156 / 177
最終章 阿国、跳ぶ
(五)迫りくる丹波
しおりを挟む
じじっと、かがり火の火の粉が飛び散る。
はや、日は傾いていた。この攻防でけりをつけねば、あとがないやも。
ぶちるか、ぶちられるか。
そのときがきた。
二人は、一間(約、二メートル)ほどの間合い。それで互いに身じろぎもしない。そのままうかがい合う。
なにか、白刃の上に丹波と才蔵がいるかのようであった。
ときおり疾風が吹く。かがり火の組木がゆれて火の粉が二人に向けて飛ぶ。しかし払おうともしない。
とにかく攻める隙を逃すまい。
才蔵は、つい、はやる心をぐいと抑える。・・ともあれ先手を取る。それなら、やつをまんまとはめられる・・
勝算があった。
そうさ、護摩壇に鈴々がいる。ならば、やつはもしもを避けるために手裏剣やら、ひでりの玉やらで、めったやたらと攻められない・・
そこにつけ込む。
ふいに、またも疾風がぶおっと吹いた。
ぐらっと、かがり火の組木がゆれる。するとそれは丹波に向け、がしゃんと倒れた。がらがらと薪が転がる。さすがに一歩退いた。
やあっと叫び、才蔵が跳ねる。
ここぞと手裏剣を放ち、つづいてかちわりを抜刀。丹波は後手になった。先を取った才蔵は火を吹くように攻め立ててゆく。
かんかんと、鎌とかちわりの相打ち。火花が散り鉄が焦げる。才蔵はなおも、かちわりに勢いをつけた。鎌よ砕けろとばかりに。
「手数でくるか」
まさに、押しの一手であった。やつはうかつに仕掛けないと踏み、ならば先手を取って畳みかける戦法に出た。手数で押し切る。
やあ、やあと攻めたてた。ぐいぐいと丹波を押してゆく。もうひと息と、才蔵はかさにかかってかちわりをふるう。
つい、躍起になった。丹波がそっと片手を腰に下げる魚籠に入れたのを見逃した。
「侮るな」
ひょうと投げる。
あっと才蔵の叫び。黒蛇が腕にからむ。
肝が縮みあがった。あの螺旋の呪い、とたん腰砕け。と、そこではたとなった。そう、あの札は二枚。なら、蛇は蛇。はったりをかまされた。
気づいたが、もう遅い。ひょいと丹波に足を掛けられ、どうと倒された。
「はしゃぎおって」
鎌が振り上げられる。うつ伏せの才蔵は、もはや逃れようがなかった。
ぐさりと、いや、ならない。
どうしたのか、丹波はそのまま空を仰いでいる。
やにわに、ぎゃぎゃあっと、けたたましく鳴くものがいた。
それは、姿は鶴のようでも、真っ黒な鳥が二羽、三羽と空に舞っている。そして、一羽がばさばさと丹波めがけて突っかかってきた。
なにっ、と鎌で叩き落とすも、さらにもう一羽、二羽と突っかかってくる。それを追っ払うも、しつこくからむ。
ともあれ、ぎゃあぎゃあとうるさかった。
「ぶちりめ、まるで、ののしっておるような。さてはこいつら、陰摩羅鬼か」
(陰摩羅鬼とは、黒鳥で鶴のような姿をしている。目玉は灯火のごとくで、羽を震わせ、ひとを叱るように甲高く鳴くという。死人から生じた気がもののけになったといわれる)
丹波は舌打ち。
「なれど、なぜぶちりがおる。巫女はなにをやっている」
そこで、おやと、なった。いつのまにか祈りが途切れている。
「そうか、巫女め」
鈴々は賭けに出た。
才蔵が危うい、どうする。そこで思う。そもそもぶちりに、どれが敵か味方かはないはず、それなら横槍を入れられる。
祈りを止めてみた。
はたして、あらわれた黒鳥はやたら突くやら、飛び跳ねるやら。
してやったか。
ふと、才蔵の姿が消えてる。やがて御堂の床下から這ってくる。沼で濡れたものを捨てて控えのものか、火打石に火縄と、加えて玉をこぼれるほど手にしていた。
「どかんとやって、ひるめば、畳かける」
すると丹波はそれと悟ったのか、背をひるがえして退いた。もはや逃すまいと才蔵は追っかけてゆく。
鈴々も二歩三歩と歩きかけてとどまった。
「いまは、これまで」
護摩壇の前へ戻ると祈りをはじめた。不思議と、ぎゃあぎゃあうるさい黒鳥はやがて空に舞い上がり、いずこかへと飛び去っていった。
風が冷やりとする。
それは、まさに夕暮れが近いことを知らせるものであった。
はや、日は傾いていた。この攻防でけりをつけねば、あとがないやも。
ぶちるか、ぶちられるか。
そのときがきた。
二人は、一間(約、二メートル)ほどの間合い。それで互いに身じろぎもしない。そのままうかがい合う。
なにか、白刃の上に丹波と才蔵がいるかのようであった。
ときおり疾風が吹く。かがり火の組木がゆれて火の粉が二人に向けて飛ぶ。しかし払おうともしない。
とにかく攻める隙を逃すまい。
才蔵は、つい、はやる心をぐいと抑える。・・ともあれ先手を取る。それなら、やつをまんまとはめられる・・
勝算があった。
そうさ、護摩壇に鈴々がいる。ならば、やつはもしもを避けるために手裏剣やら、ひでりの玉やらで、めったやたらと攻められない・・
そこにつけ込む。
ふいに、またも疾風がぶおっと吹いた。
ぐらっと、かがり火の組木がゆれる。するとそれは丹波に向け、がしゃんと倒れた。がらがらと薪が転がる。さすがに一歩退いた。
やあっと叫び、才蔵が跳ねる。
ここぞと手裏剣を放ち、つづいてかちわりを抜刀。丹波は後手になった。先を取った才蔵は火を吹くように攻め立ててゆく。
かんかんと、鎌とかちわりの相打ち。火花が散り鉄が焦げる。才蔵はなおも、かちわりに勢いをつけた。鎌よ砕けろとばかりに。
「手数でくるか」
まさに、押しの一手であった。やつはうかつに仕掛けないと踏み、ならば先手を取って畳みかける戦法に出た。手数で押し切る。
やあ、やあと攻めたてた。ぐいぐいと丹波を押してゆく。もうひと息と、才蔵はかさにかかってかちわりをふるう。
つい、躍起になった。丹波がそっと片手を腰に下げる魚籠に入れたのを見逃した。
「侮るな」
ひょうと投げる。
あっと才蔵の叫び。黒蛇が腕にからむ。
肝が縮みあがった。あの螺旋の呪い、とたん腰砕け。と、そこではたとなった。そう、あの札は二枚。なら、蛇は蛇。はったりをかまされた。
気づいたが、もう遅い。ひょいと丹波に足を掛けられ、どうと倒された。
「はしゃぎおって」
鎌が振り上げられる。うつ伏せの才蔵は、もはや逃れようがなかった。
ぐさりと、いや、ならない。
どうしたのか、丹波はそのまま空を仰いでいる。
やにわに、ぎゃぎゃあっと、けたたましく鳴くものがいた。
それは、姿は鶴のようでも、真っ黒な鳥が二羽、三羽と空に舞っている。そして、一羽がばさばさと丹波めがけて突っかかってきた。
なにっ、と鎌で叩き落とすも、さらにもう一羽、二羽と突っかかってくる。それを追っ払うも、しつこくからむ。
ともあれ、ぎゃあぎゃあとうるさかった。
「ぶちりめ、まるで、ののしっておるような。さてはこいつら、陰摩羅鬼か」
(陰摩羅鬼とは、黒鳥で鶴のような姿をしている。目玉は灯火のごとくで、羽を震わせ、ひとを叱るように甲高く鳴くという。死人から生じた気がもののけになったといわれる)
丹波は舌打ち。
「なれど、なぜぶちりがおる。巫女はなにをやっている」
そこで、おやと、なった。いつのまにか祈りが途切れている。
「そうか、巫女め」
鈴々は賭けに出た。
才蔵が危うい、どうする。そこで思う。そもそもぶちりに、どれが敵か味方かはないはず、それなら横槍を入れられる。
祈りを止めてみた。
はたして、あらわれた黒鳥はやたら突くやら、飛び跳ねるやら。
してやったか。
ふと、才蔵の姿が消えてる。やがて御堂の床下から這ってくる。沼で濡れたものを捨てて控えのものか、火打石に火縄と、加えて玉をこぼれるほど手にしていた。
「どかんとやって、ひるめば、畳かける」
すると丹波はそれと悟ったのか、背をひるがえして退いた。もはや逃すまいと才蔵は追っかけてゆく。
鈴々も二歩三歩と歩きかけてとどまった。
「いまは、これまで」
護摩壇の前へ戻ると祈りをはじめた。不思議と、ぎゃあぎゃあうるさい黒鳥はやがて空に舞い上がり、いずこかへと飛び去っていった。
風が冷やりとする。
それは、まさに夕暮れが近いことを知らせるものであった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
夕映え~武田勝頼の妻~
橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。
甲斐の国、天目山。
織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。
そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。
武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。
コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
【改訂版】乙女の海上護衛戦記
野口健太
歴史・時代
王国海軍のリチャード・アーサー少佐が着任を命じられたのは、女性たちが運用する駆逐艦だった。舞台は荒れ狂う北の海。同盟国行き輸送船団を死守せんとする、第一〇一護衛戦隊の物語がいま始まる。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/173400372/589172654
上記作品の改訂版になります。旧版を既に見たという方も、そうでない方もぜひお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる