王子の宝剣

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第三章

#39 ラブラブデートは危険のニオイ

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 夜が白々と明けると遠くまで見える。
昨夜の到着時には分からなかったが、明るくなってみると街の様子は夜とは全く違う顔を見せていた。
どことなくエキゾチックな塔とドームの多い街。遙か彼方にある少し小高い丘に向けて広い街道が真っ直ぐ通り抜ける。
その広い街道には塔と競うほどの針葉樹が二筋真っ直ぐ立ち並び、広大な街道を三筋に分けている。
実際に荷車や馬、あるいは馬車などが行き交っているのは真ん中の最も広い通りで、両脇のそれは屋台や露店がどこまでも建ち並ぶバザール通りになっている。
ムクドリのような小鳥の群れが喧しく囀りながら朝日の中を群れの形を変えながら飛んでいく。
立ち並ぶ建物の屋根が朝日に輝く。
街道が向かって居るその丘の麓あたりから緩やかな下り坂が立体交差のアンダーパスのように都市の下に潜り込んでいる。つまり、騎馬、荷車、馬車などのまま地下洞窟都市に入っていけるスケールだ。
丘の上部へは白いヨーロッパ風の手すりが坂沿いにジグザグに通路を作り、緑の多い立体的な公園になっており、丘の中央にドーナツ型の建物がある。そこは様々なジャンルのフードやドリンクを扱っている店舗が大半で、その間ところどころに雑貨屋や宝石屋、服飾店などが入っている。ドーナツホール部分はタイルが敷き詰められパラソルを立てた椅子やテーブルが並ぶパティオで、いわばフードコートと言ったところか。
パティオの中央ではしゃれたワゴンの風船売りがからくりの自動手風琴で客寄せをしている。その近くでは大道芸人が二人組でジャグリングを見せている。
広場のあちこちでこちらの世界の鳩っぽい鳥がひとの足下をてくてく歩き、ところどころでは餌をもらっていたりする。白から水色のグラデーションで、流れるトサカと長めの尾羽を持つが、鳴き声はクルッポーと鳩そのものだ。

なんかさあ、いかにもって感じのデートコースじゃねえ?
で、何故か俺は王子と二人で歩いてんだよ。

朝食を摂った後、団長は午前中から昼食までを自由時間にしたんだ。
せっかくハヌガノに来たのだから観光客目線の視察をいくつかのグループに分かれて記録しておこうという話になり。
まあ、要は各自自由に観光してヨシということなんだろう。
大橋を渡る為には地下の洞窟都市に下っていく必要があるのだけど、地上には展望台もあるし、このエキゾチックな風景も観光資源なのだから見ずに直ぐ地下に潜ってしまうのももったいないよな。
そして、その流れでナーノ様から、殿下の護衛を頼みます、と言われて二人だけで出かける事になった。
俺はてっきりナーノ様とホランド様も一緒だと思ったのに。
ナーノ様のあからさまな作為を感じる。
「いいですか。記録もしていますし、どこで誰が見ているかも分かりません。ここは自覚を持って任務を遂行ベタベタしてください。なに、先日の管理城塞では良いお仕事をしてましたからあのようにしてもらえれば問題はありません」
いや、あれは、金髪野郎という着火マンがいてくれたおかげでアレが出来ただけで・・・。
などという俺の言い訳は聞いてもらえない。よな。
王子を俺に引き渡し「それでは又のちほど」と言い置いて二人はバザールの方に行ってしまった。

本日の王子は、軽い変装魔法を使って髪色は赤みがかった茶色、眼の色は紺色に見えるようにされている。
あのパールホワイトのローブはいかにもただの魔法使いには見えないし、こういう場所では目立ちすぎる。かといってローブを脱いで髪色を晒せばこの美貌も相まって黙っていてもただ人でない事はバレてしまい面倒くさいと言うわけで。
しかし。
普段の王子の持つ色味が全体にほわっと淡いというかパステル調なものだから、比較的しっかり目の色が付くと、造形自体は変わっていないのにずいぶんと印象が変わる。
普段は妖精か天使かって印象だけど、今日は大変にお育ちの良い美貌のご令息だ。
アラベスク模様の織り柄を施した光沢有るワインレッドのベストに煉瓦色のトラウザース、俺の渡したシュリニを止めたクラバット、襟と袖のエッジに黒いラインの入ったベージュのフロックコートという普段とは全く違う系統の出で立ちもあって、ひどく新鮮だ。
そして、いつもよりくっきりした色味で目鼻立ちが鮮明になったことで造形の美しさが更に際立つ。
「今日はよろしくお願いします」
はにかんで微笑むお姿が尊すぎて思わず心臓を押さえた。
そのまま片膝をつき「同行させていただける幸運に感謝します」と告げる。

バザールを眺めながら丘の上の立体公園をめざし、丘の上のパティオを抜けて、最終的には展望台で渓谷の断崖を観てから軽く何か食べて集合場所の広場に向かいましょうと、ザックリした予定を話しながらゆっくりと歩き始める。
「今日は私を『殿下』とは呼ばないでくださいね。わざわざこうして姿も変えているのですから」
「かしこまりました。ではどのようにお呼びすれば?」
「親しい者にはだいたい『ノール』と呼ばれていますが・・・」
うん。デュシコス様も『ノール兄様』と呼んでいるし・・・。でも俺はあの隣国の第二皇子が繰り返しそう呼んでいたのをその都度どうしても思い出すから抵抗がある。
王子の申し出を拒否するのは失礼とは思うものの・・・。
「・・・イヤなのですか?」
しばし考え込む俺の様子を見て王子は困惑気味に問われた。俺は正直にアイツを思い出すから何かイヤですと答えた。ご気分を害されたら申し訳ありませんとも。
お気を悪くするどころか王子はむしろ嬉しそうに「ではどうしましょう」と笑った。
「ヴァンス様とお呼びしてはいけませんか?」
王子のお名前は、エレオノール・ヴァンス・ノア・シンクリレア。そのセカンドネームの部分。
以前、オルタンスさんがホランド様のことを「クレオ」と、逆にホランド様がオルタンスさんを「アディル」と呼んでいたのを聞いたことがある。それぞれのセカンドネームだ。
親しくなって、ファーストネームを略称で呼ぶことはあっても、そちらを使うことは滅多にない。なんだか略称よりも特別な感じがする・・・そのように感じていることも付け加えて提案してみた。
「ああ、ではそう呼んでください。その名で私を呼ぶのは世界中であなただけです」
王子はうっすらと染まった頬に手を添えて照れくさそうに相好を崩した。
あまりのお可愛らしさに愛おしさがこみ上げて来たが、その瞬間に夕べ俺が脳内で犯した罪を思い出し、僅かに胸がつきりと痛んだ。
そのとき俺はどんな顔をしていたんだろう。王子に「どうしたのですか?」とのぞき込まれてハッとした。とっさに笑顔を繕って「光栄です」と胸に手を当て頭を下げる。
俺の邪な頭の中を悟られないように。できるだけ爽やかに笑って。

バザールには様々な珍しい品が並んでいた。
何に使うのかも分からないものも多く、店主に用途を尋ねては生活習慣の違いに感心したりなどしている傍らで王子は何やら二つほど魔道具屋で小物っぽい何かを買ったようだ。普段あまりこんな市井の雑踏に触れる機会もないらしき王子は、ちょっとおはしゃぎ気味で、一度やってみたかったと言ってアイスクリームを食べながら歩いて大層ご満悦だった。
「ふふ・・・こんな市街地でものを食べながら歩くなんてひどく悪い子になった気分です」
ネルムドの森までまるで冒険者のような野営を厭わない旅を経て、あれだけの広範囲を浄化して任務を遂行した後なのだから、こんな時くらい存分に開放感を味わって欲しい。

そうそう。驚いたことにこの世界にもアイスクリームはある。しかもソフトクリーム状のものも。きっと過去の転生者が残した置き土産に違いない。
しかし、やはりその辺で買ったものを毒味もせずに食べさせるのはダメだろうというので最初は俺が一口舐めさせてもらった。
うれし恥ずかし恋人の手からアーンじゃ無いか、これ。うっわリア充、爆発しろ。
コーン部分が元の世界のものよりほんの少し弱いみたいで、最後の方は柔らかくなってしまい溶け出した汁が王子の手と顎を伝っている。要改良だな。
「ヴァンス様」
俺は魔法袋から取り出したハンカチで王子の手を拭き取ってあげながら、少し屈んで細い顎に流れているミルク味の汁を自分の舌で舐め取った。
周囲を行き交うひとは、「おやまあ」「あらあら」と微笑ましくこのバカップルをよけて通ってくれて、さすがはガイコクだと思った。
「ダ、ダイ・・・?」
驚いて一歩下がりそうになった王子の腰を引き寄せて小声で耳打ちをした。
「さっきの魔道具屋の後くらいから私たちをずっと付けている者が居ます。索敵でデータを確認したらナシェガの人間のようでした。私の傍から離れませぬよう」
俺の索敵は魔獣だとか野生の獣とかだけでなく、人間だったとしてもこちらに害意があればヒットする。
囁きかけた息がくすぐったかったのか王子はそちら側の耳を押さえて頷いた。
何かを我慢して居るみたいに目をぎゅっとつむっている表情が小動物を連想させて、グハッ、とたまらない気持ちになった。例のあの愛玩欲求が突き上げる。思わず鼻の頭にキスをしてしまった。
驚いて目を見開き真っ赤になっている王子の腰に腕を回して「行きましょうか」とにこやかに先を促した。
多分、俺またこの時点でなんか変なスイッチ入ってたっぽい。

パティオの真ん中で鳴っている自動手風琴の音を聞きながら歩を進めると、足下付近を歩いていた鳩もどきが少しだけ羽をばたつかせながらよちよちとよけてくれた。
それを見てクスクス笑う王子。可愛すぎて辛い。無性にキスしたい。
しかし、いくら拒まれてないとは言え、やたらキスしすぎだろ。ちったあ堪えろ。
こんなに堪え性無いヤツだったっけ、俺って。

丘のドーナツ型モールの向こう側は断崖の展望台までペデストリアンデッキで繋がっている。
渓谷の風の音がだいぶ強くなってきた。
周りを見るとファミリーも商人風のグループも勿論居るが、カップル率が思いのほか高い。まあ、この世界だから必ずしも男女というわけではないが。俺たちもその中のひと組に見えてるのかなあと思うとちょっと面映ゆい。

不審な輩は先ほど感じたあのナシェガの数人だけでは無い・・・?
全く別の方にも複数の害意を持つ輩が点在している。

遠く離れたところに第一騎士団の先輩達のグループが見えて手を振った。先輩グループが近づいてくる。
「すげえぞ、すんげえ景色だ。やっぱ観とくべきだよ!」
皆、王子の方に一礼してから俺に興奮気味に話しかけてくる。
「俺たちこれからモールを一通り冷やかしてから、パティオで何か食って集合場所に行こうと思うんだ。お前はせいぜい殿下とゆっくりしてこい」
皆は意味深に笑い、肘や拳で俺の肩をどつきながら通り過ぎていった。

不審な輩は騎士団の皆さんが俺たちと接触している間はむしろかなり距離を取っていた。

展望台からの眺めは圧巻だった。思い描いていたよりも対岸は遠く、岩壁に張り付くように穿たれている回廊や出窓、バルコニーの手すり、岩肌のくぼみに伝う岩苔の色。反り返る絶壁。
そして、真向かいの地上部分もこちら側同様整備された展望台を持つ街が見える。
何というスケールなのかと度肝を抜かれるとはこのことだろう。
対岸との間を滑るように鳥が飛んでいった。
そして下から吹き上げる風は猛烈に強かった。そのせいか展望台のフチはヨーロッパ風の白石手すりに囲まれているだけのように見えるが、事故が無いように目に見えないシールドが張られているらしい。透明強化ガラスの魔法版みたいなものだな。
とはいえ俺には感じ取れない。高度な魔法使いか鑑定士で無いと分からないらしい。
ただ、このシールド、当人が意図的に身を乗り出して断崖の真下を見ようとしたときにぶつかったりもしないし、手を伸ばしても何かが当たる感じなどはしない。

不思議な気持ちで俺はバルコニーから乗り出し気味に手を伸ばす。
そのとき。
背後から俺を突き落とす意思を持った手が伸びてきた。
それは頭にターバンを巻いた屈強な男だった。商人風のグループがそこに居ていつの間にか俺たちの周りを囲むように近づいてきていた。
いや、気づいては居たんだが。
その手が俺に触れる直前に身を沈めて手を避けた。そのまま男はバルコニー際に突進する。
少し離れたところに居たカップルの女性がこちらの異変を見て悲鳴を上げた。
あちこちから注目が集まる。
男の体が手すりを乗り上げてあわや落下するかと思ったところでふわふわと戻った。なるほど・・・よく出来ている。
突き落とすという形で俺を仕留めきれなかった男のツレはいきなり俺に向けて攻撃魔法を放った。至近距離での攻撃にもかかわらず王子の防御がそれを撥ね除ける。
だが、王子の意識はそのとき完全に俺側に向かって居たことで背後から抱え込まれてしまった。
それでも次の瞬間王子を羽交い締めにした男が「ぐぎゃっ」と叫んで縛めを解かざるを得なくなる。俺の手に有った小柄こづかに刺されたからだ。
因みにデート仕様ということでカムハラヒは魔法袋に収納し、どうという事の無いカスタムナイフだけを腰に差していた。
解放された王子をすぐさま俺は抱き寄せた。
周囲に点在していた観光客が何事かと身をすくめている姿が目の端に入り、俺はカムハラヒを出すことを一瞬躊躇してしまった。
魔法攻撃を放ってきたその男以外は物理攻撃要員だったようで、ダガーやソードを抜いて俺に斬りかかる。
この時点で、刃渡りはわずか15㎝に満たない掌より小さいものとは言え、俺の手のカスタムナイフは既に俺のアームズになっている。
焦げ死なない程度の電撃を纏わせて振ると相手は悲鳴を上げて倒れ込み白目をむいて失神した。
その間にさっきの男が再び魔法攻撃を放ってきたがそれは王子が防御してくれ、三度目の魔法を練っている間に俺のカスタムナイフが仕留めて失神させた。
王子の手を引いて走る。
その俺たちを、だいぶ離れたところに居た黒い幅広スカーフをマチコ巻きした老婆が、闇魔法のチェーンを放って拘束してきた。王子の魔法でそれを解除するよりも早く、いつの間にか展開されていた足下の魔方陣から立ち上る闇に俺たちは少しずつ絡め取られていく。王子が必死に解除の魔法を放つも撥ね除けられる。

俺は闇に巻き込まれながら己の甘さに思わず舌打ちした。
あの平和で爽やかな空間で荒事を起こすことを躊躇したのが間違いだった。
敵が居たことは分かっていた。気づいた時点でとっとと片付けてしまえば良かったのだ。
あの嬉しそうな王子の姿をギリギリまで見ていたかった、なんて、どんだけやに下がった阿呆なんだ、俺は。
「この私の防御魔法をものともしないなんて、あの老婆は・・・」
ほぼ全身を闇に包まれながら俺の腕の中で震える王子が驚愕の表情で呟いた。

完全に吸い込まれる寸前に名を呼びながら走ってくる第一騎士団の先輩達の姿が見えた。

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また、本業が繁忙期に入ったのでしばらく更新できなくなります。
途中一回くらいはアップできれるかもと思っていますが、ことによると無理かも知れません。
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