73 / 177
第五章 白鈴の文
(四)明国
しおりを挟む
ぎいっ。
廊下をそろり、そろり。
手燭を手に先をゆく阿国に白鈴をおぶった千石、具合をうかがう百学とつづく。
さらっと、ふすまを開けた。
その部屋は大荒れのまんまだった。
「いけねえな。なら、小雪と小桜を呼びにいくかい」
「いや、明日は早い。舞台に向け段取りがいる。二人がぴりっとしてくれないとね。ここは、あたしがやるよ」
阿国は手際よく散らばる書付や巻物を葛篭へ戻してゆく。百学が布団を敷き直すと、そこへそっと千石が白鈴を寝かせた。
ふと阿国が百学に問うた。
「このあと、王鈴とまた船蔵かい」
「はい。才蔵さんの火薬が飛ばされたので、その分をもらうために」
「すると、そこから才蔵の蔵へ」
「火薬丸をこさえてあげないと。あれは厄介ですから」
ふうんと阿国はなにやら腕組み。
「さて、姉さん。あれで太鼓腹のお狸は、おさまるかね」
「じたばたしたら、かえってどじを踏む。それは悟ったろう」
ううっと白鈴が寝返りをうった。
額に手をやる百学は、ふむと笑った。
「よし、では旦那もお疲れだね」
「えっ、お開きか。ちょっと、あのさとりとやらは、どうする」
「はてさて」
だから、という千石に阿国はただ笑うばかり。
千石はむくれるも、立ち上がった。
「ふむ、南蛮には催眠とやらの術があるとか。それで心を空にしたら。でもそれで戦えるのか。ならいっそ、甘茶屋を仲間に、ひのふのみっつでいっぺんに攻めれば、悟れても避けられまい。ただ、いまさら呼び戻せるのか」
ぶつぶつと部屋をあとにした。
百学が手桶に水を張ってくる間に、阿国はびりびりに破れた紙切れを拾い、ようやく部屋がかたづいた。
ちゃぷりと音。
手桶を置くと百学は浸した手ぬぐいを白鈴の額にあてた。
「いや、色々とあったのですね。でも、和国でようやく」
「ふっ、すんなりといくものかい」
「えっ、あれからも」
「どうやって、こっちで王鈴の店をみっけるの。唐からやっとこさ逃げてきたのだろ。たどり着いたところで、西も東もわからない」
「そうか」
「なんとか、薬草を採っては銭にして、食いつないでたってね」
「なるほど」
「そんな旅のなか、白鈴はある湊で水夫から堺のことを知った。あそこは唐のものもおる。なにか、わかるかもと。さらに、この先の祭りで一座が芸をやってる。このあと堺へゆくから、頼んでみなってね。二人は小躍りしたそうな」
「それが、姉さまの一座」
「いいや。そいつらはひと買いのやつら。水夫は手先かね」
「だまされた」
「ところが、白鈴がへまをやった。たまたま通りかかった、うちの一座に飛び込んできたのさ。あげく、堺へお願いとしがみついてくる」
「助けてあげた」
「追っ払おうとした」
「げっ」
廊下をそろり、そろり。
手燭を手に先をゆく阿国に白鈴をおぶった千石、具合をうかがう百学とつづく。
さらっと、ふすまを開けた。
その部屋は大荒れのまんまだった。
「いけねえな。なら、小雪と小桜を呼びにいくかい」
「いや、明日は早い。舞台に向け段取りがいる。二人がぴりっとしてくれないとね。ここは、あたしがやるよ」
阿国は手際よく散らばる書付や巻物を葛篭へ戻してゆく。百学が布団を敷き直すと、そこへそっと千石が白鈴を寝かせた。
ふと阿国が百学に問うた。
「このあと、王鈴とまた船蔵かい」
「はい。才蔵さんの火薬が飛ばされたので、その分をもらうために」
「すると、そこから才蔵の蔵へ」
「火薬丸をこさえてあげないと。あれは厄介ですから」
ふうんと阿国はなにやら腕組み。
「さて、姉さん。あれで太鼓腹のお狸は、おさまるかね」
「じたばたしたら、かえってどじを踏む。それは悟ったろう」
ううっと白鈴が寝返りをうった。
額に手をやる百学は、ふむと笑った。
「よし、では旦那もお疲れだね」
「えっ、お開きか。ちょっと、あのさとりとやらは、どうする」
「はてさて」
だから、という千石に阿国はただ笑うばかり。
千石はむくれるも、立ち上がった。
「ふむ、南蛮には催眠とやらの術があるとか。それで心を空にしたら。でもそれで戦えるのか。ならいっそ、甘茶屋を仲間に、ひのふのみっつでいっぺんに攻めれば、悟れても避けられまい。ただ、いまさら呼び戻せるのか」
ぶつぶつと部屋をあとにした。
百学が手桶に水を張ってくる間に、阿国はびりびりに破れた紙切れを拾い、ようやく部屋がかたづいた。
ちゃぷりと音。
手桶を置くと百学は浸した手ぬぐいを白鈴の額にあてた。
「いや、色々とあったのですね。でも、和国でようやく」
「ふっ、すんなりといくものかい」
「えっ、あれからも」
「どうやって、こっちで王鈴の店をみっけるの。唐からやっとこさ逃げてきたのだろ。たどり着いたところで、西も東もわからない」
「そうか」
「なんとか、薬草を採っては銭にして、食いつないでたってね」
「なるほど」
「そんな旅のなか、白鈴はある湊で水夫から堺のことを知った。あそこは唐のものもおる。なにか、わかるかもと。さらに、この先の祭りで一座が芸をやってる。このあと堺へゆくから、頼んでみなってね。二人は小躍りしたそうな」
「それが、姉さまの一座」
「いいや。そいつらはひと買いのやつら。水夫は手先かね」
「だまされた」
「ところが、白鈴がへまをやった。たまたま通りかかった、うちの一座に飛び込んできたのさ。あげく、堺へお願いとしがみついてくる」
「助けてあげた」
「追っ払おうとした」
「げっ」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
猫屋敷古物商店の事件台帳
鬼霧宗作
ミステリー
【一時期非公開でしたが、改めて公開させていただきます。どうかよろしくお願いします】
それは、街中から峠をひとつ越えた先の山あいの集落にある。国道沿いにある道の駅から道を挟んで反対側に入った集落の中。
――猫屋敷古物商店。それは、いつ営業しているかも分からないし、気まぐれで休むこともあれば、気まぐれで夜遅くまでやっていることもある。
そこは一見して普通の古物商店なのであるが、しかし少しばかり妙なところがあった。
まず、店主がセーラー服姿の現役女子高生であるということ。そして、その店は――いわくつきのものしか買い取らない店であるということ。
雪深い街【妻有郷】を舞台に、古物商の女子高生が、いわくつきの品の先に見える事件を紐解く。
『スナック【サンテラス】の事件奇譚』の鬼霧宗作がおくる安楽椅子探偵シリーズ最新作。
「――そのいわく、しかと値踏みさせていただきます」
【査定1 家族記念日と歪んだ愛憎】《完結》
不特定の日の不特定の時間にしか営業していないという猫屋敷古物商店。そこへ向けて走る一台の車があった。助手席には殺人事件で殺害された不動産会社社長が遺した【家族記念日】というタイトルの日記帳。猫屋敷古物商店の店主である猫屋敷千早は、その日記帳の買い取り査定を引き受けることになる。果たして、日記帳に隠された歪んだ家族の姿とは。
【査定2 惨殺アイちゃん参上】《完結》
妻有郷にある唯一の女子高である雛撫高校にて、カラスなどが惨殺される事件が発生。犯人は自らを『惨殺アイちゃん』と名乗り、その行為は次第にエスカレートしていく。その内、学校内でアイという名にまつわる生徒が吊るし上げられるような事態が起きてしまう。その高校に通うアイという名の女子生徒の彼氏が千早と同じクラスの不良男子で、猫屋敷古物商店の噂を聞いて千早の元を訪れるが――。
【査定3 おばけマンションの人喰いエレベーター】《完結》
相変わらずいわくつきのものしか買い取らない猫屋敷古物商店に、常連の刑事が品物を持ち込む。持ち込まれたのは最新のハンディービデオカメラ。事件が起きたのは、近所でおばけマンションと呼ばれている物件の、人喰いエレベーターと呼ばれるいわくつきのエレベーター内。誰もいないはずのエレベーターに乗り、そして誰もいないはずのエレベーターで殺された男。果たして、本当にエレベーターが人を喰ったのか。
【査定4 なぜウグイスは鳴かなかったのか】《完結》
友人達の協力により作成されたホームページにより、ほんの少しだけ知名度が上がった猫屋敷古物商店。それを見たのか、かつて下宿先で殺人事件に巻き込まれたという人物からの連絡が入る。郵送されてきたのは――1枚のフロッピーディスクだった。おおよそ20年前に起きた殺人事件。なぜウグイスは鳴かなかったのか。
大江戸の朝、君と駆ける
藤本 サクヤ
歴史・時代
時代小説エンターテインメント!江戸幕末を舞台に展開する《胸熱友情✖︎純情BL✖︎痛快活劇》。多彩なキャラクターの中にあなたの「推し」がきっといるはず。日常を忘れ、しばし物語の旅に出掛けませんか?
🔹第10回 歴史・時代小説大賞応募作品です🔹
降りしきる雨の中、友の住まう長屋へ歩みを進める若侍がひとり。
主君殺しの大罪を犯した友。しかしその裏には大きな陰謀が隠されていた。
一章の舞台は江戸神田。旗本家に仕える松波秋司と武崎冬儀。真逆の二人は次第に心を通わせ、薄幸の主君誠之助を支えながら共に生きる未来を誓う。
だがそんな幸せな日々は、張り巡らされた陰謀により次第に翳って行く。
続くニ章に花開くのは、寺小姓の美少年珠希と若き植木職人諒の、純情BL恋物語。谷中、根津、浅草…江戸の町を舞台に、二人の日々が鮮やかに色づいて行く。
全く違う二つの物語が向かう先は絶望か、それとも——。
=======
初めまして、藤本サクヤと申します。
皆さまのスキマ時間にページをたぐっていただき、もしも気に入ってくださったなら…とてもとても嬉しいです!
🔹Instagramアカウント
https://www.instagram.com/fujimoto_sakuya
Xよりも写真&文字多めに、「江戸駆け」の聖地紹介などをしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる