王子の宝剣

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第一章

#8 俺たちの王子(side エヴォルト)

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 変なヤツが出てきちゃったなあ。

面白えとは思うけど、殿下がだいぶショック受けてたからあんまり面白がるのもな。
あの召喚の儀で最初に見たときはここまで変なヤツとも思わなかったけど。

いや、てっきり剣が出てくると思ってた所にヒトだってだけで釘付けではあるけど
これが又、淡泊で地味目ではあるけどよく見るとかなりの端正な造形ときたもんだ。
汗で光る象牙色の肌に、濡れた黒髪が蠟燭の明かりに揺れて。
しかもあの黒っぽい衣がどこかストイックで。
愛妻家の俺でも思わず、おぉっ!ってなったわ。
しかも立ち上がって歩かせても、立ち居振る舞いも・・・なんというか、凜として洗練されてるし。
でもだからこそ殿下はアイツが、高い教育を施された卑しからぬ家の令息だと思って。
そのうえで約束されていたであろうその輝かしい未来をも奪ったという罪悪感にうちひしがれているんだな。

しかし妙な話だ。あれほど何度もシミュレーションを重ね、絶対に大丈夫と太鼓判を押された諸条件に加えての術式としつらえだったのに。
だいぶ昔の記録だったからどこかが抜け落ちていたんだろうか。
仮にダイが勇者だったら問題なかっただろうに。まあ殿下的には失敗って事だけど。
殿下色々と背負い込むからなあ。あれもこれも自分が悪いって考えやすい人だから。
ご生母様が亡くなったのも結局自分が悪いって思ってるしな。
アレはどうにもしようが無かったんだって俺たちや宰相が言っても。

王妃様に「女の子なら許します。」と言われたのが救いと思って、ご生母様がずっと殿下を姉君の妹姫として育てていたのも、
王子だとバレたとたんに、それまではご生母様にも殿下にも優しいわけでも無いが意地悪なわけでも無かった王妃様が豹変して、敵意をむき出しにするようになったのも。
王妃様が騙されたと思って敵認定したのも。
その結果、ご生母様の、低い身分でありながらも当時の大聖女としての実績の重さ故に、殿下を、ご自身の産んだ王太子の座を脅かす存在として王妃様が殺意を抱いたのも。
その突きつけられた毒を、殿下をかばってご生母様が呷って亡くなってしまったのも・・・。
どれひとつとっても決して殿下のせいじゃない。
でも、殿下はご生母様を殺したのは自分だと、自分さえいなければと思ってしまっているんだよなあ。

あれほどの美貌で、姉君と並んで守護女神達や精霊達の加護も溢れるほど受けてんのに。心の傷は深く、ご自分は誰かに愛される資格も愛する資格も無いと思い込んでる。
常に物憂げなそのご様子も又麗しくはあるんだがずっと見てきてる俺たちには痛々しい。
そんな殿下が最近現れたアイツにあんな風に手放しで好意と敬意・・・というかもはややり過ぎ感満載な崇拝?をぶつけられて、ちょっと引き気味とはいえ今まで見せたことも無いような照れた表情を見せる時が有るんだ。
そしてなんだかもっと話したそうなときもある。
アイツがあの調子で殿下を引き上げてくんねえかな。暗い心の淵から。
殿下の心を救ってくれるなら勇者でなくても聖剣でなくても、もうそれだけであの召喚の儀は無駄じゃなかったっていえるじゃねえか。

そんなことを考えながら並んで常歩なみあしで馬の歩を進める。
夜目に浮き上がるパールホワイトのローブのフードをいつもよりも目深にかぶっているから殿下の表情は見えない。
馬の足音が響く。後ろには護衛騎士。
第一騎士団の詰め所は一番東にあるから、王城の西エリアにある殿下の住む離宮には馬車か馬を使わにゃならん。
わざわざ殿下がこっち来なくてもイイって言ったんだけど。
多分アイツの初日がちょっと心配というか、気になられたんだろうな。

あの晩餐を終えた後も少し話し込んじまったからすっかり遅くなっちまった。

夜陰の奥からほのかに風に揺られ、木の匂いが鼻をくすぐる。

真っ黒な木立の間に見える星空を見上げながら殿下に声をかける。
「オーデュカの魔力はいつ頃戻りそうですかね?」
「うん。あの儀式でずいぶん使ってしまったから完全に戻るには10日近くはかかるだろうってリンギー医師が。ショックもあってドッときたのもあるんだろう。まああの儀式に参加した者達は彼ほどじゃないけど皆多かれ少なかれ魔力不足には陥ってる。平気な顔して全くいつもと同じようにシャキッとしているのはエヴォルトとオルタンスと、あとホランドくらいだよ。」
そう言って後ろから付いてくる護衛騎士の一人を振り返る。
「やっぱり騎士はカラダの鍛え方が違うんだね。」
「殿下だって平気そうじゃないですか。ああ、じゃあ、当分ダイの鑑定はできないんだ。」
「私は元々の量が大きいからね。・・・ギルドの方に頼める人は居ないの?詮索しない主義の者か、仮に召喚者だって知っても大丈夫そうな信頼できる者。ギルドには結構精度の高い鑑定魔道具もあるって聞くよ?」
「ギルドか。う~ん、急いで知る必要があると判断したらそれも一案。・・・それはともかく、殿下はアイツの魔力、感じます?」
「感じるときも有る。でも全く感じないときも。・・・感じるときはごくたまにだけどね。
・・・そもそも、私に鑑定能力は無いから、多分守護精霊を介してうっすら伝わっているだけなんだとは思うけど。」

夕べ、あの突然の訪問でオルタンスと打ち合いをやらせたあとのことだ。
少し考え込んでから殿下が「彼は魔力を持っているのかな」と呟いた。打ち合いをやっているとき、俺も確かに感じた。
直後のオルタンスも「有る。しかもスゴい。」と言ってたしな。
だから「ああ、コイツも一応召喚者なんだ」と思ったんだ。でも、今夜の食事会では全く感じなかった。そう。微塵も。
そういやあ打ち合いする前のただ話しているだけの時は何にもなかったな。
普通、持ってるヤツは普段からうっすらと纏っていて、本人が意図的に発動する際には強くなるという感じだけど、アイツは普段はまっさらなんだ。
で、後で思い返してみると、召喚した際も魔方陣に出てきたときは魔力を纏っていた。
ただ、ヤツの居たあの場所に向かって地下神殿にいた全員が魔力を送りこんでたし、魔方陣から吹き出るのと相まって渦巻いてたから、いわば、ヤツの周辺自体が魔力の吹きだまりだったわけだけど。
それでも僅かではあったがヤツがあのシナイという木剣をこちらに指し示したときのアレは夕べの打ち合いの時のと同じニオイ・・・というか同系統の色合いだったように思う。
それなのに、地下神殿から退出する時はヤツのからだからは魔力の気配なんてカケラも感じなかったんだよな。
これはどういう事なんだ?
俺にはそんなに高度な鑑定ができる訳じゃねえから気のせいかな?としまいにゃあ思いかけていたんだけど。
昨日のオルタンスとのアレを見る限りじゃなあ。無いと言うことはあり得ない。
士気に呼応すると言うことなのか?普段は全く無いのに?どっから出すんだ?
いずれにせよ、高度な鑑定が出来るヤツを当たってみるしか無いか。

「ん?」
離宮に近づくと、馬車寄せの所に誰か居た。傍らに馬も。
「ソルネルファン?」
「ノール!!」
殿下が馬から下りると同時に赤みがかった金髪を後ろでひとつに束ねた正統派の美青年が殿下を思い切り抱きしめ左右の頬に何度も繰り返しチークキスをした。しかもそれだけでは飽き足らず額にも頬にも鼻の頭にも目にも音を立てながらキスの雨を降らせやがった。
うっかり唇にも落とされたらどうしてくれようかとヒヤヒヤしたぜ。
「あぁ~、今日も私の王子は可愛い!」
「やめてください。こういう事は新妻だけにしてあげてください。先月結婚したばかりでしょう。」
「おやおや、分かってないね。ウージェニーは私以上のエレオノール王子ファンだよ?今日も『私の分まで王子を愛でてきてね』って言って送り出されたくらいだ。王子の香りがつくほど抱きしめてその香りで私を抱きしめてー、ってね。」
変態じゃねえか!
おい、いつまで抱きしめてんだよ。俺は睨んで引っぺがす。
公爵はおやおや、と気取った風に肩をすくめた。
このソルネルファン・エレク・ノア・ハリオンス公爵は王弟殿下の次男でエレオノール殿下の従兄だ。昔からの殿下大好きっ子だ。というか美少年好きだ。
因みに新妻のウージェニーは俺の姪なんだ。
イケてる騎士同士の濃厚な恋愛小説なんかを裏ルートで購入している残念な貴婦人だ。
だからなのか、結婚前から公爵の愛人として侍らせている美少年とも大の仲良しで、一緒に観劇に出かけたり、ウージェニーが見繕ってしょっちゅう服を新調してあげたりしてる。
意味が分からねえ。まあ、いいけど。人それぞれだから。

離宮に送り届けたことでそのまま俺はお役御免になるつもりで居たが公爵に呼び止められた。
「エヴォルトも一緒に聞いてくれた方が手っ取り早いと思うよ。」
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