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最終章 阿国、跳ぶ

(五)阿国、跳ぶ

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ざぷりざぷりと波にゆれる。
もはや、人魂も、死人どもも失せていた。それでも霧に煙る島を廻って、船は沖へと進んでゆく。
まるで糸が切れたように巫女姿の娘たちが泣いている。小袖姿の若葉と二葉も泣いている。気丈な小桜でさえ泣いていた。そんな娘たちに囲まれ、阿国はむずがゆい顔で千石と立波を相手に酒を呑んでいた。
「もう、笑っとくれな。ほら、ほら」
立浪がお酌する。
「とはいえ、みな心配してたのよ。泣かせてやりな」
「それが、また湊で小雪たちが泣くのだろう。たまらないったらありゃしない」
「立波よ。姉さんの困った顔はめったにない。ねたになるぞ」
くいっと、その脇腹をひねられた。
「あいてっ。まだ、弱ってるのに」
「あんたは、それくらいでちょうどいい」
からからと立波が笑った。
酒盛りから少し離れて、鈴々が薬研を使って粉薬をこさえている。そのかたわらで百学が才蔵にぐるっと包帯を巻いていた。
こちらも、才蔵が笑ってる。
「ほんとか。あの、いけずな坊主二人が神なのか。おっかねえな」
「あげく、石になっちゃいました」
「百学さんのお地蔵さま。こりゃ御利益がある」
「まっぴらです」
あっははと二人で笑った。
「そのあとも、ばたばた。姉さまが居なくなって、よもや沼へ戻ったかと。それであとを追いかけようとしたら、とうとうあにさまが倒れて。やむなく船で介抱です」
「それで、加勢にきたのは親方と巫女の二人に小桜お姉か。でも、こっちもばたばた。おいらは姉さまと、鈴々は小桜お姉と、そして親方たちとで馬で降りたまではよかった。ところが、ぶちりは失せても地は割れ木は倒れてくる。よく逃れたものさ」
鈴々がほっこりと笑ってる。
「どこまでも、あっぶねえ噺だな」
才蔵が苦笑い。ふと鈴々が薬研の手を止めた。
「いっそ、語りにしたら。みんな喜ぶ」
「あるいは、おっかない怪談とやらで、読みものでもいいですね」
ふむと才蔵は腕を組む。
「銭もうけになるや。なら、お題がいる」
「ぶちりはどうなの」
「なにか、洒落たのがいいな」
「ちなみに、南蛮では、こんなのどういうの」
鈴々が悪戯っぽい瞳をする。
「で、でんじゃらす、とでも」
「うふっ、みょうちくりんなの」
とたんに、三人は笑いこけた。
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