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最終章 阿国、跳ぶ

(四)なんでも出来る天邪鬼

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「もはや、まやかしに呑まれる」
たぶらかされてなるか。地蔵の太鼓腹は硬かろうが、つらなら貫けるよう。やあっと踏み込み突き入れる。
がきっと、錫杖が阻む。
そこから驚くのは千石だった。
ともあれ、しごいて突き入れ、反転して叩き、すかさず突きを繰り出す。そのどれも、そっくりに返された。まるでもうひとりの、おのれと槍合わせをやってる。
いや、技の切れと、重い突きに押されていた。
「まさか、そんな」
ねばりつくような攻防に息があがる。
天邪鬼は笑っていた。
なんとか、おのれを励まし突きを放つも、これは錫杖に跳ね上げられた。その勢いでもって千石は後ろへと転がされる。それを、阿国と百学が助けにいった。
げはっははっと天邪鬼は腹を抱える。
「宝蔵院の槍か」「なれど、宝蔵院の槍ではない」
阿国はむっとなった。
「侮るな。それでも免許皆伝だよ」
天邪鬼はにやけたものいいをする。
「そもそも宝蔵院の槍とは、なんぞや」「そもそも宝蔵院の槍は、なぜ怖れられる」
千石が顔をしかめた。
「教えにある。突けば槍、薙げば長刀、引けば鎌」「とにもかくにも外れあるまじ。これは、いかなることぞ」
「そ、それは」
「知っておろう。穂先に鎌があってこそ」「鎌槍の工夫こそが、宝蔵院の槍」
ゆえにとつづける。
「攻める手も増え、鎌の受けもある。攻めと守りの、これぞ宝蔵院槍術」「世に知られる両鎌の槍、これぞ宝蔵院十文字槍」
なのにと、天邪鬼は指をさす。
「その槍はなにか。素槍ではないか」「鎌がない。鎌はどこへやら」
げはっげははと高笑い。
「牙のない猪、角のない牛」「宝蔵院の猿真似」
ち、ちがうのですと、百学は阿国に身ぶり、手ぶりでいう。
「あにさまは鎌槍を手にした。でも、あれはえらく重い。それでは、どれほどの敵と、いつまで槍をふるえるのか。おまけに狭い処では鎌が邪魔になる」
それで、となったところで阿国がうなずく・・そうか、前に槍のことでいいかけたのはこのことか・・尻もちの千石の肩にそっと手をやった。
「むしろ、鎌もないのによく戦ったね」
百学の目頭が熱くなる。そのまま三人は馬の処まで退いた。ひとまず馬をつなぐ。
さて、どうすると天邪鬼はうかがってる。
「ざまはねえな」
うなだれるのに、阿国はにんまり。
「いや、ぴんぴんしててなによりさ」
千石は苦笑い。
「でも、あれは口だけのことはある。まさか、宝蔵院の槍をうんぬんとはな」
「もはや、神仏ですか」
「疫病のほうだよ」
阿国がからっと笑う。
さあ、祈れ、崇めよと、天邪鬼はうるさくなった。
あのっと、百学が阿国にいう。
「いっそ、ひとの道を説いてみては」
「そうか、南京錠のときか」
阿国は首を振る。
「やめとこう。前の二人は、ともあれ坊さま。心のどっかで過ちを知ってた。だから、それを正せば成仏してくれた。ところが才蔵の話では、この二人ときたら夜は危ないというのに勝手に下りたってね。それで、くたばって神仏のせいにしてる。
あれは救うもなにも、救いようのない愚かもの。この類いはとっちめないとどうにもならない」
「では、どうしたものか」
「玉をみんなぶん投げる。いや、雨で火を消されるか」
「神仏とか、のたまうのだろ。なら、おうかがいするかい。どうしたら倒せますか。かしこみ、かしこみ」
百学が真っ赤になった。
「いくら姉さまでもふざけないで。そんなこと、いうわけがない」
とたんに、げらげらと笑って太鼓腹がゆれた。
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