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第四章 才蔵のしくじり

(一)闇招き

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ぎいいっ、ぎいいっ。
船がゆらり。
河内の沖から紀州に向けて進んでいる。
氷の月がぽつり、岸に灯りはない。
暗い海がどっぷりと広がっていた。
「ちいっ。姉さんが姉さんなら、娘どもも娘どもか」
淡路屋の千石がぼやきながら甲板に上がってきた。
「おほっ、また、ちんちろりんで娘にやられたか。へなちょこね」
王鈴が夜の潮風に涼む。
「あのな、下の部屋がやたら狭いのよ。一座の娘でぎゅうぎゅうじゃあ、ツキも廻らない。そも、船底の蔵がでかいからじゃないか。なにがある。太い錠前掛けて」
「あいや。商いの種明かしはしないものね」
へらっと王鈴が笑った。
「あらま、もうすってんてんかい」
船縁で阿国も涼んでる。
「まさか。娘と遊んでやったのさ」
「遊ばれたくせに」
てやんでいと千石はそっぽを向いた。
「あにさま。下がうるさいですよ。鴨が飛んでったって」
とんとんと瓢箪を片手に百学が上がってきた。
「おっ、濁酒だね」
手を伸ばす阿国。
「おっ、俺も」
「では、どっちのものか」
「ちょっ、百学。サイコロを取りに戻るな」
千石はしょっぱい。腹をゆすり王鈴は笑った。
船もゆらゆら。
「さて、姉さま。子役たちは淡路屋でお任せあれ。あとは一座で乗り込みますか」
「一座は、島にはゆかない。せいぜい小唐の湊で賑やかに踊る」
「唄い踊るのですか」
「めいっぱい。出雲の阿国一座のお祭りね。どんちゃかどんちゃか」
千石がにやり。
「そうか、煙に巻くのか」
百学もふむとなる。
「寺のものがあっけにとられてる間に、こっそり島から二人を連れ戻す」
阿国はただ笑った。
「よし、とっとと手配りするか。あいつらめ、あとでとっちめてやる」
千石は腕まくり。
「それなら、まずは大波家に出向いとくれ。銭がたんといる。いい宿に泊まりたいし、いいもの喰らいたいし、なによりいい酒がないと」
百学が目を丸くした。
「そんな。いかに勧進とはいえ、欲の皮の突っ張った」
こほんと千石。
「おつむを使え。つまり姉さまは、浜長さまと浜守さまを呼んでこいといってる」
「はあ」
「いい宿でな、いい飯をさんざん喰らい、いい酒を呑みつくし、さんざ遊んだあと、はてお代は誰が払う」
「あっ、おごってもらうために」
「銭をただ、もらいにいくなら渋いが、これならたんまり。ついでに、しばらく泊まる銭もおごってもらおう」
おほほと阿国。
「やはり、こういう、こすっからいのは旦那だね」
「こすっからいは余計だ」
ふいに、阿国は真顔になった。
「ねえ、百学。こたびは、ばてれんで忙しいおまえさんを呼んだのはなぜか」
百学の眉がくねる。
「どうも、このぶちりとやらは、曲者にみえる。腕っ節よりもおつむだね」
「は、はい」
「おつむを、ひねれるものがいるの」
なにか、百学はぽっと赤くなった。
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