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#94 会談、六〈罪の所在〉
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「私の知らないところで、エムゾード卿の首をはねたりしてもらったら困るからですよ」
向こうの連中が一斉に強ばった。
直後、グレイモスはガックリと項垂れた。
彼は再三にわたり、皆に伝えてきた。自分たちがあれこれ画策したところで、何もかも全て、神子様には筒抜けだと。
けれど、それを聞いて彼らが何をしたか。
王宮の、特に執務室や会議室に出入りする者達の身元確認を強化したり、結界を重ね掛けしたりという対策を講じた位だ。
そうじゃない、とグレイモスは訴えたが、どうにも伝わらない様子だった。
まあ、それはそうだろう。
“盗聴”も“ゆーたいりだつ”も、グレイモス自身にとってすら、未知の魔法だ。
ただそれでも彼は、いついかなる時も、神子様の意思で自分たちの言動は、全て把握されているのだと感じていた。
カイル・エムゾードは、ほんの数秒間の間に、めまぐるしく顔色や表情を変化させたと思ったら、急に直立してから机に額をぶち付けるくらいの勢いで頭を下げた。
「神子様。どうか私を罰してください!
我が領民をお救いいただけるのであるならば、この私の命を差し出しても悔いはありません!何でもします!本当です。
だからといって、今までの数々のご無礼を水に流してくれとは申しません!
ですが、私にできることは……」
「ああ、ちょっとお待ちください」
神子様が軽く手のひらを見せて制止する。
必死の形相のまま、エムゾード卿が目線をあげる。
「そもそも、あなたの罪とは何ですか?」
向こう側の面々が一斉に「はっ?」という気の抜けた表情をした。
「そうそう。私の不興を買ったとか言ってましたか。
…ですが、私が不快に思ったのは、あなたが送ってきた書状、あれにこのマクミラン・デスタスガス騎士を大罪人として引き渡せと突きつけてきた事でした。
…ですが、先ほどの話では、どうやらあなたは陛下のご意思を代弁しただけだったようです。それでしたら、あなた自身の罪ではない事になりますね」
一気にバスティアン陛下を始め、向こう側の列の人たちが青ざめた。
「その件については、使者コバス・ベンヤミンを通じて伝えていますが、私は彼に拉致されたわけではありませんよ?
むしろ私が後宮から逃亡しようとした際に、彼を利用したのです。彼はむしろ被害者です。
彼が罪人であるという認識を白紙撤回してもらえれば、それで問題ありません。
いかがですか?陛下。撤回、していただけますよね?」
真っ直ぐにバスティアン陛下の目を見つめて神子様が問う。
いや、実際には俺が逃亡を唆したのは事実だ。でもそんな経緯を正直に言う必要はないと、神子様からもアーノルド様からも厳しく言われている。
俺は今日、この場ではひたすら寡黙な犬になる。
穏やかに、神子様が微笑を浮かべながらそう訊ねる。
拒めるはずもない。
そんな勇気があるなら、部下の暴走を止めるくらいできたはずだ。
「…勿論だ。どうやら誤解があったようだ。デスタスガス騎士よ、謝罪する」
軽く陛下が頭を垂れたのを皮切りに、一斉に向こう陣営が俺に向け頭を下げた。
いたたまれない気持ちを堪えながら「謝罪を受け入れます」と言う言葉を絞り出す。
「では、これで、過去の遺恨は晴れたと思います。ここからは、これからの話をせねばなりません」
エムゾード卿が、微妙に期待を含んだ瞳を神子様に向けている。
バスティアン陛下も、少しほっとした表情だ。
早速「それならば、神子よ。もう一度我々コモ王国の要請を検討してほしい」と切り出した。
だが。
「コモ王国の庇護下に、というお話でしたらお断りします。私はもう、何者にも縛られたくはないのですよ。
後宮に居る間は、本当に不自由でつらい日々でした。
これからの私に償いをしたいと仰られるのでしたら、何よりもまず自由にさせてください。
ご存じと思いますが、今は冒険者をしています。
受けたい依頼を自分で選んで、実力にあった仕事をこなして、その評価に合った報酬を得て居ます。
そんな日々に、満足しています。
そもそも、あなた方がそこまで私に固執するのも、要は瘴気に関してですよね。
他に浄化をできる者が居ないから、と。
事実、瘴気発生に伴う魔獣の大発生に関しては、自国の騎士団や魔道士たちで対応していましたね。
村の再建なども、中央が手を差し伸べれば、速やかに進むでしょう。
ただ、瘴気の浄化は、異世界からの召喚者でなければ不可能なのだと…。
でも、本当にそうでしょうか」
神子様は、懐から淡い緑色の液体が入った小瓶を出して、かざして見せた。
「これは、瘴気毒に効くポーションです」
ラグンフリズ王国以外の面々は、一様に驚きを顕わにした。
だが、その表情には疑いの色も含まれている。
それはそうだ。
そんなものがあるならば、それは大発見であり重大な発明ともいえる。全く話題にならないはずが無い。
そう思っているはずだ。
「まだ研究途中らしいのですよ。でも、実際に闇狼の群れを討伐した際にこの効き目は確認しています。
魔獣が纏っている瘴気にこれを噴霧した際には、その場の瘴気は一瞬消えかけましたが、効果は一時的でした。ただ、人体が吸収してしまった瘴気毒に関しては明らかな浄化効果を見せています」
「嘘だ…、そんな…、そんなものが、本当に?そんな訳…」
泣きそうな顔でエムゾード卿が呟く。
「これを研究しているのはクレイダス領イザキ村出身の錬金術師です。その師匠が効果のある素材同士のつなぎ方を発見して、液状にすることができたそうです。
ただ、その素材の多くは、さらにその師匠と、兄弟子、親しい冒険者や薬師達、色々な人々が教え、伝えてくれたとのことです。
クレイダス領は常に貧しい領です。何があっても中央に顧みられることはなく、領主もまた末端の村を助けられる力もありません。
誰にも頼れないことで、彼らはこうやって必死に自助努力を積み重ねてきたのです。
自分一人では無理でも、みんなで知恵や技術を出し合って」
神子様は遠い目をした。
「ここまでの物ができるまで、一体どれほどの人々が犠牲になってきたのでしょう。それを見て、泣いて、助けたい、助かりたいと願う気持ちの結晶がコレです」
向こうの連中が一斉に強ばった。
直後、グレイモスはガックリと項垂れた。
彼は再三にわたり、皆に伝えてきた。自分たちがあれこれ画策したところで、何もかも全て、神子様には筒抜けだと。
けれど、それを聞いて彼らが何をしたか。
王宮の、特に執務室や会議室に出入りする者達の身元確認を強化したり、結界を重ね掛けしたりという対策を講じた位だ。
そうじゃない、とグレイモスは訴えたが、どうにも伝わらない様子だった。
まあ、それはそうだろう。
“盗聴”も“ゆーたいりだつ”も、グレイモス自身にとってすら、未知の魔法だ。
ただそれでも彼は、いついかなる時も、神子様の意思で自分たちの言動は、全て把握されているのだと感じていた。
カイル・エムゾードは、ほんの数秒間の間に、めまぐるしく顔色や表情を変化させたと思ったら、急に直立してから机に額をぶち付けるくらいの勢いで頭を下げた。
「神子様。どうか私を罰してください!
我が領民をお救いいただけるのであるならば、この私の命を差し出しても悔いはありません!何でもします!本当です。
だからといって、今までの数々のご無礼を水に流してくれとは申しません!
ですが、私にできることは……」
「ああ、ちょっとお待ちください」
神子様が軽く手のひらを見せて制止する。
必死の形相のまま、エムゾード卿が目線をあげる。
「そもそも、あなたの罪とは何ですか?」
向こう側の面々が一斉に「はっ?」という気の抜けた表情をした。
「そうそう。私の不興を買ったとか言ってましたか。
…ですが、私が不快に思ったのは、あなたが送ってきた書状、あれにこのマクミラン・デスタスガス騎士を大罪人として引き渡せと突きつけてきた事でした。
…ですが、先ほどの話では、どうやらあなたは陛下のご意思を代弁しただけだったようです。それでしたら、あなた自身の罪ではない事になりますね」
一気にバスティアン陛下を始め、向こう側の列の人たちが青ざめた。
「その件については、使者コバス・ベンヤミンを通じて伝えていますが、私は彼に拉致されたわけではありませんよ?
むしろ私が後宮から逃亡しようとした際に、彼を利用したのです。彼はむしろ被害者です。
彼が罪人であるという認識を白紙撤回してもらえれば、それで問題ありません。
いかがですか?陛下。撤回、していただけますよね?」
真っ直ぐにバスティアン陛下の目を見つめて神子様が問う。
いや、実際には俺が逃亡を唆したのは事実だ。でもそんな経緯を正直に言う必要はないと、神子様からもアーノルド様からも厳しく言われている。
俺は今日、この場ではひたすら寡黙な犬になる。
穏やかに、神子様が微笑を浮かべながらそう訊ねる。
拒めるはずもない。
そんな勇気があるなら、部下の暴走を止めるくらいできたはずだ。
「…勿論だ。どうやら誤解があったようだ。デスタスガス騎士よ、謝罪する」
軽く陛下が頭を垂れたのを皮切りに、一斉に向こう陣営が俺に向け頭を下げた。
いたたまれない気持ちを堪えながら「謝罪を受け入れます」と言う言葉を絞り出す。
「では、これで、過去の遺恨は晴れたと思います。ここからは、これからの話をせねばなりません」
エムゾード卿が、微妙に期待を含んだ瞳を神子様に向けている。
バスティアン陛下も、少しほっとした表情だ。
早速「それならば、神子よ。もう一度我々コモ王国の要請を検討してほしい」と切り出した。
だが。
「コモ王国の庇護下に、というお話でしたらお断りします。私はもう、何者にも縛られたくはないのですよ。
後宮に居る間は、本当に不自由でつらい日々でした。
これからの私に償いをしたいと仰られるのでしたら、何よりもまず自由にさせてください。
ご存じと思いますが、今は冒険者をしています。
受けたい依頼を自分で選んで、実力にあった仕事をこなして、その評価に合った報酬を得て居ます。
そんな日々に、満足しています。
そもそも、あなた方がそこまで私に固執するのも、要は瘴気に関してですよね。
他に浄化をできる者が居ないから、と。
事実、瘴気発生に伴う魔獣の大発生に関しては、自国の騎士団や魔道士たちで対応していましたね。
村の再建なども、中央が手を差し伸べれば、速やかに進むでしょう。
ただ、瘴気の浄化は、異世界からの召喚者でなければ不可能なのだと…。
でも、本当にそうでしょうか」
神子様は、懐から淡い緑色の液体が入った小瓶を出して、かざして見せた。
「これは、瘴気毒に効くポーションです」
ラグンフリズ王国以外の面々は、一様に驚きを顕わにした。
だが、その表情には疑いの色も含まれている。
それはそうだ。
そんなものがあるならば、それは大発見であり重大な発明ともいえる。全く話題にならないはずが無い。
そう思っているはずだ。
「まだ研究途中らしいのですよ。でも、実際に闇狼の群れを討伐した際にこの効き目は確認しています。
魔獣が纏っている瘴気にこれを噴霧した際には、その場の瘴気は一瞬消えかけましたが、効果は一時的でした。ただ、人体が吸収してしまった瘴気毒に関しては明らかな浄化効果を見せています」
「嘘だ…、そんな…、そんなものが、本当に?そんな訳…」
泣きそうな顔でエムゾード卿が呟く。
「これを研究しているのはクレイダス領イザキ村出身の錬金術師です。その師匠が効果のある素材同士のつなぎ方を発見して、液状にすることができたそうです。
ただ、その素材の多くは、さらにその師匠と、兄弟子、親しい冒険者や薬師達、色々な人々が教え、伝えてくれたとのことです。
クレイダス領は常に貧しい領です。何があっても中央に顧みられることはなく、領主もまた末端の村を助けられる力もありません。
誰にも頼れないことで、彼らはこうやって必死に自助努力を積み重ねてきたのです。
自分一人では無理でも、みんなで知恵や技術を出し合って」
神子様は遠い目をした。
「ここまでの物ができるまで、一体どれほどの人々が犠牲になってきたのでしょう。それを見て、泣いて、助けたい、助かりたいと願う気持ちの結晶がコレです」
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