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本編
四十五話 ヒポグリフ
しおりを挟むタルトの事はしばらく伏せておくように伯爵に言われた。ミスリル級の強さの愛玩動物は少々刺激が強いのかと聞くと、マギーの事は今更広まっても構わないが、タルトはその希少性も問題のようだ。妖精ならたまに人族と接触することもあるが、後者はレアどころか、存在すら知られていないとか。伯爵の知る限りだが。
ミスリル級の魔物というだけなら、わずかだが飼われていない事もないらしい。主に迷宮の外で繁殖した個体が産んだばかりの幼体や卵を捕えたものだ。成体を隷属させるのは困難を極めるとか。
王族が飼っている下級のドラゴンなんかがそうらしい。こちらはさらに番を揃えて繁殖させ、今は四頭だとか。たまに式典やパレードで見せ物にしており、火炎のブレスを吐く個体と氷結のブレスを吐く個体がいるらしい。
他にも有名どころではグリフォンというミスリル級の魔物を飼っている貴族がいるらしい。こちらは一頭だけだが、雌馬と繁殖させ、ヒポグリフというプラチナ級の魔物を産ませているとか。その個体は少し老いたようだが、今でも種馬として頑張っているらしい。ヒポグリフ同士でも繁殖できるが、グリフォンの方が色々旺盛だとか。
伯爵も一頭ヒポグリフを所有しているという。件の貴族から買い付けたそうだ。ちなみに去勢済らしい。去勢されていない個体はかなり高い上に、子供が生まれるたびにその貴族家に追加である程度の金を支払う必要があるとか。勝手に再生のポーションなんかで繁殖できるようにすると賠償金が発生したりもするらしい。正規の金額で買うよりも高くつくとか。やむを得ない場合はまた去勢させたりするらしい。
たまに餌をやったり、ブラッシングしたり、乗り回したりが息抜きの一つだとか。さすがに遠出するには護衛も必要なので、普段は騎士団の訓練場で走らせたり、街の周りを周回したりしているとか。低空で長距離でなければ飛行もできるらしい。伯爵の立場上、乗った状態で飛ぶ事はできないが。不慮の事故とかあるからね。
ローゼスさんや他の者に騎士爵を授ける際に追加で買ってやろうかと思ったが、既に愛馬がいたり、乗馬が上手くなかったりで断られたそうだ。
後者はローゼスさんだ。ローゼスさんは単体の実力だけなら一番強いらしいが、馬の扱いは下手なので少し残念な扱いをされているらしい。伯爵としては良い機会なので矯正したかったそうだが。馬の扱いが上手ければ騎士団長にしても良かったのにと溢していた。馬に乗るのが下手な騎士団長は外聞が悪いとか。
その後そのヒポグリフに合わせて貰った。黒くはないがシュバルツという名前らしい。身体の前半身が鷲、後半身が馬という外見だ。
プライドが高いらしく、俺を見るとなんだコイツ、というように威嚇する体勢になっていた。伯爵には懐いているようで、クルルァと鳴きながら身体をすり寄せたりしていたが。
伯爵がステーキ大の肉をあげると、バッサバッサと翼をはためかせて喜んでいた。それなりに愛らしいかもしれない。
その後、伯爵が頑強の魔法が使えるなら私にかけろと言うのでかけてあげたら、シュバルツにまたがり飛んで行った。周囲の者が大騒ぎしている。
しばらくして戻ってきた伯爵は部下に怒られていた。晴れやかな笑みを浮かべていたが。コイツの魔法なら大丈夫だろう、との事だ。騎士団にも魔術師はいるそうだが、俺よりはランクは落ちるらしい。
俺も全ての魔法が得意なわけではなく、減速とか苦手なんだけどな、と思ったが言わなかった。頑強なら、パピルザグを倒す前あたりではマンティコアの毒針をくらっても、蚊に刺されたか、と思う程度にはなっていたからだ。ちなみに油断していたところで足に当たった。
致命傷を治す快癒の魔法も使えるかと聞かれたので一応イエスと言うと、コイツのなら治りも早いだろうし問題ないだろうと周囲に言っていた。俺も皆も大した怪我をしないから、そっちはあまり自信がないんだけどな。
侃々諤々とした後、騎士団に所属する他の魔術師が重力軽減や継続治癒の魔法を追加でかける事を条件に伯爵の飛行は許可された。魔法の効果が切れないように短時間ごとに戻ってくるが。そっちは使った事はないのでコツなんかを聞いておいた。
浮遊や落下防止の魔法もあるそうだが、発動者の眼の届く範囲からはあまり離れられないらしい。シュバルツも二人乗りでは飛べないとか。そっちもコツを聞いておく。
アリシアさんにも色々な魔法のコツを聞いたが、擬音が多く分かりづらかった。魔導書を書く分には脳に明瞭なイメージとして刻まれるので問題ないようだが。その時は魔導書の在庫があるものは買うことにした。原価でいいと言われたが、一応ちゃんとした値段分のお金を支払った。
伯爵は何度か飛行を繰り返すと、さらに上機嫌になっていた。普段は雀荘にたまにいそうな何処かの組のカシラといった感じのいかめしい顔をしているのだが、まるで人が変わったようだ。笑顔でシュバルツに追加で肉を与え、ブラッシングをしている。伯爵が与える肉は普段の餌よりも高級品らしい。ブラシも名工の品だとか。
周りの話し振りでは、伯爵がこんなに機嫌がいいのは、二人の娘が初めて伯爵の事をパパと呼んだ時ぐらいらしい。今は両方父上と呼んでいるらしいが。
その後伯爵は笑顔のまま仕事に戻っていった。去り際、お前もシュバルツに乗るか、と言われたが断っておいた。秘蔵の酒をくれるというのはありがたくもらう事にしたが。
その後話を聞いたところではいつもの何倍もの量の仕事をスムーズにこなしていたそうだ。普段から仕事はあまり貯めないらしいが、今回は異常との事だった。
執事から受け取った秘蔵らしい酒は、元の世界では飲んだことのない、ありえない美味しさだった。皆にも飲ませると、かなり喜んでいた。リアナはスライムのようにとろけてリラックスした様子で、シーラも笑みを浮かべ口数が増えていた。
マギーは変な笑い方をしながら短距離転移を繰り返したり、タルトに頭から突っ込んだりしていた。たまにはたき落とされていたが。転移で壁に埋まらないか少し心配だった。一応安全装置はついてる魔法だが。
またお願いされるかもな。暇なら付き合うけど。
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