12年目の恋物語

真矢すみれ

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13年目のやさしい願い

エピローグ

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 五月。真夏にも匹敵する日差しの中、オレとハルは新緑のキレイな公園を歩いていた。
 日差しは強いけど気温はそれほどでもなく、時折吹き抜ける風が心地よい。

「やっと来れたな」

「うん」

 ハルがオレの隣で嬉しそうに笑った。
 目的地は、公園の向こうにあるプラネタリウム。念願だったハルとのデートに、オレの心はひたすら浮かれていた。

「時間、大丈夫?」

「ああ。まだ十分あるよ」

 事前予約で席は確保してある。
 実は、このプラネタリウム、ハルの母さんのお勧めで決まった。先日のおじさんとのデートで来たらしい。

「疲れた大人にはピッタリよ」

 って、オレたち、別に疲れた大人じゃないけど、と思わず笑った。
 でも、歩かなきゃいけない動物園や水族館、集中して見なきゃいけない映画なんかより、ゆったりとしたイスで夜空を見上げる方がハルには向いている気がして、悩んだ末にここを選んだ。

 木漏れ日の中を歩いていると、バサバサッと音がして、二羽の鳩が飛び立つのが見えた。
 ハルが立ち止まり、空を見上げた。オレもつられて、上を向く。
 緑の木々の向こうに、青く、どこまでも青く澄んだ空。

「ハル、少し休んでいこうか?」

 時間は十分にある。
 むしろ十分過ぎるくらいで、このまま中に入ってしまって、無機質なロビーのベンチで時間をつぶすなんてもったいない。

 ところどころに配置された木陰のベンチに並んで座る。
 ハルが、オレの肩にそっと頭をもたせかけた。
 今までにないハル。
 最近、ハルはとても自然にオレに寄り添ってくれる。それが嬉しくて嬉しくて、オレはまた顔がにやけてしまう。

「ねえ、カナ」

「ん? どうした?」

 ハルがふっと真顔になって、オレを見た。
 けど、ハルは何も言わずに、そっと目をそらした。

「ハル?」

「ううん。……何でもない」

「何でもないってこと、ないだろ?」

 ハルは相変わらず口が重い。思ったことの、多分、半分だって口にしていない。

「言えよ。……言わないと、」

「え? 言わないと?」

 思わせぶりなオレの言葉に、一体何が飛び出すのかとハルが待つ。

「キスするぞ!」

「ヤダ、カナったら」

 オレの言葉を冗談だと思ったのか、ハルはクスクスと笑った。

「本気だよ?」

 とハルの頬に手をやると、ハルは慌てて、オレの口を両手で押さえた。

「こんな場所で、ダメッ」

 ハルの顔は真っ赤で、最近、前より積極的になったと思っていたのに、やっぱりダメなんだと思わず笑う。

「で? 何を言おうとしたの?」

「な、何でも……」

「なくないでしょ? ちゃんと話して」

「ほ、ホントに、大したことじゃ……」

「いいから」

 オレが、またキスするぞって冗談めかして言うと、ハルはクスクス笑った。
 それから、また真顔になって、オレの手を取った。

「ねえ、カナ」

「うん」

「ワガママ言ってもいい?」

「もちろん!!」

 思えば、ハルがオレにワガママを言うなんてこと、幼なじみ時代にも恋人同士になってからも、今までに一度だってなかった。
 ハルの願いならどんなことでも叶えてあげたい。
 オレと別れたいってこと以外なら。
 ……でも、もし、何かの間違いでそんな日が来ちゃったら、それでも、すっごくイヤだけど、オレ、きっと泣くけど、それでも、そんな願いだって、ハル、叶えてあげるよ。
 もしも、ハルが心から、そう願うなら。
 ダメだ。考えただけで、涙が出そう。

 なんて、バカなことを考えている間に、長い沈黙が終わり、ハルが小さな声で言った。

「ずっと、……側にいてくれる?」

「え?」

「ずっと、ずっと、カナの側に、いてもいい?」

 それが、……それが、ハルの『ワガママ』?

 じんわりと、身体中がしびれるように喜びで満たされた。

「もちろん!! オレ、ずっと側にいるよ!? ハルも、ずっとオレの側にいて!!」

 思わずハルの手を握りしめ、声を大にして答えてから、そっとハルを抱きしめ、改めて言った。

「大体、オレ、一生、ハルの一番近くにいさせてって言っただろ?」

 一年前、ハルに告白した時、ハルへのラブレターに書いた言葉。
 それは、オレの心からの願い。
 あまりに嬉しくて、あまりに幸せで、そのままハルにキスをしようとしたら、ハルの手がまたオレの口をふさいだ。

「ダメ」

「なんでだよー」

「だって、話したよ?」

「ハルー、そりゃないって」

「あ」

「何?」

「そろそろ行かなきゃ」

 時計を見ると、確かに微妙な時間。

「せっかく、予約したんだから」

「……だよな」

 ハルは走れない。早歩きもできない。
 こんなところで、お姫様抱っこは論外だろう。
 時間は余裕を見た方が良い。

 オレは、スッと立ち上がり、それから、ハルに手を貸すふりをしてハルの唇に素早くキスをした。
 ハルが驚いたように、オレを見返した。
 でも、ハルは怒らずに、もう、と小さい声で言うと、まるで花が開くようにふわあっと笑った。

「ハル、大好きだよ」

「……わたしも。カナ、大好き」



 木漏れ日に照らされたハルの笑顔が、あまりにキレイで、つないだ手のぬくもりがたまらなく幸せで……。
 公園の木立の中を歩きながら、オレの心はかつて感じたことがないくらいの幸福感で満たされていた。



 《 完 》
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