上 下
84 / 153
2章

84話

しおりを挟む
「……記憶が作られたものって、どういうことなの……?」

 声が震えたのがわかる。だって、それではまるで、ディーンが……。

「……ディーンは、人間であって、人間ではない」

 ルーカス陛下の視線が下がる。そこからは、バーナードが引き継いだ。

「……これを知っているのは、一部の人間だけ。……ルーカス陛下の父親である前王陛下は――永遠の命を望んだんだ」
「え……」

 それ以上の言葉が続かなかった。永遠の命を、望んだ? 人の命には限りがある。限りがあるからこそ、人はその一生を懸命に生きることが出来るって教えられた身としては、なぜ永遠の命を望むのかわからない。

「……」

 なんて聞けばいいのかわからなくて、口を閉ざす。バーナードはそれを見つつ、言葉を続けた。

「ディーンの身体は宮廷魔導師たちが作り上げたものだ。人間と同じような作りの、な」
「そして、その魔法技術を提供したのがバーナードの祖父だ」
「うちの一族は魔術に関しては詳しいからな……」
「ええと、じゃあ、もしかして……。バーナードはディーンの幼馴染ではない、ってこと?」
「……いや、ディーンは成長する個体として作られた。赤ん坊からな。五歳くらいまでは研究所で記憶を入れていたけど……」
「き、記憶を入れていた?」
「前王陛下のな」

 ……つまり、永遠の命のためにディーンに自分の記憶を植え付けていたってことなのね。

「ディーンがアクアを知っていたのは、父がアクアと接したことがあったからだろう」
「……そうなんだ」

 ……確かに、伯父さまに会った記憶はある。シャーリーさま……お母さまの後ろに隠れていたけど。優しく頭を撫でてくれた記憶があるのよね。

「……それで、肝心のディーンはこのことを知っているの?」
「知らない」
「教えるつもりもない」

 きっぱりと言い切った。わたしが目を瞬かせて彼らを見ると、彼らは苦渋の表情を浮かべていた。自分の身内が作り上げた『ディーン』は、なにも知らないで生きている。

「……ディーンの身体って、わたしの回復魔法が効くくらいだし、ほぼ人間なのよね……?」

 こくりとうなずくバーナードに、ほっと息を吐いた。……作られた存在だとしても、ディーンはディーンなのだと理解した。

「……ディーンの性格は、前王陛下と似ているの?」
「全然。そもそも、ディーンは前王陛下の魂を移す前に完成されたから……」
「……うん、ごめん、全然わからない……」

 人間を創造しようとしたこともないし、永遠の命を求めたこともない。よみがえった記憶と相まって、わたしの頭は大混乱中だ。

「……待って、ディーンの容姿が似ているのは」
「前王陛下の遺伝子を使っているから」
「わたしと血の繋がりは」
「あると言えばある、ないと言えばない」
「なにそれぇ……」

 わけがわからなくて思考がうまく働かない。額に手を当てて唸ると、ルーカス陛下がそっと上着を掛けてくれた。

「……記憶を取り戻したら、この話はしないといけないと思っていた」
「……俺らは、ディーンに『普通の人間』として生きていて欲しいと思っている」
「……永遠の命、はどうなの? ディーンは……永遠の命なの?」
「……それは、わからない」

 緩やかに首を左右に振るルーカス陛下。……まぁ、それはそうだろう。負傷していたディーンは見たことあるけど……。

「人よりは頑丈、だと思う。恐らく……」

 その頑丈なディーンがあれだけの傷を負った? ……一体ディーンは、どんな魔物に襲われたのだろう……?

「えっと、じゃあ……わたしは、今まで通り、普通に接していれば良いってことなのね?」

 わたしが記憶を取り戻したら、ディーンとの思い出がないことに気付いて、齟齬そごが発生してしまう。
 ……だからかな、わたしの記憶を積極的に取り戻そうとしなかったのは。タイミングを窺っていた可能性もあるけれど……。

「そうだ。ディーンに対して、今まで通りにしてくれるのが一番良い。……頼めるか?」

 ルーカス陛下の哀願するような声に、わたしは首を縦に動かした。……確かにこれは、ディーンにはいえないことだし……ね。たまにディーンを見るバーナードの表情が苦々しそうに見えたのは、気のせいではなかったのね。

「……このことって一部の人しか知らないのよね。知っているのって、誰なの?」
「……そうだな、ルーカス陛下に、俺らの一族、宮廷魔導師の数人ってところだ」

 バーナードが指折り数えた。両手で足りる人数らしい。その中のひとりに、わたしが入るようだ。

「……というか、そんなに少ない人数で……」

 人間を創造したのだとしたら……。

「ああ、言っておくが、その時のチームはもう解散させている」

 ルーカス陛下がそうフォローした。……フォローなのかな、これ?

「……うん、わたしにはよくわからない魔法だし、深く追及はしません」

 興味を持っても良くない気がした。……この国で、そんなことが行われていたとは……。……永遠の命、ねぇ……。わたしにはやっぱり、理解は出来ないな……と心の中で呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜

雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。 だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。 国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。 「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」 *この作品はなろうでも連載しています。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

〖完結〗お飾り王妃は追放されて国を創る~最強聖女を追放したバカ王~

藍川みいな
恋愛
「セリシア、お前はこの国の王妃に相応しくない。この国から追放する!」 王妃として聖女として国を守って来たセリシアを、ジオン王はいきなり追放し、聖女でもない侯爵令嬢のモニカを王妃にした。 この大陸では聖女の力が全てで、聖女協会が国の順位を決めていた。何十年も一位だったスベマナ王国は、優秀な聖女を失い破滅する。 設定ゆるゆるの架空のお話です。 本編17話で完結になります。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

私知らないから!

mery
恋愛
いきなり子爵令嬢に殿下と婚約を解消するように詰め寄られる。 いやいや、私の権限では決められませんし、直接殿下に言って下さい。 あ、殿下のドス黒いオーラが見える…。 私、しーらないっ!!!

処理中です...