王子の宝剣

円玉

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第二章

#15 こちらの世界の祐一

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  翌朝、俺は早めに起きて皆さんの朝食の仕込みをした。
次々とテントから出て水場で身繕いをしてる先輩たちに挨拶をする。
実はある人が現れるのを待っていた。

その人は青年魔法使いのルネス様。
実は。
夕べ俺が王子のテントから退出して、つけ込んでおいた食器類を洗おうとしたらどこにも無い!
王子のテントで話をしている間にルネス様が生活魔法で片付けてくれたらしい。
すぐにお礼を、と思ったのが、すでにもうそのときには見張りの先輩たちを残して皆さんそれぞれのテントに入ってしまっていた。
なので、朝お礼を言おうと思っていたのだ。

まずは騎士たちとともに王子の侍従ナーノ様が現れた。そしてソニス様が続く。
なぜかソニス様は俺を見るなり慌てて駆け寄って来た。
「ダイ、あ・・・あの、夕べは、私なにかご迷惑おかけしたみたいで、すみません。・・・その、覚えてないのですが・・・。ヨルント様から伺って・・・。」
「いえ、迷惑なんて事はありません。でも、お酒は・・・ほどほどになさった方が・・・。」
思わず苦笑してしまったら途端にソニス様は真っ赤になってひたすら謝ってきた。
覚えてないけど、酔った自分がどうなるのかは人伝でご存じのようだ。
あまりにくよくよしている様子なので途中からはひたすら慰めた。

そうこうしているうちに最後に魔法使いさんたちも現れた。
彼らは清浄魔法が使えるから水場に出てきて身繕いはしないんだな。
既にそのときは俺は皆さんの朝食を焼いたり盛ったり注いだり配ったりでバタバタしていてルネス様が出てきてすぐにお礼を、という状態では無くなってしまった。
ただ、食事を配るときになんとか伝えることができた。
「いや、気にしなくていいよ、そのくらい。それより夕べのシチューも君が作ったんだろ?焼きたてパンはもちろん絶品だったけど、あれもすごく美味しかったよ。遠征の途中、野営であんなに美味しいものが食べられるのはありがたいよ。今朝の食事も美味しそうだね。君の焼くその厚焼きビスケットは毎朝でも飽きないね。」
気さくな方でホッとした。伯爵様だということだし、そんなお方に雑用をしていただいてしまったのかとかなりビビっていたんだけど。
スクランブルエッグとあぶったビスケットをちょっとおまけしてさしあげた。
因みにナーノ様から“鼻チュッチュ”の件を聞いたビルオッドさんたちは「そーかそーか、鼻チュッチュか。紳士で何より。お前とは良い信頼関係が築けそうだ。」とか言って比較的機嫌がよかったからふわふわパンケーキはやめた。
スクランブルエッグ以外に卵を使わなくてよくなったのでちょっとホッとした。

そうそう、もちろん王子のお皿は薬草茶とともに一番最初にテントまでお持ちした。入り口でナーノさんに手渡しただけだけど。

そこから先の行程は、一旦荷車も通れそうな商人道に出るものの、また途中から悪路が続くことになる。
森の中を進んでいると、途中、所々に赤い実をつけた枝が頭上に伸びてきていた。
馬の背に乗っているからこそ届きそうな位置だ。ふと見たら、団長が手を伸ばしてむしって口に運んだ。
思わず俺は団長のいる位置まで走って追いつき「その実は食べられるんですか?」と訊いた。
「あぁ、実の先っぽの色が紫になっているやつは美味いぞ。ただし、ちょうどいいやつじゃ無いと渋いわ酸っぱいわ腹を下すわで見極めが難しいんだ。俺は見極めの達人だから大丈夫だけどな。」
「え、あの、ああいうやつですか?先っちょの方の半分近く紫に色が変わっているヤツ」
訊きながら腕を伸ばしてむしり取って食べてみた。ほのかな酸味とわずかに感じる果実のクセみたいなものが広がるが基本的にはトロッと甘い。ここのところ果物というと先日のプラムもどき以来、ドライフルーツしか無かったから久しぶりに口にする生の甘い果物にすっかり魅了され、俺は次々とむしっては魔法袋にぶち込んでいった。
半分以上が紫になっているヤツは苦みとエグみが出て不味かった。一番美味しいのは3分の一くらいだとのこと。確かに見極めが難しいな。
後でこれを煮詰めてジャムも作ってみようか。朝食のビスケットに色を添えられる。
野営の食事は変化が乏しいからな。
ちなみにこのメフチの実は疲労回復と血流をよくして体を温める効果があるらしい。

そういえば、あれ以来俺はソニス様とずいぶんと仲良しになった。
道端にいい薬草や香草があるとソニス様が万が一の時のためにと摘んでいくので手伝いながら教えてもらったりする。
神殿はどこも施療院を兼ねているのでものすごく詳しい。勉強になる。
万が一というのは、瘴気だまりの育ちが早いと周辺の村に影響が出て村人が体調不良になっていたりする場合があったり、あるいは瘴気から発生した魔物が人を襲って怪我人がいるかもしれない事態など。
瘴気負けの体調不良は通常の病気とは違う薬草が必要らしいから、見つけたときにはできるだけ摘んでおきたいという事だった。
ソニス様と王子の治癒魔法で対応できるのだが、瘴気だまりのポイントに到着するまではできるだけ魔力を消耗しないようにということで、そこは薬草を大いに活用するということだ。
この瘴気負けに効く薬草というのはたまに群生しているところがあるのだけど、大抵今回通過しているようなあまり人の立ち入らない場所が多く、貴重なのだそうだ。
そういうことなら、と、俺が穴掘りする犬のような勢いで掘り返しまくって採取して来たら、すごくうれしそうに相好を崩して「ありがとう」って言ってくれたので、何か有用な薬草を見つけたりしたときは張り切って採取を手伝うようになった。
人に感謝されるってうれしいよな。

薬草摘みを手伝ったお礼と言うことで、ソニス様はより分けながら手元の薬草に関する知識もだけど、それ以外にも色々なこと、そして何より文字を教えてくれた。
俺は遠い外国から来た事になっているので文字の読み書きが不自由なのだと言ってもさほど不審に思われないはずだと思っていた。
だがごまかせていると思っていたのは実はこっちだけで、後で聞いたらソニス様はほとんど最初の頃には俺が異世界人だとは気づいていたのだった。
そりゃそうだよな。高度な鑑定眼があるんだから、素性はわかってしまうよな。
でも誰にも喋らないでいてくれた。
きっと俺には特殊な事情があって秘密なんだろうと思ったらしい。
なんて気配りのできる人なんだ!ソニス様!

まあ、そんなわけで必然的に一緒にいて話す時間が増える。
ビルオッドさんたちはハンカチーフを食いちぎらん勢いで悔しがる。表現古いが。
ふっ・・・。酒の力を借りて聖職者を手込めにしようとするような不埒な輩どもは皆猛省すべきだ。

俺にとってのソニス様は、こっちの世界での祐一だ。俺が知らない、でもこの世界では知ってないといけない事、知っていた方が良い事をどんどん教えてくれる。
祐一に匹敵する友達ができた事は本当に俺にとって幸せなことだった。
嬉しかった。
何でも訊いた。相手は俺が異世界人だって事も知っているから無知をさらすのも恥ずかしくなかったし。新しい知識を得るたびに、流れで前の世界の話も出て、逆に違いを訊かれたりもした。
俺の家庭環境の話も出たし、ソニス様の生い立ちなども聞いた。
ソニス様が神殿の裏口に捨てられていた孤児だったと言うことも。乳飲み子だった彼をくるんでいた布がケバくて、しかもうっすらと当時娼妓達の間で流行していたおしろいの香りがついていたことから、おそらく自分の母親はそういう女なのだろうと。
「卑しい娼婦が産んだ汚れた子でがっかりした?」と訊かれ。
「そんなわけ無い!あなたを汚れてるなんて思わない。そもそも貧しさから、生きる為に、他に方法が無く身を売る女性を卑しいとは俺は思わない。俺を産んだ女なんて、生活は何ら不自由ないのに快楽の為だけに年がら年中やりまくってた淫乱女だ。それでいったら俺こそ下卑た淫婦の子で汚らわしいよ!」
そう言ったとき、なぜか俺の目から水が流れてた。
それを拭いてくれながらソニス様は俺の腕をさすってウンウンと頷いていた。
「ありがとうダイ。あなたのおかげで長年の心の澱が溶けた気がするよ。産んだ人なんて関係ないよね。あなたはあなた、私は私だ。」
いつの間にかお互い敬語をやめ、望まれたので敬称抜きで呼ぶようになっていた。
「ダイはユーイチに様はつけないじゃない?だったら私にもつけないでほしい。だって、ダイにとって私はこちらの世界でのユーイチなんだろ?同じように話してよ。」
そう言われてなんだかちょっとジンとした。
この世界に来て良かった。俺は存在してもいいんだと、そう思えた。

ネルムドの森が近づいてきた。明後日の朝には到着するだろうとのこと。
生い茂る木々の隙間から黒い森をいただく山岳地帯が広がっているのが見える。
今夜は麓にある小さい集落に泊まるという。
その集落は一応粗野な柵で囲われており、どことなく簡易な砦のようにも見える。
井戸のある広場を囲うような形で数十件の民家が並んでいた。
ただ、途中の道すがら得た情報通り、既に村に人影は無かった。ここは一応ハイドーグ領の端っこで、領主は中央からの命を受けこの村の住民たちを領都の方に避難させている。
無人の村ながら、つい最近までの生活の様子がそこここに見え、素朴で平和だった村人の暮らしを推し量れる。
我々一行の浄化および討伐が成功したらきっとまたここに戻って今まで通りに暮らしてくれるんだろうな、と思うと何か改めて『使命』みたいなものが胸に迫る。
入団試験を合格し、テントの中での宣誓で俺は『民』というものがイメージできなかったんだが、こうして誰も居ない村でリアルに『民』なる人々の生活の息づかいみたいなものを感じると、逆にイメージがわいてくるのが不思議だ。

とりあえず、井戸のあるこの広場に野営を張ろうということになる。
まずは水の鑑定と索敵だ。
要領を覚えた俺は剣を握りしめて意識を集中する。遙か遠くに比較的大きめの魔獣・・・だいたい熊より一回り大きいくらいか・・・の魔獣数体とその周りにそれこそコウモリのような羽モノ系の小さいのが何十体か飛び回っている様子が感じ取れた。
ただ、それはもう本当に遙か向こうの山の中腹あたりに感じるだけで、この近辺には居ない。
奇妙と思ったのは、大抵の場所では近隣の森や山に野生動物の気配も感じるんだが、そういったモノの気配がほとんど見当たらない。
そして気がついた。野鳥の声がほとんど聞こえない。
「この近辺には魔物の類いは居ないようですね」
ざっと索敵を展開した先輩数人が言う。
「魔物どころか何も居なく無いですか?」思わず割って入る。ウン、と団長が頷く。
俺が感じた違和感を話すと、王子、団長、数人の先輩、第2騎士団の獣人さん達が同意した。
「かなり強烈な威圧ができる魔獣が出ているのかもしれない。」と、団長。
この様子だと、中央経由でここの村人を早々に領都に避難させるよう命じたのは正解だったかもしれないな、とも。

「お前、ダイといったか。どこまで見える?」
突然に横合いから少年魔法使いのデュシコス様に訊ねられた。
「最初に地図で見せていただいた瘴気だまりがあるポイントに、そこそこ大きめの熊を一回り大きくしたような大きさの魔獣が3体、その周辺にこのくらいのボール状のモノに羽が生えているものが数十体見えました。」
団長始め先輩たちが一瞬、えっ、と目を見開く。まあ、ついこないだまでは索敵のさの字も知らなかった俺だからな。
「もっとフォーカスできるか?」
「試してみてもよろしいですか?」
デュシコス様は、ああ、と頷いた。俺はポイントの方向を向いて集中する。

そして、どうやら瘴気だまりの中心とおぼしき場所・・・そう思ったのは羽モノたちがその地点を中心に旋回していたからだ・・・そのポイントから少しだけ、熊もどきより更に大きそうなモノの頭のてっぺんと、小さい這いつくばっているモノが少しずつ出てこようとしているのが見えた。
羽モノのほとんどは中心がボール状でコウモリのような羽が生えているものと、
やや大きめの堅そうな猛禽類のようなモノが2羽。
そしてゴツゴツしたやけにどでかいグリズリーのようなモノ。
「現時点でゲイザーが数十体、ステュムパリデスが2体、あと、おそらくロックグリズリーが3体だな。そして、現在また新たな魔獣も出現中ということで良いか。おそらくポイントにたどり着くまではもっと増えているだろう。」
俺が索敵しながらモヤッとした説明をしている先からデュシコス様は明確な表現で皆に告げていく。
一気に隊の面々に緊張が走る。
少し考え込むような仕草をした後デュシコス様は俺を一瞥して「ご苦労」と言い捨て、王子の元に歩み寄り確信めいた口調で言う。
「森に入る前に、個人個人に結界魔石と状態異常回避の魔力玉を持たせるべきだね。ノール兄様。今みたいにパーティ全体を包むタイプのモノでは対応しきれないでしょう。」
王子も神妙な面持ちで頷く。
おそらくこの後作戦会議だ。明日はいよいよネルムドの森に足を踏み入れる。そうなると悠長に都度車座会議の場を設ける時間もとれないだろう。
今夜のウチにあらゆる選択肢をシミュレートして意思統一を諮っておくことが不可欠だ。団長や王子を始め、先輩騎士さんたちもその考えであったろう事は表情からうかがえた。

最初は小さかった焚き火の炎が次第に燃えさかっていく。
薪がはぜる音がする。
俺は先輩たちから今回対峙するであろう魔獣についてレクチャーを受けていた。
この遠征の旅に出たときから合間合間に聞いてはいたが、いざ自分がそれと相対するとなるとより詳細な情報が必要となる。
いよいよというこの時になって初めて王子があそこまで心配そうだった理由を納得した。

魔法も魔獣も無かった世界から来た俺が、いきなり得体の知れないモンスターとのガチの命がけバトルだ。
しかも俺、自分の能力も未だ把握してナイ・・・。
せめて足手まといにだけはならないようにしなくては。
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