王子の宝剣

円玉

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第二章

#19 ワタシハ召喚者デス

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 帰りの足取りは軽かった。暗くもないし、何せ生い茂っていた森が途中まで無いから馬を置いていた場所まで来たときより相当早くたどり着けた。
ただ、王子はあの規模の浄化をこなしたので立っているのもやっとだったから皆に声がけしたあとはホランドさんと団長が交代でおんぶして運んでいた。
多分三日間くらいはずっと眠り通しになるのではとソニスが教えてくれた。だからあの無人の村になんとかたどり着いても王子が目覚めるまでは逗留することになるだろうと言う話だった。

馬の居る地点で一度キャンプを張り一晩過ごしたあと、無人の村に戻った。
井戸のある広場にまたキャンプを張る。勿論ソニスが井戸水の鑑定をして安全が保証され、それならばと久しぶりに焼きたてパンで皆さんを労いましょうかねと鉄鍋を熱し始め、それとは別にシチューも作り始め、半生の干し肉を串に刺し始めると、先輩達がアレ?と声を上げる。
「おいおい、今日こそはあのイノシシ魔獣のBBQじゃねえのかよ!それを楽しみにしてきたんだぜ」
「ダメです!アレを盛大に焼くのは殿下がお目を覚まされてからですよ!殿下より先に口にして良いと思っているんですか?何という不敬なッ!」
俺ははっきり言ってマジギレだった。え、そんなこと言うひと居るなんてシンジランナーイ!みたいな感じだった。お土産でもらった菓子だってまずは神棚と仏壇あげてからだろ!人間風情が神や仏より先に食って良いと思ってんのか!
「はぁ、前にも増してダイは殿下至上主義か」
「まぁ、無理もねえよ。実際アレを目の前で見せられちゃあな」
「でもダイのこれは異常。もう崇拝も超えて信仰になってるよな」
そんな先輩の言葉に、笑顔で大きく頷いたら引かれた。
ずっとお休み中とは思ったが、一応王子のテントにも夕飯を運んだ。途中で目を覚まされたときに一口でもと思って。そして、パンには以前摘んで煮込んでおいたメフチの実で作ったジャムも添えた。
あの実は疲労回復に効くと言うし。せめてもの気持ちですとナーノ様に託した。
討伐の時には、なんだか俺ナーノ様のこと怒らせてたんじゃ無いかと思っていたけど、この時には柔らかく微笑んで「ありがとう」と受け取ってくれた。
「きっと殿下も喜ばれることでしょう」

王子のテントから戻る途中で焚き火を囲んで陽気に歌いながら飲み食いしている先輩達の方にむかう。
途中のテントの中から「ダイ」と呼ぶ声が聞こえた。見ると団長がテントの入り口から半身だけ出して手招きしている。
団長のテントに入るとそこにはデュシコス様とルネス様が居た。
立礼をすると「ああ、まあ、堅苦しい挨拶はいい。座れ」とデュシコス様に着席を促された。俺は、失礼します、と一礼して座った。このテントの中も以前の王子のテントと同様空間魔法が施されている。
俺が着席するのを待ちきれないとばかりに尻が椅子に着くと同時にいきなり問われた。
「ダイ、お前、召喚者なのか」
俺はとっさに団長を見た。団長が頷いたので、ちょっと考えてから「そうです」と答えた。
「ですが、本来召喚されたのは私ではありません。私は巻き込まれて来てしまっただけです。なので厳密に言うと召喚者と思われることには抵抗があります。」
「実はな、ルネスの杖にはめ込まれているこの石は、一日分の様子を記録できるようになっている。遠征の様子を中央に送り、間違いなく討伐したというのを証明するのと、その討伐ごとに殊更に活躍した隊員がいた場合王太子殿下直々に報奨を下されると言う意図で」
ほえ、すごいな。一日分の動画が記録できるのか、あの石に。何ギガに当たるんだろう・・・などと考えてしまった。ん?王太子殿下直々?
「此度のお前の働きはいささか希有であった。中央がコレを見たら間違いなく不審に思うだろう。故に召喚者か、と訊いたのだ。あるいは転生者でも然り。」
「希有?俺・・・私がですか?」一同がほぼ同時に大きく頷いた。
「普通はロックグリズリーを10体いっぺんに消し炭にはできない。それはもはや特殊能力だ。」
「あぁ、あのとき俺・・・私はもう色々と限界で・・・。おそらくずっとつきまとっていた細かい虫みたいな小魔物達にずっと煩わされていたからイライラがたまってカーッとしてしまい・・・。結果、隊規にもとる行動を取りましたこと猛省しております。」
俺は立ち上がり深々と頭を下げた。デュシコス様は手で座れと命じため息をつく。
「まあ、隊規云々はこの際どうでも良い。それよりも、今後お前は『召喚者』と言うことにしておけ。まあ微妙ないきさつがあるようだが、此度のコレで、お前が望む望まぬに関わらず注目は集めてしまうだろう。特段注目されることも無く、一騎士団員として淡々と職務に励み、一日の終わりを美味い酒場で羽目を外すのがせめてもの気晴らし、などというような未来はもう無いと思え」
「ええっ?」
高貴な子供にしてはやけにくたびれた大人事情に明るいのはともかく、そんな未来はもう無いってどういうこと?
「あの、一応確認させていただきたいのですが、私は今後も第一騎士団に在籍させていただけるのですよね?入団試験に合格したことは取り消しにはなりませんよね?」
「取り消しにはならない。俺としては受け入れたい。」
団長が渋い声で言った。え、なにその不安をあおる答え。第一騎士団じゃ無くなる可能性もあるって事?数秒間頭がぐるぐるしたあと、はたと思い至る。
「あ、ではその、『召喚者』であるというスタンスで行けば今までと同様にしておいてもらえる感じなのでしょうか」
「そんな訳あるか」
「ただ、中央がお前を『正体不明の危険人物』視はしなくなる、ということだ。召喚者ならばあのような図無しな能力を持っていてもおかしくは無い。だが、遠い外国で過ごしていたポッと出の田舎者がこのスキルってのが無駄なかんぐりを生むって事だ。ましてやエレオノール殿下のお気に入りとなれば王妃派の連中が穏やかじゃ無いだろう。」
「そんな、団長、何を仰ってるんですかッ!」俺はとっさに頬に両手を当てた。
「そ、そんな、俺が、その・・・殿下のお気に入りだなんて!」
「そっちか!」
「そっちに食いついたか!」
「お前は私の言っていることの重要さが分かっていないだろう!もうホントお前むかつく!」
なぜかデュシコス様は突っ伏して片手でテーブルをバンバン叩いた。だが俺の頭の中は。エレオノール殿下のお気に入り・・・殿下のオキニイリ・・・オキニイリ・・・デンカノ・・・。
ああ、この言葉だけであと三日くらいはふわふわしていられそう。えへへ。
「ふわふわするなっ!」
両手でテーブルを叩いてデュシコス様が立ち上がった。俺はハッと我に返り、そしてビビった。造形だけで言えば角度によってはエレオノール殿下に似ていないことも無い美少年が般若のごとき表情で微妙にプルプルしていたから。
「も、申し訳ありません・・・。」
「とにかく、今後はお前は誰かに『召喚者か?』と訊かれたらそうだと答えろ。別に自分から吹聴する必要は無いが」
「わ・・・ワカリマシタ・・・」

外に出たら薪の周りで盛り上がっている一団がいた。
見たら例によって何人かの先輩達がソニスに酒を勧めていた。ソニスは必死に断るが。
「いいじゃんいいじゃん、酔い潰れたら俺が運んで鼻チュッチュしてあげるからぁ~」
ビルオッドさんはそう言いながら後ろからソニスに抱きついて肩越しにチューをしようと口をとがらせていた。なんたる破廉恥な!
カップを奪い取り注意をしようとしたら今度はなぜか俺の方が囲まれて飲め飲めとなみなみと注がれたカップを突きつけられた。
「ソニスたんの分もお前が飲めば許してやる。さあ飲め」
「何ですか、その許してやるってのは。許してもらわなきゃならないようなことなんて」
「うるせー!お前はスタンドプレーをした!それを反省しているなら飲め!」
コレには思わずウッと詰まった。いや、それは確かに。そして俺はとても反省もしている。ここはひとつ飲んで反省の気持ちを証明してみせるべきか。
「え・・・ちょ、ダイ?・・・あ、・・・あ・・・」
狼狽するソニスを他所に、俺は一気に飲み干した。
ふっ。どうよ。一瞬ぐらっときたが、うん・・・まあ・・・思ったより美味いな。このエールってヤツ。ただのビールじゃ無いんだ。フルーティ・・・?
あー、いやなんだ、なんだか無敵な気分だ。カップをポイッと捨てた。
おぉーっ!と先輩達が拍手喝采。いやいや、コレで驚かれては困りますよ皆の衆。
俺の反省はこんなもんじゃ無いんですから。
ちょっと引きつっているっぽいアロンさんの持っているカップも奪って飲み干した。
「だ、ダイ?おい、どうしたんだよお前。」
とかなんとか言っていたみたいだけど、何オロオロしてんの?と思ったら可笑しくなってなんか腹を抱えて笑った。なぜだかなかなか笑いが収まらなかった。
良いぞ良いぞとはやし立てられて気分が良くなり、俺は両手を挙げて先輩達に注目を促した。
「それでは、わたくしホンジョーダイスケ、皆様の無事のご帰還を祝って踊りますッ!」
歓声とともに沸き起こる拍手。
焚き火の周りに点在していた騎士さんたちが興味を持ったのか少しずつ寄ってきた。
それはいわゆるエアロビダンスというか、ハンドクラップという手拍子を交えたエクササイズと言うヤツで、一回俺が見本を見せたあと、なんちゃらブートキャンプよろしく指示口調で強制的に先輩にも同じ踊りをさせた。
軽くジャンプしながら片足ずつかかとを反対側の手で叩いたり。前側からと後ろ側から。サイドにステップを踏みながら天井を押し上げるように上に向かって肘の曲げ伸ばししてみたり。
勿論、曲は俺が口で「チャーラリラーパパチャリラリラー・・・」とか歌いつつ。
・・・うん。まあ、あとで思い出すとメッチャクチャ恥ずかしい。
先輩達、最初は渋っていたが言うことを聞かないと飯を食わせーん!と脅したら渋々一緒に踊り始めた。一人二人と増やして行くウチにだんだん残っているひとも踊りたくなったらしく結局キャンプファイアーよろしくみんなで焚き火を中心に円を描きグルグル進みながら踊った。盆踊りのようだった。そのようにみんなで飲んで騒いで踊った。
しかし、コレでこの踊りは意外にキツい。一人、また一人と脱落していった。気がついたらみんなテントに戻らず焚き火の傍で行き倒れのように眠っていた。

これって、祐一のお母さんとお姉さんがやっていて、「ちょっと見てみて」「大ちゃんも一緒にやりなよ」「みんなでやれば恥ずかしくないよ」と言われてやったダンスだ。
へっぴり腰な祐一や小母さんと比べ比較的まともだった俺に祐一達が「すごいよ大ちゃん、うまいうまい。」「やっぱ大ちゃん運動神経良いから何でもすぐできるんだ」とかおだてられて調子に乗った。あの当時祐一の家ではアレが一大ブームで行く度に、レッツエクササイズだった。でも確かに効果あったんだよ。アレのおかげで俺腹筋6パックスになったもんな。

翌朝、起きたときは焚き火の傍は見張りの獣人さん二人の他は誰も居なくて、ああ、みんなそれなりにテントに戻ったんだな、酔っ払いには帰巣本能があるってホントなんだなと思った。まあ、帰巣本能っていうんなら王都だろというのはおいておいて。
いや、それはともかく。
俺がもぞもぞとテントから出て行ったとき、あの見張りの二人がぱっと離れた。
「あ、いや、どうもすみません。俺のことはお気になさらず」
この二人は例の“番”と言われているカップルさん達だ。まあ、討伐も浄化も終えてホッとしているひとときに二人きりになったならそんなことも致し方なかろう。俺は気にしないから続けてくれという気持ちでそう言った。
片方は百発百中の吹き矢を見せたネコ系獣人のレヒコさん。ネコだけあって妙にコケティッシュでキュートなひとだ。ふわっとした大きめの耳が頭の上に並んでピンとしていて、後ろからその耳が立っている後頭部とか見ると無性に触りたくなる罪な姿だ。
先端だけ茶色になって外側にはねている白いセミロングの髪。耳の先にもちょっと茶色が差している。そして、やはり先端が茶色くなっているふさふさした尻尾。ちょっとつり上がった大きな緑の瞳はなんとなくいたずらっ子っぽいし、ピンク色の唇は無表情でも少し笑んでいるみたいに見える。
パートナーのテオフィノスさんは黒豹なんだそうだ。黒髪で浅黒い肌、そして金色の瞳、スレンダーだけど筋肉質でスラッと長身。所作も一つ一つ隙が無くて滑らか。めちゃくちゃかっこいい。このカッコよさにちょこんと付いている丸みを帯びた豹耳の愛らしさと長い黒い尻尾がたまらない。無愛想だけど仲間思いの生真面目なひとだ。
ひとつ参っちゃうのはすごくヤキモチ焼きな事かなあ。レヒコさんに話しかけるたびに結構鋭い視線を送られてビビる。食事の皿を渡すときもテオフィノスさんが俺から奪ってレヒコさんに手渡すくらいだ。

第2騎士団のメンバーは6人。一人は第2騎士団のリーダー、爬虫類系のシシャンブノスさん。爬虫類の中でも蛇なんだろうな。すごく色白で髪はグレー。目は赤い。ひょろっと長身でちょっと姿勢が悪い。どことなく研ぎ澄ましたアサシンの匂いがする。口数は少ないけどひどく判断が的確で色々とただ者じゃ無い。普段の動きは緩やかなのにある瞬間スイッチが入ると目にもとまらない早さで動く。
あと鳥系のひとと犬系のひとと、どう見ても普通に純然たる人間にしか見えない人が一人。俺は獣人さん達とも仲良くしたいんだけど、なんとなく距離を置かれている感じはする。もともと獣人は差別されていたらしくて、第一騎士団の先輩の中にもそういう意識が捨てきれない人も居る。それでもいざ現場で敵を前にしたときにはサクッと連携とれていたところはすごいんだけど。

俺はひとつの目標を立てた。
この遠征が終わるまでに・・・王都に着くまでの間に獣人さんにモフらせてもらうのだ !
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