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第三章
#44 告白
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そこにはもうヒュドラの姿は無かった。
後に残されたのは一匹の白い水蛇だった。
「そうか、お前が・・・」
あの方の無聊を慰めてくれていたんだな、と、手を差し伸べようとして、やめた。
蛇獣人のシシャンブノスさんが『やめろ』と目で合図を送ってきたせいもある。
「だいぶ怯えている」と言われればそれも仕方が無い事だ。
「あの闇のわだかまりから光が差して、お前が戻ってくる直前にあのヒュドラがみるみる小さくなって、あの水蛇が残ったんだ」
「リッチに操られてモンスター化していたんだな」
ドームの片隅に地下水路と繋がる水たまりがある。そこに半身浸かりながら震えていた水蛇はチャプンと音を立てて水底の水路から岩の向こうに消えていった。
「戻るか」
団長の声がかかり皆元来た坑道を歩き出す。
その直前だが。
王子は闇から立ち戻った俺の姿を見た途端に膝から崩れ落ちそのまま意識を失ってしまった。
後から先輩達に聞いた話では、俺がリッチの懐に飛び込んで闇に呑まれたときの王子の取り乱し様は半端じゃなかったらしい。
王子の精神状態が不安定であったが故に、ヒュドラを封印していた球体のシールドが幾度か解けかけたのをルネス様やヨルント様がサポートしながら、団長が叱責して集中させたのだと言っていた。
そうはいってもアレはかなり高度なシールドだったから王子の意識が本当にそれてしまったら維持できなくなってしまうし、ルネス様やヨルント様では再現は出来ないものだ。度々危ういところをなんとか踏ん張ったのだと。
頽れる王子を見て駆け寄ってすぐにお手を取りたかったのだが、根っから日本人の俺は死穢を祓わぬうちに触れる事が出来ず踏みとどまってしまった。
ソニスに「塩持ってる?」と訊き、肩の辺りを中心にあちこちから振りかけてもらってお祓いした。
先輩達からは変な目で見られた。ソニスからも「なんで塩?」と言われたが。
意識を失った王子は、ホランド様が横抱きして運んだ。
見た目がきらきらしい一見細身の美麗なイケメンでありながら意外にも怪力説があるホランド様は王子を抱いたまま長い上り坂の坑道を息も荒げずに進み、馬を預けていた地上地点まで出たところからは慣れた風情で王子を抱えたまま一緒に騎乗した。
「殿下は大丈夫なのでしょうか」と言う俺の質問にはデュシコス様が応えた。
「あれだけの高度な魔方陣を展開するにはそれなりの魔力と集中が必要なのだ。動揺しながらもずっと維持出来たのは流石と言うべきだが、その分消耗が激しかったようだな。いかに魔力が強くても集中しきれていなければ練れないし、あの状況では練るのに数倍の消耗をしたであろう。まあ、何より気が抜けたのだろうがな」
どうして良いのか、どう言えば良いのか分からず小さく「そうなのですか・・・」と言うしか無かった俺の肩や背中を先輩達が軽く叩いてから騎乗していった。
俺が闇に呑まれてリッチと対話している間に何かあったんだろうか、と思うほど皆の態度が変だった。
我々一行は、南岸の洞窟都市に入った。
到着後、立ったままの軽い予定指示の後、例によって二人ずつに部屋が割り振られた。それぞれの部屋に散会していく途中でナーノ様から声をかけられる。
「身支度を調えたら殿下のお部屋に来てください。殿下がお目を覚まされたときにあなたがすぐ傍に居て無事な姿を見せてあげてください」
確かに俺が闇に呑まれた事で王子を動揺させてしまったのだから当然の要請だ。
俺は部屋に着くなり湯浴みをし体を清めて着替えてから王子の部屋に向かった。
今回は、念入りに髪の水気を取った。
途中ちょうど部屋から出てきた団長と出くわしたから「お話ししたい事が」と伝えると、「じゃあ俺も後で殿下の部屋に行くわ」と言われた。
皆があの後ダイニングに集まって夕食を摂っていたときも俺の食事は王子の部屋に届けられた。
静かな寝息を立てる王子の寝顔を見つめていたら、ふいにナーノ様に声をかけられた。
「冷めないうちにあなたも食事をどうぞ」
「・・・・・・あの・・・」
あまり食欲はわかなかったが、言われるままに食事を摂りながらナーノ様に声をかけてみる。
「なんでしょう」
「俺があの、闇の中でリッチと対峙していた時に、あの場で何かあったのですか?・・・なんだかあの後、皆さんの雰囲気が変じゃないですか?」
ナーノ様は額を覆うようにして「ああ・・・」とため息交じりに応えた。
「あなたの姿が見えなくなった後の殿下は・・・それはもう半狂乱というか普通じゃ無かったですから。端で見ていて引いたんでしょうね」
「半狂乱?」
「団長やホランドが押さえ込まなければ殿下も闇に飛び込むところでした」
その言葉に俺は血の気が引いた。そのとき二間続きのホランド様の部屋側からドアが開いて「まったくだ」という団長の声とともに厚みのある気配が入室してきた。
「お前あの時、自分からあのリッチの懐に飛び込んだだろう?」
あ、バレてたか。多分その感情は素直に俺の表情に出ていたらしい。団長とナーノ様が同時に脱力しながら大きくため息をついた。
「本当に勘弁してくれ。もう二度とあんな心臓に悪い暴走はやめろ」
「暴走ではありません。アレが最もあの場で有効な解決法だと思ったからしただけです。説明してからと言う時間もありませんでしたし」
そうだ、団長に話さなければと思って俺は大急ぎで残りを頬張り茶で流し込んでからナプキンで口元を拭った。
「ふむ・・・フリンツ王と言えば現在病床にある国王陛下の祖父、現執政官の長である王太子殿下にとっては曾祖父に当たるお方だな」
リッチとのやりとりで聞いた事を全て団長に話すと、団長はここ数代の国王を列挙しながらそう言った。
「かなり有能ではあったらしいが好戦的でも有り、建国以来武門の一族として仕えてきた我が家では評価が両極端なお方だ。・・・だが、なるほど。コンスタンティア公か。昔、祖父さんから聞いた事がある。素晴らしい魔法使いだったらしいが、あんなことになるとは・・・」
「たしか、フリンツ王とは兄弟同然であり腹心でもあったにもかかわらず、ハヌガノ鉱山の利権に目がくらんで謀反を企んでおり、それが露見したことで失踪したと伝えられていましたが、当時からその説を疑問視する関係者は多かったようですね。」
ナーノ様が思案気に低く言う。
「まさか本当にフリンツ王のでっち上げだったとは。」
「全幅の信頼を寄せている相手から騙されて岩室に閉じ込められたなんてなあ。そりゃあ魂魄が迷いもするわ」
「挙げ句の果てにコンスタンティア公爵家はお取り潰しになったのでしたよね。家格も高かったですが領土も広大だったし領地運営も手広かった故に大量な失業者が出てあちこちで紛争も起こったというのは近代の教科書にも載っているほどの事変でしたね」
「ああ・・・、てことは、それも皆フリンツ王の強欲が発端だったって事か。まあ、恨まない方が不思議なくらいだわな」
「・・・その事で、団長にお願いがあるのですが・・・。ハヌガノの商業ギルドのトップに話をさせてはもらえないでしょうか。あと、・・・コレは王都に戻ってからの話になってしまうでしょうけれど・・・文化庁や都市整備庁の方にも許可を申請できないかと」
「・・・ま、まあ、ギルマスに会わすのは出来ると思うぜ。一応国家第一騎士団団長の肩書き使えばな。・・・ってお前、一体何をする気なんだ?」
「コンスタンティア公の汚名を雪いで、むしろ自らの意思で人柱となった美談として目立つ場所に碑を建て、常時花や香を捧げてもらいたいのです。行きずりの旅人でもその美談を知り語り継いでもらい、そして感謝を捧げてもらえる場を設けてあげて欲しいんです。」
一瞬ぽかんとした後に団長は「へえ!」と興味深げに先を促した。
「私が生まれ育った国では、悪霊怨霊の類いはただ鎮圧するだけでは無く神様として祀るんです。そうする事によって後世の戒めにすると同時に、人々の祈りや感謝を送り続け、守り神に・・・こちらの世界では守護精霊みたいなモノと言った方が良いのかも知れませんが、・・・になってもらって、そういう形で元々は禍々しかったはずの強い魔力を逆に神聖化してしまうのです。コンスタンティア公はご立派な方です。あの方の存在を悪のままにしておくのは国の恥です。あの方がいなければ今のこの夢のようなハヌガノの栄光は無かったのですから」
「・・・それは・・・素晴らしい考えです・・・」
天蓋レースに覆われた殿下の寝台の方から弱々しい声が聞こえた。
「殿下!お気が付かれたのですか?」
とっさに寝台に走り寄り、天蓋を開ける。
「目が覚めたか」と言いながら俺の背後に立った団長は軽く俺の肩を二三度叩いたあと「じゃあ、後は頼むわ」と言ってドアに向かった。えっと振り向くとニヤリとしながらウインクをして。
「まあ、ギルマスの件は任せとけ。あと、文化庁とか都市整備庁に関しても後で中央に連絡しといてやるから。お前は安心して王子を看護してやれ」と言った後「それでは殿下」と一礼して退室した。
頷きながら半身を起こそうとしていた王子の肩に手を添え「どうかご無理をなさらず」と押し戻すと王子は再び力なく枕に頭を預けた。
緩衝の為に後頭部に手を添えていたため結構な至近距離で王子を見下ろしていたことに気づき慌てて離れようとしたとき、王子の冷たい掌が頬に触れた。
「・・・本当に、無事だったのですね」
半分泣きそうな、けれども微笑みながら菫色の瞳を細めて俺を見つめる。その掌にさわさわと頬を撫でられる。堪らない気持ちになって俺はその手を握り思わず唇を押し当て頬ずりをした。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。」
目をぎゅっと瞑り、じっと王子の手の感触をかみしめていると、ふいに「ふふっ」と王子が小さく笑った。「暖かい」と呟く。ハッと顔を離すと俺の手の中で少し指先を動かして「少し痛い」と苦笑する。
「もっ、申し訳ありません」
慌てて手を離すと、花がほころぶようにくしゃっと笑って顔を背け反対側の腕で顔を隠された。
「もー、本当に私もしようのない未熟者です。こんなみっともない姿を晒すなんて」
見ると頬から耳にかけてうっすらと染まっている。
「何という事を仰います。殿下をそのように見るモノなどどこにも居りません」
「だって」と言いながら少しだけ腕を下げて覗くようにこちらをチラ見してすぐそらす。
「皆から聞いたんだろ?私がみっともなく取り乱していた事を」
うぐぅ・・・!こ、言葉遣いが・・・!
思わず俺は両手で顔を覆って背を預けるようにベッド脇にへたり込んでしまった。
王子の可愛さがミサイル級過ぎる!ダメだ。何か気を紛らわす事をしないと。
ふと目を上げるとサイドテーブルに水差しがあった。・・・あれ・・・?
いつの間にかナーノ様も居なくなってる?いや本当にいつの間にッ?
「・・・ダイ?」
キョどる俺に気づかれたか王子がベッド脇にへたり込んだ俺をのぞき込もうと半身を身じろがせたのに気づいて俺はわたわたと立ち上がり「あ、いえ、殿下喉が渇いては居られませんか?」と訊ねた。
返答を待つより早く既に水差しからコップにつぎ始めていたのだが王子は「そうですね」と素直に受け取ってくれた。
王子の背に手を回し支えながらもう片方の手をコップを持つ手に添える。
思いのほか渇いていたらしく良い嚥下音を鳴らして白い喉仏が上下する。口の端からこぼれた一筋が喉を伝い寝乱れた襟元から胸元に吸い込まれていく。
ヤバい。エロい。
思わず釘付けになっていると、飲み終わった王子が小さく息を漏らして指先で唇を拭った。
俺は邪な気持ちをごまかすように空のコップを恭しく受け取ってサイドテーブルに置きながら、何かお望みはありますか?と訊ねた。王子は、ん~~~、と考え込んたのちにベッドの縁を叩いて「ここに座って」と照れくさそうに仰った。ご要望通りに座ると背中にコトリと額を預けられた気配を感じた。
「良かった。あなたが無事で」
どくりと心臓が高鳴った。早鐘のように打ち始める。半端なくドクンドクンいっていてうるさい。
きっと背中からも分かってしまう。聞こえてしまう。このままで行くとまた息も荒くなってあの時と同じ変態野郎になってしまう。
どうしよう?どうすればいい?どうすればこの状況を切り抜けられる?
魔獣と対峙するよりよほど切迫した気持ちで必死に思考を巡らし最適解を探した。
王子のご要望でここに座ったのだから勝手に立ち上がって逃げるのはダメだろう。
言った方が良いのか?つか、言わずに逃げたらダメだろう。言うのは基本だ。だが、どう言う?言い方によってはかえって不味い状況になっちまう。それくらいならこの状況を耐えるしか無いのかも知れない。だが、俺、あと何分耐えられる?
うぁ。
王子が額をこすりつける。だめだ、何分耐えられるかってレベルじゃ無い。秒でダメだ。
そんな事がグルグルと脳内を旋回していたら、脇腹の横から王子の腕がするりと入ってきて後ろからそっと抱きしめられた。さっきまで額をこすりつけられていた背中には柔らかな頬が触れている。「ダイ」と呼ばれたその顎の動きが背中から伝わる。
ああ、もう無理!これどう言う拷問ですか?とっさに、殿下の腕を振りほどいて立ち上がろうとした瞬間、更なる爆弾が投下された。
「あなたが、好きです」
俺、固まる。
後に残されたのは一匹の白い水蛇だった。
「そうか、お前が・・・」
あの方の無聊を慰めてくれていたんだな、と、手を差し伸べようとして、やめた。
蛇獣人のシシャンブノスさんが『やめろ』と目で合図を送ってきたせいもある。
「だいぶ怯えている」と言われればそれも仕方が無い事だ。
「あの闇のわだかまりから光が差して、お前が戻ってくる直前にあのヒュドラがみるみる小さくなって、あの水蛇が残ったんだ」
「リッチに操られてモンスター化していたんだな」
ドームの片隅に地下水路と繋がる水たまりがある。そこに半身浸かりながら震えていた水蛇はチャプンと音を立てて水底の水路から岩の向こうに消えていった。
「戻るか」
団長の声がかかり皆元来た坑道を歩き出す。
その直前だが。
王子は闇から立ち戻った俺の姿を見た途端に膝から崩れ落ちそのまま意識を失ってしまった。
後から先輩達に聞いた話では、俺がリッチの懐に飛び込んで闇に呑まれたときの王子の取り乱し様は半端じゃなかったらしい。
王子の精神状態が不安定であったが故に、ヒュドラを封印していた球体のシールドが幾度か解けかけたのをルネス様やヨルント様がサポートしながら、団長が叱責して集中させたのだと言っていた。
そうはいってもアレはかなり高度なシールドだったから王子の意識が本当にそれてしまったら維持できなくなってしまうし、ルネス様やヨルント様では再現は出来ないものだ。度々危ういところをなんとか踏ん張ったのだと。
頽れる王子を見て駆け寄ってすぐにお手を取りたかったのだが、根っから日本人の俺は死穢を祓わぬうちに触れる事が出来ず踏みとどまってしまった。
ソニスに「塩持ってる?」と訊き、肩の辺りを中心にあちこちから振りかけてもらってお祓いした。
先輩達からは変な目で見られた。ソニスからも「なんで塩?」と言われたが。
意識を失った王子は、ホランド様が横抱きして運んだ。
見た目がきらきらしい一見細身の美麗なイケメンでありながら意外にも怪力説があるホランド様は王子を抱いたまま長い上り坂の坑道を息も荒げずに進み、馬を預けていた地上地点まで出たところからは慣れた風情で王子を抱えたまま一緒に騎乗した。
「殿下は大丈夫なのでしょうか」と言う俺の質問にはデュシコス様が応えた。
「あれだけの高度な魔方陣を展開するにはそれなりの魔力と集中が必要なのだ。動揺しながらもずっと維持出来たのは流石と言うべきだが、その分消耗が激しかったようだな。いかに魔力が強くても集中しきれていなければ練れないし、あの状況では練るのに数倍の消耗をしたであろう。まあ、何より気が抜けたのだろうがな」
どうして良いのか、どう言えば良いのか分からず小さく「そうなのですか・・・」と言うしか無かった俺の肩や背中を先輩達が軽く叩いてから騎乗していった。
俺が闇に呑まれてリッチと対話している間に何かあったんだろうか、と思うほど皆の態度が変だった。
我々一行は、南岸の洞窟都市に入った。
到着後、立ったままの軽い予定指示の後、例によって二人ずつに部屋が割り振られた。それぞれの部屋に散会していく途中でナーノ様から声をかけられる。
「身支度を調えたら殿下のお部屋に来てください。殿下がお目を覚まされたときにあなたがすぐ傍に居て無事な姿を見せてあげてください」
確かに俺が闇に呑まれた事で王子を動揺させてしまったのだから当然の要請だ。
俺は部屋に着くなり湯浴みをし体を清めて着替えてから王子の部屋に向かった。
今回は、念入りに髪の水気を取った。
途中ちょうど部屋から出てきた団長と出くわしたから「お話ししたい事が」と伝えると、「じゃあ俺も後で殿下の部屋に行くわ」と言われた。
皆があの後ダイニングに集まって夕食を摂っていたときも俺の食事は王子の部屋に届けられた。
静かな寝息を立てる王子の寝顔を見つめていたら、ふいにナーノ様に声をかけられた。
「冷めないうちにあなたも食事をどうぞ」
「・・・・・・あの・・・」
あまり食欲はわかなかったが、言われるままに食事を摂りながらナーノ様に声をかけてみる。
「なんでしょう」
「俺があの、闇の中でリッチと対峙していた時に、あの場で何かあったのですか?・・・なんだかあの後、皆さんの雰囲気が変じゃないですか?」
ナーノ様は額を覆うようにして「ああ・・・」とため息交じりに応えた。
「あなたの姿が見えなくなった後の殿下は・・・それはもう半狂乱というか普通じゃ無かったですから。端で見ていて引いたんでしょうね」
「半狂乱?」
「団長やホランドが押さえ込まなければ殿下も闇に飛び込むところでした」
その言葉に俺は血の気が引いた。そのとき二間続きのホランド様の部屋側からドアが開いて「まったくだ」という団長の声とともに厚みのある気配が入室してきた。
「お前あの時、自分からあのリッチの懐に飛び込んだだろう?」
あ、バレてたか。多分その感情は素直に俺の表情に出ていたらしい。団長とナーノ様が同時に脱力しながら大きくため息をついた。
「本当に勘弁してくれ。もう二度とあんな心臓に悪い暴走はやめろ」
「暴走ではありません。アレが最もあの場で有効な解決法だと思ったからしただけです。説明してからと言う時間もありませんでしたし」
そうだ、団長に話さなければと思って俺は大急ぎで残りを頬張り茶で流し込んでからナプキンで口元を拭った。
「ふむ・・・フリンツ王と言えば現在病床にある国王陛下の祖父、現執政官の長である王太子殿下にとっては曾祖父に当たるお方だな」
リッチとのやりとりで聞いた事を全て団長に話すと、団長はここ数代の国王を列挙しながらそう言った。
「かなり有能ではあったらしいが好戦的でも有り、建国以来武門の一族として仕えてきた我が家では評価が両極端なお方だ。・・・だが、なるほど。コンスタンティア公か。昔、祖父さんから聞いた事がある。素晴らしい魔法使いだったらしいが、あんなことになるとは・・・」
「たしか、フリンツ王とは兄弟同然であり腹心でもあったにもかかわらず、ハヌガノ鉱山の利権に目がくらんで謀反を企んでおり、それが露見したことで失踪したと伝えられていましたが、当時からその説を疑問視する関係者は多かったようですね。」
ナーノ様が思案気に低く言う。
「まさか本当にフリンツ王のでっち上げだったとは。」
「全幅の信頼を寄せている相手から騙されて岩室に閉じ込められたなんてなあ。そりゃあ魂魄が迷いもするわ」
「挙げ句の果てにコンスタンティア公爵家はお取り潰しになったのでしたよね。家格も高かったですが領土も広大だったし領地運営も手広かった故に大量な失業者が出てあちこちで紛争も起こったというのは近代の教科書にも載っているほどの事変でしたね」
「ああ・・・、てことは、それも皆フリンツ王の強欲が発端だったって事か。まあ、恨まない方が不思議なくらいだわな」
「・・・その事で、団長にお願いがあるのですが・・・。ハヌガノの商業ギルドのトップに話をさせてはもらえないでしょうか。あと、・・・コレは王都に戻ってからの話になってしまうでしょうけれど・・・文化庁や都市整備庁の方にも許可を申請できないかと」
「・・・ま、まあ、ギルマスに会わすのは出来ると思うぜ。一応国家第一騎士団団長の肩書き使えばな。・・・ってお前、一体何をする気なんだ?」
「コンスタンティア公の汚名を雪いで、むしろ自らの意思で人柱となった美談として目立つ場所に碑を建て、常時花や香を捧げてもらいたいのです。行きずりの旅人でもその美談を知り語り継いでもらい、そして感謝を捧げてもらえる場を設けてあげて欲しいんです。」
一瞬ぽかんとした後に団長は「へえ!」と興味深げに先を促した。
「私が生まれ育った国では、悪霊怨霊の類いはただ鎮圧するだけでは無く神様として祀るんです。そうする事によって後世の戒めにすると同時に、人々の祈りや感謝を送り続け、守り神に・・・こちらの世界では守護精霊みたいなモノと言った方が良いのかも知れませんが、・・・になってもらって、そういう形で元々は禍々しかったはずの強い魔力を逆に神聖化してしまうのです。コンスタンティア公はご立派な方です。あの方の存在を悪のままにしておくのは国の恥です。あの方がいなければ今のこの夢のようなハヌガノの栄光は無かったのですから」
「・・・それは・・・素晴らしい考えです・・・」
天蓋レースに覆われた殿下の寝台の方から弱々しい声が聞こえた。
「殿下!お気が付かれたのですか?」
とっさに寝台に走り寄り、天蓋を開ける。
「目が覚めたか」と言いながら俺の背後に立った団長は軽く俺の肩を二三度叩いたあと「じゃあ、後は頼むわ」と言ってドアに向かった。えっと振り向くとニヤリとしながらウインクをして。
「まあ、ギルマスの件は任せとけ。あと、文化庁とか都市整備庁に関しても後で中央に連絡しといてやるから。お前は安心して王子を看護してやれ」と言った後「それでは殿下」と一礼して退室した。
頷きながら半身を起こそうとしていた王子の肩に手を添え「どうかご無理をなさらず」と押し戻すと王子は再び力なく枕に頭を預けた。
緩衝の為に後頭部に手を添えていたため結構な至近距離で王子を見下ろしていたことに気づき慌てて離れようとしたとき、王子の冷たい掌が頬に触れた。
「・・・本当に、無事だったのですね」
半分泣きそうな、けれども微笑みながら菫色の瞳を細めて俺を見つめる。その掌にさわさわと頬を撫でられる。堪らない気持ちになって俺はその手を握り思わず唇を押し当て頬ずりをした。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。」
目をぎゅっと瞑り、じっと王子の手の感触をかみしめていると、ふいに「ふふっ」と王子が小さく笑った。「暖かい」と呟く。ハッと顔を離すと俺の手の中で少し指先を動かして「少し痛い」と苦笑する。
「もっ、申し訳ありません」
慌てて手を離すと、花がほころぶようにくしゃっと笑って顔を背け反対側の腕で顔を隠された。
「もー、本当に私もしようのない未熟者です。こんなみっともない姿を晒すなんて」
見ると頬から耳にかけてうっすらと染まっている。
「何という事を仰います。殿下をそのように見るモノなどどこにも居りません」
「だって」と言いながら少しだけ腕を下げて覗くようにこちらをチラ見してすぐそらす。
「皆から聞いたんだろ?私がみっともなく取り乱していた事を」
うぐぅ・・・!こ、言葉遣いが・・・!
思わず俺は両手で顔を覆って背を預けるようにベッド脇にへたり込んでしまった。
王子の可愛さがミサイル級過ぎる!ダメだ。何か気を紛らわす事をしないと。
ふと目を上げるとサイドテーブルに水差しがあった。・・・あれ・・・?
いつの間にかナーノ様も居なくなってる?いや本当にいつの間にッ?
「・・・ダイ?」
キョどる俺に気づかれたか王子がベッド脇にへたり込んだ俺をのぞき込もうと半身を身じろがせたのに気づいて俺はわたわたと立ち上がり「あ、いえ、殿下喉が渇いては居られませんか?」と訊ねた。
返答を待つより早く既に水差しからコップにつぎ始めていたのだが王子は「そうですね」と素直に受け取ってくれた。
王子の背に手を回し支えながらもう片方の手をコップを持つ手に添える。
思いのほか渇いていたらしく良い嚥下音を鳴らして白い喉仏が上下する。口の端からこぼれた一筋が喉を伝い寝乱れた襟元から胸元に吸い込まれていく。
ヤバい。エロい。
思わず釘付けになっていると、飲み終わった王子が小さく息を漏らして指先で唇を拭った。
俺は邪な気持ちをごまかすように空のコップを恭しく受け取ってサイドテーブルに置きながら、何かお望みはありますか?と訊ねた。王子は、ん~~~、と考え込んたのちにベッドの縁を叩いて「ここに座って」と照れくさそうに仰った。ご要望通りに座ると背中にコトリと額を預けられた気配を感じた。
「良かった。あなたが無事で」
どくりと心臓が高鳴った。早鐘のように打ち始める。半端なくドクンドクンいっていてうるさい。
きっと背中からも分かってしまう。聞こえてしまう。このままで行くとまた息も荒くなってあの時と同じ変態野郎になってしまう。
どうしよう?どうすればいい?どうすればこの状況を切り抜けられる?
魔獣と対峙するよりよほど切迫した気持ちで必死に思考を巡らし最適解を探した。
王子のご要望でここに座ったのだから勝手に立ち上がって逃げるのはダメだろう。
言った方が良いのか?つか、言わずに逃げたらダメだろう。言うのは基本だ。だが、どう言う?言い方によってはかえって不味い状況になっちまう。それくらいならこの状況を耐えるしか無いのかも知れない。だが、俺、あと何分耐えられる?
うぁ。
王子が額をこすりつける。だめだ、何分耐えられるかってレベルじゃ無い。秒でダメだ。
そんな事がグルグルと脳内を旋回していたら、脇腹の横から王子の腕がするりと入ってきて後ろからそっと抱きしめられた。さっきまで額をこすりつけられていた背中には柔らかな頬が触れている。「ダイ」と呼ばれたその顎の動きが背中から伝わる。
ああ、もう無理!これどう言う拷問ですか?とっさに、殿下の腕を振りほどいて立ち上がろうとした瞬間、更なる爆弾が投下された。
「あなたが、好きです」
俺、固まる。
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