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第二章
#17 夜のネルムドの森
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早朝、というよりまだ夜が明けきらない薄明の頃我々は起き出して手早く身支度をした。
朝食は、以前に作っておいて魔法袋に保管しておいた、すりつぶして濾したイモとカボチャのポタージュのようなドロドロしたものを配った。
流し込めば良いだけのものだ。あとは非常食を馬上で囓りながら進む。
馬はあの無人の村を出てほぼ6~7時間の地点に置いてきた。
馬の周りに幾重にも結界を施したうえで。
ここから先は徒歩で進む。こういうときに魔法袋のありがたみを心底感じる。
隊列はきっちり整列しているわけでは無いがなんとなく先頭集団に王子、ナーノ様、ホランド様とデュシコス様を先頭にした魔法使いさんたち。中堅の先頭はまず団長、そして第2騎士団の面々、後方集団にオルタンスさんを先頭にした第一騎士団とソニス・・・という感じに分かれている。
さっきから何度も黒いハチドリみたいな、あるいは小鳥のような形の虫みたいなものがブ~ンという羽音をたてて襲ってくる。
それらが近づく3分前くらいには俺が「来ます」と伝えてあるから、すかさず我々の一団がヤツらの射程圏に入る前には中堅に陣取っているネコ系獣人さんのレヒコさんが飛び出してきて次々と浄化玉の破片が仕込まれた吹き矢で落として行く。
取り逃したものはナーノ様が浄化玉のかけらを指パチンコで打ってヤツらを消す。す、すごい、ナーノ様。百発百中だ。もちろんレヒコさんも百発百中ですごいけど、でもナーノ様って・・・侍従だよね?・・・イヤ、お見それしました。ブルブル。
ああいう虫みたいな小さい魔物はただ瘴気が集まって濃くなったものが生き物みたいな形を作っているだけだからまあるく綺麗に生成されていないブロークンの浄化玉でもヒットすれば消滅してしまうんだそうだ。
「あ、またロックグリズリーが威嚇を発動しようとしています。」
「よし、カウントをとれ」
デュシコス様の指示に従い俺は20秒前からカウントを取る。「20秒」・・・「15秒」・・・「10、9、8、7、・・・・・・」とカウントを読み上げる。遠くから地鳴りが近づいて、森の木々のざわめきが押し寄せてくる。
ぶつかる直前に我々一行を魔方陣が包む。ルネス様が展開したシールドがロックグリズリーの放った強烈な威嚇を風を切るように後ろに流す。
シールドを張ってもらわなければ吹っ飛ばされるだけでなく意識障害も起こしてしまうと言うことだからすごい威力だ。こういうのは剣で太刀打ちするのが難しく魔法使いさんが本当に頼りになる。
既にロックグリズリーたちは我々一行が近づいていることを気づいている。そしてポイントに近づけたくないのだ。
おそらく昨日見た、ポイントから頭のてっぺんが見え始めていたあの魔獣を完全に出してしまいたいのだと思う。
アレは何なのだろうか。それよりもアレが出てくる脇の隙間からさっきのハチドリみたいな細かいのがたくさん飛び出してきている。
もっとうんと小さいのも居たら俺の索敵には引っかからないかもしれない。
よほど近づかない限りは。そうすると対応が間に合うか不安だから、一応それは王子やデュシコス様、団長に伝えておいた。
無人の村を出発してからこっち、進みながら俺は小まめに索敵しているのだが、明らかに昨日よりポイント周辺の魔物がかなりの賑わいになってきている。賑わいってのも変な表現だが、そんな感じなんだよ。
大小様々だし、昨日見たロックグリズリーもステュムパリデスもゲイザーも倍以上に増えている。
昨日居なかったモノも居る。
既に周辺の森には瘴気が漂っていて、どことなく空気全体が淀んでいる。
木々が黒ずんで弱っているのが分かる。所々は完全に朽ちている。
進むにつれその割合が増えてくる。森が痛々しいのはなんだかつらいな。
この国には余り極端な四季の温度差が無く比較的温暖と言うことだ。それでも山岳地帯ともなると王都よりはずっと朝夕の冷え込みが堪えるけれど、地面に雑草くらいは普通にあるはずが、ほとんどしおれて腐りかけている。瘴気は少し重いのか下に下に澱むらしいから先に足下からその被害がでるのだろう。
我々の対瘴気策としては結界魔石と状態異常回避の魔力玉を持たせてもらっている。それでなんとか体に取り込まずにすんでいるが。
「ゲイザーが数十体、沢山の紅いコウモリを引き連れて飛んできます。到着まで3分です。」「紅いコウモリって・・・、」
「名称は俺分からないんですが、目と口と耳の中と翼の内側が紅いです。その部分は熱が高くて、あと口と目から熱線が出せるようです。故に氷結攻撃に弱いです。」
「そんなことも分かるのか。」
「ちょっとした鑑定眼だな」
獣人さん達がちょっとざわついた。基本、獣人さんの方が人間よりは若干索敵スキルは高めなんだけど、さすがに対処法まではわからないのか・・・。
そうなんだよな。剣を握って集中すると見えるだけで無く、こういった情報も一緒に頭に入ってくる。自分でもなんだか変な感覚だ。
「水属性魔法を乗せられる者達は氷の結晶を練って準備しろ。」
団長の指示が飛ぶ。
そして、水属性を持たない騎士達は一斉に魔法袋から弓を取り出して矢をつがえる。
矢はゲイザーを射る為のものだ。鏃が浄化石でできている。
「ゲイザー射程圏内に入りました!」と俺が言った先から背後から矢を放った風切り音が耳をかすめる。そして禍々しいゲイザー達の叫び声が前方彼方から聞こえる。
直後、紅コウモリ達の熱線がこちらに無数に放たれる。展開される防御魔方陣。そして氷結魔法をまとった何振りもの剣のエネルギーが紅コウモリ達の群れをなぎ払う。
取りこぼした相手は対応できるものが即座に討つ。
「今襲ってきた一陣はもうほぼ全部片付きました。死にかけのモノが2体逃げていきましたがまもなく落ちると・・・。あ、空中で黒煙となって消えました。」
俺が言うと皆一斉にホッと息を吐く。
「この辺あたりだとまだ敵は主に前方からしか来ないから楽だな。」
団長の声がする。楽?楽なんだ、コレで。
気がつけば日が傾いてきていた。この先は更にポイントに近づくししかもどんどん暗くなる。そしておそらく徹夜での行軍になる。かなりの緊張感だ。
デュシコス様はあたりを見回しながら、王子は真っ直ぐ前だけを見て進んでいる。
きっと、ただ、ただ、瘴気だまりの気配に意識を集中しながら歩いておられるのだろう。
そのうちゴソゴソと何かを取り出して口に運んだ。非常食を囓りながら歩いているのだ。
見るとパールホワイトのローブがあちこち汚れている。
真っ直ぐ前を見る目に恐れや迷いはかけらも無い。
きっといつものことなのだろう。いつもこうやって浄化の為に遠征に出るのだ、と思った。
ふと王子の眼がこちらを見た。目が合う。暗闇に浮かぶ月のようだ。
「殿下、お疲れではありませんか?」
「いや、私は大丈夫。あなたは?ずっと緊張しっぱなしでしょう?」
「とんでもない。どうと言うこともありません。私はずっと索敵ばかりをして、退治は皆さんがほとんどしてくださるので、もっと自分も暴れたいくらいです。」
その言葉を聞くと王子は眼を細めて、ふふっと笑い「あなたらしい」と柔らかく仰った。
その笑顔だけで減ったMPも全快です。ポーションいらず!コスパ最強ですよ!
というか、実際には俺、ちっともHPもMPも減ってる感じしないけど。
気のせいかもしれないけどむしろ上がってる気がするんだよな。傍にソニスが居ないから確かめられないけど。
王子はビスケットと干し肉を囓ったあと手のひらの僅か上に、ふよふよ浮かぶ水の塊を出してそれを飲んだ。ふと思い出したように俺を振り返り、手を俺の鼻先に差し伸べ、水の玉をふわふわ浮かべて「あなたもどうぞ」と微笑んだ。
思わずガバッと食らいついて口の周りをびしゃびしゃにしてしまう。袖で拭きながら幸せの味をかみしめた。「ごちそうさまです」礼を述べる俺の声はこの状況で不謹慎だろっちゅうくらいにはきっとヘラヘラしてしまっていたんだろう。
突然側頭部に衝撃を感じてそちらを見るとむっとしたデュシコス様に、杖で殴られたらしい。「だらしない顔をするな!集中しろ!」と叱られてしまった。
背後から忍び笑いが聞こえた。あれは多分団長だ、と思って振り返ったら団長だけで無く真後ろに居たホランドさんも笑いをこらえていた。
ホランドさんの隣に居たナーノ様はなぜかすわった目をしていたが・・・。なぜ?
刻一刻と暗くなる森の中で、一応みんな懐中電灯代わりの魔石もあるが、基本的には各自神経を研ぎ澄ませて索敵をしながら歩みを進める。
気がつけばもう隣に居る人の顔も見えなくなってきている。
その中で、前方左右から伸びてくるものの気配を察知。集中する。
遠くからやってくると言うよりは今まで休眠状態だったモノが我々が近づいたことで目覚めた感じだ。
「3時および10時の方向から植物系魔獣が伸びて来ます、それぞれ一体ずつですが、幹も別れていて無数の枝が有るので本体を見極めるのが困難です。あ、地面から根が潜って来ます。根にはトゲが有り麻痺の毒素が含まれます。根の到着までは40秒」
「本体と急所は分かるか」
身構える皆さんの気配を感じつつグッと集中する。
俺が見つけたと同時に獣人さんのリーダー的存在である爬虫類系獣人のシシャンブノスさんが「本体はコレだ!」と言って矢をつがえ鏃に炎を纏わせて射る。最初は右側の。次いで左側の。
本体が分かったものの急所に刺さったわけではないので、射られた樹は怒りで枝を広げ、覆い被さる攻撃を加えてくる。同時に根を伸ばして一気に襲いかかる。一斉に皆が声を掛け合い鎮圧に動く。
ただ、シシャンブノスさんが本体に火をつけたからそれが暗闇の中で目印となってくれて他の騎士達も次々と矢を放ったりして相手を嫌がらせた。あれだけ嫌がるって事は急所の近くなんだ。
その目印めがけて王子が光の魔法を放つ。光は魔物の中に入り込みうっすらと発光を始める。暗闇の中でその発光体は標的として目立ち、枝や根が走ってくるのが可視化された。
こうなると暗闇の中でどこから末端が襲ってくるか分からないストレスからは解放される。
デュシコス様が結界を纏いながら飛び出し、王子がそれに身体強化をかける。好戦的な美少年魔法使いは風刃で太めの枝もバッサバッサ伐り落として行く。
王子の傍ではナーノ様が細身の片刃ダガーを両手に二刀流で次から次へと王子に近づく枝葉を落としている。その合間に足下に伸びる根も仕留めている。素早さが半端ない。しかも侍従の洗練された所作のうえ無表情。この人何者なんだ!
他の面々も物理でも魔法でも枝や根を伐り落としてゆく。視界が悪いものの、可視化されているから対応は容易になっているが、しかし、きりが無い。
本体の急所を見つけないとただの消耗戦となり不利だ。
そういえば騎士や魔法使いは能力の程度の差こそあれほぼ皆索敵ができるが、唯一神官であるソニスは治癒係であり戦闘要員でない分索敵はあまり得意とはいえない。
みんなの気配は感じるものの暗すぎて個別認識まではできない状態で、俺はソニスが気になり根や枝を伐りながら見えないのを承知で後ろを振り返った。
そのとき後方集団の背後、遠い左右の上空から何かが急接近するのを感じてそれを叫んだ。「後方4時と8時の遙か上空からステュムパリデスが急接近中。あと1分!そして前方からイノシシ型の魔獣5頭接近中。あと1分!」
それに続いて閃きのようにある情報が降りてくる。
「植物系魔獣の急所は一番下の幹のわかれ目です。真上から雷を!」
すぐにデュシコス様とヨルントさんが風魔法を纏って上空に飛ぶ。王子は二人をめがけて伸びる枝を防御しつつ身体強化をかける。
上空から二人は雷を放ち木の股の急所を仕留める。ぐぉぉぉぉんという叫びのようなくぐもった轟音が響いて末端が暴れ幹の中心部分から黒煙化し始める。
足下の地面を持ち上げて鞭のようにしなりながら木の根がもんどり打ち、皆足を取られる。それに枝が叩きつけるように覆い被さって無数の葉がカミソリのように皮膚を切り裂く。
団長始め、雷撃が使える先輩が太めの根に剣を突き立て雷を通して動きを封じる。直前ルネス様が皆のカラダに絶縁魔法をかけて感電を回避する。阿吽の呼吸だった。
俺は急いで後方を向いて剣を抜いた。
ステュムパリデスは、嘴・翼・爪が青銅でできている。剣は鋼だ。
つまり溶融点が青銅よりも高い。それが青銅器文明が鉄器に取って代わられた要因だ。
金属の強度はほぼ溶融点の高さと比例する。
俺はイメージを高め自身の握っている剣の刃に炎を纏わせ一気に温度を上げてから青銅の翼を持つ鳥に向け振り放った。真っ赤だった炎が次第に橙、黄色、そして白に変わったと同時に放つ。
真っ白な火球は細い尾を引いて一体のステュムパリデスにヒットした。それは叫びを上げてもがくように羽ばたくと羽も嘴もドロドロと溶けて落下を始めた。
もう一体にも同様に振り放つ。逃げに入った鳥を、弧を描きながら火球が追う。それがヒットし上空が明るくなったときにソニスが第一騎士団の先輩達に守られながら皆が負った傷に向けヒールを放っている姿が見えた。
振り返ると前方から突進してくるイノシシ型の魔獣に向けて第二騎士団の前面側に居た3人が強弓を放ったところだった。
イノシシ型魔獣は眉間に深く矢を受け、絶命もしくは意識がなくなっていても突進し続ける。
俺はブーメラン型の大きな風刃をイメージして剣の魔力を高めた。突進してくるイノシシ魔獣に向け放つ。
回転しながら光速で疾駆するブーメラン風刃は次の瞬間には魔獣の体を真っ二つにし、ブーメランらしく軌道を変えて立て続けに他の固体も全て真っ二つにした。
変な高揚感が俺の体の芯を震わせた。全身の毛穴が開くような、腹の奥から何かがこみ上げるかのようなぞわぞわする限りなく不快感に近い快感のような。
「・・・ダイ・・・?」
甘い声に名を呼ばれ繊細な手が腕に触れた。俺はハッと我に返った。
どうも俺はトンでいたらしい。
周りを見回し後ろを振り返ると、みんな目を瞠って俺を見ていた。
「・・・お前・・・」
先輩達の方からそんな言葉が聞こえたところで、慌てて俺はそれを遮った。
「あ、あのっ、スミマセン!」
この隊の指揮官は王子のはずなのになぜか俺は最年少のデュシコス様にへつらいながら訊ねた。
「倒した魔獣は持ち帰っても良いでしょうか。還りの野営でBBQ・・・」
と言いかけたところでデュシコス様の杖がポコンと俺の頭を殴った。
「す、スミマセン・・・」
でも後ろの方に居た先輩達が一瞬歓喜の目をギラつかせていたのは、夜目の闇の中でも十分見えたぜ。
デュシコス様はまだ青い。だから分からないかもしれないけど、大人になると“目の前のにんじん効果”は馬鹿にならないんスよ。
朝食は、以前に作っておいて魔法袋に保管しておいた、すりつぶして濾したイモとカボチャのポタージュのようなドロドロしたものを配った。
流し込めば良いだけのものだ。あとは非常食を馬上で囓りながら進む。
馬はあの無人の村を出てほぼ6~7時間の地点に置いてきた。
馬の周りに幾重にも結界を施したうえで。
ここから先は徒歩で進む。こういうときに魔法袋のありがたみを心底感じる。
隊列はきっちり整列しているわけでは無いがなんとなく先頭集団に王子、ナーノ様、ホランド様とデュシコス様を先頭にした魔法使いさんたち。中堅の先頭はまず団長、そして第2騎士団の面々、後方集団にオルタンスさんを先頭にした第一騎士団とソニス・・・という感じに分かれている。
さっきから何度も黒いハチドリみたいな、あるいは小鳥のような形の虫みたいなものがブ~ンという羽音をたてて襲ってくる。
それらが近づく3分前くらいには俺が「来ます」と伝えてあるから、すかさず我々の一団がヤツらの射程圏に入る前には中堅に陣取っているネコ系獣人さんのレヒコさんが飛び出してきて次々と浄化玉の破片が仕込まれた吹き矢で落として行く。
取り逃したものはナーノ様が浄化玉のかけらを指パチンコで打ってヤツらを消す。す、すごい、ナーノ様。百発百中だ。もちろんレヒコさんも百発百中ですごいけど、でもナーノ様って・・・侍従だよね?・・・イヤ、お見それしました。ブルブル。
ああいう虫みたいな小さい魔物はただ瘴気が集まって濃くなったものが生き物みたいな形を作っているだけだからまあるく綺麗に生成されていないブロークンの浄化玉でもヒットすれば消滅してしまうんだそうだ。
「あ、またロックグリズリーが威嚇を発動しようとしています。」
「よし、カウントをとれ」
デュシコス様の指示に従い俺は20秒前からカウントを取る。「20秒」・・・「15秒」・・・「10、9、8、7、・・・・・・」とカウントを読み上げる。遠くから地鳴りが近づいて、森の木々のざわめきが押し寄せてくる。
ぶつかる直前に我々一行を魔方陣が包む。ルネス様が展開したシールドがロックグリズリーの放った強烈な威嚇を風を切るように後ろに流す。
シールドを張ってもらわなければ吹っ飛ばされるだけでなく意識障害も起こしてしまうと言うことだからすごい威力だ。こういうのは剣で太刀打ちするのが難しく魔法使いさんが本当に頼りになる。
既にロックグリズリーたちは我々一行が近づいていることを気づいている。そしてポイントに近づけたくないのだ。
おそらく昨日見た、ポイントから頭のてっぺんが見え始めていたあの魔獣を完全に出してしまいたいのだと思う。
アレは何なのだろうか。それよりもアレが出てくる脇の隙間からさっきのハチドリみたいな細かいのがたくさん飛び出してきている。
もっとうんと小さいのも居たら俺の索敵には引っかからないかもしれない。
よほど近づかない限りは。そうすると対応が間に合うか不安だから、一応それは王子やデュシコス様、団長に伝えておいた。
無人の村を出発してからこっち、進みながら俺は小まめに索敵しているのだが、明らかに昨日よりポイント周辺の魔物がかなりの賑わいになってきている。賑わいってのも変な表現だが、そんな感じなんだよ。
大小様々だし、昨日見たロックグリズリーもステュムパリデスもゲイザーも倍以上に増えている。
昨日居なかったモノも居る。
既に周辺の森には瘴気が漂っていて、どことなく空気全体が淀んでいる。
木々が黒ずんで弱っているのが分かる。所々は完全に朽ちている。
進むにつれその割合が増えてくる。森が痛々しいのはなんだかつらいな。
この国には余り極端な四季の温度差が無く比較的温暖と言うことだ。それでも山岳地帯ともなると王都よりはずっと朝夕の冷え込みが堪えるけれど、地面に雑草くらいは普通にあるはずが、ほとんどしおれて腐りかけている。瘴気は少し重いのか下に下に澱むらしいから先に足下からその被害がでるのだろう。
我々の対瘴気策としては結界魔石と状態異常回避の魔力玉を持たせてもらっている。それでなんとか体に取り込まずにすんでいるが。
「ゲイザーが数十体、沢山の紅いコウモリを引き連れて飛んできます。到着まで3分です。」「紅いコウモリって・・・、」
「名称は俺分からないんですが、目と口と耳の中と翼の内側が紅いです。その部分は熱が高くて、あと口と目から熱線が出せるようです。故に氷結攻撃に弱いです。」
「そんなことも分かるのか。」
「ちょっとした鑑定眼だな」
獣人さん達がちょっとざわついた。基本、獣人さんの方が人間よりは若干索敵スキルは高めなんだけど、さすがに対処法まではわからないのか・・・。
そうなんだよな。剣を握って集中すると見えるだけで無く、こういった情報も一緒に頭に入ってくる。自分でもなんだか変な感覚だ。
「水属性魔法を乗せられる者達は氷の結晶を練って準備しろ。」
団長の指示が飛ぶ。
そして、水属性を持たない騎士達は一斉に魔法袋から弓を取り出して矢をつがえる。
矢はゲイザーを射る為のものだ。鏃が浄化石でできている。
「ゲイザー射程圏内に入りました!」と俺が言った先から背後から矢を放った風切り音が耳をかすめる。そして禍々しいゲイザー達の叫び声が前方彼方から聞こえる。
直後、紅コウモリ達の熱線がこちらに無数に放たれる。展開される防御魔方陣。そして氷結魔法をまとった何振りもの剣のエネルギーが紅コウモリ達の群れをなぎ払う。
取りこぼした相手は対応できるものが即座に討つ。
「今襲ってきた一陣はもうほぼ全部片付きました。死にかけのモノが2体逃げていきましたがまもなく落ちると・・・。あ、空中で黒煙となって消えました。」
俺が言うと皆一斉にホッと息を吐く。
「この辺あたりだとまだ敵は主に前方からしか来ないから楽だな。」
団長の声がする。楽?楽なんだ、コレで。
気がつけば日が傾いてきていた。この先は更にポイントに近づくししかもどんどん暗くなる。そしておそらく徹夜での行軍になる。かなりの緊張感だ。
デュシコス様はあたりを見回しながら、王子は真っ直ぐ前だけを見て進んでいる。
きっと、ただ、ただ、瘴気だまりの気配に意識を集中しながら歩いておられるのだろう。
そのうちゴソゴソと何かを取り出して口に運んだ。非常食を囓りながら歩いているのだ。
見るとパールホワイトのローブがあちこち汚れている。
真っ直ぐ前を見る目に恐れや迷いはかけらも無い。
きっといつものことなのだろう。いつもこうやって浄化の為に遠征に出るのだ、と思った。
ふと王子の眼がこちらを見た。目が合う。暗闇に浮かぶ月のようだ。
「殿下、お疲れではありませんか?」
「いや、私は大丈夫。あなたは?ずっと緊張しっぱなしでしょう?」
「とんでもない。どうと言うこともありません。私はずっと索敵ばかりをして、退治は皆さんがほとんどしてくださるので、もっと自分も暴れたいくらいです。」
その言葉を聞くと王子は眼を細めて、ふふっと笑い「あなたらしい」と柔らかく仰った。
その笑顔だけで減ったMPも全快です。ポーションいらず!コスパ最強ですよ!
というか、実際には俺、ちっともHPもMPも減ってる感じしないけど。
気のせいかもしれないけどむしろ上がってる気がするんだよな。傍にソニスが居ないから確かめられないけど。
王子はビスケットと干し肉を囓ったあと手のひらの僅か上に、ふよふよ浮かぶ水の塊を出してそれを飲んだ。ふと思い出したように俺を振り返り、手を俺の鼻先に差し伸べ、水の玉をふわふわ浮かべて「あなたもどうぞ」と微笑んだ。
思わずガバッと食らいついて口の周りをびしゃびしゃにしてしまう。袖で拭きながら幸せの味をかみしめた。「ごちそうさまです」礼を述べる俺の声はこの状況で不謹慎だろっちゅうくらいにはきっとヘラヘラしてしまっていたんだろう。
突然側頭部に衝撃を感じてそちらを見るとむっとしたデュシコス様に、杖で殴られたらしい。「だらしない顔をするな!集中しろ!」と叱られてしまった。
背後から忍び笑いが聞こえた。あれは多分団長だ、と思って振り返ったら団長だけで無く真後ろに居たホランドさんも笑いをこらえていた。
ホランドさんの隣に居たナーノ様はなぜかすわった目をしていたが・・・。なぜ?
刻一刻と暗くなる森の中で、一応みんな懐中電灯代わりの魔石もあるが、基本的には各自神経を研ぎ澄ませて索敵をしながら歩みを進める。
気がつけばもう隣に居る人の顔も見えなくなってきている。
その中で、前方左右から伸びてくるものの気配を察知。集中する。
遠くからやってくると言うよりは今まで休眠状態だったモノが我々が近づいたことで目覚めた感じだ。
「3時および10時の方向から植物系魔獣が伸びて来ます、それぞれ一体ずつですが、幹も別れていて無数の枝が有るので本体を見極めるのが困難です。あ、地面から根が潜って来ます。根にはトゲが有り麻痺の毒素が含まれます。根の到着までは40秒」
「本体と急所は分かるか」
身構える皆さんの気配を感じつつグッと集中する。
俺が見つけたと同時に獣人さんのリーダー的存在である爬虫類系獣人のシシャンブノスさんが「本体はコレだ!」と言って矢をつがえ鏃に炎を纏わせて射る。最初は右側の。次いで左側の。
本体が分かったものの急所に刺さったわけではないので、射られた樹は怒りで枝を広げ、覆い被さる攻撃を加えてくる。同時に根を伸ばして一気に襲いかかる。一斉に皆が声を掛け合い鎮圧に動く。
ただ、シシャンブノスさんが本体に火をつけたからそれが暗闇の中で目印となってくれて他の騎士達も次々と矢を放ったりして相手を嫌がらせた。あれだけ嫌がるって事は急所の近くなんだ。
その目印めがけて王子が光の魔法を放つ。光は魔物の中に入り込みうっすらと発光を始める。暗闇の中でその発光体は標的として目立ち、枝や根が走ってくるのが可視化された。
こうなると暗闇の中でどこから末端が襲ってくるか分からないストレスからは解放される。
デュシコス様が結界を纏いながら飛び出し、王子がそれに身体強化をかける。好戦的な美少年魔法使いは風刃で太めの枝もバッサバッサ伐り落として行く。
王子の傍ではナーノ様が細身の片刃ダガーを両手に二刀流で次から次へと王子に近づく枝葉を落としている。その合間に足下に伸びる根も仕留めている。素早さが半端ない。しかも侍従の洗練された所作のうえ無表情。この人何者なんだ!
他の面々も物理でも魔法でも枝や根を伐り落としてゆく。視界が悪いものの、可視化されているから対応は容易になっているが、しかし、きりが無い。
本体の急所を見つけないとただの消耗戦となり不利だ。
そういえば騎士や魔法使いは能力の程度の差こそあれほぼ皆索敵ができるが、唯一神官であるソニスは治癒係であり戦闘要員でない分索敵はあまり得意とはいえない。
みんなの気配は感じるものの暗すぎて個別認識まではできない状態で、俺はソニスが気になり根や枝を伐りながら見えないのを承知で後ろを振り返った。
そのとき後方集団の背後、遠い左右の上空から何かが急接近するのを感じてそれを叫んだ。「後方4時と8時の遙か上空からステュムパリデスが急接近中。あと1分!そして前方からイノシシ型の魔獣5頭接近中。あと1分!」
それに続いて閃きのようにある情報が降りてくる。
「植物系魔獣の急所は一番下の幹のわかれ目です。真上から雷を!」
すぐにデュシコス様とヨルントさんが風魔法を纏って上空に飛ぶ。王子は二人をめがけて伸びる枝を防御しつつ身体強化をかける。
上空から二人は雷を放ち木の股の急所を仕留める。ぐぉぉぉぉんという叫びのようなくぐもった轟音が響いて末端が暴れ幹の中心部分から黒煙化し始める。
足下の地面を持ち上げて鞭のようにしなりながら木の根がもんどり打ち、皆足を取られる。それに枝が叩きつけるように覆い被さって無数の葉がカミソリのように皮膚を切り裂く。
団長始め、雷撃が使える先輩が太めの根に剣を突き立て雷を通して動きを封じる。直前ルネス様が皆のカラダに絶縁魔法をかけて感電を回避する。阿吽の呼吸だった。
俺は急いで後方を向いて剣を抜いた。
ステュムパリデスは、嘴・翼・爪が青銅でできている。剣は鋼だ。
つまり溶融点が青銅よりも高い。それが青銅器文明が鉄器に取って代わられた要因だ。
金属の強度はほぼ溶融点の高さと比例する。
俺はイメージを高め自身の握っている剣の刃に炎を纏わせ一気に温度を上げてから青銅の翼を持つ鳥に向け振り放った。真っ赤だった炎が次第に橙、黄色、そして白に変わったと同時に放つ。
真っ白な火球は細い尾を引いて一体のステュムパリデスにヒットした。それは叫びを上げてもがくように羽ばたくと羽も嘴もドロドロと溶けて落下を始めた。
もう一体にも同様に振り放つ。逃げに入った鳥を、弧を描きながら火球が追う。それがヒットし上空が明るくなったときにソニスが第一騎士団の先輩達に守られながら皆が負った傷に向けヒールを放っている姿が見えた。
振り返ると前方から突進してくるイノシシ型の魔獣に向けて第二騎士団の前面側に居た3人が強弓を放ったところだった。
イノシシ型魔獣は眉間に深く矢を受け、絶命もしくは意識がなくなっていても突進し続ける。
俺はブーメラン型の大きな風刃をイメージして剣の魔力を高めた。突進してくるイノシシ魔獣に向け放つ。
回転しながら光速で疾駆するブーメラン風刃は次の瞬間には魔獣の体を真っ二つにし、ブーメランらしく軌道を変えて立て続けに他の固体も全て真っ二つにした。
変な高揚感が俺の体の芯を震わせた。全身の毛穴が開くような、腹の奥から何かがこみ上げるかのようなぞわぞわする限りなく不快感に近い快感のような。
「・・・ダイ・・・?」
甘い声に名を呼ばれ繊細な手が腕に触れた。俺はハッと我に返った。
どうも俺はトンでいたらしい。
周りを見回し後ろを振り返ると、みんな目を瞠って俺を見ていた。
「・・・お前・・・」
先輩達の方からそんな言葉が聞こえたところで、慌てて俺はそれを遮った。
「あ、あのっ、スミマセン!」
この隊の指揮官は王子のはずなのになぜか俺は最年少のデュシコス様にへつらいながら訊ねた。
「倒した魔獣は持ち帰っても良いでしょうか。還りの野営でBBQ・・・」
と言いかけたところでデュシコス様の杖がポコンと俺の頭を殴った。
「す、スミマセン・・・」
でも後ろの方に居た先輩達が一瞬歓喜の目をギラつかせていたのは、夜目の闇の中でも十分見えたぜ。
デュシコス様はまだ青い。だから分からないかもしれないけど、大人になると“目の前のにんじん効果”は馬鹿にならないんスよ。
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※DLsite様でCG集販売の予定あり
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