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1章

3話

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 ちらりと川辺へ視線を向ける。鞄からタオルを取り出して川へと歩く。……うん、このくらいの濁りなら、浄化でなんとかなりそう。川の近くにしゃがみこみ、浄化の言葉を口にした。――お願い、綺麗になって!
 ぽわっと淡い光が辺りを埋め尽くすように瘴気を吸い取る。
 ……や、やりすぎた! この光、森全体に広がっている気がする! 川だけを浄化しようと思ったのに! ……ま、まぁいいか……。この森の瘴気、かなり酷いし……! じっと川を見つめて、底が見えるくらいの綺麗さになっているのを確認して、小さくうなずく。

「よっし、綺麗になった!」

 わたしはタオルを川に浸して、ぎゅっと絞る。それからすぐに血みどろの人のところに戻った。顔や髪についている血を、なんとか落とす。……服、は……、まぁ、傷が治ったのだから、自分でなんとかするだろう。
 ……血を落してわかったんだけど、この人、かなり綺麗な人だ……! うーん、普通の格好をしているところ、見てみたい。何度か川とその人の場所を往復していると、ゆっくりと瞼が上がった。

「……助かりました」

 あら、声まで美声。掠れているけど。

「いえいえ、どういたしまして。……それにしても、あなた、どうしてこんなところにいるの? ここ、かなり瘴気が強かったみたいだけど……」
「瘴気の森ですから……。そういうあなたは、どうしてこんなに危険な場所に?」
「えっと、ちょっと、手違いで? ……ん? 瘴気の森!? 瘴気の森ってまさか、ダラム王国からかなり離れたアルストル帝国にある瘴気の森!?」

 ダラム王国は小国だから、四年に一度の結界を張り直す儀式でなんとかなっていた。小さい国の利便性。でも、この大陸で一番広いアルストル帝国は、確か……七人の聖女やら聖者が居て、彼らが結界を保っていると聞いたことがある。
 ……なんでそんな場所にわたしは飛ばされたんだ!
 はっ、まさか王家の陰謀……!? って、あの時あのバカ殿下はいなかったし……。そもそも、転移を行えるのは神官だけだ。行き場所を選べるのも、神官だけだ。……神官長のあの笑顔……、まさか最後に嫌がらせですか!? それとも、ダラム王国のことは気にするなってこと!? どっちですか、神官長!

「ど、どうしたんです……?」
「すみません、わたし密入国者です……」
「はい?」

 わたしは彼に、これまでの経緯を若干暈しながら伝えた。すると、彼はわたしのことを見て、「命の恩人だしなぁ」と呟いてから、なにかを練り練りしていた。……なにしているんだろう? とじっと見ていると、ばっとなにか……鳥のようなもの……、いや、鳥だわ! 鳥が生まれた! なにこれ魔法? こんなに可愛い魔法があるのっ?
 わたしが目を輝かせてその魔法を見ていると、彼はすっと鳥の頭を撫でてから、

「セシルにこの場所を伝えてくれ」

 と、目を伏せる。ピィ! と鳥が鳴いて羽ばたいていった。

「……今のは、魔法?」
「そう、連絡鳥。……あの、図々しいかもしれないけれど、タオルを貸してもらえませんか? 血を落したくて……」
「あ、はい、どうぞっ! たくさんあるから! わ、わたしは火を……!」

 鞄からタオルを数枚取り出して差し出す。彼はタオルを受け取って、「ありがとう」と微笑みを浮かべてから川辺へと向かって行った。

「……水、こんなに綺麗だったっけ……?」

 ぽつりと呟かれた言葉は、わたしの耳には届かなかった。
 火が付きそうな枝を集めて、火の魔法でボッ! と出す。別に聖属性の魔法だけが使えるわけじゃない。パチパチとした音を聞きながら、とりあえず、たき火は成功! と、ぐっと拳を握った。がさこそと鞄を漁って、パンと水を用意する。しばらくして、彼がこっちに来た。

「手際良いですね」
「慣れているから。血は落ちた? 連絡したってことは、ここから動かないほうがいいのよね。お腹空いてない? パン食べられる?」
「…………一応、尋ねるけど……。怖くないんですか、この場所」
「え、別に?」

 ……瘴気は浄化しちゃったから、魔物が現れることもないだろうし、魔物がもし現れても、聖女であるわたしには浄化できるし……。……あー、でももう自称聖女になっちゃったのか。五歳の頃から十年間、ダラム王国で聖女として育てられたっていうのに、この結末。
 ……あのバカ殿下の後ろにいた女の人、あれは誰だったんだろう? 本物の聖女って言っていたけど。

「ただの森じゃない?」
「……くっ、ふ……」

 思わずというように彼が吹き出した。どうやらツボに入ったらしい。……今の言葉のどこに、ツボに入る言葉があったのか……不思議だわ……。

「とりあえず、君はオレと一緒に帝都アールテアに来てもらおうと思うんだけど……」
「……捕まりません? わたし、無一文なんですけれど」
「オレの客人として招きますよ。俺はディーン。君の名は?」
「わたしはアクア。よろしく、ディーン!」

 すっと手を差し出すと、彼はちょっと戸惑ったようにわたしを見て、ふっと表情を緩めてから手を握ってくれた。
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