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#43 召喚者という被害者
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もし神子様の立ち位置が、中庭の石ベンチなので有れば、騒ぎの距離感は、中央神殿の方くらいに感じる。
「一応、人の犠牲は出ていないはずです」
神子様は冷静に告げた。
「な、なにを…こ、壊したのです?」
筆頭司祭の声は震えていた。
側で知らない若い連中(予め聞いていた話から推察するに、おそらく王兄殿下の侍従か護衛の若者だろう)と、グレイモスが奥の方でざわついて、誰かに「様子を見てこい」と命じる。
「召喚魔方陣の有る地下神殿を破壊しました」
「なっ…」「何ですってッ?」「嘘だッ」「何という事を…ッ」「そんな事が?」
神子様の応えに、様々な反応が入り乱れる。
かなり遠くの方から悲痛な叫び声が「大変です!司祭長様ッ!地下神殿がッ」と微かに聴こえる。
ああ、そうか。
神子様は、この国がこの先、二度と異世界人を召喚出来ないようにしたのだな、と思った。そう思った瞬間、なぜか俺の胸のつかえも少し落ちたような気がした。
そうだ。そうなんだ。
つまりはそれこそが諸悪の根源だったんだ。
最初は本当に切実だったのかも知れない。
祈るような気持ちで、最後の希望に縋るような気持ちでそれを試したのかも知れない。
けれど、それが成功してしまった事で、その後はそれに頼る癖が付いてしまった。
しかも回を追うごとに安・易・に。
「なぜですか!神子様!我々は、神殿は決して、あの愚かな国王陛下のようにあなたを蔑ろにしたりなどしなかったではありませんかッ」
だいぶ近い位置で筆頭司祭の声がした。もはや嗚咽混じりの泣き声だった。
足元に縋ってでも居るかのような距離感。
うん、と神子様は普通に応えた。
「確かに色々と、神殿には感謝している部分も有ります。ただ、まあ、捕獲なんかしようとしなければ良かったのに。彼らがやろうとしているのを止めておけば良かったのに、ね」
あぁ~と、泣き崩れる老人の声。
「じゃあ、俺はこれで」
別れを切り出そうとしたときに「まっ…」と言いかけたグレイモスの声を、重みのある太い声がかき消した。
「待って欲しい」
声だけでも感じるその威厳に、それが王兄殿下である事がわかる。
「神子殿。どうか、今暫く待って欲しい」
暫しの沈黙。
「先ずは、我が国の数々の無礼をここに謝罪したい」
音声が僅かに移動するのを感じる。跪いたのだと分かる。
「初めまして、王兄殿下。三倉貴史と申します。どうかお直りになってください」
「感謝する」
「いえ、ただ、お立ち頂くだけで、謝罪を受け入れるわけではありませんので」「ぶ、無礼なッ」
奥の方で侍従か護衛とおぼしき若者の声が飛んだ。
「無礼?」
神子様の声は笑っていた。
蹴り倒したような音と、若者の呻きと「グレイモス様ッ?」という声がした。
「伴の者がご無礼を。あの者は後ほど厳しく罰しておきます」
「いえ、構いませんよ。もとより、あなた方の計画に加担するつもりはありませんし。関わりのない人に何を言われても、どう思われても気にしません」
「あ…あ…、お、お許しを!…わ、私が…私が若輩もので…、どうか、私を罰してください…どうか、どうか殿下には…」
先ほどかみついてきた若者の声が、急におろおろと平謝りに転じた。
「今日の魔道具の件は、我々が独断で司祭長に頼み込んだ事で、殿下はご存じではないのです!我々だけ、いかような罰も受けますので、どうか、お怒りを沈めて、殿下のお話をお聞き下さいませ」
他の若者達の声もして、一様に必死に謝罪の言葉を述べる。おそらく、平伏している。
「ええ、知っていますよ。事前にあなた方が、殿下やグレイモスに隠れて勝手にそんな事をしていたのはね。ああ、もう結構ですから、お立ち下さい」
口々に「感謝します」と呟くように言いながら徐に立ち上がる気配を感じる。
「残念ですが、お話を聞いても、協力の意思はないので・・・。
だって、俺が協力なんてしなくても、現国王陛下が失墜するのはもう止められないでしょうから。どうぞ、ご自由に。
ただ、民衆の暴動は煽らないで下さいよ。治癒が出来る神官も医者も薬も数が限られているので」
それじゃあ、と言って立ち去ろうとした神子様を、再び筆頭司祭が追いすがる。
「神子様、神子様ッ、お願いです!地下神殿を戻して下さい!お願いしますッ」
「いや、壊したものを元通りになんて出来ませんよ。さすがに俺も万能じゃないんで」
「そんな馬鹿な!そんな馬鹿なッ!」
泣き喚く司祭。
「本人の意思や都合など関係なく、勝手に召喚しておいて、戻るすべは無いのだ…と言われた俺と同じくらいの絶望って感じですかね。
もうあんな思いをする人間を増やして欲しくないし、増やすべきじゃない。
そんなに嘆くのは、そういう被害者を増やせなくなった事を嘆いているって事ですか?」
老司祭の嗚咽が一瞬止まった。
遠くの騒ぎが更に膨れ上がり、「司祭長様、司祭長様ッ!大変ですッ」と叫びながら近づく声が増えてくる。
「神子殿。それでも話をしたいのだ。政争に利用する事はしないと誓おう。弟の何が悪かったのか。我々の何が悪かったのか。聞かせて欲しい。改められるように努めたい。その上で、あなたに出来うる限りの償いをしたい」
少しの間を置いて、神子様は笑みを含んだ声で言った。
「…その手には乗りませんよ、王兄殿下。俺の一番の望みはもう王族やら国政やらと関わりを持たない事です。
取りあえず、…まあ、お手並みを拝見しましょうか。あなたがこの先、どの程度あの陛下の愚行の埋め合わせをしていけるのか。今後どう言う方針で是正していくのか。
…今のあなたがどのような人なのか、俺は知らない。信頼関係を築けていない以上、突っ込んだ話は出来ません」
「あなたの言う事はもっともだ。だが、どうか…」
「では、健闘を祈ります」
王兄殿下の言葉を断ち切って別れを告げる。
おそらくざわめきが増え、しかも近づいてきていたからだろう。神子様の姿を見て驚いている内容が殆どだ。
「お待ちくださいッ!…神子様…ッ」
最後に、グレイモスの声が遠ざかった。
音声はそこで途切れた。
「一応、人の犠牲は出ていないはずです」
神子様は冷静に告げた。
「な、なにを…こ、壊したのです?」
筆頭司祭の声は震えていた。
側で知らない若い連中(予め聞いていた話から推察するに、おそらく王兄殿下の侍従か護衛の若者だろう)と、グレイモスが奥の方でざわついて、誰かに「様子を見てこい」と命じる。
「召喚魔方陣の有る地下神殿を破壊しました」
「なっ…」「何ですってッ?」「嘘だッ」「何という事を…ッ」「そんな事が?」
神子様の応えに、様々な反応が入り乱れる。
かなり遠くの方から悲痛な叫び声が「大変です!司祭長様ッ!地下神殿がッ」と微かに聴こえる。
ああ、そうか。
神子様は、この国がこの先、二度と異世界人を召喚出来ないようにしたのだな、と思った。そう思った瞬間、なぜか俺の胸のつかえも少し落ちたような気がした。
そうだ。そうなんだ。
つまりはそれこそが諸悪の根源だったんだ。
最初は本当に切実だったのかも知れない。
祈るような気持ちで、最後の希望に縋るような気持ちでそれを試したのかも知れない。
けれど、それが成功してしまった事で、その後はそれに頼る癖が付いてしまった。
しかも回を追うごとに安・易・に。
「なぜですか!神子様!我々は、神殿は決して、あの愚かな国王陛下のようにあなたを蔑ろにしたりなどしなかったではありませんかッ」
だいぶ近い位置で筆頭司祭の声がした。もはや嗚咽混じりの泣き声だった。
足元に縋ってでも居るかのような距離感。
うん、と神子様は普通に応えた。
「確かに色々と、神殿には感謝している部分も有ります。ただ、まあ、捕獲なんかしようとしなければ良かったのに。彼らがやろうとしているのを止めておけば良かったのに、ね」
あぁ~と、泣き崩れる老人の声。
「じゃあ、俺はこれで」
別れを切り出そうとしたときに「まっ…」と言いかけたグレイモスの声を、重みのある太い声がかき消した。
「待って欲しい」
声だけでも感じるその威厳に、それが王兄殿下である事がわかる。
「神子殿。どうか、今暫く待って欲しい」
暫しの沈黙。
「先ずは、我が国の数々の無礼をここに謝罪したい」
音声が僅かに移動するのを感じる。跪いたのだと分かる。
「初めまして、王兄殿下。三倉貴史と申します。どうかお直りになってください」
「感謝する」
「いえ、ただ、お立ち頂くだけで、謝罪を受け入れるわけではありませんので」「ぶ、無礼なッ」
奥の方で侍従か護衛とおぼしき若者の声が飛んだ。
「無礼?」
神子様の声は笑っていた。
蹴り倒したような音と、若者の呻きと「グレイモス様ッ?」という声がした。
「伴の者がご無礼を。あの者は後ほど厳しく罰しておきます」
「いえ、構いませんよ。もとより、あなた方の計画に加担するつもりはありませんし。関わりのない人に何を言われても、どう思われても気にしません」
「あ…あ…、お、お許しを!…わ、私が…私が若輩もので…、どうか、私を罰してください…どうか、どうか殿下には…」
先ほどかみついてきた若者の声が、急におろおろと平謝りに転じた。
「今日の魔道具の件は、我々が独断で司祭長に頼み込んだ事で、殿下はご存じではないのです!我々だけ、いかような罰も受けますので、どうか、お怒りを沈めて、殿下のお話をお聞き下さいませ」
他の若者達の声もして、一様に必死に謝罪の言葉を述べる。おそらく、平伏している。
「ええ、知っていますよ。事前にあなた方が、殿下やグレイモスに隠れて勝手にそんな事をしていたのはね。ああ、もう結構ですから、お立ち下さい」
口々に「感謝します」と呟くように言いながら徐に立ち上がる気配を感じる。
「残念ですが、お話を聞いても、協力の意思はないので・・・。
だって、俺が協力なんてしなくても、現国王陛下が失墜するのはもう止められないでしょうから。どうぞ、ご自由に。
ただ、民衆の暴動は煽らないで下さいよ。治癒が出来る神官も医者も薬も数が限られているので」
それじゃあ、と言って立ち去ろうとした神子様を、再び筆頭司祭が追いすがる。
「神子様、神子様ッ、お願いです!地下神殿を戻して下さい!お願いしますッ」
「いや、壊したものを元通りになんて出来ませんよ。さすがに俺も万能じゃないんで」
「そんな馬鹿な!そんな馬鹿なッ!」
泣き喚く司祭。
「本人の意思や都合など関係なく、勝手に召喚しておいて、戻るすべは無いのだ…と言われた俺と同じくらいの絶望って感じですかね。
もうあんな思いをする人間を増やして欲しくないし、増やすべきじゃない。
そんなに嘆くのは、そういう被害者を増やせなくなった事を嘆いているって事ですか?」
老司祭の嗚咽が一瞬止まった。
遠くの騒ぎが更に膨れ上がり、「司祭長様、司祭長様ッ!大変ですッ」と叫びながら近づく声が増えてくる。
「神子殿。それでも話をしたいのだ。政争に利用する事はしないと誓おう。弟の何が悪かったのか。我々の何が悪かったのか。聞かせて欲しい。改められるように努めたい。その上で、あなたに出来うる限りの償いをしたい」
少しの間を置いて、神子様は笑みを含んだ声で言った。
「…その手には乗りませんよ、王兄殿下。俺の一番の望みはもう王族やら国政やらと関わりを持たない事です。
取りあえず、…まあ、お手並みを拝見しましょうか。あなたがこの先、どの程度あの陛下の愚行の埋め合わせをしていけるのか。今後どう言う方針で是正していくのか。
…今のあなたがどのような人なのか、俺は知らない。信頼関係を築けていない以上、突っ込んだ話は出来ません」
「あなたの言う事はもっともだ。だが、どうか…」
「では、健闘を祈ります」
王兄殿下の言葉を断ち切って別れを告げる。
おそらくざわめきが増え、しかも近づいてきていたからだろう。神子様の姿を見て驚いている内容が殆どだ。
「お待ちくださいッ!…神子様…ッ」
最後に、グレイモスの声が遠ざかった。
音声はそこで途切れた。
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