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ごしょう!

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「叔父様、アリーが困ってる。お願い助けてあげて」

 スティラが頬をうっすらとピンク色にして、焦ったようにラドフェン公爵の袖をつんつんする。
 天使をモチーフにした白いドレス姿は可憐そのもので、あまりの繊細な愛らしさにラドフェン公爵夫妻が同時に「んくく~」と唇を噛んだ。
 アリーの周囲に群がる男性陣に向かって、ラドフェン公爵があたかも偉大な知恵を授けるかのように言い放つ。

「君たちより遥かにアリー・クルネア男爵令嬢を知っている人間として、この言葉を授けよう! 筋肉は正義、筋肉は裏切らない! 彼女と踊りたければ、もりっと筋肉を鍛えていらっしゃいっ!」

 貴公子たちがざわざわし始める。その一番後ろに「元兄貴」がいて、アリーは内心でのけぞった。

<いやいやお前、聖女ミアじゃなくてこっちにくるんかい>

 背ばかりがひょろひょろと伸びて、もやしな彼らに比べれば、ラドフェン公爵は屈強にもほどがある。
 もちろんマクシミリアンたちの真実の姿──聖女ミア側から見れば最終形態になるのだろうか──に比べれば筋骨隆々とはいえ、まだまだ一般人の範疇ではあるが。
 しかし今をときめきまくる王弟殿下に加え、これまで社交界に出てこなかった王太子とその側近たちが、揃いも揃って男気溢れる筋肉質な身体を持っているのだ。
 筋肉こそが政治力、と目ざとく解釈する者が現れても不思議ではない。実際、何人かの貴公子たちが仲間になりたそうにこちらを見ている。

「興味あるならこっちいらっしゃい。1か月くらいで結果が出てくるトレーニングメニュー教えてあげるから」

 ラドフェン公爵がちょいちょいと手招きをする。理由をつけて去っていく者あり、ふらふらと引き寄せられる者あり。
 驚いたことに、元兄貴は残った。過去9回は公爵家嫡男として、傲慢さというか性格の悪さを感じさせる人だったのだが、今回は雰囲気が少し違う。

<なんというか……少し苦労しているっぽい? まだ20歳のはずだけど、妙に老成しているような……>

 巻き戻り2回目ですでに家族を信じられなくなっていたし、3回目からは心の中で願うことすらやめた。なんたって9回も断罪されてきたのだ、父が母が、そして兄が救ってくれると夢見るほど愚かではなかった。

《アリー、王太子様がミアのところへ到着しましたよ。今はそっちに注目しましょう》

<あ、うん。ごめんねアベル、ありがとう>

 どうあっても元実家との関わりは避けられないようだが、とりあえずはミアだ。彼女が漏らすキーワードは余さず拾わなければならない。
 聖女ミアが乙女らしく恥じらいながら、魅惑的な笑顔を作ってマクシミリアンを見上げている。前回の失敗を挽回しようと、意気揚々としていることがわかる。
 彼女の予定では、上から下まで念入りに着飾った自分を見てマクシミリアンが赤くなり、二人でうっとりと見つめ合う流れであるはず。
 実際、過去9回ではそうだった。王太子は婚約者とのファーストダンスをけだるそうにこなした後、壁際で待っている聖女ミアの元へと駆け寄って、弾ける笑顔を浮かべて彼女の手を取る。
 そして「お互いしか見えていません」というラブラブなダンスを繰り広げるのだ。公爵令嬢アリーシアなど存在していないも同然の顔つきで。

「王太子殿下……ああ、お会いしたかった……」

 ミアが神に祈るように、胸の前で両手の指を組み合わせる。激烈に可憐で美しいのだが、とても慎み深いとは言えない物欲しげな顔だ。
 長身で肩幅が広く、男らしさを放ちまくる逞しい身体を黒一色の粋な衣装で包んでいるマクシミリアンが、少し眉を顰めて赤いクラバットを指先で弄る。
 彼はまるでミアのぶしつけな視線をたしなめるように、小さなため息をついた。それからミアをダンスフロアの中央に導くため、すっと片手を差し出す。

「なんて男らしい手なんでしょう」

 宮廷楽団が軽快なワルツの調べを奏でようと待機している中、ミアはあろうことかマクシミリアンの手のひらを両手で包み込んだ。

「力強くて無骨で……傷がいっぱいあるわ。こんな荒れた手では恥ずかしいでしょう? わたしの治癒魔法は、どんなに古い傷でも治せるんです。さあ、今すぐに聖女の光の魔法を──」

「必要ない」

 マクシミリアンがぴしゃりと言った。しかめっ面を通り越して、完全なる無表情。

「これは俺にとって大切な成長の証だ。ミア嬢、あなたは好意で言っているのだろうが、時と場合と場所をわきまえた方がいい。社交の場で特に急ぎでもなく、重要でもない魔法を繰り出すことはマナー違反だと、誰かに教えてもらわなかったのか?」

 マクシミリアンの予想外の返事に目を丸くして、ミアは言葉を失った。呆然と口を開け、次いで赤くなる。白い頬が薔薇色に上気し、目が星のように煌めいた。まるで庇護欲をそそる小動物のようだ。
 どんな表情でも素晴らしく美しく見える聖女ミアは、急いで愛らしい笑顔を作り直して、マクシミリアンの手のひらに行儀よく指先を載せた。
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