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第六章 百地のからくり

(一)間八

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ひどく弱っている。
小袖は汗と泥に汚れ、痣もひじやひざに。けれど具足に戦った痕はない。そして、こぶもなかった。
手にぎゅっと、ひびの入った水晶の数珠を握ってる。
「これ、小屋にあった」
ござをみつけた才蔵が木陰に敷いた。千石がそっと寝かせる。
「小屋の桶の水はわるくない」
百学は椀に水を汲んできた。鈴々が薬種をひと摘み、ゆるりと呑ませる。
うっと、なった。
阿国が呼びかけた。
「間八や」
薄く目が開いた。目の玉はとろんとしている。しばしあと阿国がぽつりといった。
「気付け薬がいる」
阿国がちゃぷりと瓢箪を手にして、せんを抜いた。
「あっ、それは」
百学が渋い顔をする。
「きついかもね。でも、のんびりしてられない。荒療治でやる」
瓢箪を口元に。すると、間八は匂いにつられて、ごくりと呑んだ。やはりというか、すぐにひどい咽っぷり。けれどそれで、ほおに赤みがさした。
「あ、ああ」と、手がもがく。
その瞳が定まった。
「な、なにが・・なにやら・・」
ひゃあっとなった。
「よ、よもや、こんどは狐のぶちりか。だまされぬぞ、ここに、阿国さまなど居ようはずがない」
あの、と鈴々、いやと阿国。
「あの、そのって語ってる間はない。あたしが狐でもけっこう。どうだい、だまされるのは百も承知でぶちまけておくれ。ここでなにがあった」
間八はじっと阿国の瞳をのぞいた。
「で、では狐どの。ひとつ尋ねよう。なにをなさるつもりやら」
「知れたこと。呪いのもとをぶちるのさ」
「呪いのもと」
「明海」
とたんに、うわあっと間八は泣き始めた。
「そうか、やはり、やつめか。えい、我らはまんまとはめられた。そもそも、やつにしかやれぬ。さもなくば、亡者が暴れるなどありえぬ」
「間八の旦那」
千石がそっと肩に手をやる。
「口惜しい、我らは滅びた。ああ、浜長さま、浜守さま」
泣くだけ泣けたのか、ぶるっと間八は涙をふるった。
「よい。そなたらがなにであろうと、間八にはあの阿国さまと千石どのにみえる。ならば腹を据えよう。明海めをあばかねばならぬ」
もう、ひとくちと阿国が瓢箪を振る。それをぐびと間八は呑むも、もう咽ることはなかった。
「さても、そう、ちょうど陣屋が組み上がったころか。兵が集められた」
「三日前か」
千石にうなずく間八。遠くをみるような目つきになった。
「宝明寺の坊主どももおった。ではこれから、ぶちりの始末をするとなって、それなら沼の慰霊祭もやらねばならぬと明海がゆずらぬ。浜長さまはいまさらと笑ったが、浜守さまが呪いを鎮めねば呪われると明海にやらせた。そもそも、これがまずかったか」
 ほろ苦いものいいであった。
「やがて、明海や坊主ども、それに兵を奥の院へ送ると、あとは山裾から山焼きをはじめた。丸ごと山狩りでぶちりを始末する策であった。
いやはや、逃げ廻るひととも猿ともいえぬものを、さんざ退治した。拍子抜けするほどに容易かった。ぶちりなぞ恐るに足らずと笑い合った。
さて、ひとしきり焼いて昼過ぎのころ、明海から知らせがあった。急ぎ、奥の院へ参れという」
「慰霊祭でなにか」
 百学に千石があとをつづける。
「あった。いや、やらかしたか」
「まさに。浜守さまも疑った。されど、浜長さまは明海は火攻めに肝を冷やした。もはやこれまでと観念しおったな。これでやつも御払い箱。宝明寺はどうにでもなる。蔵の銭も我らのものと笑った。そこで、わしもお供となった」
ふいに、間八の息が乱れた。
「馬でとっととゆかれた。それで奥の院へ着くと、なにやら門の前で兵どもがうろうろしておる。問えば、慰霊祭のため坊主がそろって身を清める。それゆえ清めぬものは汚れゆえ、外におれといわれたと。なんの、呼ばれておると、門を開かせた」
ふつりと、しゃべりが途切れた。唇がふるふるっとなった。
「そ、そこで、目を疑った」
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