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#03 神子様の後宮入り
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遠征が進むにつれ王太子はますます神子様に対する寵愛を隠さなくなった。
途中、市街地で宿泊できるときなどは王太子の部屋に神子様を引き込み朝方近くまで可愛がっていたという噂が遠征隊に広まっていた。
移動の際も常に隣に侍らせ甘く見つめながら話しかけ。
浄化や結界張りの後、魔力切れで朦朧とする神子様を王太子自らが横抱きにして運び片時も離れず看護して。
指を絡ませながら手を繋いで歩き。
そのうちに人目も憚らず己の膝の上に座らせ唇を触れながら愛を囁くようになり。
王都に戻った際には己の後宮に入れるぞと公言してはばからなくなった。
その度に神子様は「いえ、それはさすがに・・・」とか「無茶を仰らないでください」とやんわりと遠慮していた様子だったが明確な拒絶は見せなかった。
ただ、普通に考えて王太子を相手に拒絶など出来ない。
この世界によりどころなど無いのならなおさら。
それでもセルフヒールをかけたりポーションを飲んだりなどしながら、疲労困憊を押して浄化の旅を終えたとき、とうとう神子様は気の張りが解けて倒れてしまった。
神子様はそれまでの溜まりに溜まった疲労が一気に噴出して、ほぼ5日ほども眠り続けた。
途中途中の水分補給や排泄なども目覚めた後の歩行も看護師達が交代で様子を見ながら介助したらしい。
10日ほど経ち、やっと自力で立ち上がり少しずつ歩行を再開できるようになり始めたとき、神子様の住居は後宮にあった。
王太子は約束を守ったのだ。
だが。
最初のひと月ほどはほぼ日参していた。
そのうち多忙を理由に数日おきになり、1週間に一度になり、月に数回となり、気がつけばもうここ一年は訪れていない。
簡単に言ってしまえば。
神子様は傍目『釣った魚』となった。
その間に王太子は父王の崩御を受け国王に即位した。
そして俺は。
実のところ神子様が後宮に迎え入れられた際、ただ一人の神子様付き護衛騎士に抜擢されたのだ。
この時点で当時まだ王太子であった陛下の意思は明白だった。
本来ならば俺のような一代騎士爵程度の身分の者が後宮におわす王太子の側妃に付けられるはずが無い。しかも、たった一人。
この王は最初からそのつもりだったのだ。
きっと最初から神子様を後宮という鳥かごに繋ぐために体を張った小芝居をしただけだ。
遠征の後半、二人の関係が公認のものとなってから、騎士達の間でも神官の間でもちらほらと聞いた言葉がある。
「王太子殿下も大変だな。国のためとはいえ」
「此度の遠征で結果を残さなければ兄王子の方に玉座を奪われるかも知れないらしいからな」
「正妃の子だから太子に冊立されたけれど、実質能力や人望は第一王子の方が上らしいもんな」
「帰還を急いでいるのも、寝たきりの陛下が自分の留守中に亡くなるのが心配だからだろう。今際の際に兄王子だけが傍に居たらうっかり遺言で何を言われるか分からないもんな」
「此度の遠征が終わったらすぐに婚約者の公爵令嬢とのご婚礼だと聞く」
「あの公爵家の後ろ盾は絶対不可欠だろうから」
ほとんどが位の高くない騎士達や神官見習いの噂でありどの程度の信憑性かは分からなかったが。
・・・王太子があの立場を維持するためのひとつのコマとして神子様を必要としているのは分かった。
そして、俺以外の皆はそれを承知し、暗黙の了解としていたことも。
なぜなら王太子が異性愛者なのは側近ならば殆どが知っていることだったからだ。
王子としての必要上軍属した経験があった。この国では同性の恋愛や結婚も普通だから、兵役訓練期間に恋仲になる者は多かった。退役と同時に大抵はお別れとなるのが常だが、その閉鎖空間にいる間のぬくもりを同性に求めるのはあまりにも普通のことだった。
だが、王太子はそういう相手は作らなかった。
それらしいと噂の側近はいたがそれらの噂は錯綜し信憑性は薄かった。
それよりは訓練所を抜け出しお忍びで歓楽街に行ったという話は、そこで鉢合わせた同僚の話などもありよほど信憑性が高かった。
王太子は同性は恋愛対象では無いのだ。
唯一の例外である神子様に惚れ抜いているとは、お世辞にも言えない。仮に遠征当時の態度はそう見えたとしてもその後の処遇を見れば一目瞭然だ。
遠征から戻り、神子様が通常の生活が出来るようになったとき、王太子の挙式の話を聞かされた。
「私は王太子という立場であるから婚姻は国事だ。いくら君を愛していても政略を優先しなくてはならない。分かって欲しい」
「・・・勿論でございます。どうかお気遣いなく。全て承知しております」
神子様は苦しげに微笑み、頷いた。その姿は王太子の罪悪感を擽るよりも安堵を齎したようだった。あからさまにホッとした王太子の姿に俺は憎しみを感じた。
その日、王太子の退室後開け放した窓の傍らに立ち、日が落ちるまで神子様は庭を眺めていた。
きっとショックを受け心の整理が付かず佇んでいるのだと思った。
空が染まり始め、窓から入り込む空気がひやりとし始めたときにさすがに俺は近寄り窓を閉めようと神子様の背後から手を伸ばした。
とっさに神子様がスッと窓から離れる。俺を避けているように。
そのとき俺の顔を見て神子様は少し困惑した様子だった。俺は思わず傷ついたような顔をしてしまった自分を諫めた。
「ありがとう。少し肌寒くなってきましたね。ユノ、何か肩にかけるものを持ってきて」侍従に命じる。たった一人の侍従はストールを取りに隣室に向かった。
侍従の少年がドアを閉めたのを確認した後、軽く消音魔法を施して神子様が俺に小声で告げた。
「君は俺とは常に三歩以上離れた位置にいるように。・・・でないと、あちらの思うつぼにはめられてしまうかも知れないからね」
この方は全てを承知しているのだとこの時思った。
途中、市街地で宿泊できるときなどは王太子の部屋に神子様を引き込み朝方近くまで可愛がっていたという噂が遠征隊に広まっていた。
移動の際も常に隣に侍らせ甘く見つめながら話しかけ。
浄化や結界張りの後、魔力切れで朦朧とする神子様を王太子自らが横抱きにして運び片時も離れず看護して。
指を絡ませながら手を繋いで歩き。
そのうちに人目も憚らず己の膝の上に座らせ唇を触れながら愛を囁くようになり。
王都に戻った際には己の後宮に入れるぞと公言してはばからなくなった。
その度に神子様は「いえ、それはさすがに・・・」とか「無茶を仰らないでください」とやんわりと遠慮していた様子だったが明確な拒絶は見せなかった。
ただ、普通に考えて王太子を相手に拒絶など出来ない。
この世界によりどころなど無いのならなおさら。
それでもセルフヒールをかけたりポーションを飲んだりなどしながら、疲労困憊を押して浄化の旅を終えたとき、とうとう神子様は気の張りが解けて倒れてしまった。
神子様はそれまでの溜まりに溜まった疲労が一気に噴出して、ほぼ5日ほども眠り続けた。
途中途中の水分補給や排泄なども目覚めた後の歩行も看護師達が交代で様子を見ながら介助したらしい。
10日ほど経ち、やっと自力で立ち上がり少しずつ歩行を再開できるようになり始めたとき、神子様の住居は後宮にあった。
王太子は約束を守ったのだ。
だが。
最初のひと月ほどはほぼ日参していた。
そのうち多忙を理由に数日おきになり、1週間に一度になり、月に数回となり、気がつけばもうここ一年は訪れていない。
簡単に言ってしまえば。
神子様は傍目『釣った魚』となった。
その間に王太子は父王の崩御を受け国王に即位した。
そして俺は。
実のところ神子様が後宮に迎え入れられた際、ただ一人の神子様付き護衛騎士に抜擢されたのだ。
この時点で当時まだ王太子であった陛下の意思は明白だった。
本来ならば俺のような一代騎士爵程度の身分の者が後宮におわす王太子の側妃に付けられるはずが無い。しかも、たった一人。
この王は最初からそのつもりだったのだ。
きっと最初から神子様を後宮という鳥かごに繋ぐために体を張った小芝居をしただけだ。
遠征の後半、二人の関係が公認のものとなってから、騎士達の間でも神官の間でもちらほらと聞いた言葉がある。
「王太子殿下も大変だな。国のためとはいえ」
「此度の遠征で結果を残さなければ兄王子の方に玉座を奪われるかも知れないらしいからな」
「正妃の子だから太子に冊立されたけれど、実質能力や人望は第一王子の方が上らしいもんな」
「帰還を急いでいるのも、寝たきりの陛下が自分の留守中に亡くなるのが心配だからだろう。今際の際に兄王子だけが傍に居たらうっかり遺言で何を言われるか分からないもんな」
「此度の遠征が終わったらすぐに婚約者の公爵令嬢とのご婚礼だと聞く」
「あの公爵家の後ろ盾は絶対不可欠だろうから」
ほとんどが位の高くない騎士達や神官見習いの噂でありどの程度の信憑性かは分からなかったが。
・・・王太子があの立場を維持するためのひとつのコマとして神子様を必要としているのは分かった。
そして、俺以外の皆はそれを承知し、暗黙の了解としていたことも。
なぜなら王太子が異性愛者なのは側近ならば殆どが知っていることだったからだ。
王子としての必要上軍属した経験があった。この国では同性の恋愛や結婚も普通だから、兵役訓練期間に恋仲になる者は多かった。退役と同時に大抵はお別れとなるのが常だが、その閉鎖空間にいる間のぬくもりを同性に求めるのはあまりにも普通のことだった。
だが、王太子はそういう相手は作らなかった。
それらしいと噂の側近はいたがそれらの噂は錯綜し信憑性は薄かった。
それよりは訓練所を抜け出しお忍びで歓楽街に行ったという話は、そこで鉢合わせた同僚の話などもありよほど信憑性が高かった。
王太子は同性は恋愛対象では無いのだ。
唯一の例外である神子様に惚れ抜いているとは、お世辞にも言えない。仮に遠征当時の態度はそう見えたとしてもその後の処遇を見れば一目瞭然だ。
遠征から戻り、神子様が通常の生活が出来るようになったとき、王太子の挙式の話を聞かされた。
「私は王太子という立場であるから婚姻は国事だ。いくら君を愛していても政略を優先しなくてはならない。分かって欲しい」
「・・・勿論でございます。どうかお気遣いなく。全て承知しております」
神子様は苦しげに微笑み、頷いた。その姿は王太子の罪悪感を擽るよりも安堵を齎したようだった。あからさまにホッとした王太子の姿に俺は憎しみを感じた。
その日、王太子の退室後開け放した窓の傍らに立ち、日が落ちるまで神子様は庭を眺めていた。
きっとショックを受け心の整理が付かず佇んでいるのだと思った。
空が染まり始め、窓から入り込む空気がひやりとし始めたときにさすがに俺は近寄り窓を閉めようと神子様の背後から手を伸ばした。
とっさに神子様がスッと窓から離れる。俺を避けているように。
そのとき俺の顔を見て神子様は少し困惑した様子だった。俺は思わず傷ついたような顔をしてしまった自分を諫めた。
「ありがとう。少し肌寒くなってきましたね。ユノ、何か肩にかけるものを持ってきて」侍従に命じる。たった一人の侍従はストールを取りに隣室に向かった。
侍従の少年がドアを閉めたのを確認した後、軽く消音魔法を施して神子様が俺に小声で告げた。
「君は俺とは常に三歩以上離れた位置にいるように。・・・でないと、あちらの思うつぼにはめられてしまうかも知れないからね」
この方は全てを承知しているのだとこの時思った。
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