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よんしょう!
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「まあ、なんて綺麗なんでしょう!」
マリリン・ウィンター侯爵令嬢が溜め息まじりに言う。
「これほどお美しく堂々としている淑女は、ほかにはいらっしゃいませんわ」
キャロル・イングリス伯爵令嬢が瞳をきらきらさせながら、胸の前で両手の指を組み合わせた。
「アリーさんは背が高いから目立ちますし、きっと大舞踏会では貴族たちの視線を独り占めなさるに違いないわ」
カーリー・アークライト侯爵令嬢が興奮気味にまくしたてる。
「この思わず怖気づくほどの存在感! 目があった瞬間『お姉様』と呼ばずにはいられませんもの」
リンダ・エイベル伯爵令嬢が白い頬を桃色に染めた。
四天王とその婚約者たちのお茶会は第二部に突入し、現在「第五王女スティラ&アリー・クルネア男爵令嬢社交界デビュー大お仕立て会」の真っ最中だ。
アリーは大鏡の中の、がっしりした体格の力強い女を見ながら「ははは」と乾いた笑いを浮かべた。
子どもの頃からきつい畑仕事に鍛えられたせいで、小柄でも華奢でも女の子らしくもない、筋肉質で逞しい体つき。
シルクサテンをたっぷり使った光沢のある深い藍色のドレスには、前身ごろに繊細な刺繍が施されていて本当に美しいのだが、アリーが袖を通すと「舞踏会ではなく武闘会に出るべきでは?」という仕上がりになるのが不思議だった。
<いや、不思議でも何でもないか~。領地でだって、お嬢様っぽく扱われたことは一度もないのに。マクシミリアンたちが規格外すぎるから、うっかり自分が華奢に思えてしまっていたわ>
《何を言うご主人、驚くべき美しさだぞ。我は出会った瞬間から、どうしてもご主人から目が離せなかったが、次は社交界の男どもがど肝を抜かれる番だな》
アリーの胸元にくっついている、ファンシーな鳥の形のブローチが囁く。
有言実行の男たっくんは、たった一晩の修行で伸縮自在&作画変更能力を手に入れてきた。もしかしたら世界で一番強いのはたっくんかもしれない(女性が求める男子力的な意味でも)
「アリー、とっても綺麗。絵物語の中のお姫様より綺麗」
スティラが下から覗き込んできて、にっこり微笑む。天使や、と思いながらアリーも微笑んだ。
「ありがとうございます、スティラ様。でも一番お美しいのはスティラ様ですわ。本当に天使のようで、神々しく見えますもの」
アリーはうんせと屈みこんでスティラの頭を撫でた。侍女服よりも多少動きにくいが、ドレスのデザインがシンプル極まりないので、大舞踏会中のスティラのお世話は難なくこなせそうだ。
スティラのドレスには最高級のレースがふんだんに使われ、肩の部分に天使の翼をイメージした飾りがつけられている。この世のものとも思えぬほどの神秘的な雰囲気が醸し出され、涎が出そうなほどの愛らしさだ。
マリリンたち4人の令嬢も、初めて会う第五王女の美しさに感動しまくっている。お姉さんたちから寄ってたかって誉めそやされて、スティラも嬉しそうだ。
「仕立て屋さんたちに心からのお礼を言わなくてはなりませんね。あまりにも素晴らしすぎて、スティラ様とアリー様が大舞踏会の主役になることは間違いなしですもの」
マリリンが頬に手を当て、しみじみとつぶやく。他の3人も一斉にうなずいた。
「いやあ、こんなにやりがいのある仕事は久しぶりでございましたよ。王女様の衣装を仕立てる栄誉を頂いたうえ、これだけ立派な体格のお嬢様のドレスが作れるなんて。アリーお嬢様のは、アタシたち自身が着てみたいと思っていた夢のドレスなんです。繊細で華奢なお嬢様にはお勧めできないデザインでしてね」
仕立て屋の女将たちの代表格が、たっぷりした二の腕の肉を揺らしながら「がはは」と豪快に笑った。
肩に足踏みミシンやらきっちり巻かれた布やらを担いで、てきぱきと帰り支度をしている女将たちが、同感だと言わんばかりの視線でアリーを見る。
筋肉特戦隊たちのお仕立て会で、亭主たちが真っ白に燃え尽きていたのとは対照的に、逞しすぎる女将たちは一分一秒も無駄にしない。家に帰れば、子どもや夕飯づくりが待っているからだろう。
「ハイネックで肩が大きく開いたスリーブラインに、甘さを排除した流れるようにシンプルな縦のラインは、筋肉を感じさせるメリハリボディだからこそ映えるんです。いやあ、アタシらも長いこと仕立て屋やってますが、綺麗に腹筋が割れたレディなんて初めて見ましたよ」
周囲から注がれる視線は温かく、捧げられる賛辞もどうやらお世辞ではないらしい。アリーはちょっと照れくさくなった。
公爵令嬢アリーシアが身に纏っていた豪華極まりないドレスとは対極にあるが、もしかしたら筋肉こそ最強のアクセサリーなのかもしれない。
実際、四天王の婚約者たち──アリーの元親友たちは、すっかり筋トレに興味を持ったようだ。来月の社交シーズンが始まるまで、毎日西翼に通ってトレーニングする計画を勝手に立て始めている。
<いや、でも嬉しい。彼女たちが元気で嬉しい。婚約者との仲が良好で嬉しい。ちょっと毒されすぎな感じはするけど……>
さっきまでのお茶会では、愛し合う恋人たちのラブラブビームに当てられっぱなしだった。マクシミリアンが肩身が狭そうなうえに寂しそうで、哀れすぎて彼用のケーキを大きく切り分けてしまった。
「アリーさん、今日の夜は山でキャンプファイヤーをするんですって! じゃがいもを投げ込んだり、チーズやステーキ肉を炙って食べようってジェフリーが言っていたわ。とってもロマンチック、一緒に楽しみましょうね!」
いかん、この子たち完全に四天王に毒されている。頭痛を感じて額を手で押さえつつ、それでもアリーは心が浮き立つのを感じていた。
マリリン・ウィンター侯爵令嬢が溜め息まじりに言う。
「これほどお美しく堂々としている淑女は、ほかにはいらっしゃいませんわ」
キャロル・イングリス伯爵令嬢が瞳をきらきらさせながら、胸の前で両手の指を組み合わせた。
「アリーさんは背が高いから目立ちますし、きっと大舞踏会では貴族たちの視線を独り占めなさるに違いないわ」
カーリー・アークライト侯爵令嬢が興奮気味にまくしたてる。
「この思わず怖気づくほどの存在感! 目があった瞬間『お姉様』と呼ばずにはいられませんもの」
リンダ・エイベル伯爵令嬢が白い頬を桃色に染めた。
四天王とその婚約者たちのお茶会は第二部に突入し、現在「第五王女スティラ&アリー・クルネア男爵令嬢社交界デビュー大お仕立て会」の真っ最中だ。
アリーは大鏡の中の、がっしりした体格の力強い女を見ながら「ははは」と乾いた笑いを浮かべた。
子どもの頃からきつい畑仕事に鍛えられたせいで、小柄でも華奢でも女の子らしくもない、筋肉質で逞しい体つき。
シルクサテンをたっぷり使った光沢のある深い藍色のドレスには、前身ごろに繊細な刺繍が施されていて本当に美しいのだが、アリーが袖を通すと「舞踏会ではなく武闘会に出るべきでは?」という仕上がりになるのが不思議だった。
<いや、不思議でも何でもないか~。領地でだって、お嬢様っぽく扱われたことは一度もないのに。マクシミリアンたちが規格外すぎるから、うっかり自分が華奢に思えてしまっていたわ>
《何を言うご主人、驚くべき美しさだぞ。我は出会った瞬間から、どうしてもご主人から目が離せなかったが、次は社交界の男どもがど肝を抜かれる番だな》
アリーの胸元にくっついている、ファンシーな鳥の形のブローチが囁く。
有言実行の男たっくんは、たった一晩の修行で伸縮自在&作画変更能力を手に入れてきた。もしかしたら世界で一番強いのはたっくんかもしれない(女性が求める男子力的な意味でも)
「アリー、とっても綺麗。絵物語の中のお姫様より綺麗」
スティラが下から覗き込んできて、にっこり微笑む。天使や、と思いながらアリーも微笑んだ。
「ありがとうございます、スティラ様。でも一番お美しいのはスティラ様ですわ。本当に天使のようで、神々しく見えますもの」
アリーはうんせと屈みこんでスティラの頭を撫でた。侍女服よりも多少動きにくいが、ドレスのデザインがシンプル極まりないので、大舞踏会中のスティラのお世話は難なくこなせそうだ。
スティラのドレスには最高級のレースがふんだんに使われ、肩の部分に天使の翼をイメージした飾りがつけられている。この世のものとも思えぬほどの神秘的な雰囲気が醸し出され、涎が出そうなほどの愛らしさだ。
マリリンたち4人の令嬢も、初めて会う第五王女の美しさに感動しまくっている。お姉さんたちから寄ってたかって誉めそやされて、スティラも嬉しそうだ。
「仕立て屋さんたちに心からのお礼を言わなくてはなりませんね。あまりにも素晴らしすぎて、スティラ様とアリー様が大舞踏会の主役になることは間違いなしですもの」
マリリンが頬に手を当て、しみじみとつぶやく。他の3人も一斉にうなずいた。
「いやあ、こんなにやりがいのある仕事は久しぶりでございましたよ。王女様の衣装を仕立てる栄誉を頂いたうえ、これだけ立派な体格のお嬢様のドレスが作れるなんて。アリーお嬢様のは、アタシたち自身が着てみたいと思っていた夢のドレスなんです。繊細で華奢なお嬢様にはお勧めできないデザインでしてね」
仕立て屋の女将たちの代表格が、たっぷりした二の腕の肉を揺らしながら「がはは」と豪快に笑った。
肩に足踏みミシンやらきっちり巻かれた布やらを担いで、てきぱきと帰り支度をしている女将たちが、同感だと言わんばかりの視線でアリーを見る。
筋肉特戦隊たちのお仕立て会で、亭主たちが真っ白に燃え尽きていたのとは対照的に、逞しすぎる女将たちは一分一秒も無駄にしない。家に帰れば、子どもや夕飯づくりが待っているからだろう。
「ハイネックで肩が大きく開いたスリーブラインに、甘さを排除した流れるようにシンプルな縦のラインは、筋肉を感じさせるメリハリボディだからこそ映えるんです。いやあ、アタシらも長いこと仕立て屋やってますが、綺麗に腹筋が割れたレディなんて初めて見ましたよ」
周囲から注がれる視線は温かく、捧げられる賛辞もどうやらお世辞ではないらしい。アリーはちょっと照れくさくなった。
公爵令嬢アリーシアが身に纏っていた豪華極まりないドレスとは対極にあるが、もしかしたら筋肉こそ最強のアクセサリーなのかもしれない。
実際、四天王の婚約者たち──アリーの元親友たちは、すっかり筋トレに興味を持ったようだ。来月の社交シーズンが始まるまで、毎日西翼に通ってトレーニングする計画を勝手に立て始めている。
<いや、でも嬉しい。彼女たちが元気で嬉しい。婚約者との仲が良好で嬉しい。ちょっと毒されすぎな感じはするけど……>
さっきまでのお茶会では、愛し合う恋人たちのラブラブビームに当てられっぱなしだった。マクシミリアンが肩身が狭そうなうえに寂しそうで、哀れすぎて彼用のケーキを大きく切り分けてしまった。
「アリーさん、今日の夜は山でキャンプファイヤーをするんですって! じゃがいもを投げ込んだり、チーズやステーキ肉を炙って食べようってジェフリーが言っていたわ。とってもロマンチック、一緒に楽しみましょうね!」
いかん、この子たち完全に四天王に毒されている。頭痛を感じて額を手で押さえつつ、それでもアリーは心が浮き立つのを感じていた。
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