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第六章 百地のからくり

(六)桃々さま

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「寺では、どこの女人やらと渋かった。でも、もう明海は商いで寺を銭で満たして、大波家が借りにくるくらいだから、否というものはいなかった。
とにも、かくにも、とうは穏やかに暮らせると、ほっとなった。けど、明海は道術を知れば知るほど、のめり込んでゆく。まるで鬼のように。そして、とうとう恐れてたことが、起きてしまった」
「恐れてた」
「ひとは、どんなに術を学んでも念とやらは生まれつきのもの。劣るものが修行を積んだとて、術がすべて使えるようにはならない。明海は式神をやりたかった。でも念が足らずに呼べなかった。どうあがいても無駄となったとき、禁呪をやることにした」
「禁呪とは」
「生けにえをすること」
「ひとなのか」
「それも、あたしの生まれた双子の子たち」
阿国は顔をしかめた。
「この国は、双子は不吉といわれる。その不吉を祓うという口実で生けにえにする」
「罰当りにも、ほどがある」
「もはやこれまで、寺を逃げるしかない。腹はくくった。そしたら、ある夜に明海は、ありったけの銭を積んだのに呪符がたったの二枚かと、明の商船に怒鳴り込みにいった。この間に、子を抱いて、たまたま寺に立ち寄っていた、ここの先代さまに助けを求めたの」
「知り合いなの」
「いいや。だからびっくりしてた。もし告げられたらお終い。とうの言い分なんか通らないから。命をかけた。だめなら、赤子と海へ身を投げるつもりだった」
桃々の瞳から涙があふれた。
「紅白さまは、しばしあと、うなずいてくれた。あとはこっそり連れ出してくれた。ありがたかった。だから、とうは紅白さまの寺を盛り立てゆく」
「まったく。宿の上に寺とはねえ」
「いや、これはね、とうのこともあって寺がぶちりで親を亡くした子らの駆け込み寺となったの。小さな古寺だったから、すぐに手狭になった。そして紅白さまが亡くなった翌年に嵐がきて壊れた。
仕方なく、しばし湊の宿屋を寺の代わりにして、商いの手伝いもしてたら、宿の爺さまがどのみち継ぐものもおらぬ。ここをやってみぬかといわれてね。それなら、宿と寺で商いをしたらみなの食い扶持も稼げると、三階が寺になった。おそらく、極楽で紅白さまも魂消てるね」
「いやはや。というと、あの子らや、尼さまも」
「ぶちりで悲しいめにあったもの。ゆえに、こんどはとうが救うの」
阿国の心がきゅっとなった。
「ところで、明海はあれから」
「追おうとしたらしい。けれど、もう学ぶこともなく、とうも術が抜けて怖くもない。さらに、そのころ武家が寺へやたらきて、それどころじゃなかったらしい」
「銭を借りにか。戦となれば、寺はせびられるからね。その銭をこさえるために、なりふり構わず阿片とやらにまっしぐらか。けれど、それで明海はいよいよ力をつけた」
「大っぴらに、ぶちりをやるようになった」
「それって、そもそも、なにが望み」
「はてね、それはとうにもよくわからない。けれど、ひょっとして、古に陰陽師が都を歩き、式神を操って恐れられた。えらそうな京の寺も、いばる武家もやり込めたかったか」
「さしずめ、安倍晴明とやらか」
「でもね、どうもみょうなねたがある。明海和尚はすでに、ぶちりでぶちられた。まさかだけど、なら、いまの明海はなに」
阿国はそれで、才蔵の言葉が過った。
「あの、あたしもねたがある。止められぬ、釜の底が抜ける、死人がまたくる。これってなにかい」
桃々の答えはない。
「ちょいと、ここが、肝じゃないか」
ぽちゃんと柄杓が樽へ落っこちる。くうくうと寝息があった。
「あらま、寝るな。これっ、いいのかい、うわばみの宴はあたしの勝ちになるよ」
ゆすっても起きない。
「よっしゃあ。あたしの勝ちだっ」
声を張る阿国。でも周りはどこもかしこも酔いつぶれていた。
「な、なんてこった。これでは、誰も証をやれない。えい、これも手なのかい。桃々め、してやれた」
地団太踏むと、よけいに火照る。阿国は風で冷まそうと格子の窓へと寄った。空は鮮やかな茜色に染まっている。それで雲もないのに、もやがやんわりと広がっていた。
「おや、雨となるの」
阿国はふっと笑ってそのまま寝入ってしまった。
ふわりした風が吹き、もやがゆるゆると湊を包んゆく。
そして。
それは、はじまった。
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