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最終章 阿国、跳ぶ

(五)迫りくる丹波

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じじっと、かがり火の火の粉が飛び散る。
はや、日は傾いていた。この攻防でけりをつけねば、あとがないやも。
ぶちるか、ぶちられるか。
そのときがきた。
二人は、一間(約、二メートル)ほどの間合い。それで互いに身じろぎもしない。そのままうかがい合う。
なにか、白刃の上に丹波と才蔵がいるかのようであった。
ときおり疾風が吹く。かがり火の組木がゆれて火の粉が二人に向けて飛ぶ。しかし払おうともしない。
とにかく攻める隙を逃すまい。
才蔵は、つい、はやる心をぐいと抑える。・・ともあれ先手を取る。それなら、やつをまんまとはめられる・・
勝算があった。
そうさ、護摩壇に鈴々がいる。ならば、やつはもしもを避けるために手裏剣やら、ひでりの玉やらで、めったやたらと攻められない・・
そこにつけ込む。
ふいに、またも疾風がぶおっと吹いた。
ぐらっと、かがり火の組木がゆれる。するとそれは丹波に向け、がしゃんと倒れた。がらがらと薪が転がる。さすがに一歩退いた。
やあっと叫び、才蔵が跳ねる。
ここぞと手裏剣を放ち、つづいてかちわりを抜刀。丹波は後手になった。先を取った才蔵は火を吹くように攻め立ててゆく。
かんかんと、鎌とかちわりの相打ち。火花が散り鉄が焦げる。才蔵はなおも、かちわりに勢いをつけた。鎌よ砕けろとばかりに。
「手数でくるか」
まさに、押しの一手であった。やつはうかつに仕掛けないと踏み、ならば先手を取って畳みかける戦法に出た。手数で押し切る。
やあ、やあと攻めたてた。ぐいぐいと丹波を押してゆく。もうひと息と、才蔵はかさにかかってかちわりをふるう。
つい、躍起になった。丹波がそっと片手を腰に下げる魚籠に入れたのを見逃した。
「侮るな」
ひょうと投げる。
あっと才蔵の叫び。黒蛇が腕にからむ。
肝が縮みあがった。あの螺旋の呪い、とたん腰砕け。と、そこではたとなった。そう、あの札は二枚。なら、蛇は蛇。はったりをかまされた。
気づいたが、もう遅い。ひょいと丹波に足を掛けられ、どうと倒された。
「はしゃぎおって」
鎌が振り上げられる。うつ伏せの才蔵は、もはや逃れようがなかった。
ぐさりと、いや、ならない。
どうしたのか、丹波はそのまま空を仰いでいる。
やにわに、ぎゃぎゃあっと、けたたましく鳴くものがいた。
それは、姿は鶴のようでも、真っ黒な鳥が二羽、三羽と空に舞っている。そして、一羽がばさばさと丹波めがけて突っかかってきた。
なにっ、と鎌で叩き落とすも、さらにもう一羽、二羽と突っかかってくる。それを追っ払うも、しつこくからむ。
ともあれ、ぎゃあぎゃあとうるさかった。
「ぶちりめ、まるで、ののしっておるような。さてはこいつら、陰摩羅鬼か」

(陰摩羅鬼とは、黒鳥で鶴のような姿をしている。目玉は灯火のごとくで、羽を震わせ、ひとを叱るように甲高く鳴くという。死人から生じた気がもののけになったといわれる)

丹波は舌打ち。
「なれど、なぜぶちりがおる。巫女はなにをやっている」
そこで、おやと、なった。いつのまにか祈りが途切れている。
「そうか、巫女め」
鈴々は賭けに出た。
才蔵が危うい、どうする。そこで思う。そもそもぶちりに、どれが敵か味方かはないはず、それなら横槍を入れられる。
祈りを止めてみた。
はたして、あらわれた黒鳥はやたら突くやら、飛び跳ねるやら。
してやったか。
ふと、才蔵の姿が消えてる。やがて御堂の床下から這ってくる。沼で濡れたものを捨てて控えのものか、火打石に火縄と、加えて玉をこぼれるほど手にしていた。
「どかんとやって、ひるめば、畳かける」
すると丹波はそれと悟ったのか、背をひるがえして退いた。もはや逃すまいと才蔵は追っかけてゆく。
鈴々も二歩三歩と歩きかけてとどまった。
「いまは、これまで」
護摩壇の前へ戻ると祈りをはじめた。不思議と、ぎゃあぎゃあうるさい黒鳥はやがて空に舞い上がり、いずこかへと飛び去っていった。
風が冷やりとする。
それは、まさに夕暮れが近いことを知らせるものであった。
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