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最終章 阿国、跳ぶ

(六)阿国、跳ぶ

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ほどなくして、おあつらえ向きの風が吹いてくる。
水夫たちは帆を張りはじめた。これで風をもらえば、するすると沖へと進む。島がいよいよ遠ざかってゆく。
あらさ、こらさ、えっさっさ。
酒盛りは、いまや千石と立波の裸踊り。それを百学がなだめている。阿国と一座の娘たちは笑い転げていた。
そこから離れて、鈴々は静かに離れゆく島をながめていた。
「ひでえな。この粉薬は舌が盆踊りしてる」
竹筒の水を呑みながら、しかめっつらの才蔵が寄ってきた。ふっとだけ鈴々は笑う。そのままながめつづけている。
「はて、まだなにかいるの」
才蔵も霧にかすむ島をながめた。
「いるよ、あそこに。ともに笑った仲間たち」
「それは、あの坊さまたちに、あの兄きたちか」
鈴々が悲しい瞳をする。
「きっと、あたしたちに手を振ってる」
「ちがいない」
才蔵もうなずいた。
そのとき、ぶるっと島が震えたようになった。霧がやがて晴れてくる。それとともに、島がみるみる透けてきた。帆を張る水夫たちも驚いた。
島は崩れるでも、沈むでもなかった。そのまま透けると、ふっと丸々消えていった。あとには、沈む夕日が濃い茜色に海を染めていた。
「いっちまったか」
才蔵がつぶやく。
ふいに、鈴々の瞳から涙がこぼれた。
「これでよかったの。ほんとに」
「鈴々」
「だって、あの勇ましい大瓦さま。優しかった弓月さま。ひと食いに、ひるまなかった蟹頭の兄きたち。ひと喰いと、ひと喰いとなっても戦った豊春さま。間八さんは、しのかみにも心折れなかった。あのひとたちが倒れて、なぜ、あたしなんかが生き残ったの」
才蔵に鈴々の痛みがぶつけられる。
「あたしなんかの、出来そこないが、生きてていいの」
ぱたりと酒盛りがやむ。
「なにをいうのですか」
めずらしく、百学の怒ったような声が飛んだ。
「あの御堂で、鈴々さんと才蔵さんが囮となったとき。どれほど、心が焼かれたことか。ならば、なんとしても、加勢のものとともに戻らねばならない」
涙声になった。
「それなのに、助けにゆけなかった。こちらこそ、出来そこないもいいとこです」
いやいやと、年老いた水夫が口を挟んできた。
「あのおり、馬がおらぬうえ傷もままならぬのに、旦那たちはゆこうとした。やめなされとわしらと娘たちで止めにかかった」
もっともと、ひゃはっと笑う。
「ぶちりをぶちるだけのことはある。わしらは、ひょいとひねられた」
千石がしんみりという。
「でも、止められた」
「おや、かっとなったら手がつけられないのに。親方もいないなら、誰かいるの」
才蔵がきょろきょろする。
「後ろの、若葉と二葉」
ぷいと若葉と二葉はそっぽを向いた。
才蔵は目を丸くする。
「まさか。一番の怖がりで、おっとりもの。もしも船から落ちても泳げやしない」
「それを、逆手に取られた」
千石は苦笑い。
「ゆくなら、あたいたちは海にどぼんするって、ほんとに船から海へ身を投げた」
ありゃと、阿国と小桜が呆れる。
「そっからは、おおわらわ。とにかく海に飛び込んで助けにいった。けど、すっかり溺れちまってな。やっとこさ浜にあげて百学と介抱よ。まんまと、してやられた」
そうかそれで二人は巫女の衣装ではなく、小袖の姿かと才蔵はつぶやいた。
でもなと、立波が腕組をする。
「あそこでいったら、どうなる。命を救ったのが命拾い。よく、半端ものとか出来そこないというが、結局みなそんなもの。だから、ひとは助け、助けられじゃないか」
そうそうと、小桜もうなずいた。
「そもそも、鈴々が出来そこないというなら、あたしたちもそうさ。これからも助け、助けられだからね」
才蔵に柔らかな笑みがあった。
「おいらもかな。鈴々が踏ん張ってくれたから、おいらも踏ん張れた」
やがて、みんなが阿国を見つめた。
夕日がもう沈む。
その、鮮やかな茜色を背にしている。凛としたその横顔は遠くをながめていた。
ふっと笑った。
「どうやら、みんないいたいことは、いったかい」
粋に結った黒髪が風になびいてる。
「さて、あたしがさ」
はいと、鈴々がうなずく。
「あんたくらいのころ、そりゃさんざんいわれたさ。じゃじゃ馬だのなんだの」
悪戯っぽく笑う。
「しょうがない、おてんばめ。ろくなことをせぬ、あほうめ」
「あっ、はい」
「そのあと、おっちゃんも、おばちゃんも、おじじも、おばばも、おっとうも、おっかあも、みんな、こういうの」
鈴々の頭をそっとなでた。
「いいかい。ほんと、出来のわるいのに限って、可愛いいってね」
そこに、母の笑顔があった。
               

                 完
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