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第三部「魔法使いの掟とソフィラの願い」編

2-1.小さなはじまりと温かな食卓

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 空がうっすらと朱の色を帯び始めた。夜の色は遠くへと押しやられ、太陽が世界に新たな息吹を与えていく。
 光の中で目覚めた命はきっと、祝福された子供なのだ。夜の気配の残る窓辺に佇んで、キールはひとり考えに沈んでいた。彼の視線の先には、布団にくるまり眠る子供がいる。静かに上下する肩は、その眠りが穏やかであることを示しているようだった。

 それだけがわずかに訪れた平穏の証のようで、キールはそっと目頭をこすった。彼は一晩中眠っていなかった。いや、眠れなかったと言うべきか。眠る少女の今後のことはもとより、彼自身にもまだ——乗り越えなくてはならないことが残っている。それに苦慮しているうちに、気づけば夜が明けていたのだが。

「さて……もう少し頑張るかな」

 軽く頰を叩き、気分を新たにする。眠れないことは辛いが、今から寝たところで快い眠りとはならないだろう。それならば動いてしまった方が気分も紛れるはずだ。

 そう結論付けると、キールはいつの間にか床に転がっていた薬箱を手に取り、静かに寝室を後にした。

 ————
 ——

 とにもかくにも、腹が減っては戦はできぬ。昨日から何も食べていなかったことを思い出し、キールは早速食事の支度に取り掛かった。キッチン横に置いた保存用『コンテナ』を覗き込みながら、メニューに想いを馳せる。

「……うーん、卵がある。それに牛乳も少し……あとはトマトソースとチーズくらいか……。パンを焼く暇もないだろうし、無難なところでオムレツかな」

 取り出した食材をキッチンカウンターに並べ、キールはふむふむと頷く。卵だけなら普通のオムレツになるが、今回は牛乳やチーズがある。と、言うことは、だ。

「よし決まり。今朝のメニューはふわトロチーズオムレツだ」


 早速キッチンに立ったキールは、調理を開始した。

 まずは、ボウルに卵を割って入れる。そして手早くかき混ぜると、そこに牛乳を加えていく。
 ここで重要なのは、味付けに関してだ。牛乳を入れると卵が焼いた時に凝固し難くなるのだが、ここで塩を加えてしまうと焦げやすくなってしまう。そのため、ふわトロを目指すなら、ここに入れるのは牛乳だけにしておく。

 卵を混ぜ終わると、キールはフライパンを火にかけ温める。そこに油と有塩バターを加え、よくなじませていく。十分温まったら、解いた卵の出番だ。

 溶き卵をさっとフライパンに流し込むと、固まる前にかき混ぜる。結構すぐに固まってきてしまうのでここは迅速に。気をつけないとスクランブルエッグになってしまうから、そこは慎重に。

 半熟になってきたら一度火を止めて、薄く切ったチーズを真ん中に乗せる。それからは弱火で焼きながら形を整えていくのだが——上手い人はフライパンを返すだけで整えてしまえる。
 コツとしてはフライパンを上に跳ね上げるのではなく、手首を使って前から後ろへスライドさせていく……と言っても難しいだろうから、そこは柔らかいヘラなどを使って整えてみるといい。

 さて、ここまでくればあとは盛り付けだ。白い皿に完成したオムレツを乗せて、前もって温めて置いたトマトソースをかける。パセリでもあれば彩りがいいのだが——と腕組みしているキールの視界の端に、茶色い耳が映り込んだ。

「……、……」
「……あ、起きたんだ」

 ぴくり、と耳が震え、小さな頭がふるふると震えた。何故か少女は、キッチンの入り口から顔を覗かせたまま固まっている。その視線は、今まさに出来立てのオムレツに注がれていて——

「……お腹すいた?」
「……、……う」

 こくり。わずかだが頷いたとわかる。それが妙におかしく感じられ、キールは気づけば笑みを浮かべていた。

「わかった。じゃあ、今テーブルに並べるから少しだけ待っててくれるかな?」
「……んっ」

 表情はほとんど変わらない。けれどそのふわふわの耳と尻尾は、喜びを表すようにパタパタと揺れていた。

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