40 / 153
1章
40話
しおりを挟む
「手を怪我しないように」
あ、ルーカス陛下……止めないんですね……。ディーンとバーナードがそれぞれぐいっとザカライア陛下とオーレリアン殿下を立たせて、わたしの前に連れて来た。ハイヒールであまり歩きたくなかったからありがたい。
ちらりとルーカス陛下に視線を向けると、ルーカス陛下はこくりとうなずいた。……まぁ、ほら。これまで仕事をわたしたちに押し付けて来た人たちだし、わたしを追い出した人だし、遠慮は要らないよね!
わたしは彼らに近付いて、ぐっと拳を握って頬をめがけて殴った。人を殴ったことなんてないから、かなりへなちょこなパンチだったけど。それでも、全身全霊を掛けて殴った。……気持ちはスッキリしなかったし、殴った手は痛かったけれど……。
「どうしてわたしが殴ったか、わかりますか?」
「アクア……」
「自分たちだけ助かろうとしたり、自分の思い通りにしようとしたり……。王族として、いえ、人として! 恥を知りなさい!」
ふつふつと怒りが再び湧いて来た。その怒りを静めるようにゆっくりと息を吸って、吐く。うん、ちょっとマシになった。わたしはぶん殴ったところに手を翳して回復魔法を使った。ついでに自分の手も回復させた。
「……さて、こいつらの扱いだが」
……こいつらって……。さすがルーカス陛下。……っていうか、わたしよりもルーカス陛下のほうが怒りのオーラすごくない? ものすっごく不機嫌そうな表情と声で、じろりと睨むかのようにダラム王国の王族と貴族を見た。
「ダラム王国は、王国の歴史を閉じることになる」
ルーカス陛下の言葉に、ザカライア陛下とオーレリアン殿下が睨んできた。……わたしを睨んでも……。コツコツ足音を響かせて、ルーカス陛下がわたしを守るように前に出る。……ど、どうすれば良いのかしら……。ちらちらとこちらを窺うような、ダラム王国の貴族たちの視線を感じながら、わたしはそっとルーカス陛下の服を掴んだ。
「……心配はするな、命は取らない。そう簡単に楽にはさせないさ」
いえ、そういうことが聞きたいんじゃなくてね! ……いや、待って。それはつまり、死よりもつらいことをさせるという宣言なのでは? わたしの他にもそう受け取った人たちがいるようで、ブルブルと身を震わせていた。
「――今まで、堕落していた者たちに、労働させるだけだ」
貴族たちはそれを聞いて、騒ぎ始めた。貴族ということであまり働いていない人たちも多かったしね。当然といえば当然の反応だ。……ああ、働いたことがないから……? 貴族としての責任を果たしていない人たちだったしな……。
「――平民以下の生活を、味わうと良い」
ひっ、と誰かが短い悲鳴を上げた。……一体どんな労働をさせるつもりなのだろう。そして、そんなに煽って大丈夫なのだろうかと心配していると、ルーカス陛下がわたしの手をがしっと掴んだ。勢いよく掴まれてちょっとびっくりした。
「――リネットを利用した分は、その身体で支払ってもらおう」
ぐっとザカライア陛下が息を飲んだ。……なんだか、その名前で呼ばれると変な気分になるわ。馴染みがないから当たり前かもしれないけれど。他の貴族たちは「リネット?」とばかりに首を傾げている。
「ダラム王国はアルストル帝国に下り、その管轄を私が信頼している部下に任せることにする。お前たちが故郷に帰ることはないだろう。帰ったところで、お前たちを迎え入れるものはいないだろうがな」
くつくつと喉を震わせて笑うルーカス陛下。……小国とはいえ、ダラム王国の人たち全員この国に連れて来たんだろうか……。地方の人たちとかはどうなっているんだろう……。しかも、かなり遠い場所をアルストル帝国の領地にしちゃって大丈夫なんだろうか、と色々考えていると、ルーカス陛下がわたしの手を強く握り込んだ。痛くはないけど、これになんの意味があるのか……。
「……それと、新しい聖女、だったらしい女よ」
一度聞いたような気がするけれど、忘れてしまったのかも? あ、考えてみればわたしも覚えていないや……。
だからそんな呼び方なんだろうけど、中々シュールな呼び方だな……と思っていたら、ディーンが肩を震わせて俯いているのが見えた。笑っている、この人絶対笑っている!
「どうせこいつから金を受け取っているんだろ、その金は返してやるから、今すぐにこの国から出ていけ」
「えっ?」
この人だけなぜ? と首を傾げていると、バーナードがごそごそとポケットからナイフを取り出して、彼女の縄を解き没収していたお金を渡すと、その女性は困惑したように周りを見渡して、それから逃げるように部屋から出て行った。
「……あれが、お前が選んだ聖女だ、オーレリアン」
素早く去って行った彼女を見て、オーレリアン殿下が信じられないものを見たとばかりに目を大きく見開いた。……彼女、かなりの美人だったから一目惚れでもしたのかな。それでお金で雇って聖女にした? ……だとしたら、彼女のほうはオーレリアン殿下のことをなんとも思っていなかったから逃げた?
……そういえば、ここにいるのは貴族たちだけで、神殿の人たちがいない。彼らはどこにいるのだろう? ルーカス陛下の手をぎゅっと握り返すと、こちらへ顔を向けた。尋ねようとしたら、ザカライア陛下が声を掛けてきた。
「……アクア、どうして回復魔法を使った……」
え、それ今聞くこと? と目を瞬かせて困惑の表情を浮かべる。どうしてって――……そんな理由なんてひとつに決まっている。
「わたしがそうしたいと思ったから」
それ以外に、理由がいるの?
あ、ルーカス陛下……止めないんですね……。ディーンとバーナードがそれぞれぐいっとザカライア陛下とオーレリアン殿下を立たせて、わたしの前に連れて来た。ハイヒールであまり歩きたくなかったからありがたい。
ちらりとルーカス陛下に視線を向けると、ルーカス陛下はこくりとうなずいた。……まぁ、ほら。これまで仕事をわたしたちに押し付けて来た人たちだし、わたしを追い出した人だし、遠慮は要らないよね!
わたしは彼らに近付いて、ぐっと拳を握って頬をめがけて殴った。人を殴ったことなんてないから、かなりへなちょこなパンチだったけど。それでも、全身全霊を掛けて殴った。……気持ちはスッキリしなかったし、殴った手は痛かったけれど……。
「どうしてわたしが殴ったか、わかりますか?」
「アクア……」
「自分たちだけ助かろうとしたり、自分の思い通りにしようとしたり……。王族として、いえ、人として! 恥を知りなさい!」
ふつふつと怒りが再び湧いて来た。その怒りを静めるようにゆっくりと息を吸って、吐く。うん、ちょっとマシになった。わたしはぶん殴ったところに手を翳して回復魔法を使った。ついでに自分の手も回復させた。
「……さて、こいつらの扱いだが」
……こいつらって……。さすがルーカス陛下。……っていうか、わたしよりもルーカス陛下のほうが怒りのオーラすごくない? ものすっごく不機嫌そうな表情と声で、じろりと睨むかのようにダラム王国の王族と貴族を見た。
「ダラム王国は、王国の歴史を閉じることになる」
ルーカス陛下の言葉に、ザカライア陛下とオーレリアン殿下が睨んできた。……わたしを睨んでも……。コツコツ足音を響かせて、ルーカス陛下がわたしを守るように前に出る。……ど、どうすれば良いのかしら……。ちらちらとこちらを窺うような、ダラム王国の貴族たちの視線を感じながら、わたしはそっとルーカス陛下の服を掴んだ。
「……心配はするな、命は取らない。そう簡単に楽にはさせないさ」
いえ、そういうことが聞きたいんじゃなくてね! ……いや、待って。それはつまり、死よりもつらいことをさせるという宣言なのでは? わたしの他にもそう受け取った人たちがいるようで、ブルブルと身を震わせていた。
「――今まで、堕落していた者たちに、労働させるだけだ」
貴族たちはそれを聞いて、騒ぎ始めた。貴族ということであまり働いていない人たちも多かったしね。当然といえば当然の反応だ。……ああ、働いたことがないから……? 貴族としての責任を果たしていない人たちだったしな……。
「――平民以下の生活を、味わうと良い」
ひっ、と誰かが短い悲鳴を上げた。……一体どんな労働をさせるつもりなのだろう。そして、そんなに煽って大丈夫なのだろうかと心配していると、ルーカス陛下がわたしの手をがしっと掴んだ。勢いよく掴まれてちょっとびっくりした。
「――リネットを利用した分は、その身体で支払ってもらおう」
ぐっとザカライア陛下が息を飲んだ。……なんだか、その名前で呼ばれると変な気分になるわ。馴染みがないから当たり前かもしれないけれど。他の貴族たちは「リネット?」とばかりに首を傾げている。
「ダラム王国はアルストル帝国に下り、その管轄を私が信頼している部下に任せることにする。お前たちが故郷に帰ることはないだろう。帰ったところで、お前たちを迎え入れるものはいないだろうがな」
くつくつと喉を震わせて笑うルーカス陛下。……小国とはいえ、ダラム王国の人たち全員この国に連れて来たんだろうか……。地方の人たちとかはどうなっているんだろう……。しかも、かなり遠い場所をアルストル帝国の領地にしちゃって大丈夫なんだろうか、と色々考えていると、ルーカス陛下がわたしの手を強く握り込んだ。痛くはないけど、これになんの意味があるのか……。
「……それと、新しい聖女、だったらしい女よ」
一度聞いたような気がするけれど、忘れてしまったのかも? あ、考えてみればわたしも覚えていないや……。
だからそんな呼び方なんだろうけど、中々シュールな呼び方だな……と思っていたら、ディーンが肩を震わせて俯いているのが見えた。笑っている、この人絶対笑っている!
「どうせこいつから金を受け取っているんだろ、その金は返してやるから、今すぐにこの国から出ていけ」
「えっ?」
この人だけなぜ? と首を傾げていると、バーナードがごそごそとポケットからナイフを取り出して、彼女の縄を解き没収していたお金を渡すと、その女性は困惑したように周りを見渡して、それから逃げるように部屋から出て行った。
「……あれが、お前が選んだ聖女だ、オーレリアン」
素早く去って行った彼女を見て、オーレリアン殿下が信じられないものを見たとばかりに目を大きく見開いた。……彼女、かなりの美人だったから一目惚れでもしたのかな。それでお金で雇って聖女にした? ……だとしたら、彼女のほうはオーレリアン殿下のことをなんとも思っていなかったから逃げた?
……そういえば、ここにいるのは貴族たちだけで、神殿の人たちがいない。彼らはどこにいるのだろう? ルーカス陛下の手をぎゅっと握り返すと、こちらへ顔を向けた。尋ねようとしたら、ザカライア陛下が声を掛けてきた。
「……アクア、どうして回復魔法を使った……」
え、それ今聞くこと? と目を瞬かせて困惑の表情を浮かべる。どうしてって――……そんな理由なんてひとつに決まっている。
「わたしがそうしたいと思ったから」
それ以外に、理由がいるの?
3
お気に入りに追加
3,633
あなたにおすすめの小説
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた婚約者。
完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
第一皇子とその方が相思相愛ならいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
カクヨム、なろうにも投稿しています。
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
冷遇された王妃は自由を望む
空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。
流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。
異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。
夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。
そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。
自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。
[もう、彼に私は必要ないんだ]と
数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。
貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。
追放ですか?それは残念です。最後までワインを作りたかったのですが。 ~新たな地でやり直します~
アールグレイ
ファンタジー
ワイン作りの統括責任者として、城内で勤めていたイラリアだったが、突然のクビ宣告を受けた。この恵まれた大地があれば、誰にでも出来る簡単な仕事だと酷評を受けてしまう。城を追われることになった彼女は、寂寞の思いを胸に新たな旅立ちを決意した。そんな彼女の後任は、まさかのクーラ。美貌だけでこの地位まで上り詰めた、ワイン作りの素人だ。
誰にでも出来る簡単な作業だと高を括っていたが、実のところ、イラリアは自らの研究成果を駆使して、とんでもない作業を行っていたのだ。
彼女が居なくなったことで、国は多大なる損害を被ることになりそうだ。
これは、お酒の神様に愛された女性と、彼女を取り巻く人物の群像劇。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる