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番外編3 チョコ4つと意趣返し
本編
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お昼ご飯のパンを買い終わり、教室に戻るべく廊下を歩いていると隙間風がピューッと吹き込んできた。
うー。寒っ!
雪降るんじゃないかなぁ。と思って窓の外を見ると、ふわりふわりと雪が舞い始めていた。
あー、やっぱり降り出したか。
寒い寒いと思いながら、一歩教室に足を踏み入れるとふわっと暖かい空気に包まれた。
生き返る~!
「しーちゃん、おかえり」
「おかえり~」
「パン、買えた?」
口々に出迎えられて、
「ただいまー。寒いからか、空いてて選び放題」
と答えながら、いつものメンバーとお昼ご飯を食べるべく椅子に座る。
叶太くんから陽菜への世紀の告白以来、二人の仲は学年どころか先生まで含めた全校公認状態。だけど、陽菜は変わらずわたしたちとお弁当を食べている。
きっと、女友だちとの時間を邪魔しないようにって、叶太くんの気遣いだよね。叶太くんはいつだって、自分がどうしたいかじゃなく春菜にとって何が一番かって考えてる。ホント愛の深さが半端ない。
三人はもうお弁当を食べ始めている。わたしも、と買ってきたチョコパンを袋から取り出したところで、ふと来月中旬の一大イベントを思い出した。
「ねえ、陽菜、チョコ買った?」
「チョコレート?」
「うん。バレンタインのチョコ」
「ああ」
陽菜はニコッと笑う。
ホント、普通にしてても十分可愛いのに、笑うと更に愛らしくなる。
「まだ、買ってないよ」
「良かった! じゃあ今度のお休みに、一緒に買いに行かない?」
そう言うと、亜矢が
「え? 誰に?」
とグッとわたしの方に身を乗り出した。
うーん。鋭いなぁ。
でも確かに、亜矢とは中等部から一緒だけど、チョコ買う話なんて一度もしたことがない気がする。
で、高校に入ってから友だちになった梨乃は疑いもせずに、
「お父さん? そういえば、志穂ちゃんって兄弟いたっけ?」
と聞いてきた。
だよねー。いわゆる恋バナ、わたしはいつだって聞き役だったもんね。
「ううん。一人っ子」
だから、例年、お父さんと近所に住む従弟とおじさんに義理チョコを渡すだけ。
だけど、今年は……。
誰に渡すかを思い浮かべただけで、なんか気恥ずかしさでモゾモゾしちゃう。
どうやら気持ちと一緒に身体も動いてたみたいで、気がつくと梨乃まで不思議そうに首を傾げてた。
あーんー。
最近、やっと本当に彼氏ができたんだって実感が沸いてきたところ。うん。もう、これが冗談とかじゃなく現実だって分かってる。
……だったら、やっぱり言わなきゃだよね。
心を落ち着けるべく、すーっと息を深く吸い込む。それから、
「あのね、大きな声上げないでね」
そう念押し。
すると、亜矢は「もしかして?」なんて顔をして目を輝かせる。莉乃もさすがに何かを察して真顔になり、身を乗り出して来る。二人に合わせるように、戸惑いがちに陽菜も身を寄せた。
四人で頭を突き合わせる状態になったところで、
「それとね、この事、できるだけ人には言わないで欲しい」
と一言。
三人がコクリと頷くのを見て、ゆっくりと口を開き、
「羽鳥先輩と、つきあうことになったよ」
と小声で報告。
叶太くんの告白のあれこれを内緒にしてたこと、実は後から亜矢と莉乃にはチクチク言われたんだよね。チクチクって言うか、「ちゃんとわたしたちにも手伝わせろ」って。
なんか突っ走っちゃって申し訳なかったなって思ったから、今回はちゃんと報告。
と思ったのに、わたしの話を聞いた数秒後、
「聞いてないよ~!!」
亜矢と莉乃の声がハモる。大きな声上げないでって言ったのに、二人の声は結構な大きさで、陽菜はビックリしたように身を引き目を丸くするし、一瞬でクラス中が静まりかえり、わたしたちはクラスみんなの注目を浴びた。
慌てて、「しーっ」と人差し指を立てると二人は、しまったと言う顔をする。けど、そのまま両手を握りしめて、「どう言うことか教えてくれるんだよね?」と目で訴えてくる。
そんな二人とは対照的に、陽菜はふわりとまるでつぼみが花開くように優しく微笑み、
「しーちゃん、おめでとう!」
と言って、笑顔をほころばせた。
結局、その週の土曜日は、
「わたしたちも一緒に行く!」
と亜矢と莉乃も参戦が決定。
二人はまだ独り身だし、誰かに片想い中ってわけでもない。だけど、
「パパにもたまには気合の入ったチョコ買わなきゃね」
「うちのお兄ちゃんたち、チョコあげると喜ぶんだよね~。もちろん、お父さんにもあげなきゃだし~」
なんて言うんだもん、ダメって言えないよね?
二人の目はキラキラ……って言うか、ギラギラ輝いていた。洗いざらい吐けってオーラがすごくて、思わず笑ってしまった。
学校じゃ話せなくても、チョコ買いに行った先なら良いだろうって?
うーん。洗いざらいって言うほどのことは何もないんだけどな~。
聞かれたら何でも話そうとは思ってるけど、羽鳥先輩が陽菜を好きだったこと、陽菜をまだ好きだってことだけは絶対に言えない。そして、それを内緒にしたら、なんで羽鳥先輩がOKしてくれたかの説明が付かない。
けどまあ、「わたしと一緒に陽菜の幸せを見守りましょう!!」って言葉でOKしてくれたんだって言ったって、変な顔する二人しか思い浮かばないんだけどね。
何にしてもわたしが今、羽鳥先輩の彼女なのは確かだから、それでいい。
だから、チョコを買いに行くんだし。
◇ ◇ ◇
「うわー。ハルちゃん、可愛い!」
「いつも可愛いけど、私服だと破壊力が半端ないね」
亜矢と莉乃も目を見張る程、今日の陽菜は可愛い。えんじ色の丈の長いAラインのコートにふわふわのバッグ。髪の毛も綺麗に編み込んである。
通りがかる人たちがチラチラ陽菜を見ていくのが妙に快感。
これを叶太くんじゃなく、わたしが独占できると思うとテンション上がるよね!?
思わず抱きつくと、
「しーちゃん、どうしたの?」
と陽菜の大きな目がまん丸になる。
そんなわたしを見て、亜矢が
「あんた、できたての彼氏にチョコ買いに来たんでしょ。なんで、そうもハルちゃんに夢中かなー」
と呆れながらもクスクス笑った。
お天気も上々。運良くそこまで寒くない。
うん。今日は楽しい一日になりそう!
「ねえねえ、これとかどうかな?」
「デパートまで来て、なんでチロル詰め合わせ!?」
「や、お兄ちゃんたち、質より量かなーって?」
梨乃が少し恥ずかしそうに、へへっと笑った。
「梨乃のお兄ちゃんって、高校生と大学生じゃなかったっけ?」
「やっぱダメ?」
「もっと良いの買ってあげなよー」
亜矢が呆れたように、
「他にも幾らでも良いのあるじゃん」
と、梨乃の腕を引く。
「はいはい。義理チョココーナーはおしまい。本命コーナー行くよー」
「えー。わたしたちは義理チョコ買いに来たんじゃん」
「陽菜はいくつ買うの?」
「ん? 九個かな」
「え、そんなに買うの!?」
「うん。パパとおじいちゃんとお兄ちゃん、それから、カナ」
そこで一度言葉を切って、恥ずかしそうにはにかむ陽菜。色白な頬がポッと赤く色づいた。
うんうん。幼なじみじゃなくなって最初のバレンタインだもんね。
「後、広瀬のおじさまと晃太くんと、運転手さん、えーっと、それから病院の先生」
陽菜は指折り数えながら教えてくれる。
「しーちゃんは? 羽鳥先輩とお父さま?」
「うん。後、おじさんと従弟にも。近所に住んでるんだ」
あれがいいんじゃないとか、こっちはどうかなとか、うちのお父さんはかなりの甘党なんだとか、叶太くんは甘いのがそんなに好きじゃないとか、そんな話をしながら、手に持った買い物かごに少しずつ選んだチョコを入れていく。
「ね、陽菜、羽鳥先輩の分は?」
「……え?」
何を言われたのか分からないって顔の陽菜。
「あ、色々、お世話になったから?」
だけど、わたしが何も言わなくても、陽菜は自分から答えを導き出す。
「そうそう」
笑顔でそう答えるけど、やっぱり、陽菜、いかにも腑に落ちないって顔で小首を傾げた。
「……義理チョコ?」
「そうそう」
わたしがまたもやニコリと笑うと、陽菜は少し迷ってから、お兄さんたちにって選んでたのと同じチョコを手に取った。
「しーちゃん、渡してくれる?」
「自分で持って行かないの?」
そう聞くと、陽菜は少し迷ってから、
「……カナが嫌がる気がするから」
と、ちょっと恥ずかしそうに教えてくれた。
二組に別れたり四人一緒になったりしつつ、おしゃべりに興じながらチョコを選んで、買い終わったのは十一時ちょうど。
今から移動してお店を選んでいたら、食べる頃には十一時半前って感じかな?
亜矢と梨乃がレジに向かったところで、
「少し早いけどお昼行こうか。陽菜、疲れたでしょう?」
そう声をかけると、
「ありがとう」
と、陽菜は少しホッとしたような表情で笑みを浮かべた。
実は密かに、チラチラ陽菜の様子を確認していたんだ。その時は問題なさそうに見えたんだけど、やっぱり疲れたかな? もう少し早く休憩取るべきだった?
陽菜とわたしたち、女子四人で買い物に行くと知った叶太くんは、一緒に付いてくると言った。
もちろん、断固お断りしたわけだけど、そうしたら、今度は長々と注意事項の書かれたメールが送られてきた。
陽菜の顔色はこまめに見てくれとか、息が上がってないかを気にするようにとか、休憩は早めにとか、昼食は何時ごろまでには移動してとか、そりゃもう、細かいったらないってくらい細かなメール。
最初に見た時は、思わず絶句したけど、しっかり読んだよ。他ならぬ、陽菜のためだもんね。
「何食べる?」
「てか、ここ、何があるの? あ、わたし、好き嫌いないよ」
亜矢と梨乃がレジから戻ってきて、会話に加わった。
エレベーターに移動しながら話すのは、昼食のこと。
「何でもあるみたいだよ。ほら」
と、飲食店リストの載ったスマホの画面をちらりと見せる。
「うわー。志穂ちゃん、気合入ってるねー!」
店名や種類(和食とか中華とか)、オススメ料理に平均単価やお店の雰囲気まで書かれたリストを見て、梨乃がスマホに手を伸ばす。
「え? 違う違う。もらいものだよ」
もちろん、送ってくれたのは叶太くんだ。
一応、出所は内緒にしておく約束になってる。陽菜が気にするからね。
だけど、
「誰から?」
と聞かれて、思わずにやけると亜矢が察したように、
「あー。なるほどねー。うん。ホント、過保護だねー。いや、愛だねー」
と笑った。
結局、わたしたちが入ったのは叶太くん一押しの飲茶のお店。
雰囲気も良いし、とても美味しそう。
そして、陽菜は叶太くんの予想通り、中華がゆを頼んでいた。さすが叶太くん!
「で、告白はどっちから?」
「わたしから」
「だよねー」
どういう意味だ。
「羽鳥先輩、志穂のどこが気に入ったんだろう?」
「わかんない。あ、でも、面白いって言われるよ」
そう言うと、亜矢と梨乃がふき出した。
「ねえねえ、デートとかするの?」
「え、まだ、外で会ったのは一回だけ、かな?」
しかも、宿題が分からなくて学校帰りに教えてもらったという……。
「うわー。できたてほやほや?」
だから、ホント、付き合い始めてすぐに報告したんだって。
これが夢とか冗談じゃないって実感できてからだけど。
「いつから、羽鳥先輩のこと好きだったの?」
「んー。気が付いたら? いつの間にかって感じかなー」
そう言うと、何故か二人はくすぐったそうな変な顔になって、
「……志穂が女の顔してる」
って顔を見合わせた。
「志穂ちゃん、なーんにも言わなかったよねー」
「そうそう。いつも感情ダダ洩れなくせに、なんで大事なことは隠すかなー」
隠してたつもりはない。
ただ、いつの間にか好きになってて、誰かに話す前に、うっかり羽鳥先輩に告白しちゃったんだよね。
そう言うと、二人は、
「あー、熱い熱い」
「志穂、大人になったねぇ」
とニヤニヤ笑った。
亜矢と梨乃に散々いじられながらご飯を食べる。
陽菜はニコニコ笑いながらわたしたちの会話を聞いているだけで、何も口を挟まなかった。
だけど、会話が途切れて数秒の間ができたとき、不意に、
「しーちゃん、幸せ?」
とわたしの顔を覗き込んだ。
「……うん」
そう答えると、陽菜は嬉しそうに微笑み、亜矢と梨乃からまたからかわれた。
わたしをネタのランチタイムの終盤、不意に陽菜が、
「しーちゃん、亜矢ちゃん、梨乃ちゃん、ごめんね。この後、わたし、先に帰るね」
と言った。
「え、疲れた? 大丈夫!?」
驚いてデザートを食べる手を止めると、陽菜は違う違うと首を左右に振り、
「大丈夫だよ。ただ、あのね、元気な内に帰ろうと思って」
と申し訳なさそうに言った。
「あー、確かに、昼からのが混むしね」
「今でも結構、すごい人だもんね」
そう。叶太くんからのメールにも書いてあったけど、早めにお店に入って本当に良かったと思うくらいには、人がどんどん増えている。
「じゃ、わたし、送るよ。電車の線、同じだよね?」
お目当てのチョコは買い終わったし、ランチも楽しんだ。夕方までのつもりで出てきたけど、こだわるつもりはない。
「ううん。大丈夫。車なの」
「迎えに来てくれるの?」
「うん……と言うか、実はおばあちゃんと沙代さんが一緒に車で来てて、今、別でお買い物してるの」
想像もしてなかった答えに、思わず目が点。
ああ、だけど納得。だから、あんなにすんなり叶太くんが引き下がったんだ。
「そっかそっか。……うん。だったら安心だね」
「ん。ごめんね」
そう言う陽菜は、申し訳なさそうというか、恥ずかしそうというか、なんだかとっても困った表情をしていた。
理由がある過保護とは言え、きっと陽菜は、わたしたち三人が自分一人で来ているのにって思ってる。そんなの気にする事ないのに。
「また遊ぼうね」
隣に座っているのを良いことに、思わず抱きしめると、向かい側から身を乗り出して来た亜矢が、陽菜の頭をよしよしとなでた。
梨乃はそんなわたしたちを見守り、
「今度はもっと人が少ない静かなところに行こうね」
とプーアル茶の入った茶碗を掲げてニッコリ笑った。
◇ ◇ ◇
バレンタインデイ当日の放課後。
過去何度か一緒に来たカフェの窓際の席に二人で座った。
オーダーの後、
「はい、どうぞ」
と、わたしが差し出したものを見ると、先輩は怖い顔をした。
あれ?
「……で、なんでチョコが4つもあるの?」
「あ、しまった。これですこれ。わたしからはこの紺色の包装紙のチョコです」
テーブルの上に並べられた4つのチョコ。
その中から、わたしは一つを選んで、スーッと先輩の前までスライドさせた。
「ありがとう。……で? 残りは何? 誰か他の人間からのなんだよね?」
と、気合の入ったいい笑顔でわたしを見据える先輩。
その笑顔、怖いですって。
うーん。順番間違えちゃった……よね。
陽菜からのチョコを渡したら喜ぶかなって思ったんだ。で、まずは自分のをとか考えずにうっかり全部出しちゃった。
「えと、これ、陽菜からです」
残り3つの中から、小ぶりな水色の包装紙のチョコを持ち上げて、先輩の前に置きなおす。
「ハルちゃんから?」
先輩が目を見開き、陽菜からのチョコを手に取る。と同時に、硬質な空気がふっと霧散して、先輩はやわらかな笑顔を浮かべた。
……ああ。
先輩が喜んでくれて良かったと思っているのに、少しだけチクリと胸が痛む。
知ってると思いますけど、それ、義理チョコですからね。
「で、後の二つは?」
先輩はもう怒っていなかった。何かあるんだろって感じで、残ったチョコを指で弾いた。
「あ、それは亜矢と莉乃って、えーっと陽菜とわたしと一緒にお弁当食べてる友だちからです」
「……は? 誰って?」
「あーーー、つまり、うちの陽菜がお世話になりました、のチョコです」
そう言うと、先輩はプッと吹き出した。
「何それ!」
だって、あの日、別れ際に陽菜から先輩へのチョコを預かっているのを見た二人が、あの後、「だったらわたしたちも!」って選び始めちゃったんだよねー。
「120パーセント義理チョコなんで安心して下さい!」
胸を張ってそう言うと、先輩はお腹を抱えて笑い出した。
「……そんなに面白いですかねぇ?」
小首を傾げると、先輩は
「ホント、寺本さんといると飽きないよ」
と笑いに顔を歪めた。
「はあ。楽しんでもらえて良かったです」
そう言うと、先輩は「もうダメ」とつぶやくと、机に突っ伏して笑い出した。
◇ ◇ ◇
一ヶ月後。
バレンタインデイの日と同じカフェ。奇遇にもあの日と同じ席で、先輩とわたしは向かい合わせに座っていた。
「はい」
テーブルに並べられたのは薄黄色の小ぶりな袋4つ。
「ホワイトデイのお返し」
先輩はニコリと笑う。
形や大きさからして、クッキーか何かが入ってそうな可愛らしいパッケージだった。
「……先輩、4つありますけど」
しかも、全く同じものに見えるんだけど。
「そりゃ、寺本から4つもらったし?」
「えー。わたしは本命用の大きいのだったじゃないですかー。後のは義理チョコですよー。てか、わたしは預かっただけで、わたしからは1つだけだし」
思わず、口を尖らせると先輩は、
「あはは。冗談に決まってるだろ。……はい」
と楽しげに笑いながら、鞄から綺麗に包装された小箱を取り出した。
「え?」
「これが寺本の分」
「あ……ありがとうございます!」
「後、こっちもどうぞ」
と、先ほどのクッキー(?)の袋を一つ取ると、小箱の横に置いた。
「わ、いいんですか?」
「もちろん。寺本の怒った顔も見られたし溜飲が下ったよ」
「あー、うー、その節は失礼しました。でも、陽菜からのチョコは嬉しくなかったですか?」
先輩が一瞬、言葉を失う。
「はいはい。嬉しいですよね。他の誰からもらっても、多分、先輩はうっとうしいなって思うんだろうけど、陽菜からのチョコなら義理でも嬉しいですよね」
思わず、ニヤニヤ笑ってそう言うと、先輩は複雑な顔をする。だけど、
「すべては否定しないよ。けど、寺本からのはうっとうしくないし、嬉しいと思ってる」
と、逆によそ行きの極上の笑顔で微笑みかけられて、わたしは頬が上気するのを感じた。
よそ行きだけど、よそ行きじゃない先輩。
こんな、人をからかうようなこと、多分、わたし以外にはしないもの。
「付き合い始めたばかりの彼女から、明らかに別の人からのチョコを渡される気持ち、分かる?」
「え?」
思わず先輩の顔を凝視した。
それって、少しくらいはわたしのこと……、って言うことですよね!?
続く言葉を待ちながら、胸が高鳴るのを感じた。
でも、先輩はニッコリ笑うだけで、それ以上は何も言ってくれなかった。
思わず、
「……ですよねー」
とぼやくと、先輩はまた楽し気に笑い出した。
(完)
うー。寒っ!
雪降るんじゃないかなぁ。と思って窓の外を見ると、ふわりふわりと雪が舞い始めていた。
あー、やっぱり降り出したか。
寒い寒いと思いながら、一歩教室に足を踏み入れるとふわっと暖かい空気に包まれた。
生き返る~!
「しーちゃん、おかえり」
「おかえり~」
「パン、買えた?」
口々に出迎えられて、
「ただいまー。寒いからか、空いてて選び放題」
と答えながら、いつものメンバーとお昼ご飯を食べるべく椅子に座る。
叶太くんから陽菜への世紀の告白以来、二人の仲は学年どころか先生まで含めた全校公認状態。だけど、陽菜は変わらずわたしたちとお弁当を食べている。
きっと、女友だちとの時間を邪魔しないようにって、叶太くんの気遣いだよね。叶太くんはいつだって、自分がどうしたいかじゃなく春菜にとって何が一番かって考えてる。ホント愛の深さが半端ない。
三人はもうお弁当を食べ始めている。わたしも、と買ってきたチョコパンを袋から取り出したところで、ふと来月中旬の一大イベントを思い出した。
「ねえ、陽菜、チョコ買った?」
「チョコレート?」
「うん。バレンタインのチョコ」
「ああ」
陽菜はニコッと笑う。
ホント、普通にしてても十分可愛いのに、笑うと更に愛らしくなる。
「まだ、買ってないよ」
「良かった! じゃあ今度のお休みに、一緒に買いに行かない?」
そう言うと、亜矢が
「え? 誰に?」
とグッとわたしの方に身を乗り出した。
うーん。鋭いなぁ。
でも確かに、亜矢とは中等部から一緒だけど、チョコ買う話なんて一度もしたことがない気がする。
で、高校に入ってから友だちになった梨乃は疑いもせずに、
「お父さん? そういえば、志穂ちゃんって兄弟いたっけ?」
と聞いてきた。
だよねー。いわゆる恋バナ、わたしはいつだって聞き役だったもんね。
「ううん。一人っ子」
だから、例年、お父さんと近所に住む従弟とおじさんに義理チョコを渡すだけ。
だけど、今年は……。
誰に渡すかを思い浮かべただけで、なんか気恥ずかしさでモゾモゾしちゃう。
どうやら気持ちと一緒に身体も動いてたみたいで、気がつくと梨乃まで不思議そうに首を傾げてた。
あーんー。
最近、やっと本当に彼氏ができたんだって実感が沸いてきたところ。うん。もう、これが冗談とかじゃなく現実だって分かってる。
……だったら、やっぱり言わなきゃだよね。
心を落ち着けるべく、すーっと息を深く吸い込む。それから、
「あのね、大きな声上げないでね」
そう念押し。
すると、亜矢は「もしかして?」なんて顔をして目を輝かせる。莉乃もさすがに何かを察して真顔になり、身を乗り出して来る。二人に合わせるように、戸惑いがちに陽菜も身を寄せた。
四人で頭を突き合わせる状態になったところで、
「それとね、この事、できるだけ人には言わないで欲しい」
と一言。
三人がコクリと頷くのを見て、ゆっくりと口を開き、
「羽鳥先輩と、つきあうことになったよ」
と小声で報告。
叶太くんの告白のあれこれを内緒にしてたこと、実は後から亜矢と莉乃にはチクチク言われたんだよね。チクチクって言うか、「ちゃんとわたしたちにも手伝わせろ」って。
なんか突っ走っちゃって申し訳なかったなって思ったから、今回はちゃんと報告。
と思ったのに、わたしの話を聞いた数秒後、
「聞いてないよ~!!」
亜矢と莉乃の声がハモる。大きな声上げないでって言ったのに、二人の声は結構な大きさで、陽菜はビックリしたように身を引き目を丸くするし、一瞬でクラス中が静まりかえり、わたしたちはクラスみんなの注目を浴びた。
慌てて、「しーっ」と人差し指を立てると二人は、しまったと言う顔をする。けど、そのまま両手を握りしめて、「どう言うことか教えてくれるんだよね?」と目で訴えてくる。
そんな二人とは対照的に、陽菜はふわりとまるでつぼみが花開くように優しく微笑み、
「しーちゃん、おめでとう!」
と言って、笑顔をほころばせた。
結局、その週の土曜日は、
「わたしたちも一緒に行く!」
と亜矢と莉乃も参戦が決定。
二人はまだ独り身だし、誰かに片想い中ってわけでもない。だけど、
「パパにもたまには気合の入ったチョコ買わなきゃね」
「うちのお兄ちゃんたち、チョコあげると喜ぶんだよね~。もちろん、お父さんにもあげなきゃだし~」
なんて言うんだもん、ダメって言えないよね?
二人の目はキラキラ……って言うか、ギラギラ輝いていた。洗いざらい吐けってオーラがすごくて、思わず笑ってしまった。
学校じゃ話せなくても、チョコ買いに行った先なら良いだろうって?
うーん。洗いざらいって言うほどのことは何もないんだけどな~。
聞かれたら何でも話そうとは思ってるけど、羽鳥先輩が陽菜を好きだったこと、陽菜をまだ好きだってことだけは絶対に言えない。そして、それを内緒にしたら、なんで羽鳥先輩がOKしてくれたかの説明が付かない。
けどまあ、「わたしと一緒に陽菜の幸せを見守りましょう!!」って言葉でOKしてくれたんだって言ったって、変な顔する二人しか思い浮かばないんだけどね。
何にしてもわたしが今、羽鳥先輩の彼女なのは確かだから、それでいい。
だから、チョコを買いに行くんだし。
◇ ◇ ◇
「うわー。ハルちゃん、可愛い!」
「いつも可愛いけど、私服だと破壊力が半端ないね」
亜矢と莉乃も目を見張る程、今日の陽菜は可愛い。えんじ色の丈の長いAラインのコートにふわふわのバッグ。髪の毛も綺麗に編み込んである。
通りがかる人たちがチラチラ陽菜を見ていくのが妙に快感。
これを叶太くんじゃなく、わたしが独占できると思うとテンション上がるよね!?
思わず抱きつくと、
「しーちゃん、どうしたの?」
と陽菜の大きな目がまん丸になる。
そんなわたしを見て、亜矢が
「あんた、できたての彼氏にチョコ買いに来たんでしょ。なんで、そうもハルちゃんに夢中かなー」
と呆れながらもクスクス笑った。
お天気も上々。運良くそこまで寒くない。
うん。今日は楽しい一日になりそう!
「ねえねえ、これとかどうかな?」
「デパートまで来て、なんでチロル詰め合わせ!?」
「や、お兄ちゃんたち、質より量かなーって?」
梨乃が少し恥ずかしそうに、へへっと笑った。
「梨乃のお兄ちゃんって、高校生と大学生じゃなかったっけ?」
「やっぱダメ?」
「もっと良いの買ってあげなよー」
亜矢が呆れたように、
「他にも幾らでも良いのあるじゃん」
と、梨乃の腕を引く。
「はいはい。義理チョココーナーはおしまい。本命コーナー行くよー」
「えー。わたしたちは義理チョコ買いに来たんじゃん」
「陽菜はいくつ買うの?」
「ん? 九個かな」
「え、そんなに買うの!?」
「うん。パパとおじいちゃんとお兄ちゃん、それから、カナ」
そこで一度言葉を切って、恥ずかしそうにはにかむ陽菜。色白な頬がポッと赤く色づいた。
うんうん。幼なじみじゃなくなって最初のバレンタインだもんね。
「後、広瀬のおじさまと晃太くんと、運転手さん、えーっと、それから病院の先生」
陽菜は指折り数えながら教えてくれる。
「しーちゃんは? 羽鳥先輩とお父さま?」
「うん。後、おじさんと従弟にも。近所に住んでるんだ」
あれがいいんじゃないとか、こっちはどうかなとか、うちのお父さんはかなりの甘党なんだとか、叶太くんは甘いのがそんなに好きじゃないとか、そんな話をしながら、手に持った買い物かごに少しずつ選んだチョコを入れていく。
「ね、陽菜、羽鳥先輩の分は?」
「……え?」
何を言われたのか分からないって顔の陽菜。
「あ、色々、お世話になったから?」
だけど、わたしが何も言わなくても、陽菜は自分から答えを導き出す。
「そうそう」
笑顔でそう答えるけど、やっぱり、陽菜、いかにも腑に落ちないって顔で小首を傾げた。
「……義理チョコ?」
「そうそう」
わたしがまたもやニコリと笑うと、陽菜は少し迷ってから、お兄さんたちにって選んでたのと同じチョコを手に取った。
「しーちゃん、渡してくれる?」
「自分で持って行かないの?」
そう聞くと、陽菜は少し迷ってから、
「……カナが嫌がる気がするから」
と、ちょっと恥ずかしそうに教えてくれた。
二組に別れたり四人一緒になったりしつつ、おしゃべりに興じながらチョコを選んで、買い終わったのは十一時ちょうど。
今から移動してお店を選んでいたら、食べる頃には十一時半前って感じかな?
亜矢と梨乃がレジに向かったところで、
「少し早いけどお昼行こうか。陽菜、疲れたでしょう?」
そう声をかけると、
「ありがとう」
と、陽菜は少しホッとしたような表情で笑みを浮かべた。
実は密かに、チラチラ陽菜の様子を確認していたんだ。その時は問題なさそうに見えたんだけど、やっぱり疲れたかな? もう少し早く休憩取るべきだった?
陽菜とわたしたち、女子四人で買い物に行くと知った叶太くんは、一緒に付いてくると言った。
もちろん、断固お断りしたわけだけど、そうしたら、今度は長々と注意事項の書かれたメールが送られてきた。
陽菜の顔色はこまめに見てくれとか、息が上がってないかを気にするようにとか、休憩は早めにとか、昼食は何時ごろまでには移動してとか、そりゃもう、細かいったらないってくらい細かなメール。
最初に見た時は、思わず絶句したけど、しっかり読んだよ。他ならぬ、陽菜のためだもんね。
「何食べる?」
「てか、ここ、何があるの? あ、わたし、好き嫌いないよ」
亜矢と梨乃がレジから戻ってきて、会話に加わった。
エレベーターに移動しながら話すのは、昼食のこと。
「何でもあるみたいだよ。ほら」
と、飲食店リストの載ったスマホの画面をちらりと見せる。
「うわー。志穂ちゃん、気合入ってるねー!」
店名や種類(和食とか中華とか)、オススメ料理に平均単価やお店の雰囲気まで書かれたリストを見て、梨乃がスマホに手を伸ばす。
「え? 違う違う。もらいものだよ」
もちろん、送ってくれたのは叶太くんだ。
一応、出所は内緒にしておく約束になってる。陽菜が気にするからね。
だけど、
「誰から?」
と聞かれて、思わずにやけると亜矢が察したように、
「あー。なるほどねー。うん。ホント、過保護だねー。いや、愛だねー」
と笑った。
結局、わたしたちが入ったのは叶太くん一押しの飲茶のお店。
雰囲気も良いし、とても美味しそう。
そして、陽菜は叶太くんの予想通り、中華がゆを頼んでいた。さすが叶太くん!
「で、告白はどっちから?」
「わたしから」
「だよねー」
どういう意味だ。
「羽鳥先輩、志穂のどこが気に入ったんだろう?」
「わかんない。あ、でも、面白いって言われるよ」
そう言うと、亜矢と梨乃がふき出した。
「ねえねえ、デートとかするの?」
「え、まだ、外で会ったのは一回だけ、かな?」
しかも、宿題が分からなくて学校帰りに教えてもらったという……。
「うわー。できたてほやほや?」
だから、ホント、付き合い始めてすぐに報告したんだって。
これが夢とか冗談じゃないって実感できてからだけど。
「いつから、羽鳥先輩のこと好きだったの?」
「んー。気が付いたら? いつの間にかって感じかなー」
そう言うと、何故か二人はくすぐったそうな変な顔になって、
「……志穂が女の顔してる」
って顔を見合わせた。
「志穂ちゃん、なーんにも言わなかったよねー」
「そうそう。いつも感情ダダ洩れなくせに、なんで大事なことは隠すかなー」
隠してたつもりはない。
ただ、いつの間にか好きになってて、誰かに話す前に、うっかり羽鳥先輩に告白しちゃったんだよね。
そう言うと、二人は、
「あー、熱い熱い」
「志穂、大人になったねぇ」
とニヤニヤ笑った。
亜矢と梨乃に散々いじられながらご飯を食べる。
陽菜はニコニコ笑いながらわたしたちの会話を聞いているだけで、何も口を挟まなかった。
だけど、会話が途切れて数秒の間ができたとき、不意に、
「しーちゃん、幸せ?」
とわたしの顔を覗き込んだ。
「……うん」
そう答えると、陽菜は嬉しそうに微笑み、亜矢と梨乃からまたからかわれた。
わたしをネタのランチタイムの終盤、不意に陽菜が、
「しーちゃん、亜矢ちゃん、梨乃ちゃん、ごめんね。この後、わたし、先に帰るね」
と言った。
「え、疲れた? 大丈夫!?」
驚いてデザートを食べる手を止めると、陽菜は違う違うと首を左右に振り、
「大丈夫だよ。ただ、あのね、元気な内に帰ろうと思って」
と申し訳なさそうに言った。
「あー、確かに、昼からのが混むしね」
「今でも結構、すごい人だもんね」
そう。叶太くんからのメールにも書いてあったけど、早めにお店に入って本当に良かったと思うくらいには、人がどんどん増えている。
「じゃ、わたし、送るよ。電車の線、同じだよね?」
お目当てのチョコは買い終わったし、ランチも楽しんだ。夕方までのつもりで出てきたけど、こだわるつもりはない。
「ううん。大丈夫。車なの」
「迎えに来てくれるの?」
「うん……と言うか、実はおばあちゃんと沙代さんが一緒に車で来てて、今、別でお買い物してるの」
想像もしてなかった答えに、思わず目が点。
ああ、だけど納得。だから、あんなにすんなり叶太くんが引き下がったんだ。
「そっかそっか。……うん。だったら安心だね」
「ん。ごめんね」
そう言う陽菜は、申し訳なさそうというか、恥ずかしそうというか、なんだかとっても困った表情をしていた。
理由がある過保護とは言え、きっと陽菜は、わたしたち三人が自分一人で来ているのにって思ってる。そんなの気にする事ないのに。
「また遊ぼうね」
隣に座っているのを良いことに、思わず抱きしめると、向かい側から身を乗り出して来た亜矢が、陽菜の頭をよしよしとなでた。
梨乃はそんなわたしたちを見守り、
「今度はもっと人が少ない静かなところに行こうね」
とプーアル茶の入った茶碗を掲げてニッコリ笑った。
◇ ◇ ◇
バレンタインデイ当日の放課後。
過去何度か一緒に来たカフェの窓際の席に二人で座った。
オーダーの後、
「はい、どうぞ」
と、わたしが差し出したものを見ると、先輩は怖い顔をした。
あれ?
「……で、なんでチョコが4つもあるの?」
「あ、しまった。これですこれ。わたしからはこの紺色の包装紙のチョコです」
テーブルの上に並べられた4つのチョコ。
その中から、わたしは一つを選んで、スーッと先輩の前までスライドさせた。
「ありがとう。……で? 残りは何? 誰か他の人間からのなんだよね?」
と、気合の入ったいい笑顔でわたしを見据える先輩。
その笑顔、怖いですって。
うーん。順番間違えちゃった……よね。
陽菜からのチョコを渡したら喜ぶかなって思ったんだ。で、まずは自分のをとか考えずにうっかり全部出しちゃった。
「えと、これ、陽菜からです」
残り3つの中から、小ぶりな水色の包装紙のチョコを持ち上げて、先輩の前に置きなおす。
「ハルちゃんから?」
先輩が目を見開き、陽菜からのチョコを手に取る。と同時に、硬質な空気がふっと霧散して、先輩はやわらかな笑顔を浮かべた。
……ああ。
先輩が喜んでくれて良かったと思っているのに、少しだけチクリと胸が痛む。
知ってると思いますけど、それ、義理チョコですからね。
「で、後の二つは?」
先輩はもう怒っていなかった。何かあるんだろって感じで、残ったチョコを指で弾いた。
「あ、それは亜矢と莉乃って、えーっと陽菜とわたしと一緒にお弁当食べてる友だちからです」
「……は? 誰って?」
「あーーー、つまり、うちの陽菜がお世話になりました、のチョコです」
そう言うと、先輩はプッと吹き出した。
「何それ!」
だって、あの日、別れ際に陽菜から先輩へのチョコを預かっているのを見た二人が、あの後、「だったらわたしたちも!」って選び始めちゃったんだよねー。
「120パーセント義理チョコなんで安心して下さい!」
胸を張ってそう言うと、先輩はお腹を抱えて笑い出した。
「……そんなに面白いですかねぇ?」
小首を傾げると、先輩は
「ホント、寺本さんといると飽きないよ」
と笑いに顔を歪めた。
「はあ。楽しんでもらえて良かったです」
そう言うと、先輩は「もうダメ」とつぶやくと、机に突っ伏して笑い出した。
◇ ◇ ◇
一ヶ月後。
バレンタインデイの日と同じカフェ。奇遇にもあの日と同じ席で、先輩とわたしは向かい合わせに座っていた。
「はい」
テーブルに並べられたのは薄黄色の小ぶりな袋4つ。
「ホワイトデイのお返し」
先輩はニコリと笑う。
形や大きさからして、クッキーか何かが入ってそうな可愛らしいパッケージだった。
「……先輩、4つありますけど」
しかも、全く同じものに見えるんだけど。
「そりゃ、寺本から4つもらったし?」
「えー。わたしは本命用の大きいのだったじゃないですかー。後のは義理チョコですよー。てか、わたしは預かっただけで、わたしからは1つだけだし」
思わず、口を尖らせると先輩は、
「あはは。冗談に決まってるだろ。……はい」
と楽しげに笑いながら、鞄から綺麗に包装された小箱を取り出した。
「え?」
「これが寺本の分」
「あ……ありがとうございます!」
「後、こっちもどうぞ」
と、先ほどのクッキー(?)の袋を一つ取ると、小箱の横に置いた。
「わ、いいんですか?」
「もちろん。寺本の怒った顔も見られたし溜飲が下ったよ」
「あー、うー、その節は失礼しました。でも、陽菜からのチョコは嬉しくなかったですか?」
先輩が一瞬、言葉を失う。
「はいはい。嬉しいですよね。他の誰からもらっても、多分、先輩はうっとうしいなって思うんだろうけど、陽菜からのチョコなら義理でも嬉しいですよね」
思わず、ニヤニヤ笑ってそう言うと、先輩は複雑な顔をする。だけど、
「すべては否定しないよ。けど、寺本からのはうっとうしくないし、嬉しいと思ってる」
と、逆によそ行きの極上の笑顔で微笑みかけられて、わたしは頬が上気するのを感じた。
よそ行きだけど、よそ行きじゃない先輩。
こんな、人をからかうようなこと、多分、わたし以外にはしないもの。
「付き合い始めたばかりの彼女から、明らかに別の人からのチョコを渡される気持ち、分かる?」
「え?」
思わず先輩の顔を凝視した。
それって、少しくらいはわたしのこと……、って言うことですよね!?
続く言葉を待ちながら、胸が高鳴るのを感じた。
でも、先輩はニッコリ笑うだけで、それ以上は何も言ってくれなかった。
思わず、
「……ですよねー」
とぼやくと、先輩はまた楽し気に笑い出した。
(完)
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