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3章
134話
しおりを挟む淡々とした口調で話すルーカス兄さま。わたしはただ、黙ってその言葉を聞いていた。
まあ、ね。
結界を張っているから悪意ある魔物は、この帝都アールテアに入れないようになっている。
ココたちのような悪意のない友好的な魔物は結界に引っ掛からずに入れるけど……。
……といっても、わたしが見たことある悪意のない魔物って、コボルトとスライムしか見たことがないのだけど……。それは置いといて!
「――だが、神殿にはそれ以外の人間もいる。身寄りを失ったもの、神に仕えるためにやってきたもの、様々な理由で神殿を訪れる。そして、神に仕えているからと言って、善人ばかりではない」
……きっぱりと言い切っちゃったよ、ルーカス兄さま……。
いやまあ、それはわたしも感じていたけれど。
神殿にいる理由って人それぞれだもん。
「ん? そういえば司教はいないんですか?」
「敬語」
「……司教はいないの?」
「ああ。聖女と聖者がそのくらいの地位になっているな」
……ってことは、あの十歳くらいのロバートも……?
「司祭はいるぞ。おばあさまの弟だ」
ぎょっとした。
目を瞬かせて、首をギギギ、と傾げる。
「おばあさまって……大聖女ステラの弟!?」
覚えてない、覚えてないぞ。そんな人がいたなんて!
「ああ。アクアは知らないだろうが……血の繋がりはないし」
「ど、どういうこと……?」
「養子にしたそうだ。おばあさまが『聖女』になった時に。サポート役が必要だと思ったのだろう」
……そんなのあり?
ぽかーん、と口を開けてしまった。慌てて閉じる。
「じゃあ今日会うかもしれないね……」
肩をすくめてそう言うと、ルーカス兄さまは「会うだろうな」と呟く。
……どんな人なんだろう。大聖女ステラの弟って……。
「ルーカス兄さまは、その人と会ったことがあるの?」
「何度か。会話をしたこともあるが、仕事で来ていたのでほぼ業務連絡だ」
その時のことを思い出しているのか、苦々しく表情を歪めた。
――ルーカス兄さまのこういう表情を見られるのは、多分珍しいのだろう。
身内、ということでわたしの前では表情を取り繕うことをしない。
そのことが、少し嬉しい。
ルーカス兄さまの『安心できる場所』になれているのかなって。
「……そっか。それじゃあ、今日は業務連絡ではないことを話せるかもね」
「……そうだな」
どんな人かわからないのだから、今から心配していても仕方ないよね。仲良くなれたら良いのだけど……。
あと、大聖女ステラのことももう少し知りたい。
なにせ自分のおばあちゃんだもん。
「あ、あと大聖女ステラの肖像画も見たいな」
「神殿に飾られているから、見に行こう」
「うん!」
大聖女ステラのことは、ほんの少しだけ覚えている。だけど、それももう十年くらい前の話。記憶は朧気だ。
思い出した記憶も多少曖昧なところもあるし……。まあ、記憶のすべてをきっちり覚えている人のほうが稀だろう。
「そうそう、今日はアルマも神殿に来るみたい」
「アルマ? ……マクファーソン家の?」
「そう! 文通しているの!」
魔法ではなく、本当の文通だ。
ゆっくりとアルマの元へ配達される手紙。そして、ゆっくりとわたしの元へ返事が来る。
魔法ではパパっと連絡出来るけど、手元には残らない。
だからこそ、わたしはアルマに手紙を書いた。文通相手になってくださいって。
しばらくしたら、『喜んで』と返事が来た。
その日からわたしとアルマは文通を始めたのだ。
こうして返事をゆっくりと待つっていうのも、中々楽しかった。
そして、神殿に用事があるから行く予定、と手紙に書いたら、アルマから『日程を合わせませんか?』と返事が来たのだ!
わたしはもちろんいいよ、とアルマと日程を合わせることにした。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。聖女リリィには連絡してあるんでしょ?」
「そうね、行こう。ゆっくり話せたらいいなぁ。あ、ちょっと待ってて。持っていくものがあるんだった!」
椅子から立ち上がり、自室へと向かう。
パタパタと足音を立てて走る。目的地について、扉を開けると今日のために用意したプレゼントの入った紙袋を持った。
「それは?」
「リリィたちにプレゼントしようと思って、用意していたの!」
中身はただのハンカチなんだけどね。
教わった刺繍を何度も何度も練習して出来上がったの。
練習の成果を見てもらうのと、わたしも同じ刺繍を入れたハンカチを作ったので、お揃いで持っていてもいいか尋ねてみようっと。
お揃いのハンカチなんてイヤかしら……? とちょっと不安げに紙袋を見つめていると、バーナードが声を掛けてきた。
「馬車の準備できたぞ」
「はーい、今行くー!」
わたしが紙袋を見て考え込んでいるうちに、馬車の準備をしてくれたみたい。
神殿は帝都内にあるみたい。帝都ってかなり広いのよね。
自室から出て、わたしを待っていたであろうバーナードと一緒に玄関まで向かう。
「馬車にはアクアとルーカス陛下が乗る。俺らは馬に乗っていくから」
「え、一緒に乗るんじゃなかったの?」
「ルーカス陛下は『お忍び』だからな。外から守る護衛が必要なんだ。……まあ、あの人強いから中は大丈夫だろうし」
じゃあ馬車にはルーカス兄さまとわたしだけか……。
……神殿って馬車でどのくらいの時間が掛かるんだろう?
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