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5  変態が現れました

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結局、王宮の外に出るのはお預けになった。護衛の手配が出来ないらしい。そんなのいらないのに。

代わりに明後日ならいいと許可が出たので、今日の午後は王宮の庭を見て廻ることにした。

その前に王宮内を説明しておきましょう、とイーヴィンさんが見取り図を持ってきてくれる。びっくりする程大きい。歩くの疲れそうだ。

この王宮――ノーグ王宮は大きく分けて五つの区域からなっている。

一つは一番手前にある、執務室や謁見の間、大広間などがある政務宮。一際大きな建物らしい。

中庭を挟んで、その奥にあるのが王族がそれぞれに所有している宮殿だ。国王夫妻は一番手前のダクザ宮に住んでいる。その隣が皇太子の住むオインガス宮。一番奥にあるのが国王の祖母が住んでいるダーナ宮である。皇太子以外子供がいないので、残り二つの宮殿は今は来賓用の宮殿になっているそうだ。これらの宮殿はすべて回廊で繋がっている。

この二つの区域には絶対に近寄ってはいけない、恐い顔でそう念押しされてしまった。

ダーナ宮を過ぎると温室があり、その裏手には広大な裏庭が拡がっている。俺が血塗れで倒れていたのがこの庭だ。裏庭には使用人宿舎と騎士団の訓練場、厩舎などがあり、厩舎はその隣の騎士団の宿舎と渡り廊下で繋がっている。

裏庭の西側奥に建っているのが王宮魔法使いの執務室兼宿舎である。通称“賢者の棟”と呼ばている。建物内にはそれぞれの私室の他、薬の研究や魔法の実験を行う実験場があり、たまにそこから変な声や音が聞こえてくるのだそうな。

そして裏庭を挟んだ賢者の棟の反対側に、今いる騎士団の宿舎がある。宿舎にしては随分ゴージャスだと思ったら、以前は来賓用の宮殿だったらしい。それを改築し、今の状態になったそうだ。ちなみにこの部屋は数少ないその時の名残らしい。




昼食を食べた後、ライアンとフラムがやってきた。

「ボクたちも一緒に行くよー」

「俺も午後の自主鍛練の時間が空いたんだ。少しだけだか付き合おう」

つまり彼らが護衛の代わりということだろう。なぜ幼女の俺に、これほど厚待遇で万全な警護をしようとするのか、ちょっと疑問である。

一体危険人物とはどんな輩なのだろう。願わくはずっと出会いませんように。

そう祈りつつ外に出た。

まずはセクアナが行きたいと言った、王宮の前庭を見に行くことにした。

ワイワイと賑かに王宮内を移動する。前庭までは結構歩くが、その間、フラムやセクアナが絶えず話し掛けてくるので全然苦にならない。

辿り着くまでに色々な話を聞けて、むしろ有意義だった。

何でもこの土地には元々妖精が住んでいて、昔は国民全員が妖精を見ることが出来たらしい。

元来、妖精の多くは家や土地についていた。そしてその家の家事や仕事を手伝ったり、子供の世話をしたり、死を予言する妖精なんてのもいたらしい。

しかし、いつしか人間の力が弱くなり、見える人間が少なくなって、人間との関係も変化していったのだそうだ。

その他にも興味深い話が聞けた。一番興味深かったのは、この国の成り立ちだ。

初代の王は元々妖精だった、とか、妖精と結婚した、とか、妖精の国だったところに他の民族に負けた人間の一族が逃げてきて、やがて支配するようになった、とか。はたまた実は神だったという説もある。まあこれはないと思うが。

とにかく成り立ちがあやふやなのだ。けれど人間がやってきて無理やり支配したなら、妖精は人間に従ったりしないだろう。この説は違うはずだ。だとすると、最初の二つの説のどちらかが有力だろう。

俺がここにいるのには、それが関係しているようでならない。

そうこうしている内に前庭に辿り着いた。

そこは人工的に左右対称に整形された見事な植栽と、中央に巨大な噴水がある、美しい庭だった。何の花かはわからないが、色とりどりの花が咲き乱れている。まるで秘密の花園だ。芳しい匂いがそこかしこに漂っている。

「やっぱりここの噴水はとっても綺麗!」

セクアナが嬉しそうに噴水にダイブする。気持ちよさそうだ。

「そういえば、ここにはセクアナの友達はいないの?」

「わたしみたいな妖精はいないけど、他の妖精ならいるよ。今は恥ずがって隠れてる」

「残念。他の妖精も見たかったのに」

「明後日会えるよ!わたしの友達は普段森の泉にいるんだけど、最近は街の噴水広場に遊びにきてるの。楽しみにしてて!あ、念のため呼びに行ってくるね!」

そう言ってセクアナは飛び去っていった。

明日でもいいのに……。なんだか肩が寂しい。




それからは三人で裏庭と厩舎に行って、最後は温室を見学した。

温室は意外とこじんまりしていたが、中で育てられている花の種類は多かった。南国リゾートにあるようなハイビスカスに似た花、パイナップルやバナナといった果物まで育てられている。

デザートに出してくんないかなあ。花より団子な俺。すみません。

温室を見学していたら、あっという間にライアンの仕事の時間になってしまった。部屋まで送ると言うのを断ったが、頑なに拒否されてしまう。

けれど……。

宿舎の入り口まで来ると、若い騎士が走ってきた。

「団長!大変です!すぐに訓練場にいらして下さい」

「どうした?誰か怪我でもしたか?」

「それが……突然馬が訓練場に入ってきて……とにかく大変なんです!その馬、なぜか凄く暴れてて……」

ちらりとライアンが俺を見る。

「行ってあげて。わたしなら大丈夫。ここまで付き合ってくれてありがとう」

微笑んで手を振れば、ライアンは「すまん」と言って慌てて若い騎士に付いていった。

ライアンを見送った後、中に入り廊下を歩いていたら、今度は後ろから飛び付かれた。

「フラム、たすけて!おねがい!」

フリンだ。そういえば今日は一度も見てなかった。

「どこまで出来た?」

「カタチはできたの!でもマホウが……」

「フリン、今日は何か作ってたのね。何を作っているの?」

「フフ、ナイショ!あしたまでひみつー」

「じゃあ明日楽しみにしてるね!さあ、フラム。フラムも行って。ここから先は一人で大丈夫だから」

俺がそう言うと、二人はバイバイと手を振って宿舎を出ていった。

ここまで来れば本当に目と鼻の先だ。後は階段を昇るだけ。

そこで気を抜いたのがいけなかったのか、厩舎の方から廊下を駆け抜けてくる存在に気付いた。

銀髪の派手なイケメン男が、喜色満面、キラキラとした笑みを浮かべて叫びながら近付いてくる。二十歳ぐらいの優男だ。

「かーわいいぃぃーーっ!!可愛い幼女キタァァァ~~!!銀髪美少女、サイコーーー!!ようやく逢えたよ、マイエンジェーーール!!」

おぞましい。これはあれだ。確実にあれなやつだ。

ロリコン、変態、危ないやつ。

全身が総毛立つ。逃げなければと思うのに、体が思うように動かない。

あっという間に追い付かれ、その上抱き着かれてしまった。

「ああっ!!なんて可愛いんだろう!まるで理想した天使だ!可愛いー!!なんて可愛いて天使なんだ!!想像以上だよ!!」

可愛い、可愛いを連呼され、ぎゅうぎゅうと抱き締められて虫酸が走る。

何こいつ!マジで気持ち悪い!

不快感も露に引き離そうとするが、……無理だった。痩身の癖に意外と力がある。しかも跪いたらと思ったら今度は抱き上げてきた。

俺が固まって動けないことをいいことに、頬をすりすりしてくる。

「ほっぺすべすべ~。ツルツル~。気持ちいいなあ。ほんと、可愛いよぉ~」

き、気持ちわる~~~。

こいつは真性のロリコンだ。そしてまごうことなき変態だ。今すぐ抹殺してやりたい。

蹴り飛ばしてやろうと脚を振り回し暴れていたら、後ろから凄まじい殺気を感じた。

「で・ん・かああぁぁ~~~」

おどろおどろしい、まるで鬼神や妖怪でも出てきそうな、怒りを含んだ声だ。その声とともに男が引き剥がされる。

振り向くと見慣れた顔が、見慣れない表情を浮かべて立っている。

俺をロリコンの変態から救いだしてくれたのはルーイだった。ちょっと醸し出す雰囲気が、尋常じゃなく違うけれど。とにかく助かった。

ルーイは掴んでいた変態の首根っこを振ると、その体をぺいっと床に投げつける。

「い、痛いぞ、ルアン!」

半泣きになりながら変態がルーイを睨み付けた。額と鼻の頭が真っ赤になっている。確かに痛そうだ。

そんな変態に、ルーイはゴゴゴと周囲にどす黒いオーラを撒き散らしながら、笑顔を浮かべていた。それが余計恐い。口の片端がヒクヒクと上下に動いている。

「か、仮にも私は王太子なのだぞ!それを……それを!あんなぞんざいに私を投げつけるな!」

今にも怒りの鉄槌が落とされそうなルーイに負けじと変態、いや、どうやら王子らしい高貴な危ない人が睨み付けたまま吼える。まあ瞳がうるうると潤んでいては何の迫力もないが。

「で・ん・か?あなたのそのオツムはお飾りなんですか?毎度毎度勝手に執務室を出るなと申し上げていますよね?それに僕の名前はルアンではなくルーイです。ルアンの名前はもう必要ないと申し上げたはずですが?」

「そ、そうは言ってもお前はルアンに違いないだろうが……」

「あなたの頭は鳥頭なんですか?ああ、それは鳥に失礼ですね。言い換えましょう。あなたは鳥以下の脳みそしか持っていないんですか?王宮ではもうルーイとして認められています。家を継ぐ気も一切ありません。一体何度言えばわかるんです?頭を取り換えないといけませんか?いい加減にして下さい、このバカ王子!」

口を挟む暇もない。キレたルーイの毒舌はまだ続く。

「ほんと、どうして国王夫妻にはお子様がお一人しかお生まれにならなかったんでしょうね!陛下にはこれからもう一度頑張ってもらって、陛下似の、外見も中身も優秀な王子様を作っていただくしかありませんね!そうすれば殿下が亡くなってもみんな困りませんし、むしろ万々歳ですよ。バカでアホでサボリ魔の、どうしようもない人が王になったらこの国は滅びてしまいますからね!!」

今『中身も優秀』に力を入れたよ、この人。ちらりと変態王子を見ると、グサグサと何か刺さったように胸を押さえている。もうHPはゼロに近いんじゃないだろうか。

それでもルーイの毒舌を超えた罵詈雑言の嵐はまだ続行される。

「ああ、もういい加減、陛下には殿下を廃太子にしていただいきましょうかね。殿下、謀反でも起こして投獄されましょう。大丈夫、陛下はお優しいですから、きっと死刑にはされませんよ。まあ国外追放にはなるかもしれませんが、あなたは意外と図太いですし、どこでも生きていけますよ。さあ、そうと決まれば謀反をでっち上げますよ!」

死んだ。変態王子のHPが完全にゼロになった。

嫌味どころじゃない、怒濤の言葉の攻撃に、ちょっと変態王子が可哀想になった。

「えと……だ、大丈夫?」

思わず気を使えば、変態王子がだあーと涙を流した。

「ううぅ、なんて優しい子なんだ。天使だ!やっぱり君は天使だ!!マイエンジェーーール!!!」

また抱き締めようとしたので、ふいと避けてやった。余程勢いがついていたのか、壁にぶつかってやがる。

こいつは確かにバカなんだ。救いようのないバカ。アホの上にロリコンの変態だなんて最悪だな。

思わず侮蔑の目を向ければ、変態王子は何故か嬉しそうに頬を染めた。

キモい。ダメだ。物凄い不快感と嫌悪感だ。生理的に受け付けないどころのレベルじゃない。

早く部屋に戻ろう。そう思って体の向きを変えたら、ちょうどセクアナが飛んできた。

「リオナーーっ!!大丈夫?遅れてごめん!こいつはわたしがやっつけてあげるね!」

セクアナが手を上げて何かしようとした。魔法か?セクアナの手から光が溢れだしたと思ったら、ザバザバと滝のような水が空中から流れ出た。変態王子の頭にだけ。

「ちょっとは頭が冷えたかしら?さあて、今度はぁ~~~」

セクアナが邪悪な微笑みを浮かべている。これはちょっと不味いな。

「それ以上はダメだよ、セクアナ。この人一応王子らしいから」

今のとこ、と小声で付け加える。

「不敬罪でセクアナ捕まっちゃうわ」

そう言って止めれば、セクアナは仕方なく手を下ろした。でも睨み付けるのは止めない。

「もっとやってやればよかったのに……」

不穏な声が聞こえたが、気にしない。

びしょ濡れになった変態王子は、はあと息を吐くと、髪を掻き上げ苦笑した。男の色気が溢れ出ている。水もしたたるなんとやら、てやつか。

ちっ!これだからイケメンは嫌いだ。

「嫌われたなあ。君が水の妖精で、私が“赤の王”だからかな?」

「違います!!あなたが変態過ぎるからです、バカ王子!!」

ルーイが怒鳴る。それにうんうんとセクアナが頷いた。

「さ、このバカをさっさと強制送還しましょう」

一息吐いて、ルーイはイーヴィンさんを呼び出した。そしてブリギッド姉さまのところへ連れて行くよう頼んだ。小声で『こってりお仕置きするように』と付け加えて。

「いやだぁ~~~」

暴れて逃げようとする変態王子を、イーヴィンさんは光る紐で拘束し、ズルズルと引き摺りながら去っていった。

ちょっと恐い。イーヴィンさんの見方が変わった。

それから三人で部屋に戻ると、全員でふぅと息を吐いた。

「さっきのバカが、残念なことにこの国の第一王子である、ルーリー王太子殿下なんだ。あの通りバカで変態で……だから君を外出させたくなかったんだ、ごめんね」

ルーイが謝ってくる。けど別に彼が悪い訳じゃない。

悪いのはあの変態王子だ。

俺の今の体と同じ銀髪ってとこもムカつくし、何よりイケメンなのが腹が立つ。

そういえば柔和な顔立ちがルーイにどことなく似ている。金髪、蜂蜜色の瞳のルーイとは、髪と瞳の色は違う。あの変態王子の瞳は燃え立つような赤だ。でもやはり似ていた。

そういえば赤の王とか……あれはどういう意味だったのか。



――その夜、寝ようとしていたらブリギッド姉さまが謝りにきた。驚いたことに、あの変態王子がブリギッド姉さまの契約者らしい。だから目が赤かったのか。

「私が目を離した隙に逃げちゃって。恐かったでしょう?ほんとにごめんなさいね」

ブリギッド姉さまが何度も申し訳なさそうに謝ってくれる。その上、ベッドの上で思いっきり抱き締めてくれた。胸の谷間にむぎゅむぎゅと押し付けられて、鼻血が出そうになる。

幸せだ。幼女にあるまじき、にたにたと笑っている顔を見られなくてよかった。

ああ、色々あったけど、今日はいい日だったかもしれない。

ビバッ!巨乳!

そう思って寝たら、なぜか夢に、ブリギッド姉さまとあの変態王子が出てきた。ブリギッド姉さまはハイヒールを履いた足で変態王子を踏んでいる。そして高笑いをしながら鞭を振るっていた。

ビシッ!バシッ!

こちらまで音が聞こえてくる。

女王サマ……?

『あのバカにはキッツーイお仕置きをしておいたから』

ブリギッド姉さまが寝る前に言っていたこの台詞のせいだろうかか。

ちょっと羨ましい。

……いや、違う。俺は変態じゃない!断じてMな変態なんかじゃない!!

でも…………。

どうせならお仕置きされるならあの巨乳に潰された……ゴホン、何でもありません、はい。

翌朝、朝食を持ってきてくれたブリギッド姉さまの顔を、俺はまともに見ることが出来なかった。

すみません。ほんとすみません。
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