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第七章 紅白さまのお札
(二)がらがら寺
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がらっ。
どこかで、骨が砕けた音がした。
千石が念仏を唱える。
このありさまでは、やむなく骨を踏み砕いてゆかねば歩けそうにない。念仏でもあげねば居たたまれなかった。
「いつのものやら。野ざらしのまま朽ちたか。この白骨だらけ」
百学も手を合わせる。
「矢やら刀が落っこってもない。焼け跡もないなら、戦ともいえまい」
才蔵が首をひねる。
「飢饉か。はたまた、はやり病なのか」
鈴々がぶるぶるっとなる。
「どっちにしても、いっぺんに骸となったみたい」
阿国がさらりといった。
「なら、あれだ」
「あれって」
いってから鈴々はぎょっとなった。
「それ」
百学と才蔵がともに声をそろえた。
「しのかみ」
千石が低くうめいた。
「うそっ」
「こんなの、ほかにあるかい。おそらく前にあったのかね、おっかないことが。どうなの、お陀仏さま」
ぱきぱきと、ためらいもなく骨を踏み石畳を歩いてゆく秀麿が足を止めた。
「はてさて。なれど、唐人の隠れ寺とは耳にした」
「唐人」
鈴々は、はっと目を凝らした。なるほど、屋根の反りが急になっている。また、御堂の窓の丸造りに扉に掘られた紋様は、陰陽の太極図らしきもの。
「これって道教のお寺」
「とうに、滅びておるがの」
お歯黒が笑う。
「もしや、この島は、いにしえの唐人の隠れ里のようなもの」
百学がふむとなる。
「それが、しのかみでつぶれたか。なぜか」
才蔵が腕を組む。
「さらに、そんな骨寺にあの坊主が籠った。なにがある」
千石はうなる。
ええいと、秀麿がじれた。
「どうでもよい。骨におびえておる間はない。はよう歩いてこい」
「でも、なにも知らずに飛び込んだら、それこそ跳んで火に入るなんとやら」
鈴々がぶるっとなりながらも、にらみつけた。ぬっと秀麿の口元が歪む。けれど、そのうちけろりとなった。
「小娘よ、怒るな。めんこいものは笑っておれ。まさに玉であるの」
「おちょくるな」
才蔵がいらつくも、秀麿は涼しいつらでいる。
「では、まろの知るところを語ろう。いささかでもやつと、この寺のむすぶ糸が知れればぬしらの問いに答えとなるかの」
からんと、杖で骨のひとつを砕いた。
「そも、がらがら寺は禁足の地であった。この、禍々しきさまならな。それがあるとき、寺のものがまだ小坊主のやつを連れてきたという。骨でおどせば、宝明寺から逃げるとみたか。ところがやつはおののくも、ほんとは喜んだ」
「喜んだ」
千石の目が丸くなる。
「ぴんときたとな。なにかある、なにもかも引っくり返すなにかがと、そのときの閃きをやつは酒に酔うたびまろに語った」
「それで、あったね」
「しかり。ともあれ、なにかにつけ島の修行というて奥の院の裏山へゆく。そして、がらがら寺を荒らすうちに、ひとつの古き巻物をみつけ唐の呪術を知った」
「道術」
鈴々が辛そうにつぶやいた。
「さらに、どこからか道家の娘を拾って呪術をやれるようになると、それで毒をこさえてはぶちりというて、ひとをたぶらかしおった」
百学が古びた寺を仰ぐ。
「そうか、ここからなのか」
ふと、秀麿がひゃはっと笑う。
「あれの始まりも、ここからになる」
「あれ」
才蔵が首をひねった。
「知らぬか。この島には呪われた語りがあることを」
ああ、語りべの婆さまのと千石がへらっという。
「それがここよ。寺が村になっておると、やつは笑っておったがな」
いっきに冷えた。
どこまでも、骨に骨、骸のような寺跡。ぱきっ、ぱきっと、また、どこかで骨の砕ける音があった。
もはや、とどまってはいられない。千石がえいっと石畳へ下りた。
「さんざ、念仏はあげた。さあ、ゆくか。このままやつをのさばらせては、この寺もまっとうな供養はしてやれぬ」
ちがいないと、才蔵も下りる。百学も鈴々も勇をふるってつづいた。
「お陀仏さま」
阿国が呼ぶ。
「ちなみに、古き巻物とやらは、どこでみっけたのやら」
秀麿の足がひたと止まった。
「ほれ、その奥の、ひとつの屋根が崩れて二重となった塔であるの」
「なら、そこか。知った処じゃないと、隠れてられないもの」
「ぬけめがないの。出雲の巫女」
つまりは、秀麿もそれに向かっている。ならば、その塔に我先にとなるところが、さすがに千石も才蔵もこらえた。この骨の寺では、なにが出るのか、なにがおこるか知れない。
ゆるゆると進む。
「なにがなんでも、こんどこそ、いろよ」
才蔵が指をぽきりと鳴らした。
「でも、また、あざむかれやしないか」
百学がささやく。その嘆きが、ひょいっと阿国の耳に跳ねた。
「あざむき」
心にちくりと刺さる。それか、となった。
「あたしの虫の知らせ」
なにか、のぞきたくないものが、のぞけたような。
「ひょっとして、あの白鈴の呪札は、あたしらを島へ招くものとしたら。さらに、招いたら、招いたで、かくれんぼも逃げたのではないとしたら」
心がざわつく。
「あざむかれてる」
こんちくしょうとなった。
「なら、なにがある。あたしらに、なにをやらかす」
ぐいと、爪を噛む。
「あたしらは、それを知らない」
とたん、だしぬけに帯を掴まれた。しかめっつらの鈴々がいる。
「おや、めんこいのはどこへやら。それなら、もうさらわれることはないね」
「もはや、離しませぬ」
ぎゅうっと握られた。
どこかで、骨が砕けた音がした。
千石が念仏を唱える。
このありさまでは、やむなく骨を踏み砕いてゆかねば歩けそうにない。念仏でもあげねば居たたまれなかった。
「いつのものやら。野ざらしのまま朽ちたか。この白骨だらけ」
百学も手を合わせる。
「矢やら刀が落っこってもない。焼け跡もないなら、戦ともいえまい」
才蔵が首をひねる。
「飢饉か。はたまた、はやり病なのか」
鈴々がぶるぶるっとなる。
「どっちにしても、いっぺんに骸となったみたい」
阿国がさらりといった。
「なら、あれだ」
「あれって」
いってから鈴々はぎょっとなった。
「それ」
百学と才蔵がともに声をそろえた。
「しのかみ」
千石が低くうめいた。
「うそっ」
「こんなの、ほかにあるかい。おそらく前にあったのかね、おっかないことが。どうなの、お陀仏さま」
ぱきぱきと、ためらいもなく骨を踏み石畳を歩いてゆく秀麿が足を止めた。
「はてさて。なれど、唐人の隠れ寺とは耳にした」
「唐人」
鈴々は、はっと目を凝らした。なるほど、屋根の反りが急になっている。また、御堂の窓の丸造りに扉に掘られた紋様は、陰陽の太極図らしきもの。
「これって道教のお寺」
「とうに、滅びておるがの」
お歯黒が笑う。
「もしや、この島は、いにしえの唐人の隠れ里のようなもの」
百学がふむとなる。
「それが、しのかみでつぶれたか。なぜか」
才蔵が腕を組む。
「さらに、そんな骨寺にあの坊主が籠った。なにがある」
千石はうなる。
ええいと、秀麿がじれた。
「どうでもよい。骨におびえておる間はない。はよう歩いてこい」
「でも、なにも知らずに飛び込んだら、それこそ跳んで火に入るなんとやら」
鈴々がぶるっとなりながらも、にらみつけた。ぬっと秀麿の口元が歪む。けれど、そのうちけろりとなった。
「小娘よ、怒るな。めんこいものは笑っておれ。まさに玉であるの」
「おちょくるな」
才蔵がいらつくも、秀麿は涼しいつらでいる。
「では、まろの知るところを語ろう。いささかでもやつと、この寺のむすぶ糸が知れればぬしらの問いに答えとなるかの」
からんと、杖で骨のひとつを砕いた。
「そも、がらがら寺は禁足の地であった。この、禍々しきさまならな。それがあるとき、寺のものがまだ小坊主のやつを連れてきたという。骨でおどせば、宝明寺から逃げるとみたか。ところがやつはおののくも、ほんとは喜んだ」
「喜んだ」
千石の目が丸くなる。
「ぴんときたとな。なにかある、なにもかも引っくり返すなにかがと、そのときの閃きをやつは酒に酔うたびまろに語った」
「それで、あったね」
「しかり。ともあれ、なにかにつけ島の修行というて奥の院の裏山へゆく。そして、がらがら寺を荒らすうちに、ひとつの古き巻物をみつけ唐の呪術を知った」
「道術」
鈴々が辛そうにつぶやいた。
「さらに、どこからか道家の娘を拾って呪術をやれるようになると、それで毒をこさえてはぶちりというて、ひとをたぶらかしおった」
百学が古びた寺を仰ぐ。
「そうか、ここからなのか」
ふと、秀麿がひゃはっと笑う。
「あれの始まりも、ここからになる」
「あれ」
才蔵が首をひねった。
「知らぬか。この島には呪われた語りがあることを」
ああ、語りべの婆さまのと千石がへらっという。
「それがここよ。寺が村になっておると、やつは笑っておったがな」
いっきに冷えた。
どこまでも、骨に骨、骸のような寺跡。ぱきっ、ぱきっと、また、どこかで骨の砕ける音があった。
もはや、とどまってはいられない。千石がえいっと石畳へ下りた。
「さんざ、念仏はあげた。さあ、ゆくか。このままやつをのさばらせては、この寺もまっとうな供養はしてやれぬ」
ちがいないと、才蔵も下りる。百学も鈴々も勇をふるってつづいた。
「お陀仏さま」
阿国が呼ぶ。
「ちなみに、古き巻物とやらは、どこでみっけたのやら」
秀麿の足がひたと止まった。
「ほれ、その奥の、ひとつの屋根が崩れて二重となった塔であるの」
「なら、そこか。知った処じゃないと、隠れてられないもの」
「ぬけめがないの。出雲の巫女」
つまりは、秀麿もそれに向かっている。ならば、その塔に我先にとなるところが、さすがに千石も才蔵もこらえた。この骨の寺では、なにが出るのか、なにがおこるか知れない。
ゆるゆると進む。
「なにがなんでも、こんどこそ、いろよ」
才蔵が指をぽきりと鳴らした。
「でも、また、あざむかれやしないか」
百学がささやく。その嘆きが、ひょいっと阿国の耳に跳ねた。
「あざむき」
心にちくりと刺さる。それか、となった。
「あたしの虫の知らせ」
なにか、のぞきたくないものが、のぞけたような。
「ひょっとして、あの白鈴の呪札は、あたしらを島へ招くものとしたら。さらに、招いたら、招いたで、かくれんぼも逃げたのではないとしたら」
心がざわつく。
「あざむかれてる」
こんちくしょうとなった。
「なら、なにがある。あたしらに、なにをやらかす」
ぐいと、爪を噛む。
「あたしらは、それを知らない」
とたん、だしぬけに帯を掴まれた。しかめっつらの鈴々がいる。
「おや、めんこいのはどこへやら。それなら、もうさらわれることはないね」
「もはや、離しませぬ」
ぎゅうっと握られた。
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