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本編
一話 異世界
しおりを挟む「目が覚めたようだな」
目を覚ますと男性の声がする。身体を起こし、顔を上げると、真っ赤な髪をした鎧姿の男性がいた。腰には剣を差している。何かのコスプレだろうか。
あたりを見渡すと森の中だった。草木の匂いと土っぽい匂いがする。キャンプ場から森に入って寝てしまったんだろうか。
昨日は数世紀に一度の天体現象が見れるという事で、空がよく見えるキャンプ場に来ていた。紫色で巨大な月を見ながら酒を飲んでいたところから記憶がない。赤い月が見えるという話だったのに紫色だったので、興奮していた事だけは覚えている。
「すいません。酔っ払って森に入っちゃったみたいで」
「そうか。羽目を外しすぎないように気をつけた方がいい。かくいう俺も酒は好きだがな」
「そうします。それはそうと、それなんかのコスプレですか?お兄さんイケメンですし、衣装もまるで本物みたいでカッコいいです」
「……よくわかっているな」
「かなりクオリティ高いですからね。あ、そろそろ失礼します。昼には帰らないと」
「これも何かの縁だ。森の出口まで送ってやろう。このところ暇を持て余していてな。このあたりにはそれほど危険な魔物はいないはずだが、何があるかわからんからな」
「ははは、役になりきってますね。そうですね、このあたりにはイノシシや熊はあまりこないはずですが、万が一があるかもしれません。お願いします」
コスプレイヤーの男性と森を歩く。一キロほど歩くが一向にキャンプ場に着かない。昨日の俺は何をしていたんだ?酔った勢いで走り回って風になっていたんだろうか。
「止まれ」
男性が警告の声をあげて振り返り、後方に向かって歩きながら剣を抜く。役になりきってんなー。構えからして堂に入っていて、映画とかにも出れそうなくらいだ。結構有名なレイヤーなのかな。
感心していると何か後ろから大きなものが迫ってくるような音がする。嘘だろ、こんなところでクマやイノシシが出てくるのか?
「に、逃げませんか?」
「大丈夫だ。気配からすればキマイラだろう。大した相手ではない」
いやいやいや、こんな時までキャラ作んなくても!命かけすぎだろ!次第に木が薙ぎ倒されるような音が響いてくる。クマやイノシシがこんな音を立てるのか?これじゃ怪獣だろう!
驚愕し震えていると突然前から火炎が噴き出してきた。はぁー!?思わず尻餅をつく。
「ふん」
男性が前方に移動し手を翳すと、巨大な光の盾のようなものが生まれ、火を防ぐ。おいおいおい。魔法?今魔法使ったの?いやドッキリだ。悪質なテレビ番組に強制出演させられたんだ。ありえない。
火が消えると、木々が倒れる音とともにそいつは現れた。
「やはりキマイラか。このあたりでは珍しい」
胴体から山羊の頭が生えたライオン、尻尾は蛇になっている。かなりデカい。まさにキマイラ。ファンタジーでよく出てくるやつだ。嘘だろ、まだ夢を見てるのか?
驚愕し震えていると、ライオンと山羊の首がいきなり切断され、大量の血飛沫が吹き出した。いつのまにか男性はキマイラのようなものの近くに立っている。キマイラはズシーンという音を立てて倒れた。
本物、なのか?焦げくさい臭いと、濃厚な血のような臭いがする。呆然としていると、男性が死体に近づき手を翳す。すると死体は跡形もなく消えてしまった。
◆
この世界の名前はアルカディア。迷宮から湧き出す魔物と、剣と魔法を使って戦うファンタジー世界らしい。そしてここはトラキア王国というところの北にある森らしい。近くにはイースタスという街があり、交易で栄えているとか。
今は焚き火を囲んで食事をしている。男性が虚空から取り出した食材で作られた煮込み汁を啜る。パンもいただいたので齧る。うん、うまい。先程自分が異世界の人間である事を話し、この世界の事を聞いた。
「巨大な魔力の発生を感知し足を運んでみたらお前が倒れていた。おおかた世界間の魔力の移動に巻き込まれたのだろう。この世界は他の世界から魔力が流れ込みやすくなっている」
「これからどうしたらいいんだろう……」
「みたところ定命のものにしてはなかなかに魔力の質が高く、量も多いようだ。魔法を使い、冒険者として名をあげてみたらどうだ?」
「え?俺魔法使えるんですか?」
「使えるのではないか?試してやろう」
男性が俺に近づき、額に手を当てる。何か熱いものが体に入ってきて、全身に広がって流れを産む。新しく出来た血管が全身を巡り何かがその中を流れているような感覚だ。
「身体の中を巡る魔力が指先に集まるように意識しろ。そうして指先から小さい火が出る事を思い浮かべてみろ」
言われた通りにしてみると、何かが指先に集まっていく。火種をイメージすると指先からライターくらいの火が噴き出た。
「成功だな。後は修行と想像力次第で様々な魔法が使えるようになるだろう」
ほ、本物の魔法だ。火種程度だが本当に魔法を発動できてしまった。感動する。
「せっかくだからこれらもくれてやろう」
男性が虚空から何冊も本を取り出す。
「なんです?それ」
「手を当てて魔力を通してみろ」
手渡された本に魔力を通してみる。すると本は光り輝いた後消え、何かの使い方が頭に流れ込んでくる。魔力の槍?魔力でできた槍を飛ばし、相手を破壊する魔法のようだ。
「向こうに向かって使ってみろ」
指さされた先にある木に魔力の槍を飛ばしてみる。翳した手のひらから光の槍が現れて飛んでいく。槍は木の中心にあたり、木を粉砕した。
「なかなかだな。使い方がわかったところで簡単に使えるようにはならないものだが」
「さっきの本はなんなんです?」
「魔導書だ。魔法紙と魔力を含んだインクで書かれたもので、使えば魔法を習得できる」
「貴重なものなんじゃ」
「大したものではない。長い間生きていると物が溜まっていってな。俺はゴミ整理が苦手なのだ。遠慮せず受け取れ」
魔法が使えるようになる本って知ってるファンタジーだと金貨が何枚も飛んでいくような描写だったけどな。それをゴミって。
そうしてまた何冊も本を渡してくる。受け取って魔力を流す。受け取って魔力を流す。結果様々な魔法の使い方が分かった。
・鑑定
生物や物品を鑑定する
・鑑定妨害
鑑定を防ぐ
・身体強化
身体能力を強化する
・封印
相手の魔法を一時的に封じる
・解呪
任意の魔法効果を解除する
・浄化
汚れ、穢れを消し去る
・転移
任意の場所に転移できる
・収納
亜空間に物品を保管する
・治癒
負傷を治す
・解毒
毒を消し去る
・防壁
魔力でできた防御壁を貼る
・翻訳
知らない言語と文字が分かる
相手に言葉が通じるようになる
・索敵
周囲の生物の大きさと場所が分かる
・隷属
生物や魔法生物を隷属させる
「こんなものだろう。まだ腐るほどあるが、あまり定命にものを与えすぎては贔屓をしていると文句を言われるかもしれんからな」
「ありがとうございます」
「忠告しておくが、定命の転移ではさすがに世界間の移動は不可能だ。神でもなければ次元の狭間に放り込まれて死ぬことになる」
「そ、そうですか。やめておきます」
実はやろうと思っていた。忠告してくれて助かった。
「使えるようになった魔法を変化させる事で別の魔法も習得しやすくなるだろう。研鑽をつむのだな。全く新しいオリジナルの魔法を作るのも試してみろ」
「はい、頑張ります」
「食事を終えたら森を出る、出たら街道があるから東に進めばいい。日が暮れる前には街につけるだろう」
食事を終え、後片付けをして出発する。しばらく進むと森の出口が見え、森を出ると街道が見えた。
「このあたりまでくれば案内は必要ないだろう。東はあっちだ。何かあったら適当に魔法で対処すればいい。キマイラ程度ならお前でも倒せるはずだ」
「どうもお世話になりました」
「こちらも良い暇つぶしになった。それはそうと、お前はこの世界の金は持っておらんのだったな」
男性が虚空から袋を取り出し、中に手を入れる。しばらくその状態で静止し、手を抜いてこちらに袋を差し出してくる。受け取る。
「あまり与える訳にはいかんと言ったが……くれてやろう。金と、他にも色々と入れておいた」
「いいんですか?」
「気にするな。金以外は色々と適当に突っ込んだから、使えるものがあったら使ってみるといい」
「ありがとうございます」
「本当であれば異世界の話を聞きながら街まで共に歩きたかったのだがな。横槍が入った。まあ、また会う事もあるだろう。それとそうだな、冒険者になるのならいずれ迷宮に挑戦してみろ。ではな」
横槍ってなんだろう、と思った瞬間、男性は消えていた。転移したのかな?あ、そういえば名前を聞いてない。しまったな。また会える事を祈ろう。
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