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第31話 蘭子の正体 それは……

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 校門脇に停めてあった自家用車に乗り込もうとして、玲花は毅然とした態度で振り返った。

「やはり決めたわ。わたくし、あなたへ決闘を申し込みます!」
「……」
 
 ところが嵐子ときたら、玲花の殺気を帯びた言葉などどこ吹く風。
 満天の星空を眺めながら、

「七夕の夜にですねえ、短冊に願いを書いたんですよ。清流院会長を倒して、冥王のNO1になれますようにって」
「……」
「ですから以前にもお話した通り、あなたの申し出は受けられません」
「どうしてもわたくしの挑戦を受けられないと?」
「……」
「ならばこちらにも覚悟があります」
 
 玲花の右手が打ち刀の束にかかった。銘刀"飛龍゙の白刃が闇の中で鈍い輝きを放つ。
 嵐子が目を丸くした。

「おやおや、私闘ですかぁ。副会長ともあろう御方が自ら校則を破るとは。学校側に知られたら大変なことになりますよぉ」
「筋は通すつもりです。副会長の職は辞任します。無論、あなたにも迷惑はかけません。一切の責任はわたくしが負います」
「そうまでしてあたしと闘いたいだなんてぇ。副会長さん、ゴキブリハンマーが余程堪えたとみえますねえ。でもですねえ、あれはほんの冗談。プロレスの場外乱闘みたいなもんですよ。だからぁ、敗北なんて気にするこたぁ~あ~りません」
「そういう言われ方をされると却って気になってしまうけど……。別にわたくしはあなたに復讐しようだなんて気はありません。ただ純粋に興味を持ったのです。その天性ともいえる剣技の才能に」
「……」
「時にあなた、一番合戦蘭子という方をご存知?」
「ええ、その方なら副会長さんの目の前に」と自分を指さす嵐子。
「いいえ、花の蘭の蘭子です。ご存じない?」

 嵐子の口元に笑みが浮かんだ。
 玲花が確信を得て呟いた。

「冥王史上最強とうたわれた伝説の卒業生で在籍中は全勝無敗。若き日の坂田教諭でさえも打ち負かしたという」
「……」
「その方のお顔を卒業アルバムで拝見したのだけど、わたくしから見てもとても美しい方で。あなたに似ているというか。いいえ! 瓜二つと言ってもいいほどに似通っている。そう、言うなれば母子のように」
「……」
 
 嵐子の顔から笑顔が消えた。
 両腕がダラリと垂れ下がり、その拍子に左肩からピコハンがスルリと抜け落ちた。
 虚脱状態の肉体を支え切れずに、震える両膝がカクンと折れる。
 焦点を失った碧色の瞳に、玲花の勝ち誇った笑みが映り込んだ。

「やはり知っていらしたのね。そうよね、忘れる訳ないわよねえ。だって蘭子さんはあなたの……」
「こいつの前で、それ以上喋るんじゃねえ!」
「ーー!」
 
 玲花は自身の耳を疑った。
 その呻くような叫び声が、とても嵐子のものとは思えなかったからだ。

「ーー!」
 
 そして自身の眼をも疑った。
 嵐子の肩にかかった髪がスルスルと腰まで伸び始めたのだ。
 嵐子が顔を上げた。
 垂れた前髪の隙間から覗く彼女の双眼は、玲花ですら思わず息を飲むほどの鋭い光を湛えていた。
 数秒の間、二人の間に殺意とも見紛う火花が散った。
 茫然自失の態で事態を傍観していた本居は、我に返るや、ーーともかく止めなければ! と二人の間に割って入ろうとした。
 が、歩を進めようとした矢先、玲花が不意に構えを解いた。
 歪んだ微笑が彼女の頬に張り付いている。それは不条理な存在を受容した者のみが感得しうる煩悶はんもんの証だった。

「まさかとは思ったけど。やはり本当だったのね。美しい嵐子さんの正体は花の蘭の蘭子さん。つまりあなたは嵐子さんのお母様」
 
 美しい嵐子、嵐子B、幻の嵐子、そんな通り名が定着しつつあったもう一人の嵐子が、夜風に長い髪を靡かせて、玲花の前に佇んでいた。

「なんだ、知ってやがったのか。そうさ、あんたの言う通り、あたしゃ嵐子の母親さ」

 ■■■

「おい、聞いたか?」
「聞きましたとも」
「まさか嵐子ちゃんにおっかさんの霊が憑依していたとは」
「これで何もかも得心がいきました。おいら達の姿が見えるのも当然ですねえ」
 
 事態の推移を暗闇の中から見守っていた一人と一匹。
 金太郎と熊公は互いの顔を見合わせて頷きあった。

 ■■■

「娘の身を案ずる余り、その肉体に憑依して見守っていた。そういう解釈でいいのかしら?」
 
 そんな台詞を言うこと自体が信じられぬとでもいうように、玲花の唇に歪んだ笑みが浮かび上がった。
 蘭子が笑った。

「うちは母子家庭なんでねえ。あたしが成仏すると、娘は一人ぼっちになっちまう。さすがに放ってはおけなくてよ」
 
 玲花が握り締めた飛龍を正眼に構えた。

「それであなたと娘さん、どちらがお強いのかしら?」
「そりゃ、あたしさ」
 
 蘭子がバスト86の胸を自慢気に張った。
 玲花が毅然として叫んだ。

「ならば結構。あなたを倒すことで、このわたくしが冥王史上最強の武道家であることを証明します!」
 
 蘭子が舌舐めずりして呟いた。

「ほう、より強い方に闘いを挑むとは。あんた、見掛けに依らず、骨の髄まで冥王生だな」
「では尋常に勝負!」

 玲花が叫ぶ。

「おうよ!」

 蘭子が応える。
 飛龍とピコハンが刃を交えようとしたそのとき、

「待て! 待つんだ!」
 
 本居が押取刀おっとりがたなで二人の間に割って入った。

「うるせえ、どきやがれ!」

 蘭子が叫ぶ。

「邪魔はしないで!」

 玲花も叫ぶ。

「いいえ、どきません!」

 本居も負けじと叫んだ。
 
 しばらくの間、三つ巴の睨み合いが続いたが、やがて気勢を削がれて、二人は同時に得物を下した。
 本居はまず玲花に語り掛けた。

「よろしいのですか、副会長。もし学校側に私闘がバレたら、あなたは役職を罷免されるのですよ」
「わたくしはそうなる前に副会長の役を辞任するつもりです。明日の朝にでも、生徒会顧問に辞表を提出するつもりです。あなたも先ほどお聞きになったでしょう?」
「いいんですか、それで?」
「ーー?」
「覚えてますか? 去年の会長選挙、冥王の歴史上初の満票で副会長に選任されたときのことを」
「……」
「あなたは生徒の総意によって副会長に選出されたのです。その重職を途中で放り出せば、あなたは無責任のそしりを免れ得ないでしょう」
「……」
 
 常に完全であることを願う玲花にとって、それは致命傷ともいえる誹謗中傷だった。
 本居は蘭子を顧みた。

「一番合戦君。君が闘いたい相手は誰だったのか、もう一度考え直してみるといい。私闘が学校側にバレれば、会長との一戦は中止となるはずだ」
「てめえが黙ってりゃ、学校側にはバレねえだろうが」
「後輩のくせに随分と横柄な口を利くじゃないか?」
「バカ野郎、あたしはお前らの先輩だぁ!」
「そうだった。いや、失敬。つい娘さんと勘違いして。でも僕は黙ってはいませんよ。この記事は今夜中に刷り上げて、号外として明日の朝には配布するつもりです」
「……」
「お二人とも、もう一度考え直してください。私闘は蛮勇と蛮行に自らを貶める行為です。生徒会役員同士の私闘ともなれば、冥王の歴史に泥を塗る行為となるでしょう。それは絶対に許されることではありません。先生方も、きっと重い処分を下すはずです」
 
 玲花が肩を落としてホッとため息をついた。

「わかりました。あなたの言うことは尤もです。鞘を納めましょう」
 
 蘭子が顔をしかめて舌打ちした。

「先に喧嘩を売ったのはあんただろうが。久し振りに手応えのある相手と闘えると思ったのに。残念だぜ」
「それはわたくしも同じです。冥王最強と謳われた生徒と、時代を超えてお手合わせする機会を失ったのですから。無念です」
 
 肩を落として落胆する二人。
 本居だけがニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。

「お二人とも、そう残念がらずに。今、お二人が合法的に決闘できる良い考えを思い付きました。タッグマッチです」
「タッグマッチ?」と玲花。
「もしかして、プロレスのか?」と蘭子。
「ええ、そうです。二対二で試合をするのです!」
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