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さんしょう!

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 西翼の図書室には、煌々と明かりが灯っていた。アリーはティーワゴンを押しながら、かつてのマクシミリアンが一番嫌いだった場所へと進んでいく。
 夜遅くまで調べ物をしている王太子様のためにお茶を用意してほしい、というご要望が四天王たちから入ったのだ。西翼の女性使用人はアリーのほかは老齢の侍女ばかりで、こういう役回りは結局、見るからに頑丈そうなアリーが担うことになる。
 あと少しで図書室というところで、丸太のようにいかつい剛腕をぶんぶん振り回して歩いている脳筋マーティンと遭遇した。

「おお、アリーさん。これから俺は、西翼に潜り込んでいたネズミと遊ぶところなんだ」

「もう間諜スパイが判明したのですか。さすが、近衛騎士団長様のご子息でいらっしゃいますね。団長様は、疾風怒濤の猛襲で有名でいらっしゃいますもの」

「いやいや、俺だけの働きではないさ。ジェフリーの冷静さ、スティーブンの視野の広さ、クリスの頭脳あってこそだ。では、失礼する! 殿下は図書室に籠っておられるので、ひとつ美味い茶を頼むぞ!」

 ははは、と快活に笑いながら、マーティンが廊下の向こうへと消えていく。すっかり目が慣れてしまったが、筋肉きっしりの大きな背中だ。

<あの巨漢が眼前にそびえ立ったら、号泣しながらあっという間に白状しそう……>

 マーティンは近衛騎士団長の三男とはいえ、上二人の兄が幼くして亡くなっているため繰り上がり嫡男だ。彼の家は代々近衛騎士団を率いており、聖女ミアに目を付けられるのは至極自然の流れと言えた。
 宰相の息子ジェフリーは未来の宰相と目され、スティーブンは経済を担い、クリスはその頭脳を法務関係で活かすことを期待されている。
 マクシミリアンが国王になれば、彼ら四天王たちが国を動かしていくわけだ。公爵令嬢アリーシアが断頭台の露と消えた後、聖女ミアに魅了された彼らはいったいどうなったのだろう。
 彼らが9歳から見続けているという夢はぼんやりしてふんわりしているらしいが、そこらへん、踏み込んで聞いてみたくなってきた。

「殿下、お茶をお持ちいたしました。入ってもよろしいですか?」

「ん? ああ、アリーか。ありがとう、ちょうど一息入れようと思っていたところだ」

 自然体の構えかどうかは知らないが、床に座り込んで本の山を築いているマクシミリアンが顔を上げた。一か所に重さが集中して、不憫な床板がミシミシ音を立てている。
 積み上げられている本の背表紙をざっと眺めて、アリーの身体に衝撃が走った。全部外国語の本だった。
 勉強が大嫌いで、努力などという泥臭いことも嫌いだった過去9回のマクシミリアンならば、手に取らないどころかそもそも読めないラインナップだ。

「これ、全部お読みになったのですか……。どれも異世界に関しての記述がある本ですね」

「さすがだな、アリー。ぱっと見ただけで内容までわかるとは。男爵令嬢でありながらその知識、ご両親はさぞかし立派な方なのだろう」

「え、ええまあ、そうですね。無名ですけれど父は学者でございますので……」

 おほほ、とごまかし笑いを浮かべながらポットにかぶせていたティーコゼーを外し、職人に特注した銅製のマグカップに紅茶を注ぐ。その間も、マクシミリアンは手の中の本に視線を走らせていた。

「父上に意見書を提出しようと思ってな。己を異世界人だと名乗るあの娘の処遇については、国王である父、それから教団が決めることになるだろう。外国の文献に、参考にできる事例がないかと探しているのだが──駄目だな、どれもこれもおとぎ話の域を出ない」

 そう言って、マクシミリアンは極太の指先で目頭を揉んだ。アリーが熱い紅茶を差し出すと、片手で受け取って「ありがとう」と微笑む。濃い。とんでもなく濃いのだが、悔しいことにちょっとばかしカッコよく見える。

「……殿下は、とても努力家でいらっしゃいますね」

「それしか取り柄がないんだ。俺は地頭が良くないのでな、何度も投げ出しそうになったが、続けていればそれなりに形になってくる」

 紅茶をぐいっと飲んで「美味い」とつぶやいた後、マクシミリアンの意識はまた本の中へと戻っていった。
 公爵令嬢アリーシアの遺産があるから、アリーにはわかる。外国の文献の中に、聖女ミアと同じような事例はない。しかし、それを口にすることはできない。
 ミアの世にも稀なる強烈な治癒能力は、国王や教団の連中を虜にするのだ。魅了云々は置いといて、彼女の力は国や世界のために役に立つ。

<えーと、その。なんというか、その。がんばってね>

 精神を統一し慣れているだろうが、それでもマクシミリアンの邪魔をしたくなくて、心の中だけでつぶやく。
 アリーは侍女らしく一礼してから、そっとティーワゴンを押して図書室を出た。
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