9 / 134
1章:出会い
雨宿りと出会い 7話
しおりを挟む
「――狍鴞」
朱亞が恐怖で掠れた声で悪鬼の名を口にする。
狍鴞。それは羊のような身体に人面。腋の下に目があり、歯は虎で人の爪を持つ人を食う化け物だ。
気付かれないように、背を低くして狍鴞が去るのを待つ。おぎゃあ、おぎゃあと耳につく鳴き声を上げながら、朱亞たちのいる山小屋に近付いてきた。
心臓の鼓動が、こんなにうるさくなるのだと、朱亞は初めって知った。異形のものを見ると、こんなにも身体がいうことを聞かなくなるのか、と。
雨脚は強いままだ。見つからないように伏せているが、このままでは状況がわからない。朱亞は意を決したように顔を上げ、狍鴞がどこにいるのかを探る。
ちょうど、この山小屋の様子を見にきているようだ。ごくり、と思わずつばを飲み込む。桜綾に小声で「窓の死角へ」と移動するように伝える。彼女はこくりとうなずき、朱亞から離れてそろりそりと伏せたまま移動した。朱亞も音を立てないように伏せたまま死角へ。
窓から中をうかがう狍鴞だっただが、獲物がいないと思ったのかおぎゃあ、おぎゃあという鳴き声が遠ざかっていく。
遠ざかっていったと、思っていた。
狍鴞の腋の下の目が、みぃつけた、とばかりに朱亞を捉え、細められる。
「ひっ」
短い悲鳴を上げてしまった。朱亞が口元を慌てて両手で覆うが、その短い悲鳴を聞き取った狍鴞が山小屋に体当たりをし始めた。
「――大丈夫、大丈夫よ、朱亞。きっと、大丈夫――」
恐怖で小刻みに震えながらも、桜綾は朱亞に手を伸ばした。
このままでは、ふたりとも狍鴞に食べられてしまう。
そう考えた朱亞の行動は、素早かった。立ち上がり、窓の外の狍鴞へ叫ぶ。
「こっちだ!」
山小屋から飛び出し、冷たい雨に打たれながら駆けだす。狍鴞は飛び出た朱亞に、勢いよく襲いかかる。
(私が食べられているうちに、逃げてください)
狍鴞の虎の歯が、朱亞に襲いかかろうとした瞬間――狍鴞の頭と胴体がふたつにわかれた。
「……え?」
「狍鴞の餌になりたかったのか? それなら悪いことをしたな。悪鬼を見ると斬らねば気が済まんのよ」
そう言った大男に、朱亞は目を丸くした。
「朱亞!」
山小屋から、桜綾が駆けてくる。そして、朱亞の頬に手を添えて、「怪我はない?」と心配そうに眉を下げて問われる。朱亞は小さくうなずいて、大男に「あの」と声をかけた。
桜綾はそこで彼の存在に気付いたようで、一瞬硬直してから朱亞から手を離し、恭しく頭を下げる。
「助けてくださって、ありがとうございました」
「朱亞を助けてくださり、ありがとうございます」
朱亞と桜綾が頭を下げてお礼の言葉を伝えると、彼はふたりと交互に見てから両肩を上げた。
「いや、余は我が花嫁を迎えに来ただけだ。――桜綾、だったな? 赤の衣装を身にまとっているとは、余の花嫁になる気はあったということか?」
朱亞がぽかんと口を開けた。その言い方では、まるで自分が絶世の美女を後宮入りさせようとしている皇帝陛下ではないか、と。ちらりと彼を見上げる。
朱亞が恐怖で掠れた声で悪鬼の名を口にする。
狍鴞。それは羊のような身体に人面。腋の下に目があり、歯は虎で人の爪を持つ人を食う化け物だ。
気付かれないように、背を低くして狍鴞が去るのを待つ。おぎゃあ、おぎゃあと耳につく鳴き声を上げながら、朱亞たちのいる山小屋に近付いてきた。
心臓の鼓動が、こんなにうるさくなるのだと、朱亞は初めって知った。異形のものを見ると、こんなにも身体がいうことを聞かなくなるのか、と。
雨脚は強いままだ。見つからないように伏せているが、このままでは状況がわからない。朱亞は意を決したように顔を上げ、狍鴞がどこにいるのかを探る。
ちょうど、この山小屋の様子を見にきているようだ。ごくり、と思わずつばを飲み込む。桜綾に小声で「窓の死角へ」と移動するように伝える。彼女はこくりとうなずき、朱亞から離れてそろりそりと伏せたまま移動した。朱亞も音を立てないように伏せたまま死角へ。
窓から中をうかがう狍鴞だっただが、獲物がいないと思ったのかおぎゃあ、おぎゃあという鳴き声が遠ざかっていく。
遠ざかっていったと、思っていた。
狍鴞の腋の下の目が、みぃつけた、とばかりに朱亞を捉え、細められる。
「ひっ」
短い悲鳴を上げてしまった。朱亞が口元を慌てて両手で覆うが、その短い悲鳴を聞き取った狍鴞が山小屋に体当たりをし始めた。
「――大丈夫、大丈夫よ、朱亞。きっと、大丈夫――」
恐怖で小刻みに震えながらも、桜綾は朱亞に手を伸ばした。
このままでは、ふたりとも狍鴞に食べられてしまう。
そう考えた朱亞の行動は、素早かった。立ち上がり、窓の外の狍鴞へ叫ぶ。
「こっちだ!」
山小屋から飛び出し、冷たい雨に打たれながら駆けだす。狍鴞は飛び出た朱亞に、勢いよく襲いかかる。
(私が食べられているうちに、逃げてください)
狍鴞の虎の歯が、朱亞に襲いかかろうとした瞬間――狍鴞の頭と胴体がふたつにわかれた。
「……え?」
「狍鴞の餌になりたかったのか? それなら悪いことをしたな。悪鬼を見ると斬らねば気が済まんのよ」
そう言った大男に、朱亞は目を丸くした。
「朱亞!」
山小屋から、桜綾が駆けてくる。そして、朱亞の頬に手を添えて、「怪我はない?」と心配そうに眉を下げて問われる。朱亞は小さくうなずいて、大男に「あの」と声をかけた。
桜綾はそこで彼の存在に気付いたようで、一瞬硬直してから朱亞から手を離し、恭しく頭を下げる。
「助けてくださって、ありがとうございました」
「朱亞を助けてくださり、ありがとうございます」
朱亞と桜綾が頭を下げてお礼の言葉を伝えると、彼はふたりと交互に見てから両肩を上げた。
「いや、余は我が花嫁を迎えに来ただけだ。――桜綾、だったな? 赤の衣装を身にまとっているとは、余の花嫁になる気はあったということか?」
朱亞がぽかんと口を開けた。その言い方では、まるで自分が絶世の美女を後宮入りさせようとしている皇帝陛下ではないか、と。ちらりと彼を見上げる。
1
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜
櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。
そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。
あたしの……大事な場所。
お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。
あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。
ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。
あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。
それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。
関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。
あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!
あやかし神社へようお参りです。
三坂しほ
キャラ文芸
「もしかしたら、何か力になれるかも知れません」。
遠縁の松野三門からそう書かれた手紙が届き、とある理由でふさぎ込んでいた中学三年生の中堂麻は冬休みを彼の元で過ごすことに決める。
三門は「結守さん」と慕われている結守神社の神主で、麻は巫女として神社を手伝うことに。
しかしそこは、月が昇る時刻からは「裏のお社」と呼ばれ、妖たちが参拝に来る神社で……?
妖と人が繰り広げる、心温まる和風ファンタジー。
《他サイトにも掲載しております》
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 11/22ノベル5巻、コミックス1巻刊行予定☆】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
鬼の頭領様の花嫁ごはん!
おうぎまちこ(あきたこまち)
キャラ文芸
キャラ文芸大会での応援、本当にありがとうございました。
2/1になってしまいましたが、なんとか完結させることが出来ました。
本当にありがとうございます(*'ω'*)
あとで近況ボードにでも、鬼のまとめか何かを書こうかなと思います。
時は平安。貧乏ながらも幸せに生きていた菖蒲姫(あやめひめ)だったが、母が亡くなってしまい、屋敷を維持することが出来ずに出家することなった。
出家当日、鬼の頭領である鬼童丸(きどうまる)が現れ、彼女は大江山へと攫われてしまう。
人間と鬼の混血である彼は、あやめ姫を食べないと(色んな意味で)、生きることができない呪いにかかっているらしくて――?
訳アリの過去持ちで不憫だった人間の少女が、イケメン鬼の頭領に娶られた後、得意の料理を食べさせたり、相手に食べられたりしながら、心を通わせていく物語。
(優しい鬼の従者たちに囲まれた三食昼寝付き生活)
※キャラ文芸大賞用なので、アルファポリス様でのみ投稿中。
契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる