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最終章 阿国、跳ぶ
(三)なんでも出来る天邪鬼
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ぞくりと、みょうに冷えた。生臭いにおいがひどくなる。辺りをおどろおどろしい石のひとが囲む。心なしか薄暗くなってきた。
げはっ、げははっ。
狂ったように笑っている。
「祈れ、祈れ」「崇めよ、奉れ」
左のつらがいえば、右のつらがいう。からかうようにいい、おどけたようにいう。千石は手をこまねいた。はたして、向かっていっていいものやら。
そのとき、つい百学が口をすべらした。
「もしや、宝松さまに、宝梅さま」
ひたと笑いが止んだ。
「小僧、小僧」「おまえ、おまえは」
その、左右のつらの目玉がぎょろりとする。百学は慌てた。そうとも、御堂で赤っ恥をかかせてた。それと知れたらまずい。
「あの、おふたりがなぜ、そんなお姿に」
そっと悲しげに顔をそむけた。
つらふたつは、ゆるりと空を仰いだ。
「あれは、あほうな寺に、あほうな坊主」「もう、いやじゃ、きらいじゃ」
左も右もつらがひくりとなった。
「寺を抜ける。山を下りる」「祠におった。毛むくじゃらがおった」
ざわざわと木々がゆれた。
ひゅるっと冷え冷えとした風が吹いた。
「もがれた。ちぎられた」「のっけられた。地蔵のうえに」
百学はぞっとする。
よもや、ふれてはならぬものにふれたのか。
「我は」「あのとき」
間があった。
「仏に祈った。神に祈った」「助けてたもれ。救ってたもれ」
ほろほろとつらふたつは泣いている。
「なのに、なのに」「殺められた、ほふられた」
太い胴がぶるぶると震える。
「なぜ、助けぬ」「なぜ、救わぬ」
むせび泣いた。
「ならば、仏とはなんぞ」「ならば、神とはなんぞ」
ものいいが変わった。
「ろくでなし」「でくのぼう」
口汚くののしる。怒鳴り、わめく。
「もはや祈らぬ。崇めもせぬ」「逆らってやる。背いてやる」
どす黒く、よどむ声になる。
「これより我が仏である」「我が神である」
かっと、つらふたつの目玉が見開いた。
そしていい放つ。
「われこそ、天邪鬼である」「われこそ、あまのじゃくである」
びりびりと耳鳴りがした。
「そら、崇めよ、奉れ」「祈れよ、拝めよ」
げはっげははと高笑い。
「手を合わせ、おにぎりのひとつも供えろか」
押されまいと、あえて千石がからかう。
しゃんと錫杖が鳴った。
「我に、祈るものとなれ」「ほれ、あちらにおる。こちらにおる」
ひとの石をつらふたつがきょろきょろする。
「石にしたのか」
阿国がぴしゃりという。
「なぜ、こんな真似をする」
げらげらと太鼓腹をゆすって笑った。
「祈るものがおらねば、仏でも神でもない」「祈るものとなれば、永遠に祈れる」
「とんでもない」
百学は息を呑む。
「ありがたや。もはや、嘆くことはない。悲しむこともない」「朽ちることもない。腐ることもない」
「なにが、ありがたいものか。みんな死人じゃないのか」
千石がかっとなった。おそらく、助かってたもの。ぶちりやしのかみもやり過ごして、やっと浜へ逃れようとして、このろくでもないものに石にされたか。
天邪鬼がふんと、そっくり返る。
「ならば、ありがたみをみせてやる」「敬えるものをみせてやる」
錫杖をしゃんしゃんと鳴らした。
かっと稲光が走る。すると小雨が降り始めた。それもすぐに雪となる。その雪はいつしか蝶となってた。ひらひら舞うも、ふいにぼっと燃えて消えた。
阿国も百学も目を丸くする。ひとり千石がおどけたように笑った。
「祭りの見世物小屋だな。あとで、蝦蟇の油でもふっかけるか」
なら、いまひとつと錫杖を鳴らそうとしたとき、やおら千石が槍で突っ込んだ。
げはっ、げははっ。
狂ったように笑っている。
「祈れ、祈れ」「崇めよ、奉れ」
左のつらがいえば、右のつらがいう。からかうようにいい、おどけたようにいう。千石は手をこまねいた。はたして、向かっていっていいものやら。
そのとき、つい百学が口をすべらした。
「もしや、宝松さまに、宝梅さま」
ひたと笑いが止んだ。
「小僧、小僧」「おまえ、おまえは」
その、左右のつらの目玉がぎょろりとする。百学は慌てた。そうとも、御堂で赤っ恥をかかせてた。それと知れたらまずい。
「あの、おふたりがなぜ、そんなお姿に」
そっと悲しげに顔をそむけた。
つらふたつは、ゆるりと空を仰いだ。
「あれは、あほうな寺に、あほうな坊主」「もう、いやじゃ、きらいじゃ」
左も右もつらがひくりとなった。
「寺を抜ける。山を下りる」「祠におった。毛むくじゃらがおった」
ざわざわと木々がゆれた。
ひゅるっと冷え冷えとした風が吹いた。
「もがれた。ちぎられた」「のっけられた。地蔵のうえに」
百学はぞっとする。
よもや、ふれてはならぬものにふれたのか。
「我は」「あのとき」
間があった。
「仏に祈った。神に祈った」「助けてたもれ。救ってたもれ」
ほろほろとつらふたつは泣いている。
「なのに、なのに」「殺められた、ほふられた」
太い胴がぶるぶると震える。
「なぜ、助けぬ」「なぜ、救わぬ」
むせび泣いた。
「ならば、仏とはなんぞ」「ならば、神とはなんぞ」
ものいいが変わった。
「ろくでなし」「でくのぼう」
口汚くののしる。怒鳴り、わめく。
「もはや祈らぬ。崇めもせぬ」「逆らってやる。背いてやる」
どす黒く、よどむ声になる。
「これより我が仏である」「我が神である」
かっと、つらふたつの目玉が見開いた。
そしていい放つ。
「われこそ、天邪鬼である」「われこそ、あまのじゃくである」
びりびりと耳鳴りがした。
「そら、崇めよ、奉れ」「祈れよ、拝めよ」
げはっげははと高笑い。
「手を合わせ、おにぎりのひとつも供えろか」
押されまいと、あえて千石がからかう。
しゃんと錫杖が鳴った。
「我に、祈るものとなれ」「ほれ、あちらにおる。こちらにおる」
ひとの石をつらふたつがきょろきょろする。
「石にしたのか」
阿国がぴしゃりという。
「なぜ、こんな真似をする」
げらげらと太鼓腹をゆすって笑った。
「祈るものがおらねば、仏でも神でもない」「祈るものとなれば、永遠に祈れる」
「とんでもない」
百学は息を呑む。
「ありがたや。もはや、嘆くことはない。悲しむこともない」「朽ちることもない。腐ることもない」
「なにが、ありがたいものか。みんな死人じゃないのか」
千石がかっとなった。おそらく、助かってたもの。ぶちりやしのかみもやり過ごして、やっと浜へ逃れようとして、このろくでもないものに石にされたか。
天邪鬼がふんと、そっくり返る。
「ならば、ありがたみをみせてやる」「敬えるものをみせてやる」
錫杖をしゃんしゃんと鳴らした。
かっと稲光が走る。すると小雨が降り始めた。それもすぐに雪となる。その雪はいつしか蝶となってた。ひらひら舞うも、ふいにぼっと燃えて消えた。
阿国も百学も目を丸くする。ひとり千石がおどけたように笑った。
「祭りの見世物小屋だな。あとで、蝦蟇の油でもふっかけるか」
なら、いまひとつと錫杖を鳴らそうとしたとき、やおら千石が槍で突っ込んだ。
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