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第五章 白鈴の文
(五)青白き月
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「そらっ」
火をつけた玉をぽいっ。
どうと爆発すると辺り一面が白煙に包まれた。ぎゃあぎゃあと、モドキは煙を掻き消そうともがいた。やや薄くなったなか、前方では松明がおどけたように踊ってる。それに怒ったか、まとめて跳びかかろうとした。
ひょいと、大ぶりな玉を才蔵が掲げる。
「さあ、おいで」
いまにも松明で火をつけんとする。モドキはひるみ、そこでそろって固まった。
「ひのっ、ふのっ、みっつ」
とたん、モドキの背後から、玉が三つ放たれる。
どおう、どおうと破裂した。こんどは焦げ茶のような煙がいっぱいに広がる。いなや、鈴々は急いで煙のとどかない木の上へとよじ登った。
ぎええっと、もだえ苦しむ叫び。
辛いやら、苦いやら、モドキどもは咽てのたうち廻る。そこへ、手ぬぐいで口元をおおう才蔵が飛び込んだ。やれ、よりどりみどり峰打ち、それ、ぶっ叩き祭り。
それこそ、蜘蛛の子を散らすように藪へ逃れると、もう出てこなくなった。
「おみごと」
しばらくして煙が薄れると、鈴々がくすくす笑って下りてきた。
「なんの、ひるませ、畳みかける。どこやらの姉さまの手口と比べたら、まだひょっこ」
「どこやらの、一座の姉さま」
ともに、けらけらと笑った。
ふと、才蔵がくんくんとにおいをかいでみる。
「あれっ、甘酸っぱい。これは、辛味玉になにか入ってる。ひよっとして、蔵でぶちまけたとき調合の粉に他が混じったか」
そうなのと鈴々も鼻をひくひく。そこへ、ばらばらと石が降ってきた。
「ちっ、こりないやつら」
「でも遠くからみたい」
「ともあれ、とっとと逃げよう」
二人はそろって、さらに山道を下ってゆく。
ばらばら、石が降る。
てんで腰が引けているのか、石に勢いはない。そのくせ雨あられと降ってくる。才蔵も鈴々も、もはや構わない。ただ石を避けてゆくうちに、つい下へ下へと逃れた。
山道は曲がりくねる。どれほど下っていったか。
石がぱらぱらとなった。
才蔵がふむとなる。道の枝分かれがあったので、ここらで左へ進む。細道となって、さらにうっそうとした藪となった。がさがさと入ってゆく。
冷やかな月に雲がじわりと寄る。
風がひゅるりと抜けた。
松明をかざし、枝を掻き分け進む。もの音ひとつなく静まり返っている。
もう石はない。
ふと、才蔵がしかめっつらになった。
「えっ、もしや」
鈴々がふるっとなる。
それには答えない。
「そろそろ端の方じゃないか。海がのぞけるやも」
「そ、それも、あるね」
「ほんとはまっぴら。でも、どぼんと追ってはこなかった。海なら逃げられる」
もうひと息と才蔵は鈴々の手を引く。それから、どれほどもゆかぬうちに藪がまばらに変わる。それで二人は小走りになった。
藪を抜ける。
と、あっとなった。才蔵も鈴々も息を呑む。
青白き、月明かり。
まばらにある木々のその先に、行く手を阻むかのような崖がそびえていた。
火をつけた玉をぽいっ。
どうと爆発すると辺り一面が白煙に包まれた。ぎゃあぎゃあと、モドキは煙を掻き消そうともがいた。やや薄くなったなか、前方では松明がおどけたように踊ってる。それに怒ったか、まとめて跳びかかろうとした。
ひょいと、大ぶりな玉を才蔵が掲げる。
「さあ、おいで」
いまにも松明で火をつけんとする。モドキはひるみ、そこでそろって固まった。
「ひのっ、ふのっ、みっつ」
とたん、モドキの背後から、玉が三つ放たれる。
どおう、どおうと破裂した。こんどは焦げ茶のような煙がいっぱいに広がる。いなや、鈴々は急いで煙のとどかない木の上へとよじ登った。
ぎええっと、もだえ苦しむ叫び。
辛いやら、苦いやら、モドキどもは咽てのたうち廻る。そこへ、手ぬぐいで口元をおおう才蔵が飛び込んだ。やれ、よりどりみどり峰打ち、それ、ぶっ叩き祭り。
それこそ、蜘蛛の子を散らすように藪へ逃れると、もう出てこなくなった。
「おみごと」
しばらくして煙が薄れると、鈴々がくすくす笑って下りてきた。
「なんの、ひるませ、畳みかける。どこやらの姉さまの手口と比べたら、まだひょっこ」
「どこやらの、一座の姉さま」
ともに、けらけらと笑った。
ふと、才蔵がくんくんとにおいをかいでみる。
「あれっ、甘酸っぱい。これは、辛味玉になにか入ってる。ひよっとして、蔵でぶちまけたとき調合の粉に他が混じったか」
そうなのと鈴々も鼻をひくひく。そこへ、ばらばらと石が降ってきた。
「ちっ、こりないやつら」
「でも遠くからみたい」
「ともあれ、とっとと逃げよう」
二人はそろって、さらに山道を下ってゆく。
ばらばら、石が降る。
てんで腰が引けているのか、石に勢いはない。そのくせ雨あられと降ってくる。才蔵も鈴々も、もはや構わない。ただ石を避けてゆくうちに、つい下へ下へと逃れた。
山道は曲がりくねる。どれほど下っていったか。
石がぱらぱらとなった。
才蔵がふむとなる。道の枝分かれがあったので、ここらで左へ進む。細道となって、さらにうっそうとした藪となった。がさがさと入ってゆく。
冷やかな月に雲がじわりと寄る。
風がひゅるりと抜けた。
松明をかざし、枝を掻き分け進む。もの音ひとつなく静まり返っている。
もう石はない。
ふと、才蔵がしかめっつらになった。
「えっ、もしや」
鈴々がふるっとなる。
それには答えない。
「そろそろ端の方じゃないか。海がのぞけるやも」
「そ、それも、あるね」
「ほんとはまっぴら。でも、どぼんと追ってはこなかった。海なら逃げられる」
もうひと息と才蔵は鈴々の手を引く。それから、どれほどもゆかぬうちに藪がまばらに変わる。それで二人は小走りになった。
藪を抜ける。
と、あっとなった。才蔵も鈴々も息を呑む。
青白き、月明かり。
まばらにある木々のその先に、行く手を阻むかのような崖がそびえていた。
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