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第五章 白鈴の文

(一)天竜玉

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「まるで壁か」
「でも、向こうは海ね」
潮の香りがしないでもない。
才蔵は見廻した。
草っぱらに、ひと抱えほどある木々がちらほらと、崖は切り立っている。
「おっ、崖下にひとが入れるほどの岩穴がある」
そこで、背中が冷やりとした。
ぱきりと、枝を踏む音。
のそりと藪から出てくる。小袖を着た毛むくじゃらが三匹。
鈴々が才蔵の腕にすがった。
「あ、あれも、モドキなの」
「おそらく。でも、あのつらは知ってる」
「えっ」
「里のやつらだ。猫耳と、その弟の猫爪、猫飛。おおかた、おいらを逃がしたことで追われたな。あげくましらでも頼って、あっちにいっちまったか」
ぐうおっと三匹はうなった。
ひたひたと迫ってくる。
「ちっ、その忍び足。おつむのみモドキか。これはお猿と笑えないな」
とたん才蔵は玉を放った。
どおんと、草っぱらは白煙に包まれる。その間に鈴々と崖の岩穴へ走った。
「ひとまず」
やや長めに火縄をちぎると腰に巻く火縄に火をつけてから、松明と火縄を渡す。
「もし、あいつらが近寄ったら、ぶちかませ。ひの、ふの、みっつ」
腰の皮袋から玉を三つ四つと渡した。
「さ、才蔵」
「みてな、猫の手の内は知ってる。すぐににゃんと鳴かせてやる」
いたずらな瞳が笑うと、もう消えた。
鈴々はため息をひとつ。
それは、岩穴というより窪みであった。さして奥行きもないなかで松明がゆれる。褐色の岩肌に影がゆらゆら踊る。なにか、つんと臭かった。

雲がじわりと流れた。
青白い月がのぞく。
ひゅるると風が吹き抜けて、草っぱらがゆれた。
ざっざと大股で歩く。
才蔵が笑った。
「あっちいけっ、ここに鰹節なんかねえ」
そのからかいが、かちんとなったか、がああっと叫び。
一匹が跳ねる。
目をむき、さびた鉈を両手に突っ込んでくる。才蔵の咄嗟の手裏剣を片方の鉈で弾き、もう片方の鉈で斬りかかった。
がきっと弾き返す、かちわり。
「あのときはあのとき。おいらを侮るな、猫耳。尻尾を巻いてろ」
よけいに猫耳は鉈二本で斬りつける。
「ふん、ぬるい」
それをあしらいつつ才蔵は踏み込んでゆく。猫耳はとたんに押された。そこへ脇から朱槍が突いてきた。ひょいと避ける。
「へっぴり腰の猫爪」
そこから、鉈で斬りつけては退き、そこへ朱槍が突く。がきっ、がきっと刃が火花を散らしながら才蔵は押し、その分だけ猫耳と猫爪は退く。
才蔵は舌打ち。
「なに、斬るより、斬られないようにしてやがる」
ゆえに、いけそうでいけない、もどかしい。
右の鉈を弾き、左の鉈を弾き、そこへ朱槍がひと突き、ふた突き。それをかわすと、また鉈がくる。
まるで音戸を取るように。
「えい、なに踊ってんの」
それで、背筋が冷やりとした。
「いや、踊らされてる」
あれかとぴんときた。
「このじゃれるような攻めは、猫どもが組んでやる、猫じゃらしの攻め。腕のあるものでも、はめられるという」
攻めをためらえば、とたんに鉈が強めになる。えいと弾けば、また元の拍子に戻る。岩穴の鈴々は、なぜ押してるのに押し切れないのか、はらはら。
才蔵はしかめっつら。
「ちいっ。このまま拍子に酔ってると、隠れてる猫飛がおそらく、拍子をずらして一太刀くる。それには拍子が狂って、ばっさり」
わかっていても踊らされる。もう、どこで猫飛が跳ねてくるやら。鉈、鉈で、朱槍がひょいとくる。
「しゃらくさい。このへたれな盆踊りが、拍子にのっける罠なのか」
えいと踏み込めば、するりと退く。
「あの、おたんこなら、その腕っ節で拍子もろともつぶせる。はておいらなら、どうこの拍子を破れよう」
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