釣った魚、逃した魚

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#69 スタンピードもどき

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翌朝身支度をしているときに、一瞬何か、ゾクリと嫌な感覚が背中から脳髄を走った。

神子様はまだ眠っていた。
俺は慌ててタカの衣装をハンガーから取り、声をかけて起床を急がせた。
そうこうしている間に、遠見櫓を兼ねている、村外れの礼拝所の鐘が鳴り響く。

着衣しながら、二人同時に索敵をする。
鐘の前にあの感じが有ったと言う事は、そこそこ大事だろう。
大物が向かって居るか。あるいは大規模な群れなのか。

俺よりも精度の高い神子様の索敵で、発生源の近辺から、一斉に野鳥や烏などが飛び立ち散って行ったのを感じたとのこと。

あの悪寒から察するに、おそらくある程度以上の大物が放った威圧の波動だろう。
逃げ切れなかった野鳥や小動物はその場で失神しているのだろう。

索敵で見ると、数十頭の黒冠ヘラジカ。
あと、以前にも来襲した大角岩山羊がやはり数十頭。
更にその背後に闇狼が16頭程居た。その1頭がボスで、黒冠ヘラジカの雄とほぼ同等のデカさだ。水牛より一回り大きいくらい。
おそらくそいつが威圧を発した。
その上、群れ全体を煽って暴走を起こさせていると思われる。

奴らに煽られるように、いきおい巻き込まれた感じで、ダークボアも10頭前後混じり、角ウサギや角ネズミなどの小物も一緒に走っている。

少し規模の小さめのスタンピードもどきという感じだ。
所謂ホンモノの最大級スタンピードだと、飛翔系も加わり頭数も5倍くらいになる。
そのかわり、その事象が起こる前はもっと早い段階で、多少の魔力を持っている村人達に、先ほどの悪寒にも似た波動が伝わる。
ゆえに、早めの対策を講じることが出来る。

無論そんな規模のスタンピードなど、数十年に一度くらいだが。

今回は大物が多いが、飛翔系は見当たらないし、火や麻痺光線のようなものを発射してくるような系統のものも居ないことは幸いだ。
村人は鐘の音を聞いた直後から、皆、それぞれが速やかに必要な行動を取る。
即座に中央広場で、索敵が出来る者達が見た魔獣の情報を共有し、素早く役割分担を振り分ける。コレには村に滞在している冒険者達も集められる。

今まだこの時期は、何組かの冒険者パーティも村に残って居る。
今回は殆どが常連のパーティばかりだったから、段取りも伝わりやすい。

今シーズンは、大型投石器もずっと使ってきたものが若干古くなった事で、新たに2台ほど増やしたところだった。
実質4台ある事になる。村長の息子であるアーロンがこの大型投石器の搬出を力自慢の男達に指示する。

あまり戦闘力も魔力も高くない少女や婦人達は、既に自力で避難壕に移動出来ない年寄りや傷病人、身重の婦人、乳幼児などを介助しながら所定の避難壕に逃げ込む動きを始めている。

畜産農家や馬の預かり所は犬を使って家畜専用の避難域に誘導する。ハズレの村では、犬も自分の役割を知っている。

そして、まだまだ元気で動きによどみの無い老婦人達が、それぞれの持ち場に向かう戦闘員達にポーションや魔法玉、あとは携帯食を手早く配りながら、ベルトや革鎧に取り付けてくれる。

村の備品の中には、こういった大物対策用の大型弩砲も高台の共同倉庫に有るから、今頃は見張りの村人達が近場の住民と連携して、倉庫から引き出して並べている頃だろう。

まず、大型投石器で、着弾時に炸裂する魔法を込めた石弾を投じ、群れを散らす。
その直後に、高台から5~6人組の少年やこの武器を操れる婦人が、最初は大型弩弓で鏃に魔力を込めた矢を放ち、取りこぼし分に向け、ブーメランや個人用投石器で、先頭集団を可能な限り倒す。絶命までしていなくても、走れなくなればそれで良い。
先頭集団が転んで、後ろから押し寄せる群れの邪魔になれば、全体の動きが鈍るからだ。
踏みしだかれて絶命するモノが居れば、頭数が減る。

冒険者や、村の主戦力に当たる前衛の男達は、優先的に黒冠ヘラジカの雄、すなわち大群の中の大物を討ち取ることに専念する。
村には身体強化魔法が使える奥さん達も多いから、安全な高台から援護を頼む。
こういうときの為に、俺達が村に居る間は、タカが適性を持つ婦人達に援護魔法の類いを指導している。

元冒険者や元女騎士など、戦闘経験のある女性達は、次列に構えて主に大角岩山羊を仕留めて貰う。

村を囲む塹壕や防塁にも色々な罠がある。ある程度の魔獣の頭数は減らせるだろう。だが、先頭集団への効果のみと思った方が良い。

村は幾重にも防塁、塹壕、囲壁、罠が設置されている。
また、冒険者達の活躍シーズンには魔の森に直行出来る安全ルートが開放されている。
それは、逆に魔の森から暴走してくる群れを誘導するためにも使われる。

特定の場所からだけ、なだれ込んでくるように仕向けるためだ。

土魔法が得意の婦人や魔法使い達、そして、土魔法に特化した魔法玉などで、防壁を築き、結界で見えない壁も施す。
黒冠ヘラジカも、大角岩山羊も、群れの原理で纏まって走る。暴走している自分たちが攻撃されたとなれば興奮して、更にひたすら全速力で走りぬけようとするだろう。
彼らを煽る適当な攻撃で、罠が作られている丘に誘導する。

厄介なのは、大物達を煽っている、最後尾からやってくる闇狼の群れだ。おそらくあの最も大きいボスは知性が有り、意図的にこれらの魔獣達を暴走させていると思われる。

ハズレの村の男衆は、普段平凡な農民であったり、職人であったり、樵夫であったりしても、緊急時にはそれぞれ武器を携えた戦闘員となる。
そして、数種類の武器を使いこなす。
複数人で組んで大型弩弓を操る少年達は、高台から彼らの戦いを目視し、いずれ近い将来、自分たちもあの場所で戦うのだと胸に刻むのだ。

無論、高台組には防御魔法の使える者も加わっており、前衛の戦士があわやという時に防御魔法を放つ。

今回は、最後尾に居る闇狼の群れに対応するため、俺はタカと組んでかかることにした。

闇狼はそれぞれが僅かに瘴気を纏っている。
多くの場合、本体を仕留めれば、その瘴気はゆっくりと消滅するのだが、大型化したものは、おそらくそう簡単には纏う瘴気が消えてくれないだろう。
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