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第26話 金太郎と熊公

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「金さん、あれ、欲しいっすねぇ~」
「熊公、あれ、欲しいよなぁ~」
 
 千年以上も前に死んでいるにも拘らず、未だ成仏せずに下界を彷徨っている一人と一匹。
 御存知、足柄山の金太郎と相棒の熊。
 その垂涎の的となっているのは、己の分身ともいうべき金太郎のぬいぐるみと熊のぬいぐるみ。

「おい、熊公。おまえ、金持ってるか?」
「金さん、俺ら霊体っすよ。金なんて持ってる訳ないじゃないすか」
「そりゃそうだ。俺ら霊体だから、下界の物には何一つ触れねえんだよなぁ」
「残念っよ。あの熊のぬいぐるみ、どことなく彼女の面影にダブるんすよ」
「えっ、彼女? ああ、あの熊娘か。確か名前はチューリップ熊美さん」
「ええ、その熊美です。金さんが足柄山を去った後、俺ら結婚したんすよ」
「そりゃ知らなかった。悪かったなぁ,御祝儀あげられなくて」
「いや、いいんすよ。千二百年前の話ですから」
「で、どうなったんだ? その後、熊美さんとは?」
「あれは結婚三年目の秋でした。熊美が妊娠しまして。ようやく子供を授かったんですよ。だから栄養価の豊富な食べ物が欲しかったのでしょう。ある日、里に降りると言い残して。それ以来、彼女は二度と姿を見せやせんでした。俺は探しました。それこそ死にもの狂いに。山の仲間も手伝ってくれたんですが、とうとう見つけることが出来なくて。そんなある日、藤吉サルの奴が里で見たっていうんです。毛皮と化した熊美の姿を……」
(その後、怒り狂った彼が北海道の三毛別村で大暴れしたのは有名な話)
「……」
「金さん、すいやせん。つまんねえ話、長々としちまって」
「そうか、おまえ、それで熊のぬいぐるみを……」
「過ぎたことです。忘れてくだせえ」
 
 そう言いつつも、円らな瞳からぽろぽろ涙を零す熊公を、金太郎は醒めた目で眺めつつ、ーーおまえ、言ったよな? 俺と一緒に京へ上って鬼と闘いてえって。あれ、嘘じゃん!  おまえ、絶対来る気ねえじゃん! 普通、結婚なんてえのは鬼退治が終わってからするもんでしょ? 俺ゃ、待ってたんだぜ。麓の足柄峠で、おまえたちが両手を振って、ーー金さ~~~~~ん、なんて叫びながら追っかけて来るのをよ。ところが蓋を開けてみりゃ、誰一匹追っかけて来やがらねえ。俺って、そんなに人望なかった? そんなに嫌われてた? 一寸は自分の立ち位置考えろよ。金太郎のいない熊は只の熊ってことをよ。と大昔のことを未だ根に持っていた。
 そんな荒んだ気持ちで初々しい高校生カップルを目に留めれば、腹立たしさも一層募ろうというもの。その二人が手と手を繋いでUFOキャッチャーの前に来ようものなら、「くそっ! 意地でも退くものか! 俺ゃ絶対退かねえぞ!」と意固地になるのも頷ける。
 不貞腐れて胡坐をかいた金太郎。
 が、悲しいかな、霊体ではカップルに素通りされてしまうのも物の道理。最早、意地を通すことは叶わぬとみるや、嫉妬を憎悪に転嫁させ、クレーンが景品を掴んだ瞬間を狙って、ゆさゆさとケースを揺さぶり始めたから始末が悪い。
 見かねた熊公が、「金さん、やめましょうよ」と押し止めても、「うるせえ! 止めるんじゃねえ!」と力の限り揺さぶり続けた。が、残念ながら霊体では現世の物を一ミリ足りとも動かことは出来ない。生前は怪力を武器に無双しまくった金太郎だが、霊体となった今ではさすがに己の非力振りを認めざるを得ない。
 茫然と己が両手を見つめる金太郎。
 熊公の蔑みの視線が痛々しい。

「金さん、あんた、随分と落ちぶれましたねぇ」
「ああ、ほんと、弱くなったよな。生前ならUFOキャッチャーなんて根扱ぎぶっ壊してやったんだが」
「いや、だから、そこじゃなくて」
 
 そんな一人と一匹の慣れ合い漫才を他所に、礼次郎は無事熊のぬいぐるみをゲット。彼女へのプレゼントとした。

「ありがとございますぅ」と熊のぬいぐるみにすりすりする嵐子。
「いやぁ~、気に入ってくれてよかった」と頭を掻く礼次郎。
 
 そんな二人の微笑ましい姿に、祝福の拍手を送る熊公と、ケッとそっぽを向いて僻み根性丸出しの金太郎。
 その後もゲーセン内を移動する二人を追って、金太郎は礼次郎の背後から蹴りを入れつつ、熊公はその蛮行を押し止めつつ、小一時間ほど高校生カップルと楽しい時間を共有した。
 だから二人がゲーセンを出ようとしたとき、熊公が、「金さん、もう少し、あの二人を見守ってあげましょうよ」と別れ難い気持ちを表明したのも頷ける。
「う~ん、あの娘、ちょ~可愛いもんな。野郎が手ぇ出すとも限らねえし。よし決めた! あの娘のために一肌脱ごうじゃねえか!」と金太郎が賛意を示したことで、ここに一人と一匹の追跡者ストーカーが誕生した。

 ■■■

 夕暮れの公園に人影は疎らだった。
 金太郎と熊公は茂みの中に潜んで、ベンチで和気あいあいと語り合う高校生カップルを見守っていた。
 金太郎がぼやいた。

「ここからじゃ何言ってんのか聞こえねえなぁ。よし、もう少し傍まで行って」
「なに野暮なこと言ってるんです? 少しは礼節を弁えましょうよ」
「俺ら霊体だぜ? あいつらには見えないんだぜ? 遠慮なんていらねえよ」
「そりゃそうですが、何もそこまで下種にならなくても。金太郎の名が泣きますぜ」
「下種だと? 上等じゃねえか! 俺ゃ決めたぜ。あのカップルの前に居座っててこでも動かねえぞ!」
 
 茂みの中から飛び出そうとする金太郎を、熊公が背後から抑え込んだ。

「金さん、俺ゃ絶対退きませんよ」
「やい、熊公! おめえ、角力すもうの稽古で散々投げ飛ばされたのを忘れたか!」
「ああ、覚えてますとも。ですがねえ、あっしにも意地ってもんがあります。たとえ死んでも退きませんや!」
「やい、こら! 離せ! てめえ、もう死んでんだろうが!」
 
 どんなに茂みの中で暴れようとも、しょせん彼らは霊体。生者にその存在を感知されることはないはずなのだが……。
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