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にしょう!

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『すまなかった、ご主人。あれが敵か味方か、あの時の我にはどうにも判断がつきかねた……』

 鷹のたっくんが王太子を「あれ」呼ばわりしながら、ソファに座るアリーの周囲をくるくる旋回している。
 王太子マクシミリアンのために建てられた王宮西翼、その日当たりのいいサンルームで午前中の勉強を終えたところだった。
 ちなみに離宮を離れる際に「この子は実家から連れてきたペットです」と言い張ったので、現在はたっくんも西翼で同居中だ。
 アリーは自分の膝を枕にしてスヤスヤ眠るスティラの頭を撫で、遠い目をして微笑んだ。

「もう気にしないでいいよ、たっくん。実際スティラ様に関しては、何もかもがいい方向に転がったし……」

 ここへ連れてこられて二週間が過ぎたが、スティラの血色はよくなる一方だ。
 あんな見た目──スティラを抱かせたら粉々に握りつぶしそうな鎧のような筋肉を纏っていながら、マクシミリアンは些細なことに気の回る男だった。
 スティラの身の回りの品々はあっという間に整い、居室の調度も彼女の背丈にあっていて申し分ない。
 ただひとつ難を言えば、マクシミリアンの放つ覇気があまりに凄すぎて、淑女教育のために雇った家庭教師が三日と持たない。妹を愛するあまりちょいちょい顔を出す覇王に、教師たちが恐れをなして逃げ出してしまうのだ。

「でも、わたしなんかが淑女教育を請け負っていいのかしら……。一応は、マクシミリアンの覇気に耐えられる教師が見つかるまで、ということにはなっているけれど……」

 もう10歳になっているスティラの淑女教育はまったなし。しかし肝心の教師が続かない。そこでマクシミリアンは、アリーに白羽の矢を立てた。
 マクシミリアンさえスティラの周りをうろつかなければ万事解決なのだが、妹思いの覇王にそれを言うのは心が痛む。いや実際は言ったのだが無視された。
 もちろんアリーは男爵令嬢という己の身分を考えて、かたくなに拒否した。しかしマクシミリアン以下四天王たちに「できるできる絶対できる!」と太鼓判を押されてしまった。
 意識的に男爵令嬢として振る舞っていたのに、9回の公爵令嬢人生で染み付いた所作やマナーが漏れ出てしまっていたらしい。

『まあアリーは見た目はともかく、振る舞いは完璧ですからねえ……。闇の世界の王族たちにも、まったくひけをとりませんし……』

 空中に浮いているボール大の黒い円からアベルの声がする。やはり「あれ」に見つかりたくないという理由で、ここ最近はもっぱら声のみの参加だ。

「前から聞いてみたいと思ってたんだけど、アベルって暇なの? 闇の世界ではどんな仕事してるの?」

『うむ。我も聞いてみたいと思っていた』

 アリーとたっくんから問われて、黒い丸からアベルがひょこっと顔だけ出した。相変わらず、ムカつくほど美しい男だ。

『私ですか? 端的に言えば、現魔王です』

 アリーとたっくんは同時に「ふぁーっ!」と叫んだ。スティラが一瞬身じろぎしてドキッとしたが、目を覚ますことは無かった。
 アリーは驚愕のあまりごくんと唾を呑み込んだ。アベルってば魔王感ありまくり、とは思っていたが、まさか本当に魔王だったとは。

<え、魔王を呼び出したわたし、すごくない? それを撤退させた上に現在進行形でビビらせてるマクシミリアン、もっとすごくない?>

『最近の魔界は刺激が足りなくて……。アリーのおかげでしばらく楽しめそうです、ありがたやありがたや……』

 黒い丸から二本の手がにょっきり出てきて、異国の神を拝むような仕草をされた。ただの暇つぶし扱いとはいえ、呼べばいつでも相談相手になってくれるアベルには、かなり救われている。
 二週間前のあの日、アベルの撤退により惑いの森を抜けることができたマリアンヌが、食料や日用品を満載した大八車を引きながら息も絶え絶えで離宮に到着した。
 同じタイミングで王宮治安判事のガッシム伯爵本人もやってきて、王妃の隠ぺい工作は白日の下に晒されることになった。
 マクシミリアンは雄々しく猛々しい声でマリアンヌの捕縛を命じ、それ以外にも多くの使用人が牢屋にぶち込まれた。
 王弟ラドフェン公爵は現在、嬉々として兄である国王を糾弾している。王妃も大変肩身の狭い思いをしているそうだ。

「まあ、スティラ様のお世話と教育係、その上マクシミリアンたち『我が国の危機を救う会』の書記までやる羽目になったから、正直めちゃくちゃ忙しいけど……お給金は三倍になったし……」

 西翼での使用人募集に手を上げたのは、マクシミリアン以下四天王(最近は面倒くさいので筋肉特戦隊と呼んでいる)の男気に惚れました! と言わんばかりのむさくるしい男たちばかり。
 老齢の侍女たちはみな心優しいが、マクシミリアンの覇気に当たると心臓発作でぽっくり逝きかねない。
 なぜか西翼で共同生活を送っている筋肉特戦隊の連中は、さすがに長期間山籠もりしていただけあって、自分の生活は自分で面倒を見られる。西翼に戻ってからは使用人の手も借りているが、それでも従僕がひとりいれば十分であるらしい。
 しかしどうしても女手が必要なときは、奴らは必ずアリーを呼ぶ。
 この西翼での暮らしのメリットは、スティラの身の安全がこれ以上ないほど確保されていることと、むくつけき男たちの中で相対的にアリーが痩せて見えるということくらいだった。
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