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夏のごちそう
夏野菜のカレー
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――くつくつ、くつくつ。
野菜が煮える音と匂いは、なぜこんなにも美味しそうなのか。
「けーこばあば、なにを作っているの?」
「夏野菜のカレーよ」
「カレー!」
「たまに食べたくなるんだけど、カレーってつい大量に作っちゃうのよね。芽衣ちゃん、食べるの手伝ってくれない? 美咲ちゃんも」
お盆が過ぎてから、元気を取り戻したのか美咲は仕事に精を出し、夏休みの終わった芽衣は学校から帰ると恵子の家に遊びに来ていた。
恵子が料理をしていると、芽衣が興味深そうに見ていたので彼女にも手伝ってもらった。包丁を持たせるのは怖かったので、恵子が輪切りにしたにんじんをクッキー型でくり抜いてもらった。それだけでも、『お手伝いしている!』という気持ちになるのか楽しそうに笑う。
星型やハート型にくり抜かれたにんじんをぽんぽんと鍋に入れてもらう。玉ねぎとにんじん、ピーマンや豚バラ肉、さらにお裾分けでいただいたトマトなどの夏野菜をぽんぽんと鍋に入れて蓋をし、火にかける。
「お水入れないの?」
「このお鍋はね、大丈夫なの」
無水料理用の鍋なので、なかなかの重さである。だが、その分食材からしっかりと水分が出て使うたびに驚いてしまう。
「たまに食べたくなるのよねぇ、カレー」
「芽衣はいっつも食べたい!」
「ずっと食べていたら飽きちゃうわよぉ」
くすくすと笑いながら、芽衣に言葉をかけると、彼女は「そうかなぁ?」と唇を尖らせた。
「そうよ。美味しいものも、毎日食べていたら飽きちゃうもの」
「まつたけも?」
「……大量に採れたらね」
秋になれば山を持っている人たちはきのこ狩りに出る。特に、町内の松茸は人気だ。八月末に採れる松茸を土用松茸と呼び、その松茸は香りがあまりしない。
本格的に採れ始めると、道の駅やスーパーにも並ぶ。
松茸だけではなく、舞茸や本しめじも並ぶ。秋はきのこが美味しい時期だ。
「けーこばあばはまつたけ買うの?」
「ううん、買わないよぉ。いつもお裾分けされているの。芽衣ちゃんは今年、たっぷり食べられるんじゃないかしら?」
毎年熊谷家や巣立った子どもたちからきのこをもらう。
「芽衣ねぇ、マイタケのほうが好き!」
「あら、そうだったの?」
「うん、美味しいもん! まつたけはよくわかんない!」
「ふふ、そうかもねぇ」
松茸が高級品という知識はあるようだが、芽衣は舞茸のほうが好みらしい。
「……今年はどのくらい採れるかねぇ」
「たくさん採れたらどうするの?」
「干してみようかしらねぇ? 良い出汁が出そうだわ」
芽衣との会話を楽しんでいるうちに、無水鍋から湯気が立つ。
「芽衣ちゃん、こっちおいで。熱いから」
芽衣を呼んで、三角の形をしたミトンで鍋の蓋を持つ。蓋を開けて水滴を回し入れるように蓋を動かし、中を覗き込んでみると、芽衣は「わぁ!」と声を上げた。
「すごーい! お水入れていないのに!」
「ふふ。野菜から水分がたくさん出たんだよ」
シリコンのスプーンでかき混ぜ、水分の量を確認して水を少し足した。沸騰したら火を止め、カレールゥを入れる。
いつも二種類を半々にして入れている。家のカレーは気分で味を決めるので、隠し味も様々だ。
「……けーこばあばはいろんなの入れるんだね」
「そうねぇ。ついいろいろ入れちゃうねぇ」
醤油やソースを入れることもあるし、ヨーグルトを入れたこともある。その日の気分によって食べたい味が違うので、同じカレーの味になることは滅多にない。
「うー、お腹空いてきた!」
「さましてタッパーさ入れるから、持って帰ってみんなでおあげんせ」
「はーい。……ねぇ、けーこばあば、『おあげんせ』ってどういう意味?」
きょとりとした丸い瞳に見つめられ、恵子は目を瞬かせてからふっと微笑む。
「『召し上がれ』って意味さね。ここら辺の方言」
「ふーん、そうなんだなぁ!」
出来上がったカレーを眺めながら、芽衣が「おあげんせ、おあげんせ」と繰り返す。きっと家に帰ったら、使うつもりなのだろう。
そっと芽衣の頭に手を置いて撫でると、彼女はくすぐったそうに笑った。
野菜が煮える音と匂いは、なぜこんなにも美味しそうなのか。
「けーこばあば、なにを作っているの?」
「夏野菜のカレーよ」
「カレー!」
「たまに食べたくなるんだけど、カレーってつい大量に作っちゃうのよね。芽衣ちゃん、食べるの手伝ってくれない? 美咲ちゃんも」
お盆が過ぎてから、元気を取り戻したのか美咲は仕事に精を出し、夏休みの終わった芽衣は学校から帰ると恵子の家に遊びに来ていた。
恵子が料理をしていると、芽衣が興味深そうに見ていたので彼女にも手伝ってもらった。包丁を持たせるのは怖かったので、恵子が輪切りにしたにんじんをクッキー型でくり抜いてもらった。それだけでも、『お手伝いしている!』という気持ちになるのか楽しそうに笑う。
星型やハート型にくり抜かれたにんじんをぽんぽんと鍋に入れてもらう。玉ねぎとにんじん、ピーマンや豚バラ肉、さらにお裾分けでいただいたトマトなどの夏野菜をぽんぽんと鍋に入れて蓋をし、火にかける。
「お水入れないの?」
「このお鍋はね、大丈夫なの」
無水料理用の鍋なので、なかなかの重さである。だが、その分食材からしっかりと水分が出て使うたびに驚いてしまう。
「たまに食べたくなるのよねぇ、カレー」
「芽衣はいっつも食べたい!」
「ずっと食べていたら飽きちゃうわよぉ」
くすくすと笑いながら、芽衣に言葉をかけると、彼女は「そうかなぁ?」と唇を尖らせた。
「そうよ。美味しいものも、毎日食べていたら飽きちゃうもの」
「まつたけも?」
「……大量に採れたらね」
秋になれば山を持っている人たちはきのこ狩りに出る。特に、町内の松茸は人気だ。八月末に採れる松茸を土用松茸と呼び、その松茸は香りがあまりしない。
本格的に採れ始めると、道の駅やスーパーにも並ぶ。
松茸だけではなく、舞茸や本しめじも並ぶ。秋はきのこが美味しい時期だ。
「けーこばあばはまつたけ買うの?」
「ううん、買わないよぉ。いつもお裾分けされているの。芽衣ちゃんは今年、たっぷり食べられるんじゃないかしら?」
毎年熊谷家や巣立った子どもたちからきのこをもらう。
「芽衣ねぇ、マイタケのほうが好き!」
「あら、そうだったの?」
「うん、美味しいもん! まつたけはよくわかんない!」
「ふふ、そうかもねぇ」
松茸が高級品という知識はあるようだが、芽衣は舞茸のほうが好みらしい。
「……今年はどのくらい採れるかねぇ」
「たくさん採れたらどうするの?」
「干してみようかしらねぇ? 良い出汁が出そうだわ」
芽衣との会話を楽しんでいるうちに、無水鍋から湯気が立つ。
「芽衣ちゃん、こっちおいで。熱いから」
芽衣を呼んで、三角の形をしたミトンで鍋の蓋を持つ。蓋を開けて水滴を回し入れるように蓋を動かし、中を覗き込んでみると、芽衣は「わぁ!」と声を上げた。
「すごーい! お水入れていないのに!」
「ふふ。野菜から水分がたくさん出たんだよ」
シリコンのスプーンでかき混ぜ、水分の量を確認して水を少し足した。沸騰したら火を止め、カレールゥを入れる。
いつも二種類を半々にして入れている。家のカレーは気分で味を決めるので、隠し味も様々だ。
「……けーこばあばはいろんなの入れるんだね」
「そうねぇ。ついいろいろ入れちゃうねぇ」
醤油やソースを入れることもあるし、ヨーグルトを入れたこともある。その日の気分によって食べたい味が違うので、同じカレーの味になることは滅多にない。
「うー、お腹空いてきた!」
「さましてタッパーさ入れるから、持って帰ってみんなでおあげんせ」
「はーい。……ねぇ、けーこばあば、『おあげんせ』ってどういう意味?」
きょとりとした丸い瞳に見つめられ、恵子は目を瞬かせてからふっと微笑む。
「『召し上がれ』って意味さね。ここら辺の方言」
「ふーん、そうなんだなぁ!」
出来上がったカレーを眺めながら、芽衣が「おあげんせ、おあげんせ」と繰り返す。きっと家に帰ったら、使うつもりなのだろう。
そっと芽衣の頭に手を置いて撫でると、彼女はくすぐったそうに笑った。
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