上 下
116 / 116
番外編

海辺の街で。 6話(完)

しおりを挟む
「そろそろ時間だね。ブレスレット、取りにいこうか」
「……はい」

 目を閉じて、再び開けたレグルスさまのまなざしはいつものように優しく、こくりと首を縦に振って宝石店に戻る。

 気が付いていなかったけれど、結構な時間を過ごしていたみたい。

 レグルスさまと一緒にいると、時間があっという間に過ぎていくのね。

 宝石店に戻り、レグルスさまが「ちょっと待ってて」とわたくしを入口に待たせて中に入り、すぐに戻ってきた。

「カミラ嬢、もうちょっと付き合ってくれる?」
「え、ええ」

 日が暮れ始めたけれど、まだ明るいのでホテルに戻るのはもったいないな、と考えていた。だから、レグルスさまに私の心が見透かされたのかと考えたわ。

 でも、彼はほっとしたように表情をほころばせて、わたくしの手を取って歩き出した。

 どこに行くかは告げずに。

 わたくしはただ、レグルスさまに連れられて歩くだけ。

 夕日が辺りをオレンジ色に染めている。どこまで行くのだろうと思っていたら、レグルスさま「ちょっと失礼」とつぶやいてからわたくしを抱き上げた。

「きゃあっ」
「ちょっと急ぐから、しっかり掴まっていて」

 え? と聞き返す前に、レグルスさまが魔法を使って走り出した。そのスピードがすごくて、思わずぎゅっと彼に抱きついてしまう。

 だって、そうしないと落ちちゃいそうなんだもの!

「間に合った!」
「……?」

 トン、と軽い音を立てて、どこかに到着したらしい。レグルスさまの視線を追うように顔を向けると――オレンジ色の夕日が海に沈んでいくのが良く見えた。

「……きれい……」
「今日、晴れていて良かった。この光景、見せたかったんだ」

 沈んでいく夕日をじっと眺めていると、そっとレグルスさまがわたくしを下ろした。真っ直ぐに身体を向けてきたので、わたくしも同じように彼と向き合う。

「これを、きみにつけていいかい?」

 ホワイトコーラルとヒスイのブレスレットを見せてくれた。小さくうなずくと、そっとわたくしの左手にブレスレットを通した。左手首にぴったりのサイズのようで、なんだかどんどんと頬に熱が集まっていく。

「……大事にします」
「うん。――カミラ嬢。リンブルグでいろいろなことがあると思う。でも――俺は、きみを妃にしたい。ずっと俺が愛すると誓うから――」

 レグルスさまの真摯しんしな表情に、どうしようもなく胸が高鳴る。

「俺と、結婚してください」

 婚約、ではなく結婚を口にしたのは、きっと彼の中ではわたくしは『妃』と決定しているから。でも――なぜか、それが嬉しかった。

「――よろしくお願いいたします」

 すっと、カーテシーをすると、レグルスさまにぎゅっと抱きしめられた。そして、そのまま腰を掴まれてひょいと抱き上げられ、くるくるとその場で回る。

 まるで子どものようなはしゃぎぶりに、くすくすと笑ってしまった。ピタリと動きが止まり、わたくしを下ろすと「ありがとう」と微笑んでから、そっと唇をなぞり――

「触れても良いかい?」

 と、聞いてきた。かぁっと顔が赤くなった……と思う。唇に触れる、ということは……きっと、そういうことだから。

「……は、はい」

 彼を見上げてから、目を閉じる。レグルスさまはわたくしの額と頬にちゅっ、ちゅっ、と軽いリップ音を立てている。そして、ふにっと柔らかい感触が唇に……

 こつん、と額が重なりそっと目を開ける。レグルスさまが蕩けるような瞳でわたくしを見ていた。

「ずっと、大切にする。俺を選んでくれてありがとう」
「――レグルスさま。わたくし……自分の好きなものがどんなものなのか、わかりませんの」
「?」

 自分の好みを聞かれて答えられなかった。でも――……

「ですが、一つだけ、胸を張って言えることがあります」
「一つだけ?」
「はい。――わたくし、カミラは……レグルスさまのことを、心からお慕いしている、と」

 レグルスさまの目が大きく見開かれた。それから、すぐにふわっと微笑んでもう一度――いえ、何度もキスを繰り返した。

 唇が触れると、より深く彼のことを好きだと感じた。――自分の好みのことは、まだわからない。

 だけど――レグルスさまとなら、リンブルグで愛し愛される生活ができるのだと、信じている。

 レグルスさまの首元に腕を回し、何度も唇を重ねた。

 きっとわたくし――彼と出逢うために生まれて、公爵家で育ったんだわ。

 そう考えると、これからの人生――もっとたくさんの良いことが待っていそうな予感がして、胸の中がぽかぽかと温かくなる。

「レグルスさま……愛しています」
「ありがとう。カミラ嬢を、愛しているよ」

 愛の言葉をささやきあって、わたくしたちはまた唇を重ねた。


―Fin―
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

王子に婚約を解消しようと言われたけど、私から簡単に離れられると思わないことね

黒うさぎ
恋愛
「エスメラルダ、君との婚約を解消させてもらおう」 フェルゼン王国の第一王子にして、私の婚約者でもあるピエドラ。 婚約解消は私のためだと彼は言う。 だが、いくら彼の頼みでもそのお願いだけは聞くわけにいかない。 「そう簡単に離したりしませんよ」 ピエドラは私の世界に色を与えてくれた。 彼の目指す「綺麗な世界」のために、私は醜い世界で暗躍する。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

私の好きな人はお嬢様の婚約者

ぐう
恋愛
私は貧しい子爵家の娘でございます。 侯爵令嬢のお嬢様のメイドをして学園に通っております。 そんな私の好きな人はお嬢様の婚約者。 誰にも言えない秘密でございます。 この一生の秘密を墓場まで持っていくつもりです。 お嬢様婚約者様どうかお幸せに。 前編、中編、後編の三話の予定でしたが、終わりませんでした。 登場人物それぞれのエピローグを付け加えます。

(完結)記憶喪失令嬢は幸せを掴む

あかる
恋愛
ここはどこ?そして私は… 川に流されていた所を助けられ、何もかもを忘れていた私は、幸運にも助けて頂けました。新たな名前、そして仕事。私はここにいてもいいのでしょうか? ご都合主義で、ゆるゆる設定です。完結してます。忘れなかったら、毎日投稿します。 ご指摘があり、罪と罰の一部を改正しました。

異国で咲く恋の花

ゆうな
恋愛
エリス・ローレン 20歳の貴族令嬢エリス・ローレンは、社交界での華々しい活躍により名声を得ていた。しかし、陰謀によって冤罪を着せられ、彼女の人生は急転直下する。家族や友人たちからも見捨てられたエリスは、無実を主張するも国外追放される。 新たな生活の舞台は、荒廃した小さな村。貴族としての誇りを失ったエリスは、これまでの経験やスキルを生かして生き抜くことを決意する。彼女の持つ医学や薬草学の知識を武器に、エリスは村人たちと交流を深め、次第に信頼を得ていく。

処理中です...