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1章:出会い
雨宿りと出会い 6話
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雨脚はまだ強く、白く筋の見える雨が降り続いている。そんな中に不自然に聞こえる赤子の泣き声に、桜綾は戸惑ったように山小屋の窓から外を見つめる。
「こんな雨の強い日に、赤ん坊の泣き声が聞こえる……なんてこと、あるの?」
「……いえ、恐らくこれは悪鬼の鳴き声でしょう。祖父から聞いたことがあります。人を食らう悪鬼は赤子の泣き声で人を誘い襲う、と」
朱亞も同じように窓の外を見つめて、聞こえてくる赤子の泣き声を振り払うように首を振る。
そして考える。旅に出てから悪鬼に遭うことはなかったので、この場合どうやり過ごすのが正解なのかと。
「本当に、悪鬼の鳴き声なのかしら。もしも本当に――」
「この豪雨の中、聞こえるのですよ! 悪鬼が誘っているとしか思えません!」
山小屋から出ようとした桜綾を、慌てて引き止める。彼女は朱亞が必死に止めるのを見て、ぐっと唇を噛み締めて視線を落とす。そして「そうよね……」と静かに言葉を紡ぐ。
「それに、また濡れたら風邪をひいてしまいますよ」
「……ええ、そうね。でも、なんだか、そわそわしちゃって」
「それは、そうでしょう。――鳴き声が近付いて来ているのですから」
赤子の泣き声は徐々に近付いて来ている。まるで、朱亞たちに狙いを定めているように。
どくん、どくんと鼓動が早鐘を打つのがわかる。ぎゅっと桜綾の腕に抱きつき、不安げに視線を彷徨わせる彼女を見上げ、窓の外を睨む。
朱亞たちに悪鬼を倒す力はない。悪鬼に出遭ってしまったら、なす術もなく食べられてしまう運命だ。朱亞は恐怖で震える桜綾を落ち着かせるように明るく声をかけた。
「大丈夫ですよ、きっと。ただ近付いているだけでしょう。私たちに気付くとは限りませんし」
「え、ええ。そうだと良いのだけど……」
桜綾は朱亞に視線を向ける。自分よりも幼い子が恐怖に震える自分を励まそうとしていることを感じ取り、自身を恥じた。朱亞だって、本当は恐ろしいのだ。その証拠に、身体が僅かに震えている。
「――朱亞、大人しくここで待機していましょう。きっと、大丈夫よ」
「はい」
桜綾が落ち着いたのを見て、朱亞はほっと安堵の息を吐いた。恐怖で錯乱しこの小屋から飛び出したら、その瞬間、人を食らう悪鬼に襲われるだろう。
朱亞と桜綾はただじっと、ふたりで抱き合い山小屋の中で過ごした。
赤子の声が遠ざかるまで、息を殺して窓の外を見つめる。外に出ることはしない。そのうちに、段々となにかが近付いて来ていることに気付く。
「――っ!」
思わず桜綾が自分の口を手で塞ぐ。油断すれば悲鳴を上げるところだった。朱亞も同じだ。窓の外には異形の姿をした怪物が、餌を求めて歩いていたのだから。
「こんな雨の強い日に、赤ん坊の泣き声が聞こえる……なんてこと、あるの?」
「……いえ、恐らくこれは悪鬼の鳴き声でしょう。祖父から聞いたことがあります。人を食らう悪鬼は赤子の泣き声で人を誘い襲う、と」
朱亞も同じように窓の外を見つめて、聞こえてくる赤子の泣き声を振り払うように首を振る。
そして考える。旅に出てから悪鬼に遭うことはなかったので、この場合どうやり過ごすのが正解なのかと。
「本当に、悪鬼の鳴き声なのかしら。もしも本当に――」
「この豪雨の中、聞こえるのですよ! 悪鬼が誘っているとしか思えません!」
山小屋から出ようとした桜綾を、慌てて引き止める。彼女は朱亞が必死に止めるのを見て、ぐっと唇を噛み締めて視線を落とす。そして「そうよね……」と静かに言葉を紡ぐ。
「それに、また濡れたら風邪をひいてしまいますよ」
「……ええ、そうね。でも、なんだか、そわそわしちゃって」
「それは、そうでしょう。――鳴き声が近付いて来ているのですから」
赤子の泣き声は徐々に近付いて来ている。まるで、朱亞たちに狙いを定めているように。
どくん、どくんと鼓動が早鐘を打つのがわかる。ぎゅっと桜綾の腕に抱きつき、不安げに視線を彷徨わせる彼女を見上げ、窓の外を睨む。
朱亞たちに悪鬼を倒す力はない。悪鬼に出遭ってしまったら、なす術もなく食べられてしまう運命だ。朱亞は恐怖で震える桜綾を落ち着かせるように明るく声をかけた。
「大丈夫ですよ、きっと。ただ近付いているだけでしょう。私たちに気付くとは限りませんし」
「え、ええ。そうだと良いのだけど……」
桜綾は朱亞に視線を向ける。自分よりも幼い子が恐怖に震える自分を励まそうとしていることを感じ取り、自身を恥じた。朱亞だって、本当は恐ろしいのだ。その証拠に、身体が僅かに震えている。
「――朱亞、大人しくここで待機していましょう。きっと、大丈夫よ」
「はい」
桜綾が落ち着いたのを見て、朱亞はほっと安堵の息を吐いた。恐怖で錯乱しこの小屋から飛び出したら、その瞬間、人を食らう悪鬼に襲われるだろう。
朱亞と桜綾はただじっと、ふたりで抱き合い山小屋の中で過ごした。
赤子の声が遠ざかるまで、息を殺して窓の外を見つめる。外に出ることはしない。そのうちに、段々となにかが近付いて来ていることに気付く。
「――っ!」
思わず桜綾が自分の口を手で塞ぐ。油断すれば悲鳴を上げるところだった。朱亞も同じだ。窓の外には異形の姿をした怪物が、餌を求めて歩いていたのだから。
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