上 下
5 / 81
いっしょう!

しおりを挟む
「もしやと思いますが、スティラ様でいらっしゃいますか……?」

 王女と呼ぶには粗末すぎるドレスを着た女の子に、アリーは恐る恐る話しかけた。
 薄目を開けてぼんやりしている、10歳にしては小さな──貧乏育ちで病弱なジャンよりももっと小さな──ちょっと空恐ろしいくらい細身の女の子が、こくんとうなずく。

<ちょっとちょっとちょっとーーーーーーー! どう見ても被虐待児じゃないのよーーーーーーーーー!!!!!>

 公爵令嬢アリーシアだった頃は、本当の意味で困窮している人々の姿を見たことは無かった。
 だが男爵令嬢アリーにはわかる。この女の子は、貧乏なクルネア男爵領に生まれた子供より、もっともっとハードな人生を送っている。

「御身に触れる無礼をお許しください、スティラ様。最後にご飯を食べたのはいつですか? お風呂は? この離宮には使用人が何人いますか?」

 アリーは荷物をほっぽり出してひざまずき、スティラを抱き起した。
 ぼんやりしている少女の口が、ぱくぱくと動き始める。

「ええっと……たぶん、三日くらい前に食べたと思います……お風呂は、一週間前には入ったような……使用人は……いるようないないような……」

「離宮の使用人連中は、全員天に召されるべきですね。それ以前に王家の皆様方の色々な部分がもげるようにお祈りしておきます」

 10歳児の平均身長、平均体重に遥かに及ばない、小さくて軽い女の子を横抱きにして、アリーは立ち上がった。

「わたくし、今日からスティラ様にお仕えするアリーです! 今すぐ消化のよいおかゆをつくりますから、待っててくださいね!」

 6歳からの畑仕事で鍛えた腕力と脚力で、アリーはスティラを抱えて目についた部屋に飛び込んだ。
 もう冬だというのに廊下に出ていたあたり、暖炉の入っている部屋はないのだろうと察しが付く。
 王女が暮らすには粗末すぎる居間の、これまた古びたソファにスティラを横たえ、自分の鞄から取り出した外套を上からかけてやった。
 そして領地一番の俊足と謳われた足でもって屋敷中を回り、上掛けやらカーテンやらを集め、それもスティラの身体にかける。

「いいですか王女様、ほんのちょっとだけお側を離れますが、それはお外で薪を割っているだけですから。わたくし、大声には自信がありますの。ずーっとお外でお歌を歌って差し上げますから、ちょっとだけ待っててくださいね!」

「お歌……嬉しい……」

 弱々しいながらにこっと笑ったスティラは可愛かった。アリーは唇を噛み締めて涙をこらえ、時間短縮のために窓から外に飛び出した。

<男爵令嬢がはしたないって? そんなもんよりスティラ様の命の方が大事!>

 一応は王族の離宮であるので、倉庫もちゃんとあった。ただ、薪が保管されているべき場所には何もない。

<ううう、薪は本来乾燥させないといけないんだけど……仕方ない、魔法を使うしかないわね……>

 大声で歌を歌いながら、アリーは剛腕で木を切り倒した。貧乏暮らしで習い覚えた手つきで薪を量産していく。しかし生木には水分がたっぷり、このままでは使えない。

「風の聖霊よ、我が命令を聞け! ここにある薪をいい感じに乾燥させて!!」

 アリーは叫び、両手を前に突き出した。手のひらから飛び出した青い光が薪を包み込み、しゅうううう、と音を立てて収斂していく。

<一介の男爵令嬢が持っているには強すぎる魔力なんだけど……これは公爵令嬢アリーシアの遺産ね。使いたくはなかったけど、仕方ないわ>

 そのまま風魔法で薪を運び、次に火魔法で着火する。
 アリーはまた窓から室内に飛び込み、スティラの頬を撫でてから、台所のありかを尋ねた。

「台所は、あっち……でも寂しいから、ここにいてほしい……」

「ほんのちょっとです! ちょっとだけ待っててくださいませ! お歌をずっとうたって差し上げますから!」

 アリーは罪悪感に押しつぶされそうになりながら、台所まで走った。

<うううう、これはもう全部魔法でやるしかないか……!>

 魔法を使うには体力がいる。精神力もいる。だから使わない方が楽なことも多いのだが、使えば圧倒的に時間短縮になる。

「水の聖霊よ、火の聖霊よ、我に力を!」

 台所はかなり汚かった。ここにいたのはろくな使用人ではなさそうだ。
 アリーの手から放たれた光が水の渦巻きを生み、汚れのこびりついた鍋を綺麗にする。かまどに火が入り、一瞬で水が沸騰した。

「風よ踊れ、とにかくもう食べられそうな食材を刻むわよ!」

 じゃがいもや麦は在庫があったので、アリーは魔法でそれらを鍋にぶち込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...