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第二章
#25 童貞宣言
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「お前って、異世界人だったんだ?」
朝食を摂りながらイグファーさんが言った。
その問いに便乗するようにニコラントさんも俺の返事待ちをした。
「ふぁい、そうっすよ・・・(もぐもぐ)・・・」
「軽っ」周りに居た先輩達がどっと笑った。えへへ、ウケた?
そのうちざわつき始める。
「あー、やっぱりな。」「どうも最初から変だと思ってたんだ」「これで謎が解けたわ」「どーするよ、俺たち異世界人様にメシ作らせてんぞ」「片付けまでさせてる」「俺たちってみんな不敬罪?」「ホントだよなー」あははは、とみんな笑う。俺も一緒に笑った。
「良いんじゃ無いっすか?別にダメだって言われてないし。あ、ファドフロスさん、それ蜂蜜ですよ、ゴグイオイルはこっち。はい。俺も別にメシ作るの結構好きだし。一番後輩だし。あ、最後の一個のビスケット、誰か食っちゃってください。」
どうという事も無い朝食のひととき。こういう雰囲気ももう日常になってきた。
今日中に到着する村は、あの無人の村と同じか、それにちょっと毛が生えた程度の小さい村らしいから宿泊施設とかは期待できそうも無く、多分そこでも野営だとは思うけど、それもその村で多分最後。
そこから先はそこそこ整備された商道があり、道沿いの街は不自由の無い環境になっていくらしい。
そう思うと何だか逆にちょっと寂しいもんだな。
「その最後のビスケットは私がもらっても良いかな。」
背後から黒いローブのお貴族様が手を伸ばしてきた。どうぞどうぞと皿を出す。
「君のこの厚焼きビスケットもあと残り僅かと思うと寂しいな。皆も味わって食べ給えよ。」
急に先輩達が寂しそうになる。旅ももう折り返したんだよなと思うと感慨深い。
「ところでダイ、キミ、殿下の恋人になったって言うのは本当かい?」
ああ、はい、と俺が普通に答えたら周りに居た先輩達が騒然となった。
エーッと叫んで持っていた皿やカップを取り落とす者、思わず立ち上がる者、口の中のモノを吹き出す者、昏倒する者、色々だった。
「ああ、でも俺、戦略的恋人だから、大丈夫ですヨ」
「なんだその戦略的って・・・」
「んー、ザックリ言っちゃえば、お互いの利害が一致して“恋人って事”にしておこう、みたいな?」
皆さん、軽く考えた後ぷふっと笑って。
「良いのかお前ソレ公言しちゃっても。意味ねえだろ」お、鋭いツッコミ。
「こちらに居る皆さんは殿下の不利益になることをしない方々だって分かってますから。でも、ここに居る以外の人には喋らないでくださいね」
なーんだ、そうか、そういうこと、と先輩達は安堵したような期待外れだったようなてんでんな反応を示した。
「けどお前もともとそんなに“殿下好き好き大好き”っ子なのにフリだけで済ませられんのか?」
「そーだよな、演技するにも気持ちを入れ込まないといけないんだから。うっかり盛り上がりすぎて・・・とかなあ。」
「いや、最近なんか、殿下前よりやばいもんな。今回の浄化終わってなんか一皮むけたっぽいっつーか」
「なんつーの、こう艶っぽいというか、エロいというか・・・」
「は?」俺はぎろりと睨んだ。
「でもいーよなー最初から名目上“恋人”って事になってたら多少アレしちゃってもおとがめ無しだろーよ。いいよなー。誰はばかることなくあんなことやこんなこともできちゃうんだぜ。はぁ、ダイ、この幸せ者めッ」
先輩達はだんだんと興が乗ってきて、よいではないかよいではないか、なりませぬなりませぬ、とか役を割り当ててイチャイチャ演技を始めた。周囲は口笛の嵐。
「しませんよ!そんなことっ!恐れ多くも相手は殿下ですよ?できるわけないでしょう!」
俺は真っ赤になって怒鳴った。周りはヒューヒューいいながら更に冷やかす。
「わー、真っ赤になっちゃって、かーわいー!」「そんな童貞みてーな反応すんな、あざとすぎだ」
「何言ってんですか、みたいじゃなくて童貞ですよ!」
一瞬にして静まりかえった。なんだよ。嘘じゃねえよ。マジ?みたいな顔して。
「え、・・・ちょっ・・・、おま・・・」
イグファーさんが何かを言いかけたところを割り込むようにソニスがポットを持って立ちふさがり。
「薬草茶のおかわりは要りませんか?お注ぎします」
と言って注ぎ足し回り始めた。柳腰美神官のソニスは騎士団のアイドルだから、柔らかく微笑まれて自分の傍にしゃがみこみ小首をかしげてお茶を注ぎ足されたら必然的にみんなの注意はそっちにそれる。
なんだよ、もー、と思って鼻息を吐くと、苦笑したルネス様が軽く俺の肩をポンポンと叩いて「キミにしか出来ないお役目だから。頑張ってね。」と言い置いて立ち去った。
ルネス様が立ち去ったあと、俺は食事の後片付けをしながら何だか面白くなかった。
先輩達にはやし立てられた件が頭の中を何度もぐるぐるして。理由は分かってる。
戦略的恋人だとか言っては居るけど、実際のところ、あれ以来王子はちっとも俺と目線を合わせてくれない。食事を運ぶ度に御前に騎士礼で跪いているのに、そっぽむいて。
最初の何回かは、アレ?って位だったけど、正直だんだん辛くなってきた。
で、俺は“恋人”を仰せつかっているんで、雑用仕事がある以外の時は王子のすぐ傍に侍ってないといけないらしい。討伐の時同様、先頭集団についた位置についてんだけど、全く会話もないし。しんどい。
いや、相手は主君だし、主従なんだから黙って付いていれば良いんだけど。
俺、知らないうちに贅沢になっちゃたのかなあ。無意識にもっと距離感を縮めるのを望んじゃってるのかなあ。
いつの間にか君臣のけじめもつけられないブッたるんだ勘違い野郎になっちゃったのかなあ。
あー、ダメだダメだ。我ながらちょっとヘコむ。
そんなこと考えてたら団長が木の板を叩いた。そろそろ出発の支度をせねば。
今日も今日とて殿下のやや後ろ隣を常足で進む。
ああ、ちょっと違うことを考えて気持ちを変えよう。
あ、そういえば、あの無人の村での怒濤の一日の翌日、ちゃんとイノシシ魔獣出して肉祭りやったよ!
すっごい、びっくりするほど肉がジューシーで噛むと口からこぼれそうなくらいじゅわって出てきてしかも柔らか~い美味い肉だった。
5頭分もあったからって言っても、一体一体がものすごくでかいから、さすがに1頭分も食いつくしはし切れなかったんだけど、結構色々と焼き方を変えてみたりした。
よく見る、丸焼き的な肉塊を刺した串を、ハンドルでグルグル回しながら炙るヤツ。ファイアーラックだっけ?アレで炙ったり、
一口大より少し大きめに切ったのを縦に串に刺す正統派BBQ仕様とか、鉄板の上で味付け肉をジュワジュワ焼くのとか、ちょっとスジっぽいところは残った根菜類とポトフみたいなスープに入れて煮込んだりとか、ミンチ状にしたのを捏ねて粗挽きハンバーグっぽくしたり、ソレをパンに挟んだり、あと、勿論厚めのステーキにもね。あーあとなんだっけ。
とにかく思いつく限りのことはした。
そして、残りの4体の肉は、途中の街でギルドに売っても良いって許可をもらいました!
その中の何割かは俺、もらえますかね?と訊いたら仕留めたのはお前だからみんなやるって言われたんだけど、いや、仕留めたのは俺の前に強弓で眉間打ち抜いた獣人さんたちですから。さすがにソレは出来ないって事で、一応2割もらうことにした。討伐隊は特別手当が出るって事だったから、結構割の良いバイトしちゃった感じだ。ほくほく。
うん。楽しいこと考えてたら気分が上向いてきたぞ。
そうそう。
俺は前のあの無人の村を出発するとき、一応団長にペティナイフの件は伝えておいた。
まあ、討伐と浄化が終わった後すぐだったし、落ち着いてその件は詰めてないんだけど、別にそのこと自体は急ぐ問題でも無いからとりあえず保留になっている。
それでも俺個人では色々と気になって、その途中のキャンプで色々と試した。
肉を刺している串はどうなのか。フォークはどうなのか。オルタンスさんに付き合ってもらって。
まず、オルタンスさんに鞘に収まっているままのダガーで攻撃してもらって、それに応戦するという形で串を使ってみたり、フォークを使ってみたりした。
結果は、ビンゴだった。つまり、俺が「武器」と認識した途端に魔力が発生するんだ。
例えるなら。
普通に食事しているときは、例え“刃物”系のアイテムであるナイフとフォークでも、食事中はそれはただの食器にすぎない。ソレを使っている俺もただの人だ。でもその食事中にもし悪漢どもが乱入して、俺が戦う意思を持った途端それは魔力をまとえる“武器”に変わって俺は戦闘要員になれる。串も然り。
おー、コレちょっと便利じゃねえ?
まあ実際悪漢どもが現れたら魔力が発動しようがしまいが、ナイフだろーとフォークだろうと皿だろーと椅子だろーと手近にあるもの何でも使って応戦はするけどな。
雑木林を進んでいくと木々の隙間から、集落の柵らしきモノが見えた。人声が聞こえる。
そう思うとすごく久しぶりの人の居る人里だ!
先遣隊としてみんなより半日早めに到着していたアロンさんとヨルント様が柵門の傍で手を振っている。
全員下馬して、アロンさんヨルントさんから説明を受けて待っていた村の長老と村役場のオジさんみたいな数人に挨拶をする。
まずは団長が挨拶して、王子を紹介する。
王子がフードを脱ぐと、長老やオジさん達が仰天して跪いて祈りのポーズになる。
そうだろうそうだろう。当然な反応だ。
ああ、しかしこの神々しさはどうよ。フードを外した瞬間周りが明るくなったような気がするくらいだ。
いや、なったよ。明るく。絶対な。
門を通ってそのまま進むと井戸のある広場に着いた。
井戸のある広場を中心に囲うように民家やちょっと広めの公共施設(?)のようなものが立ち並んでいる。
この、こういう作りそのものも以前逗留したあの無人の村と似ている。
で、そのちょっと広めの公共施設・・・だが。
本当に小さいが無人の宿泊施設と『店』と呼ばれている建物。店と言うよりはむしろ共有財産置き場のようなものだ。
ひと月に一度くらいの割合で、近場の市街地に狩りの成果と特産品を売りに出かける男衆が、村では手に入らない、あるいは作れないような生活用品を持って帰って来たり、10日に一度くらいの割合で特産品を買い付けに来る業者が交換で持ってくる品を、その一軒だけの『店』と呼ばれている小屋に置き、皆で分け合いながら暮らすような細々とした素朴な集落だ。
その、特産品だが。
この村の周辺には糖橅と呼ばれるブナそっくりの樹が多い。この木の樹液はとても甘くて美味しい。天然の甘味料だ。実も焼くと栗よりも甘くて銀杏のような食感。しかも樹液の方は殺菌と体力アップ、実の方は解熱と鎮痛作用もある。
それを採取しては近場の市街地に売りに行く。露天でも売るが、最近は商業ギルドに登録したせいで知られ、買い付けに来る業者もいる。
糖ブナは国内でここだけというわけでは無いが、実を煮染めて濾してとろみのある飴状にして風邪薬として作ったものは商業ギルドで特許登録されているから他所で作られれば特許使用料も入る。
つまりはこれらがこの集落の特産品だ。
ただの樹液の瓶詰めもある。炒っただけの実も有る。
炒った実を碾いてクッキーにしたものも。
炒ってから干して乾燥させた実を碾いた粉とかも。
そして、そのうえで、この特許を取った風邪薬。すごい利益を生み出す土地だ。
10年前には4家族が住んでいただけと言うから、今は鋭意発展中と言うことだろうか。
辺境にぽつんとある人里という割にはポテンシャルがある方だけど、それでもあまりにも不便だからなかなかこれ以上に急激には発展しないのかなと思ったけど。
村人に訊くと「これで十分」「昔に比べたらずいぶん暮らしやすくなった」だって。
子供たちの楽しげに遊んでいる声があちこちで聞こえ、家の窓からは夕餉の仕込みの香りが漂い、出迎えてくれた老人たちは素朴で心が温まるいい村だ。
で、この広場に面して作られた無人の宿泊施設は、そういう外部から買い付けにやってくる商人が増えたことで建てられたモノだ。宿屋なんて無いけれど、日帰りは出来ない場所だから、だったら建物だけ建てて、寝具や食器などは用意して、掃除はしておいてあげるから適当にここで自炊して泊まってくれ、というところだろう。
いやぁ~、これは助かる!ありがたい。キッチンにはかまどもパン釜も有るんだ。
そして、さすが特産品だけ有って、無人の宿泊施設と言いながら、標準装備でキッチン裏の半地下室に糖ブナの樹液とか、実を碾いた粉とか置いてあって、好きに使って良いらしいんだよ!
俺は燃えたね!
まずは残っているメフチの実のジャムにこの糖ブナの樹液を加えたらもっとお茶に入れたりパンケーキソースにしたりできるんじゃねえ?と思ったわけ。
ただ、メフチも糖ブナの樹液も一応薬効がある、いわゆる漢方みたいなもんだから、作りながら自分の体で試して味だけで無く無害である事を確かめつつ作らんとな、とは思った。
王子はじめ役職が有る方々は、一応暫定的な公的視察団となって村の案内をしてもらっているし、ソニスはお年寄りや病人がいる家を案内してもらっている。騎士さんたちは元気なちびっ子達に囲まれて大人気だ。この村すごく子だくさんなんだよ。
建物の前に馬が放しておける柵もあるから、みんなヨシヨシして飼い葉と水を与えて放してあげた。お疲れさん。また明日もよろしくな。たっぷり食って休め。
で、その後は皆さんが外回りから戻るまでに夕飯の仕込みをしておかないと。
多分、今日、明日辺りが俺がメシの支度するの最後かなあと思うんだ。
今まで好評だったモノをあれもこれもと作ってスペシャル・ダイ・セレクトで行くぜ!
その傍らで、メフチと糖ブナのソースを作る。甘さの具合は割と樹液を煮詰めたほうが良い感じで、樹液そのものをちょっとトロッとするまで煮込んでからメフチの実を加えて更に煮込む方が良いらしい。何度も味見しながら進める。だんだん良い感じになってきた。
皆さんが宿泊所に戻ってきたときには、テーブルいっぱいにあれこれを並べてあとは煮込んだシチューを深皿によそえば良いだけだ。
どやどやと入ってきた皆さんに「お疲れさまー」と声をかけて厨房から出て行ったらみんながぎょっとした顔して「どうしたんだ、ダイ!」「おい、大丈夫か?」と指を差す。
何だろと思ったら、俺の胸元が血だらけで、えっと思って手でなぞったらボトボトと足下にもたれるほど鼻血が出ていた。
___________________________________
『近況』にも入れますが、本業が繁忙期に入ったので、明日アップする分までで一旦更新止まります。
なので、いつも以上に明日アップ分の字数多くなってます。いつも長くてすみません。今回も長い・・・。
シロートなもんでどうにも取捨選択ということがうまく出来ません。ご容赦を。
朝食を摂りながらイグファーさんが言った。
その問いに便乗するようにニコラントさんも俺の返事待ちをした。
「ふぁい、そうっすよ・・・(もぐもぐ)・・・」
「軽っ」周りに居た先輩達がどっと笑った。えへへ、ウケた?
そのうちざわつき始める。
「あー、やっぱりな。」「どうも最初から変だと思ってたんだ」「これで謎が解けたわ」「どーするよ、俺たち異世界人様にメシ作らせてんぞ」「片付けまでさせてる」「俺たちってみんな不敬罪?」「ホントだよなー」あははは、とみんな笑う。俺も一緒に笑った。
「良いんじゃ無いっすか?別にダメだって言われてないし。あ、ファドフロスさん、それ蜂蜜ですよ、ゴグイオイルはこっち。はい。俺も別にメシ作るの結構好きだし。一番後輩だし。あ、最後の一個のビスケット、誰か食っちゃってください。」
どうという事も無い朝食のひととき。こういう雰囲気ももう日常になってきた。
今日中に到着する村は、あの無人の村と同じか、それにちょっと毛が生えた程度の小さい村らしいから宿泊施設とかは期待できそうも無く、多分そこでも野営だとは思うけど、それもその村で多分最後。
そこから先はそこそこ整備された商道があり、道沿いの街は不自由の無い環境になっていくらしい。
そう思うと何だか逆にちょっと寂しいもんだな。
「その最後のビスケットは私がもらっても良いかな。」
背後から黒いローブのお貴族様が手を伸ばしてきた。どうぞどうぞと皿を出す。
「君のこの厚焼きビスケットもあと残り僅かと思うと寂しいな。皆も味わって食べ給えよ。」
急に先輩達が寂しそうになる。旅ももう折り返したんだよなと思うと感慨深い。
「ところでダイ、キミ、殿下の恋人になったって言うのは本当かい?」
ああ、はい、と俺が普通に答えたら周りに居た先輩達が騒然となった。
エーッと叫んで持っていた皿やカップを取り落とす者、思わず立ち上がる者、口の中のモノを吹き出す者、昏倒する者、色々だった。
「ああ、でも俺、戦略的恋人だから、大丈夫ですヨ」
「なんだその戦略的って・・・」
「んー、ザックリ言っちゃえば、お互いの利害が一致して“恋人って事”にしておこう、みたいな?」
皆さん、軽く考えた後ぷふっと笑って。
「良いのかお前ソレ公言しちゃっても。意味ねえだろ」お、鋭いツッコミ。
「こちらに居る皆さんは殿下の不利益になることをしない方々だって分かってますから。でも、ここに居る以外の人には喋らないでくださいね」
なーんだ、そうか、そういうこと、と先輩達は安堵したような期待外れだったようなてんでんな反応を示した。
「けどお前もともとそんなに“殿下好き好き大好き”っ子なのにフリだけで済ませられんのか?」
「そーだよな、演技するにも気持ちを入れ込まないといけないんだから。うっかり盛り上がりすぎて・・・とかなあ。」
「いや、最近なんか、殿下前よりやばいもんな。今回の浄化終わってなんか一皮むけたっぽいっつーか」
「なんつーの、こう艶っぽいというか、エロいというか・・・」
「は?」俺はぎろりと睨んだ。
「でもいーよなー最初から名目上“恋人”って事になってたら多少アレしちゃってもおとがめ無しだろーよ。いいよなー。誰はばかることなくあんなことやこんなこともできちゃうんだぜ。はぁ、ダイ、この幸せ者めッ」
先輩達はだんだんと興が乗ってきて、よいではないかよいではないか、なりませぬなりませぬ、とか役を割り当ててイチャイチャ演技を始めた。周囲は口笛の嵐。
「しませんよ!そんなことっ!恐れ多くも相手は殿下ですよ?できるわけないでしょう!」
俺は真っ赤になって怒鳴った。周りはヒューヒューいいながら更に冷やかす。
「わー、真っ赤になっちゃって、かーわいー!」「そんな童貞みてーな反応すんな、あざとすぎだ」
「何言ってんですか、みたいじゃなくて童貞ですよ!」
一瞬にして静まりかえった。なんだよ。嘘じゃねえよ。マジ?みたいな顔して。
「え、・・・ちょっ・・・、おま・・・」
イグファーさんが何かを言いかけたところを割り込むようにソニスがポットを持って立ちふさがり。
「薬草茶のおかわりは要りませんか?お注ぎします」
と言って注ぎ足し回り始めた。柳腰美神官のソニスは騎士団のアイドルだから、柔らかく微笑まれて自分の傍にしゃがみこみ小首をかしげてお茶を注ぎ足されたら必然的にみんなの注意はそっちにそれる。
なんだよ、もー、と思って鼻息を吐くと、苦笑したルネス様が軽く俺の肩をポンポンと叩いて「キミにしか出来ないお役目だから。頑張ってね。」と言い置いて立ち去った。
ルネス様が立ち去ったあと、俺は食事の後片付けをしながら何だか面白くなかった。
先輩達にはやし立てられた件が頭の中を何度もぐるぐるして。理由は分かってる。
戦略的恋人だとか言っては居るけど、実際のところ、あれ以来王子はちっとも俺と目線を合わせてくれない。食事を運ぶ度に御前に騎士礼で跪いているのに、そっぽむいて。
最初の何回かは、アレ?って位だったけど、正直だんだん辛くなってきた。
で、俺は“恋人”を仰せつかっているんで、雑用仕事がある以外の時は王子のすぐ傍に侍ってないといけないらしい。討伐の時同様、先頭集団についた位置についてんだけど、全く会話もないし。しんどい。
いや、相手は主君だし、主従なんだから黙って付いていれば良いんだけど。
俺、知らないうちに贅沢になっちゃたのかなあ。無意識にもっと距離感を縮めるのを望んじゃってるのかなあ。
いつの間にか君臣のけじめもつけられないブッたるんだ勘違い野郎になっちゃったのかなあ。
あー、ダメだダメだ。我ながらちょっとヘコむ。
そんなこと考えてたら団長が木の板を叩いた。そろそろ出発の支度をせねば。
今日も今日とて殿下のやや後ろ隣を常足で進む。
ああ、ちょっと違うことを考えて気持ちを変えよう。
あ、そういえば、あの無人の村での怒濤の一日の翌日、ちゃんとイノシシ魔獣出して肉祭りやったよ!
すっごい、びっくりするほど肉がジューシーで噛むと口からこぼれそうなくらいじゅわって出てきてしかも柔らか~い美味い肉だった。
5頭分もあったからって言っても、一体一体がものすごくでかいから、さすがに1頭分も食いつくしはし切れなかったんだけど、結構色々と焼き方を変えてみたりした。
よく見る、丸焼き的な肉塊を刺した串を、ハンドルでグルグル回しながら炙るヤツ。ファイアーラックだっけ?アレで炙ったり、
一口大より少し大きめに切ったのを縦に串に刺す正統派BBQ仕様とか、鉄板の上で味付け肉をジュワジュワ焼くのとか、ちょっとスジっぽいところは残った根菜類とポトフみたいなスープに入れて煮込んだりとか、ミンチ状にしたのを捏ねて粗挽きハンバーグっぽくしたり、ソレをパンに挟んだり、あと、勿論厚めのステーキにもね。あーあとなんだっけ。
とにかく思いつく限りのことはした。
そして、残りの4体の肉は、途中の街でギルドに売っても良いって許可をもらいました!
その中の何割かは俺、もらえますかね?と訊いたら仕留めたのはお前だからみんなやるって言われたんだけど、いや、仕留めたのは俺の前に強弓で眉間打ち抜いた獣人さんたちですから。さすがにソレは出来ないって事で、一応2割もらうことにした。討伐隊は特別手当が出るって事だったから、結構割の良いバイトしちゃった感じだ。ほくほく。
うん。楽しいこと考えてたら気分が上向いてきたぞ。
そうそう。
俺は前のあの無人の村を出発するとき、一応団長にペティナイフの件は伝えておいた。
まあ、討伐と浄化が終わった後すぐだったし、落ち着いてその件は詰めてないんだけど、別にそのこと自体は急ぐ問題でも無いからとりあえず保留になっている。
それでも俺個人では色々と気になって、その途中のキャンプで色々と試した。
肉を刺している串はどうなのか。フォークはどうなのか。オルタンスさんに付き合ってもらって。
まず、オルタンスさんに鞘に収まっているままのダガーで攻撃してもらって、それに応戦するという形で串を使ってみたり、フォークを使ってみたりした。
結果は、ビンゴだった。つまり、俺が「武器」と認識した途端に魔力が発生するんだ。
例えるなら。
普通に食事しているときは、例え“刃物”系のアイテムであるナイフとフォークでも、食事中はそれはただの食器にすぎない。ソレを使っている俺もただの人だ。でもその食事中にもし悪漢どもが乱入して、俺が戦う意思を持った途端それは魔力をまとえる“武器”に変わって俺は戦闘要員になれる。串も然り。
おー、コレちょっと便利じゃねえ?
まあ実際悪漢どもが現れたら魔力が発動しようがしまいが、ナイフだろーとフォークだろうと皿だろーと椅子だろーと手近にあるもの何でも使って応戦はするけどな。
雑木林を進んでいくと木々の隙間から、集落の柵らしきモノが見えた。人声が聞こえる。
そう思うとすごく久しぶりの人の居る人里だ!
先遣隊としてみんなより半日早めに到着していたアロンさんとヨルント様が柵門の傍で手を振っている。
全員下馬して、アロンさんヨルントさんから説明を受けて待っていた村の長老と村役場のオジさんみたいな数人に挨拶をする。
まずは団長が挨拶して、王子を紹介する。
王子がフードを脱ぐと、長老やオジさん達が仰天して跪いて祈りのポーズになる。
そうだろうそうだろう。当然な反応だ。
ああ、しかしこの神々しさはどうよ。フードを外した瞬間周りが明るくなったような気がするくらいだ。
いや、なったよ。明るく。絶対な。
門を通ってそのまま進むと井戸のある広場に着いた。
井戸のある広場を中心に囲うように民家やちょっと広めの公共施設(?)のようなものが立ち並んでいる。
この、こういう作りそのものも以前逗留したあの無人の村と似ている。
で、そのちょっと広めの公共施設・・・だが。
本当に小さいが無人の宿泊施設と『店』と呼ばれている建物。店と言うよりはむしろ共有財産置き場のようなものだ。
ひと月に一度くらいの割合で、近場の市街地に狩りの成果と特産品を売りに出かける男衆が、村では手に入らない、あるいは作れないような生活用品を持って帰って来たり、10日に一度くらいの割合で特産品を買い付けに来る業者が交換で持ってくる品を、その一軒だけの『店』と呼ばれている小屋に置き、皆で分け合いながら暮らすような細々とした素朴な集落だ。
その、特産品だが。
この村の周辺には糖橅と呼ばれるブナそっくりの樹が多い。この木の樹液はとても甘くて美味しい。天然の甘味料だ。実も焼くと栗よりも甘くて銀杏のような食感。しかも樹液の方は殺菌と体力アップ、実の方は解熱と鎮痛作用もある。
それを採取しては近場の市街地に売りに行く。露天でも売るが、最近は商業ギルドに登録したせいで知られ、買い付けに来る業者もいる。
糖ブナは国内でここだけというわけでは無いが、実を煮染めて濾してとろみのある飴状にして風邪薬として作ったものは商業ギルドで特許登録されているから他所で作られれば特許使用料も入る。
つまりはこれらがこの集落の特産品だ。
ただの樹液の瓶詰めもある。炒っただけの実も有る。
炒った実を碾いてクッキーにしたものも。
炒ってから干して乾燥させた実を碾いた粉とかも。
そして、そのうえで、この特許を取った風邪薬。すごい利益を生み出す土地だ。
10年前には4家族が住んでいただけと言うから、今は鋭意発展中と言うことだろうか。
辺境にぽつんとある人里という割にはポテンシャルがある方だけど、それでもあまりにも不便だからなかなかこれ以上に急激には発展しないのかなと思ったけど。
村人に訊くと「これで十分」「昔に比べたらずいぶん暮らしやすくなった」だって。
子供たちの楽しげに遊んでいる声があちこちで聞こえ、家の窓からは夕餉の仕込みの香りが漂い、出迎えてくれた老人たちは素朴で心が温まるいい村だ。
で、この広場に面して作られた無人の宿泊施設は、そういう外部から買い付けにやってくる商人が増えたことで建てられたモノだ。宿屋なんて無いけれど、日帰りは出来ない場所だから、だったら建物だけ建てて、寝具や食器などは用意して、掃除はしておいてあげるから適当にここで自炊して泊まってくれ、というところだろう。
いやぁ~、これは助かる!ありがたい。キッチンにはかまどもパン釜も有るんだ。
そして、さすが特産品だけ有って、無人の宿泊施設と言いながら、標準装備でキッチン裏の半地下室に糖ブナの樹液とか、実を碾いた粉とか置いてあって、好きに使って良いらしいんだよ!
俺は燃えたね!
まずは残っているメフチの実のジャムにこの糖ブナの樹液を加えたらもっとお茶に入れたりパンケーキソースにしたりできるんじゃねえ?と思ったわけ。
ただ、メフチも糖ブナの樹液も一応薬効がある、いわゆる漢方みたいなもんだから、作りながら自分の体で試して味だけで無く無害である事を確かめつつ作らんとな、とは思った。
王子はじめ役職が有る方々は、一応暫定的な公的視察団となって村の案内をしてもらっているし、ソニスはお年寄りや病人がいる家を案内してもらっている。騎士さんたちは元気なちびっ子達に囲まれて大人気だ。この村すごく子だくさんなんだよ。
建物の前に馬が放しておける柵もあるから、みんなヨシヨシして飼い葉と水を与えて放してあげた。お疲れさん。また明日もよろしくな。たっぷり食って休め。
で、その後は皆さんが外回りから戻るまでに夕飯の仕込みをしておかないと。
多分、今日、明日辺りが俺がメシの支度するの最後かなあと思うんだ。
今まで好評だったモノをあれもこれもと作ってスペシャル・ダイ・セレクトで行くぜ!
その傍らで、メフチと糖ブナのソースを作る。甘さの具合は割と樹液を煮詰めたほうが良い感じで、樹液そのものをちょっとトロッとするまで煮込んでからメフチの実を加えて更に煮込む方が良いらしい。何度も味見しながら進める。だんだん良い感じになってきた。
皆さんが宿泊所に戻ってきたときには、テーブルいっぱいにあれこれを並べてあとは煮込んだシチューを深皿によそえば良いだけだ。
どやどやと入ってきた皆さんに「お疲れさまー」と声をかけて厨房から出て行ったらみんながぎょっとした顔して「どうしたんだ、ダイ!」「おい、大丈夫か?」と指を差す。
何だろと思ったら、俺の胸元が血だらけで、えっと思って手でなぞったらボトボトと足下にもたれるほど鼻血が出ていた。
___________________________________
『近況』にも入れますが、本業が繁忙期に入ったので、明日アップする分までで一旦更新止まります。
なので、いつも以上に明日アップ分の字数多くなってます。いつも長くてすみません。今回も長い・・・。
シロートなもんでどうにも取捨選択ということがうまく出来ません。ご容赦を。
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ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
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彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
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