入れ替わりながら国を守護して居り、それに則って国政も教育も方針を循環させる。ずっと同じ方針を持続している国はそれに根ざした不正がはびこるから我が国のこれは良い習慣であると考えられている。
因みにそのせいでかこの国では『3』の数字は縁起が良いとされる。
エレオノール殿下がお生まれになったときは、年まわりはアプラドフタミア、月まわりはナル・ラウーナ、日はヤスティナ・テマ、が巡っているときであったらしい。
「素晴らしいです。全ての女神の加護を一身に集めて殿下というお方になっているのだと酷く納得します。この世の奇跡です・・・」
半ば恍惚として俺が呟くとナーノ様が咳払いをした。ハッと我に返って続きを聞く。
「確かに良いところばかりならば良いのです。ただ、それぞれの女神の司る事象には負の部分も有ります。例えば星の女神ヤスティナ・テマは叡智や裁きやコミュニケーションを司る故に、“嘘”や“かけひき”“謀略”“戦闘”“露呈”なども含まれます。」
ふむふむと聞き入る。
月の女神ナル・ラウーナは神秘や清浄、精神性、慈悲、慎重など・・・つまりやや内向きで観念的な事象を司る関係で“優柔不断”“我慢”“秘密”“不安”なども含む。
逆に太陽の女神であるアプラドフタミアは、美や豊穣、悦びや健康、愛、魅惑などを司る延長で“贅沢”“高慢”“欲望”“嫉妬”なども含む。
つまりは三柱の女神は互いに相容れない部分を持つ三つ巴とも言える。その要素を全部ぶっ込まれた王子はご自身の中でせめぎ合う相反する要素に常に揺れている状態で、少し不安定な部分が有ると。
そして、もっとも強く影響を受けている、年回りの守護であるアプラドフタミアの加護のせいもあり、愛情深い代わりに嫉妬深くもあるのだと。
ああ、そういえば以前「またつまらない嫉妬であなたを傷つけて」とか仰っていたなと思い出した。もし殿下が俺を好いてくださっていたとしたら、知らないうちにお心を乱していたのかなあとぼんやり思った。まあ、自意識過剰かも知れないけど。
「殿下はそれはそれは情が深くていらっしゃいます」
「はい。それはもうとても感じます。あれほど慈悲深くてお優しいお方はそうそう他にはいらっしゃいません」
ソニスも優しいし慈悲深いけど、でも現実的なぶん王子より少しシビアな気がする。
「私は殿下のお体が心配なのです」
ん?どう言う流れ?つまり慈悲深すぎて常にご無理をしてしまわれるから、て事かな?
「殿下のお体はもっともアプラドフタミア神の影響を受けていますから」
「分かります!この世の者とは思えないあの麗しさはそうとしか思えません」
「性愛の熱も人一倍お強いのです」
「・・・はひっ?」
一瞬の思考停止の後、せ、性愛の熱?と反芻して恐ろしいほど一気に顔に血が上った。鼻血が出そうだった。だって、そんな事言われたらそんなつもり無かったのに想像してしまう。王子の・・・その、アレ事情とか。
「それをずっとお一人で耐えていらっしゃるのですよ」
「えっ・・・耐えて?え、あの・・・えーと、その・・・つまり」
出さないと体に悪いってオルタンスさんは言っていたよな。つまりそういうこと?ずっと我慢して出さないで居るからナーノさんは王子のお体を心配してるってこと?
あ、でも、以前デュシコス様が王族だから精通を見た直後から閨の教育を受けてるとか言ってた。王族の方はそういう係の人が・・・って、この遠征ではどう見てもナーノ様以外にそのお役目をしている人は居なそうなんですが・・・。
「ナ、ナーノ様が・・・?」
やっと話が通じたか、みたいな少し満足げな表情でナーノ様が首を振った。
「それが出来れば私も心配はしませんが、殿下は決して他人には触れさせないのです」
「う、・・・えーと、は、恥ずかしがり屋さん・・・ということですか」
「最初の精通は第三王子と戯れていたときで、図らずも第三王子に処理していただいた状態でしたが、それ以来殿下は周囲もご自身も困惑するほど第三王子に異常に懐いてしまわれて。後で聞いた話では、それと愛の区別が付かなくなってしまったのだそうです。そういう自分が怖いとも。第三王子はからかい半分だったので逆に粘着されていると感じて次第に及び腰になられたようで、殿下は迷惑がられていると知った後は大層傷ついて泣き暮らしておられましたが・・・。まあ、最初から愛では無かったのですから比較的すぐに立ち直れました。もともと兄弟とは言っても友人より浅いくらいの付き合いでしたし」
「た、確か・・・その第三王子って・・・。王妃様に・・・」
お命を奪われた方じゃ無かったっけ?
「そうです。まあ、ウチの殿下とはすっかり疎遠になった後での事ですが」
何というか・・・。どうリアクションして良いのか俺には分からない。なんせ俺も経験値ゼロの男だから。でも、第三王子との事はとても可哀想だ。それもトラウマなんだろうか。
いっときは愛と勘違いしたと言う事は、王子にとってその記憶って・・・。
「だから!」ナーノ様が机を平手で叩いて、思考の波に呑まれていた俺の意識を引き戻す。「あなた以外には居ないのですよ。殿下を救えるのは!責任重大なんです。分かっていますか?」
えっ、今の一連の流れでいきなり俺の責任問題?いや、そりゃあ俺だって王子にそういう感情抱いている事を自覚しちゃったばかりだし。好きだし。真剣だし。お力になれる事があれば何でもして差し上げたいし。どうやら別に俺、拒まれては居ないみたいだし。でも。
「そうは言っても。私は・・・恋愛経験など全くない童貞ですから・・・。急にそんなハードルの高い要求をされても・・・。」
ふうとため息をついてナーノ様はやさぐれたように椅子の背に体を預けて足を組んだ。
「テオフィノスが言ってました。あなたの『出来ません』は当てにならないって」
「えっ?テオフィノスさんが?どう、・・・どう言う意味ですかそれ」
「ん~、彼の言うにはあなたには何かこう、“ツボ”が有って、それにハマるとこちらの想定している以上の事をしでかす、とかなんとか。まあ、要は大丈夫という事ですよ。あなたはやれば出来る子なんです。というわけで、殿下の事をお願いしますよ」
そういってナーノ様が立ち上がったのを見て慌てて俺も立ち上がった。ここで後れを取ったら負けだ。多分。
「で、では、私は今夜はコレにて失礼させていただきます」
軽く立礼をしてドアに向かって行くとき背後から荒ぶるオーラを感じた。
いや、ナーノ様、なんでそんなにヤらせようとするの?
しかもなんか酷く急いでいるように思うんだけど。一刻も早くヤれ、みたいな。
何か、のっぴきならない事情があるんだろうか。
有るならまずそれを言って欲しい。
いやまあ聞きたいかと言われたらあまり聞きたくは無いが。
そもそも、聞いてもヤれないとは思う。多分。
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フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
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