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1章:出会い
宿屋で休憩 12話
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「とりあえず、部屋に行きましょう。ね、桜綾さん」
朱亞が桜綾に手を差し伸べると、そろそろと手を取って立ち上がる。
まだほんのりと顔が赤いが、そこを指摘してはまた顔を隠すためにしゃがみ込むだろうと思考し、朱亞は梓豪に部屋まで案内して欲しいと頼んだ。
梓豪は快く案内してくれた。皇帝陛下――飛龍の部屋よりは狭いが、女性ふたりで使うには広すぎる部屋についた。扉を開けて中に入る前に様子をうかがうと、目元を細めてつぶやく。
「ま、まばゆさ、ふたたび……」
今日だけでどれだけの輝きを放つ骨董品を見たのだろうか。あまりの広さと豪華絢爛さに辺りをきょろきょろと見渡す。あの村で済んでいた頃は、古い骨董品しか見たことがなかったので、きれいに磨かれた骨董品をじっくり眺めたのは今日が初めてのことだ。
「――王宮や後宮も、こんな感じなのですか?」
まったく想像ができず、朱亞は梓豪に尋ねる。
「それは、これからの胡《コ》貴妃《きひ》にかかっているかと」
「え?」
「なにせ、後宮の女性を尼寺に送るとき、調度品など持てるものはすべて持たせたそうなので。現在の後宮は……その、自分好みにし放題ですよ」
「……どこで調度品を用意するかは、わたくしが決めてよろしいの?」
「もちろんです。後宮を、胡貴妃色に染めてください。それが陛下の願いですから」
梓豪は丁寧に頭を下げてから、「ゆっくり休んでください」と伝え、朱亞たちが部屋に入ったのを確認してから扉を閉めた。
部屋に残された朱亞と桜綾は、「あの」と同時に口を開き、「どうぞどうぞ」と譲り合う。それがなんだかおかしくて、ふたりで笑い合った。
「朱亞から話してちょうだい?」
「はい、えっと、私……後宮のことを詳しく知らないのですけれど、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ、朱亞。後宮のことはわたくしも詳しくないもの」
意外そうに目を丸くする朱亞。そんな様子を見て、くすりと微笑みを浮かべる桜綾。繋いだままの手を引っ張り、彼女を椅子に座らせる。
「桜綾さんの話はなんでしょう?」
「これから後宮で暮らすことになるのだけど、そこではわたくしのことを『胡貴妃』と呼んでほしいの。ふたりきりのときには今まで通りで構わないから」
「胡貴妃、ですか?」
「ええ。お願いできるかしら?」
朱亞は大きく首を縦に動かす。それと同時に、空腹を訴えるお腹の虫がぐぅう、と鳴いた。
桜綾は目をぱちぱちとさせてから、この時間になるまでなにも食べていないことに気付き、寝台に近付くと呼び鈴を鳴らす。
すぐに従業員がこの部屋までやってきて、扉を軽く叩き「お呼びですか?」と声をかけてきた。
軽食を頼むと、「かしこまりました」と返事が耳に届く。
「いろいろあって食事をする時間がなかったわね。ごめんなさい、気付かなかったわ」
「いえ、本当にいろいろあったので……。私も空腹であることを、今気付きました」
お腹を擦る朱亞の頬が赤くなっている。悪鬼を前にして緊張していたのだろう。そして今、ようやくその緊張の糸が切れて、身体が空腹を訴えることができたのだ。
「……私たち、本当に助かったんですね」
「……ええ。運が良かったみたい。そうだわ、朱亞。わたくしの侍女になってくれたあなたに、もうひとつ、お願い事があるの」
そっと桜綾は包み込むように朱亞の手を両手で握る。突然のことに目を丸くしていると、彼女が口を開いた。
朱亞が桜綾に手を差し伸べると、そろそろと手を取って立ち上がる。
まだほんのりと顔が赤いが、そこを指摘してはまた顔を隠すためにしゃがみ込むだろうと思考し、朱亞は梓豪に部屋まで案内して欲しいと頼んだ。
梓豪は快く案内してくれた。皇帝陛下――飛龍の部屋よりは狭いが、女性ふたりで使うには広すぎる部屋についた。扉を開けて中に入る前に様子をうかがうと、目元を細めてつぶやく。
「ま、まばゆさ、ふたたび……」
今日だけでどれだけの輝きを放つ骨董品を見たのだろうか。あまりの広さと豪華絢爛さに辺りをきょろきょろと見渡す。あの村で済んでいた頃は、古い骨董品しか見たことがなかったので、きれいに磨かれた骨董品をじっくり眺めたのは今日が初めてのことだ。
「――王宮や後宮も、こんな感じなのですか?」
まったく想像ができず、朱亞は梓豪に尋ねる。
「それは、これからの胡《コ》貴妃《きひ》にかかっているかと」
「え?」
「なにせ、後宮の女性を尼寺に送るとき、調度品など持てるものはすべて持たせたそうなので。現在の後宮は……その、自分好みにし放題ですよ」
「……どこで調度品を用意するかは、わたくしが決めてよろしいの?」
「もちろんです。後宮を、胡貴妃色に染めてください。それが陛下の願いですから」
梓豪は丁寧に頭を下げてから、「ゆっくり休んでください」と伝え、朱亞たちが部屋に入ったのを確認してから扉を閉めた。
部屋に残された朱亞と桜綾は、「あの」と同時に口を開き、「どうぞどうぞ」と譲り合う。それがなんだかおかしくて、ふたりで笑い合った。
「朱亞から話してちょうだい?」
「はい、えっと、私……後宮のことを詳しく知らないのですけれど、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ、朱亞。後宮のことはわたくしも詳しくないもの」
意外そうに目を丸くする朱亞。そんな様子を見て、くすりと微笑みを浮かべる桜綾。繋いだままの手を引っ張り、彼女を椅子に座らせる。
「桜綾さんの話はなんでしょう?」
「これから後宮で暮らすことになるのだけど、そこではわたくしのことを『胡貴妃』と呼んでほしいの。ふたりきりのときには今まで通りで構わないから」
「胡貴妃、ですか?」
「ええ。お願いできるかしら?」
朱亞は大きく首を縦に動かす。それと同時に、空腹を訴えるお腹の虫がぐぅう、と鳴いた。
桜綾は目をぱちぱちとさせてから、この時間になるまでなにも食べていないことに気付き、寝台に近付くと呼び鈴を鳴らす。
すぐに従業員がこの部屋までやってきて、扉を軽く叩き「お呼びですか?」と声をかけてきた。
軽食を頼むと、「かしこまりました」と返事が耳に届く。
「いろいろあって食事をする時間がなかったわね。ごめんなさい、気付かなかったわ」
「いえ、本当にいろいろあったので……。私も空腹であることを、今気付きました」
お腹を擦る朱亞の頬が赤くなっている。悪鬼を前にして緊張していたのだろう。そして今、ようやくその緊張の糸が切れて、身体が空腹を訴えることができたのだ。
「……私たち、本当に助かったんですね」
「……ええ。運が良かったみたい。そうだわ、朱亞。わたくしの侍女になってくれたあなたに、もうひとつ、お願い事があるの」
そっと桜綾は包み込むように朱亞の手を両手で握る。突然のことに目を丸くしていると、彼女が口を開いた。
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