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#17 脱出計画
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「暫くは安静に」
御殿医にそう告げられ、暫くは、痛みが取れるまで寝たきりになる。
たまにトイレに行くときだけ、ユノに手を借り、腰を押さえながらゆっくりと移動。
ユノは、おまるを用意しましょうかと言っていたけど、神子様は必死にそれを拒んだ。
どうやら、自分の排泄物を人に片付けさせることに、相当な拒否感がある様子だ。
この世界の貴族社会では、さほど特殊なことでも無いのだが。
実際には神子様は浄化が出来るから、魔法で処理も可能なのだが、余計な情報は与えないようにしている。
だからこそ。
この時点で、皆が肝心なことを全く気づいていないことに、確信が持てた。
神子様は浄化だけでなく、実は今回の怪我もセルフヒールで治せるのだ。
老齢の御殿医や助手などより、よほど魔力も強く、高度なヒールが施せる。
ただ、この後宮内には、実際神子様が治癒を行っている姿を見た者は、ろくに居ない。
だからなのだろう。
御殿医が治せなくても、神子様自身に治せるなどと思いつく者も居ないのだ。
そもそもだが。実のところ、今回のこの事故はわざとなのだ。
暫くベッドに引きこもっていても、誰にも不審がられずに済む為の。
勿論、階段から滑り落ちたのは事実だから、その時に神子様は痛い思いはされた。
だが、本当に落ちなければ打撲痕も出来ず、陛下のお渡りを拒めない、と言う判断で決行されたのだ。
だから、神子様はヒールと言っても、取りあえず痛みを軽くするだけにしている。
完全に治癒してしまうと打撲痕も消えてしまい、薬を取り替えに来る侍女や、定期的に往診に来る御殿医に不審に思われてしまうから。
神子様は転移魔法が使える。
ただし、実際に行った事のある場所に限る。
確かに地図上の座標を頼りに、と言う高度な方法もあるし、使えないわけではないらしい。ただ、地図で見ただけだと、そこに何があるかは分からない。
もし、飛んだ先に大きな建物が有ったり、複雑に木が生い茂る森の中だったりしたら、危険なのだ。
だから行った事があるか、よほど詳しく何も無いと分かっている場所など、その場を思い出すか、イメージしやすい場所が良いと言う。
二人で、最終的に俺の故郷を目指すという計画。
治癒行脚で巡ったルートの中で、最も俺の故郷に近づいた場所はジッフ町。
そこは既に王都からは馬車でまる5日かかる場所だ。
俺の故郷は、王都から見て遠く北東方面の国境近くの山間部。国境は魔獣が頻発する深い魔の森に隣接している。
そのため、俺の生まれ育った村は、昔ながらの村道か猟師道程度しかない不便な地域だ。
ただ、魔獣が出るという事は、それを仕留めればかなりの儲けになるという事もある。
それを狙っての、冒険者パーティが訪れることは珍しくない。
それ故に冒険者が立ち寄れる小さい集落があり、そこには無人のバンガローや、馬の預かり所、ちょっとしたキッチンのようなもの、最低限ではあるが冒険者の必要としそうな物を売る売店もある。
冒険者が居ないときには、ただの村人の集会所となっているだけの場所だ。
魔の森がこれ以上広がらないよう食い止める為にも、勝手に農作物を育てようが、木こりや猟師をしようが、定住者が増えるのは常時歓迎だ。
つまり家も土地も、空いているものを勝手に利用してもどこからもお咎めは無い。
現時点で、見るからに廃屋であるなら、そのまま住み着こうが修繕して使おうが自由だ。万が一、戻る予定で長期の不在をするだけならば、その旨を村長に伝えておけば良い。
また、逆に定住希望者が、村長や長老に挨拶してその旨を申告してくれば、それこそ既に空き家になった場所など斡旋してもらえる。
近所の男衆に謝礼を出せば、家の改修など手伝ってもくれる。
出自やそこに流れてきた事情などは干渉しない。お互い様だからだ。
村に住み着く条件はたったひとつ。
魔獣が発生したときには一丸となって対応する。
だから訳ありの流れ者がいつの間にか住み着き、村人になった例は珍しくない。
魔獣以外の、人間同士のトラブルに関しては当人同士で解決。それが出来なければ集会を開き皆で裁く。
ただし、余りに他の対人とのトラブルが多い人間は、結局はじき出される。
協調性のない人間とは、いざという緊急事態に連携出来ないからだ。
シンプルで粗野な村。だが、馴染んでしまえば暖かい。
互いが命を預け合っている、見えない絆を感じているからかも知れない。
治癒行脚で訪れたルートの中では、最も東南寄りのジッフ町から東に、雪のない晴れた日の乗合馬車で2時間ほど行くと、少し大きめのエヴェリメ市に行く。雪が積もっていれば倍以上の時間はかかるだろう。
エヴェリメ市から、更に北東に乗合馬車が出ている。4時間ほど行くとシストスドー市。
このエヴェリメ市からシストスドー市は、国道が敷設されているから雪でもおそらく除雪整備され、殆ど小一時間程度の誤差で着くだろう。
そこからは暫く、国道で3~4時間ずつの乗合馬車の発着を繋いで進められる。
その国道繋ぎの3~4時間ずつの都市を辿ると、8つの都市の停車場を乗り継いだところが、もう俺の故郷の隣領。
俺の故郷であるコンセデス領の比較的大きな都市、ヒュージハフド市への最短コースになる。
神子様がトルソーをダミーにして、ベッドに引きこもっているフリをし、最初のジッフ町の停車場からエヴェリメ市の停車場まで、冒険者タカの扮装で移動する。
一旦ベッドに戻り、薬の取り替えか食事を済ます。
その後又、今度はエヴェリメ市に転移して、そこからシストスドー市の停車場に。
一駅ごとに一旦部屋に転移で戻るが、次には下りた停車場のある都市に転移が出来る。
こうして、少しずつ“知っている土地”の距離を伸ばしていくのだ。
夜暗くなってしまうと、周りが見えないから移動は無理だ。
でも上手くすれば、一日に二都市までなら足を伸ばせる。
この先、突然に神子様が後宮から消えたとして、まさかヒュージハフド市に居るとは誰も想像だにしないだろう。
神子様が行った事も、近寄ったことも、話題にしたこともない都市なのだから。
そもそも、俺以外は神子様が転移魔法を使えるという事も知らない。
そして、認識阻害で変装が出来るという事も。
御殿医にそう告げられ、暫くは、痛みが取れるまで寝たきりになる。
たまにトイレに行くときだけ、ユノに手を借り、腰を押さえながらゆっくりと移動。
ユノは、おまるを用意しましょうかと言っていたけど、神子様は必死にそれを拒んだ。
どうやら、自分の排泄物を人に片付けさせることに、相当な拒否感がある様子だ。
この世界の貴族社会では、さほど特殊なことでも無いのだが。
実際には神子様は浄化が出来るから、魔法で処理も可能なのだが、余計な情報は与えないようにしている。
だからこそ。
この時点で、皆が肝心なことを全く気づいていないことに、確信が持てた。
神子様は浄化だけでなく、実は今回の怪我もセルフヒールで治せるのだ。
老齢の御殿医や助手などより、よほど魔力も強く、高度なヒールが施せる。
ただ、この後宮内には、実際神子様が治癒を行っている姿を見た者は、ろくに居ない。
だからなのだろう。
御殿医が治せなくても、神子様自身に治せるなどと思いつく者も居ないのだ。
そもそもだが。実のところ、今回のこの事故はわざとなのだ。
暫くベッドに引きこもっていても、誰にも不審がられずに済む為の。
勿論、階段から滑り落ちたのは事実だから、その時に神子様は痛い思いはされた。
だが、本当に落ちなければ打撲痕も出来ず、陛下のお渡りを拒めない、と言う判断で決行されたのだ。
だから、神子様はヒールと言っても、取りあえず痛みを軽くするだけにしている。
完全に治癒してしまうと打撲痕も消えてしまい、薬を取り替えに来る侍女や、定期的に往診に来る御殿医に不審に思われてしまうから。
神子様は転移魔法が使える。
ただし、実際に行った事のある場所に限る。
確かに地図上の座標を頼りに、と言う高度な方法もあるし、使えないわけではないらしい。ただ、地図で見ただけだと、そこに何があるかは分からない。
もし、飛んだ先に大きな建物が有ったり、複雑に木が生い茂る森の中だったりしたら、危険なのだ。
だから行った事があるか、よほど詳しく何も無いと分かっている場所など、その場を思い出すか、イメージしやすい場所が良いと言う。
二人で、最終的に俺の故郷を目指すという計画。
治癒行脚で巡ったルートの中で、最も俺の故郷に近づいた場所はジッフ町。
そこは既に王都からは馬車でまる5日かかる場所だ。
俺の故郷は、王都から見て遠く北東方面の国境近くの山間部。国境は魔獣が頻発する深い魔の森に隣接している。
そのため、俺の生まれ育った村は、昔ながらの村道か猟師道程度しかない不便な地域だ。
ただ、魔獣が出るという事は、それを仕留めればかなりの儲けになるという事もある。
それを狙っての、冒険者パーティが訪れることは珍しくない。
それ故に冒険者が立ち寄れる小さい集落があり、そこには無人のバンガローや、馬の預かり所、ちょっとしたキッチンのようなもの、最低限ではあるが冒険者の必要としそうな物を売る売店もある。
冒険者が居ないときには、ただの村人の集会所となっているだけの場所だ。
魔の森がこれ以上広がらないよう食い止める為にも、勝手に農作物を育てようが、木こりや猟師をしようが、定住者が増えるのは常時歓迎だ。
つまり家も土地も、空いているものを勝手に利用してもどこからもお咎めは無い。
現時点で、見るからに廃屋であるなら、そのまま住み着こうが修繕して使おうが自由だ。万が一、戻る予定で長期の不在をするだけならば、その旨を村長に伝えておけば良い。
また、逆に定住希望者が、村長や長老に挨拶してその旨を申告してくれば、それこそ既に空き家になった場所など斡旋してもらえる。
近所の男衆に謝礼を出せば、家の改修など手伝ってもくれる。
出自やそこに流れてきた事情などは干渉しない。お互い様だからだ。
村に住み着く条件はたったひとつ。
魔獣が発生したときには一丸となって対応する。
だから訳ありの流れ者がいつの間にか住み着き、村人になった例は珍しくない。
魔獣以外の、人間同士のトラブルに関しては当人同士で解決。それが出来なければ集会を開き皆で裁く。
ただし、余りに他の対人とのトラブルが多い人間は、結局はじき出される。
協調性のない人間とは、いざという緊急事態に連携出来ないからだ。
シンプルで粗野な村。だが、馴染んでしまえば暖かい。
互いが命を預け合っている、見えない絆を感じているからかも知れない。
治癒行脚で訪れたルートの中では、最も東南寄りのジッフ町から東に、雪のない晴れた日の乗合馬車で2時間ほど行くと、少し大きめのエヴェリメ市に行く。雪が積もっていれば倍以上の時間はかかるだろう。
エヴェリメ市から、更に北東に乗合馬車が出ている。4時間ほど行くとシストスドー市。
このエヴェリメ市からシストスドー市は、国道が敷設されているから雪でもおそらく除雪整備され、殆ど小一時間程度の誤差で着くだろう。
そこからは暫く、国道で3~4時間ずつの乗合馬車の発着を繋いで進められる。
その国道繋ぎの3~4時間ずつの都市を辿ると、8つの都市の停車場を乗り継いだところが、もう俺の故郷の隣領。
俺の故郷であるコンセデス領の比較的大きな都市、ヒュージハフド市への最短コースになる。
神子様がトルソーをダミーにして、ベッドに引きこもっているフリをし、最初のジッフ町の停車場からエヴェリメ市の停車場まで、冒険者タカの扮装で移動する。
一旦ベッドに戻り、薬の取り替えか食事を済ます。
その後又、今度はエヴェリメ市に転移して、そこからシストスドー市の停車場に。
一駅ごとに一旦部屋に転移で戻るが、次には下りた停車場のある都市に転移が出来る。
こうして、少しずつ“知っている土地”の距離を伸ばしていくのだ。
夜暗くなってしまうと、周りが見えないから移動は無理だ。
でも上手くすれば、一日に二都市までなら足を伸ばせる。
この先、突然に神子様が後宮から消えたとして、まさかヒュージハフド市に居るとは誰も想像だにしないだろう。
神子様が行った事も、近寄ったことも、話題にしたこともない都市なのだから。
そもそも、俺以外は神子様が転移魔法を使えるという事も知らない。
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